「生命の歌」
僕はずっと暗闇にいた。
僕にとって暗闇は日常であり、当然のことだった。
だからそこが息苦しいとか、殺風景だとかそんな事を考えたことはなかった。
僕はずっと何かを待っていたんだ。
それが何なのか知る由もなく、ただ漠然と何かが訪れるのを待っていた。
そこには何の理由もない。
だから希望や夢、欲望や苦しみ…
そんな感情を抱くことも、必要もなかった。
ただ、無意味に時間だけが過ぎていた。
その何かは突然訪れた。
誰かに告げられた訳ではない。
ただ、躰が自然に動いていた。
僕はひたすらに上へ上へと地中を掘り進んだ。
しばらくすると土とは異なる感触が手に伝わってきた。
その感触を頼りに更に上へ上へと昇っていく。
すると今度は躰が熱くなった。
僕は躰を固定して、これから起こるであろう「何か」に備えた。
不意に躰に変化が起きた。
僕はゆっくりと躰を引き起こす。
すると唐突にいろいろな情報が頭に入ってくる。
僕には移動のための「羽」がある。
僕には食事をするための「口」がある。
そして僕は「鳴く」事ができる。
ひとつひとつの情報があまりにも衝撃的で、僕はしばらくは何もできなかった。
どれほどの時間が経ったのだろう。
僕は目の前が急に明るくなったことで我に返った。
我に返った僕は言葉を失った。
深緑の木々…
色鮮やかな花々…
壮大な山々…
そして広大な空…
目に映る全ての物が美しく、神々しく思えた。
「なんて素晴らしい世界なんだ!!」
僕は心から叫んだ。
僕は嬉しくなって宙を舞った。
その日から僕の第二の人生が始まった。
木から木へと飛び周り、お腹いっぱい樹液を吸った。
多くの仲間と出会った。
多くの生き物にも出会った。
そのなかには僕を食べようと襲ってくる生き物だっていた。
僕は必死に逃げた。
そしてまた仲間と共に声の限りに歌った。
本当に楽しい日々だった。
辛いことや悲しいことも経験した。
生きていることを実感できていたんだ。
だからこう思ったんだ。
「なんて幸せなんだろう。」
僕は生まれてきて本当によかったと思った。
生まれてこなければこんな幸せを得る事はできなかったのだから。
僕は知っていた。
僕はもうすぐ死んでしまうと…
僕は今、地に落ちたまま動けずにいる。
もう羽は動かない。
足もかろうじで動く程度だ。
このまま僕は動かなくなるのだろう。
走馬灯のように今日までの日々が思いめぐる。
もう一度、空を飛びたいな。
もう一度、お腹いっぱい樹液をすいたいな。
もう一度、もう一度、もう一度…
嫌だ!
僕はまだ死にたくない!
「…ジ…」
僕は…まだ…鳴けるのか?
僕は…まだ歌えるんだ!
僕は歌うぞ!
僕はまだ生きているんだ!
僕はまだ死んじゃいないんだ!
この生命尽きるまで、僕は声の限りに歌うんだ!
まだだ!!
まだだ!!
僕は歌い続ける。
きっといつまでも歌い続けるよ。
生きている限り。
ずっと…ずっと…