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短編No.41-60

No.48 オオシマザクラのサク

作者: 藤夜 要

 サクはふしぎなサクラでした。

 白い花、太いまっすぐな幹なのは、ほかのオオシマザクラたちとおんなじです。でも、ほかの仲間とちがって、人の言葉を話せるのです。

 少しまえまでは、人間たちはサクのからだにしゅろなわを巻いて

「神さまの宿る御神木」

 と言って、たくさん近づいてくれました。

 たくさんの相談ごとにものりました。

 たくさんの子どもたちともあそびました。

 でも、いまはだれもいません。人間どころか、仲間のオオシマザクラたちも、どんどんいなくなってしまいました。じゅみょうで死んだり、ばっさいされたりしたのです。

 白くておもしろくない、と言って、ソメイヨシノといううすもも色のきれいなサクラがあちこちにたくさん植えられました。でも、彼女たちはとっても命がみじかいです。みんなサクを置いて逝ってしまいます。

 やっとなかよくなったころに、すぐ置いていかれてしまうのです。

 人間はしゃべるサクをこわがって、まったく近よってくれなくなりました。

 サクは、泣くことにもつかれてしまい、ただぼんやりと長い月日をすごしていました。


 時はながれ、ながれました。あいかわらずサクはひとりぼっち。

 だけどある日、ほんとうに久しぶりに、人間がサクの根もとにすわりました。ずっとずっとむかしの子なら、きっとサクに登りたがる、そんな年ごろの男の子です。

「ボクの何がわるいんだろう」

 男の子がぽつりとつぶやきました。

「ボクのどこがきもちわるいんだろう」

 ぽとりと男の子の目から、きれいななみだがこぼれます。そのひとしずくがサクの足もとをぬらしました。そのなみだから伝わる男の子のきもちは、サクの心まで、じめり、しとり、と雨を降らせていきました。

 男の子は、なんにもきもちわるくなんかない、ふつうの子です。なのにかれの友だちは、転校したばかりの彼がしゃべらないことを「何かんがえてるかわかんない」と言うのです。そして、彼からにげていってしまうのです。

 男の子は、ちょっとはずかしいだけです。学校なんてはじめてだから。

 男の子は、ちょっとこわがりやさんなだけなんです。からだがよわくて、ずっとびょういんでねてばかりいたので、お友だちをつくるきっかけがなかったから。

 サクは勇気をふりしぼって、男の子に声をかけてみました。

「キミ、ねえ、キミ」

「え? だれ?」

 男の子は、びっくりしてあたりをキョロキョロ見わたします。だけど、だれもいませんでした。当たり前です。この町の人は、みんなサクをきみわるがって、ここになんて来ないのですから。

「私です。キミが今こしかけている、オオシマザクラの私ですよ」

「ええっ」

 ああ、やっぱりおなじ言葉が返ってきちゃった。サクはそんなふうに思いました。やっぱり声なんてかけなければよかった、と、ほんとうにそのいっしゅんだけ思いました。

 でも。

「すごい! しゃべるサクラなんてはじめて見たっ」

 男の子の目がキラキラとして、サクのことを見上げているではありませんか。

「私のことが、きもちわるくないのですか」

 サクは思わずきいてしまいました。

「きもちわるい、っていわないで。ボク今、その言葉がだいきらい」

 ああ、そうだった、とサクは男の子のながした涙のことを思い出して、じぶんのうっかりに気づきました。もうしわけなくて、枝のうでで、さわさわと自分の口もとをなでました。

