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天短篇集  作者: テンコウ
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「名も無き花の贈り物」

―名も無き花の贈り物―


その花は道端に咲いていた。

誰に愛でられることなく、ただ咲いていた。

夏になると真っ赤な花を咲かせるこの花に気づく人は誰もいなかった。

それくらい小さくて、目立たない花だった。

しかし、ある年の夏のこと、花はひとりの少女と出会う。

少女は花を見つけると顔をぐっと近づけた。

のぞき込むように花を見つめた少女は、思い立ったようにカバンからスケッチブックと色鉛筆を取り出した。

そして一心不乱にその花を描き始めた。

花は自分を描く人間がいることに驚いた。

(変わった少女だ。)

花は素直に思った。

その日からというもの、少女は毎日のように花を描きに来た。

少女が描くその花は生きる力に満ち溢れ、赤は燃えるように鮮やかだった。

少女はこの花をとても気に入っていた。

そしてそんな花に対する思い入れが絵に溢れていた。


ある日のこと、ひとりの男性が少女の脇を通り過ぎた。

男性は少女が必死に絵を描くさまを見てどんな絵を描いているのか知りたくなった。

「お嬢さん、何を描いているのかな?」

男性の問いかけに少女は満面の笑みで答えた。

「真っ赤なお花!!」

男性が見るとスケッチブックにはそれはそれは鮮やかな赤で彩られた可憐な花が描かれていた。

男性はその素朴だが力強く描かれた絵と、そして見るほどに愛しさを増すその花に深い感銘を受けた。

「お嬢さん、良かったらその絵を一枚もらえないかな?」

少女は大きく頷くとスケッチブックから一枚ちぎって男性に渡した。

男性は大いに喜ぶとその場を後にした。


そして数日後、少女の描いたその花の絵が脚光を浴びることになった。


男性は商店を営んでいた。

少女からもらった絵を額に入れ、店先に飾ったのだ。

すると、道行く人々はその絵の前で立ち止まり口々に賞賛の声を上げた。

またたく間にその噂は街に広がり、その絵と花は人々の知るところとなったのである。


それからというもの、花は手厚く保護されるようになった。

今まででは考えられない人間の態度に花は戸惑いつつも嬉しく思っていた。

(ああ、私は生まれてきて良かった。)

花は生まれて初めて生きていることを嬉しく思った。

(私を愛でてくれる人よ、ありがとう。)

少女をはじめ、自分を愛でてくれるすべての人に花は感謝した。


だが、幸せな日々は突如失われてしまう。


巨大な地震がこの地を襲い、人々から日常を奪い去ったのだ。

街は一夜にして廃墟と化した。

花を愛でた人々も姿を消した。

そして、花も瓦礫の下敷きになってしまっていた。

(ああ…神よ、なぜ貴方は私から幸せを奪うのですか?)

花は恨むように叫んだ。

花は再び孤独になった。

瓦礫の冷たさだけが花には伝わっていた。

(あの少女は無事なのだろうか?)

(あの男性は無事なのだろうか?)

(私を愛でてくれた人々は?)

徐々に消えゆく命の炎を感じながら花は皆の無事を祈り続けた。


そしてその日から三日が経った。


薄れゆく意識の中、花は人の声を聞いた。

「お花…潰れてる…」

今にも泣き出しそうな声の主はあの少女だった。

「ごめんね、ごめんね…」

少女は自分の罪であるかのように謝っている。

(よかった、君は無事だったんだね。)

花は心から喜んだ。

「よし、瓦礫をのけよう!!」

少女の後ろから男性の声も聞こえた。

見れば少女から絵をもらった男性であった。

(ああ、貴方も無事だったんだね。)

花は二人の無事を心から喜んだ。

しかし、花にはもう時間がなかった。

根元から折れた茎は水を通すことができず、今まさに枯れ果てようとしていたのである。

「だめだ、こんなに傷ついてたら手の施しようがない。」

男性の言葉は少女を更に悲しませた。

「お花さん、枯れちゃうの?」

少女はすがるように男性に詰め寄った。

風前の灯火となった花は、自分の為に泣く少女にどうしても伝えたかった。

だから生まれて始めて神に祈った。

(神よ、私は今まさに貴方の元に召されようとしています。)

(ですからお願いです。私のために涙する少女に一言伝えさせてください。)

花の切ない祈りは神の心を動かした。

神は一言だけ少女に伝えることを許したのだ。

花はゆっくりと少女に語りかけた。

(私のために涙を流す少女よ。)

花の問いかけに半信半疑で少女は花を見つめた。

花はゆっくりと、そして万感の想いを乗せその言葉を言った。


(ありがとう)


花はそう告げると天に召されていった。

少女は花の亡がらを抱きしめ、ただひたすらに泣いた。

そんな少女を見ていた全ての人が同じように涙していた。

震災はこの街に悲しみの雨を降らしていた。

絶望の闇が人々を包みこもうとしていた。


少女の一滴の涙が花を濡らしたとき、その奇跡は起こった。

少女の手から一面に向けて無数の光がとび散った。

光が落ちた場所には燃えるように鮮やかな真っ赤な花が咲いた。

生きる力に満ち溢れた花が無数に咲き誇っていた。

少女は驚き、そして満面の笑みを浮かべた。

「お花さん、ありがとう!」

少女は天に向かい手を振った。

「花は私たちに生きる希望を与えてくれたのだ。」

男性も天を見上げ涙を流した。

皆が流したその涙はまた新たな花を咲かせる、喜びの涙だった。


月日は経った。

あの日、壊滅的な被害を受けたあの街は見事な復興を遂げた。

少女は大人になり、子供を授かっていた。

「あ、お母さん見て!」

お母さんと呼ばれた女性はその指先をみて優しく呟いた。

「おかえりなさい。」


真っ赤な花が風に揺られて咲いていた。









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