「ごめんなさい。私、ずっと人間にきもちわるいといわれてきたから、信じられなくて、つい。来てくれてありがとう」

 そういって、はじめて自分の名まえを名のりました。

「私はサクっていうんです。よかったらお友だちになってくれませんか。えっと」

「サクヤ。ボク、サクヤっていうんだ」

 男の子は、さっきよりも、ずっと、うんと、うれしそうな顔をして、そうおしえてくれました。

 その日はたくさんの話をしました。

 サクヤはついたち生まれだから、むかしの言い方から名まえをとって「朔」というむずかしい文字を使うのだとか。

 サクがとつとつと先に逝ってしまった仲間の話をすると、

「サク、かわいそう。さみしかっただろう」

 と言って、そっとからだにうでを回してだきしめてくれました。サクのからだがしっとりとぬれます。サクヤがサクのために、涙をながしているのでした。

 サクはサクヤのように涙がでません。だけど、たくさんさいた花たちが、花の涙をこぼしました。

「サクヤ、私はもうさみしくなんかなくなりました。だってサクヤがお友だちになってくれたんですもの」

 その日から、サクもサクヤもひとりぼっちではなくなりました。

 サクはサクヤに、木のぼりのしかたをおしえます。

「そうそう。そうやって、そこです。そこに足をかけて……ほら、できた!」

「うわ、やった! 母さんに見つかったら、あぶないっておこられちゃうんだもん。よかった、サクがしゃべれるサクラで」

 そんなことをいわれたら、こそばゆくって。サクは小枝で頭をかきました。

「ぶはっ、もう、サクぅ。花びらでくすぐったい」

「あ、ごめんなさい」

「すぐあやまるし」

「ごめんなさ……あ」

「あはは」

「くすくす」

 たのしくて、うれしくて、まいにち明日のくるのがまちどおしくて。サクはサクヤのことが大すきになりました。サクヤといっしょにながめるまちのけしきも、はじめてきれいとおもえるようになりました。

 たくさんの時がながれてかわってしまったけしきに、じつははじめて気がついたのでした。


 時はながれ、ながれます。ある日、ふたりだけのひみつだったこのばしょに、サクヤがひとりの女の人をつれて来ました。

「サク。しょうかいするよ。こんどぼくのおよめさんになる、サクラさん、っていうんだ」

「およめさん」

 サクはそのいみを知っていました。大切な人ができたらずっといっしょにくらせる、人間のしきたりのひとつです。

 サクは少しだけかなしくなりました。サクラさん、という大切な人ができたから、もうサクヤとはさよならしなくてはいけないのかな、と思ったからです。

 だけどそれはちがいました。

「サク、これからはぼくらだけじゃなくて、サクラさんも来ていいかい?」

 なんてうれしくて、なんてくやしい、六月というこのきせつ。

「サクはばかです。どうしてもっとはやく、花のきせつにサクラさんをつれてきてくれなかったんですか」

 そうしたら、さくらふぶきでサクラさんをおむかえできたのに。おいわいができたのに。一番すてきな自分を見せてあげられたのに。

 そんな文句をサクヤに言ってから、あ、とはじめて気がつきました。うっかりしゃべってしまったことを。またきらわれてしまうかも知れません。サクヤの大すきなサクラさんに、きもちわるいといわれるかもしれません。そうしたらサクヤはもうあそびに来てくれなくなってしまうかも。

「すてき。ほんとうに、はなしかけてくれるのね。サク、初めまして、よろしくね」

 やわらかい、やさしい声が、サクにそういってくれました。

「サクラさん、ありがとう。私こそ、どうぞよろしくおねがいします」

 サクラのはっぱがまいちります。風もないのにまいおちます。

 サクに、またひとり大切な友だちができました。


 時はながれ、ながれていきます。

 サクヤとサクラはおとうさんとおかあさんになりました。サクは、ふたりの子どもたちにも木のぼりをおしえてあげました。春にはさくらふぶきでおいかけっこをしてあそびました。夏にはすずしい木かげをつくってあげました。秋には赤くそまったはっぱをさしだし、色水をつくるお手つだいをしてあげました。冬には枝を小さくすこしずつふって、つもった雪をちらしてあそびました。

 サクヤとサクラの子どもたちは、サクを「ふしぎなサクラの神さま」と言って、たくさんのお友だちをつれてきました。そして、サクの足もとをひみつきちにして、いろんな話を聞かせてくれました。

 たくさんの友だちの話、学校の話、恋の話、けんかした話、それはもう、ほんとうにたくさんのお話を聞かせてくれました。いっしょに泣いたり、いっしょにわらったり、ときにはサクでも元気をわける言葉をかけてあげることもできました。ずっとずっととおいむかし、まだサクを「御神木」とよんでなんでも話してくれた人間たちの話をつたえたりすると、子どもたちはいろんなことをかんじて元気を取りもどしてくれたりすることもあったのです。

 サクは、しあわせでした。ときどき、からだのあちこちがいたむけれど。よくいきがくるしくなるけれど。くたりと頭をさげたくなることもあるけれど。それでも、サクはしあわせでした。


 ある春の日。サクはゆめを見ました。なつかしい仲間たちが、あそびに来てくれたゆめです。サクはやっぱりサクラです。かさかさとふれあうはっぱの手がうれしくて、サクラどうしでしか話さない言葉でおしゃべりするのがたのしくて。

「私もはやく、みんなといっしょのばしょにいきたいな」

 そんなことをいいました。

「じゃあ、ちゃんとサクヤたちにお別れのごあいさつをしないとね」

「たくさんお礼もしないとね」

「サクヤたちはかなしまないかなあ」

「だいじょうぶだよ。だってサクヤたちはひとりぼっちじゃないんだもの」

「きっと、心の中にサクをずっといさせてくれるだろう」

「サクは、いいの?」

 仲間たちにいわれ、サクはちょっぴりかんがえました。

 サクヤたちとお別れするのはさみしいです。できれば、仲間たちともサクヤたちともいっしょにいたいとおもいます。だけど。

「うん、いいの」

 この間、木のぼりをしたサクヤの子たちやその友だちが、サクのうでがおれたせいでけがをしてしまいました。

 そのまえには、サクヤがサクのからだにあいてしまったあなにうでがはまってしまい、いたい思いをさせてしまいました。

 サクはもう年をとってしまい、からだのあちこちがぼろぼろになっていたのです。

「さみしいけれど、だけどもう私のせいで、みんなをこまらせたくはないから」

 サクは知っていました。人間たちが、サクのぼろぼろになったからだを見に来て「あぶないから切ってしまおう」といっていることを。サクヤやサクヤの子ども、その友だちやそのお父さんやお母さん、サクとなかよくしてくれたみんなが、いっしょうけんめい反対してくれていることを。

「いっぱいしあわせをもらったから、この春は私がみんなにしあわせのお返しをしたいの」

 サクラの仲間たちは、サクのその言葉を聞いて、元気を分けてくれました。


 お花見のきせつです。ソメイヨシノたちがうすもも色のきれいなかわいい花をちらせています。

「わあ、サク、すっごく、きれい」

 うすもも色の中にまじって、サクのまっ白な花びらもまいちります。みんながとってもよろこんでくれました。とっても小さな子たちは、おいかけてつかまえようとしてくれます。

 サクヤとサクラはサクの花びらをあつめて「おし花にしよう」なんてうれしいことを話しあっています。

「ちゃんとフレームにいれて、できたら、すぐサクに見せにくるよ」

 そういってわらうサクヤのえがおは、子どものころとぜんぜんかわりません。

「ありがとう、サクヤ。ずっとずっと、私のことをおぼえていてくださいね」

 ひさしぶりにからだがいたくないので、元気なこえで言えました。

「きゅうにどうしたんだい」

 きょとんとしたときのかおも、むかしのままです。

「ひさしぶりに、とってもきぶんがいいので、言葉にしたくなったんです」

 げんきな私をおぼえていてくださいね、とサクはすこしだけごまかしました。

「へんなやつ、サク。でも、ぼくはずっとわすれやしないし、ずっとサクのことが大すきだよ」

 サクヤがそういってサクのからだにふれました。とってもあたたかな、そしていつのまにか、とっても大きな「お父さんの手」になっていました。ほんとうにながいじかんがすぎたのだなあ、とサクは心から思いました。サクヤの言葉につられたのでしょうか。サクラもサクにふれました。

「サク、私もあなたが大すきよ。これからもずっといっしょに、よろしくね」

 まっ白な花びらが、どんどんぐんぐんまって、のぼっていきました。

「サクラ。私も、サクラのこと、大すき」

「ていねいな言葉じゃないので話してくれるのね。うれしい」

 サクラはサクにだきつきました。とってもやわらかくて、あたたかいサクラ。ずっとずっととおいむかし、まだなえ木だったころにだきしめてくれた女の子とよくにたあったかさで、サクはまた花びらの涙をちらせました。

「サク、大すき」

「あー、ボクもー」

 みんながサクをだきしめてくれます。

「私も、みんなが大すき。みんな、ほんとうにありがとう」

 サクはもうちらす花びらがなくなったのに、ずっと枝をふるって泣きました。


 しんとしずまりかえったその日のよる。すこしひんやりとした空気がとてもきもちのよい夜でした。

 だけど、サクの心はあったかです。たくさんの「大すき」をもらえたから。

 からだじゅうがいたみます。いきがとってもくるしいです。

 だけど、サクはしあわせでした。みんなときちんとお別れができたから。おんがえしができたから。ちゃんとみんなに「大すき」と、ほんとうの気もちをつたえることができたから。

「サク。むかえにきたよ」

 とおくから仲間たちの声が聞こえます。あまいかおりがしてきます。

「うん、今いくよ」

 サクは心の中でそうこたえると、ゆっくりと目をとじました。


 ――ぴしっ。


 その夜、しずかなじゅうたくがいのはずれにあるおかで、いっぽんのサクラの木が、まっぷたつにわれて、たおれました。

 ――サクヤ、サクラ、子どもたち、さようなら。そして、ほんとうにありがとう。

 まんまるのお月さまだけが、さいごにこぼしたサクの言葉を聞いていました。

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