第7話 冒険者救出
「しまった……!」
昼下がり、エドワードは自分の失態に強い後悔を覚えていた。
迂闊だった。本来なら、そんなことを言う必要はなかったのに。
ついうっかりと、世間話のつもりで言ってしまった。言うべきではなかった……!
リベル様には……!
◇ ◇ ◇
「昨日はどこへ行かれていたのですかな?」
「帝都」
「ほう……」
帝都までは馬車で一日かかる。
朝出発されたことを考えれば、仮に帝都に行っていたとしてもおかしくはない。ですが、リベル様は夕食の時間にはすでに屋敷に戻られていた。
私が手配している見張り役も、リベル様が「リーズフェルト」と名乗る女性と馬車に乗り、ヴァルク領を出たところまで追跡できております。ですが……帰ってきた形跡はなかった。本当に帝都へ?
ですが、私エドワード・グレイ。すでにリベル様に関して疑うということを忘れてしまっております。なぜなら、リベル様はおそらく《《出来て》》しまう。
すでに剣術は私よりはるか高見、魔術も底知れません。リベル様な、戻りを一瞬で済ませてしまっても……不思議はないのかもしれません。本当に、このお方はいったい……。
「そういえば、近頃帝都で怪しい教団が出ているみたいですな」
「教団?」
「ええ。なにやら帝国内で情報網を広げようとしているみたいですが……。警戒されたしと、帝都より使いがありました」
「なるほど……覚えておくよ」
「あともう一つ……実は、帝都付近の森で魔物の群れが出没しているみたいでして。どうやら高ランクの魔物らしく、広範囲なため冒険者ギルドでも対処しきれず――」
とそこで、私は自分の口がまずいことを口走っていることに気が付く。
気づいた時には遅く、リベル様の目は輝きを放っていました。
「……エドワード」
「は、はい……」
「夕食までには戻る」
それは、無言の圧。戻るから、居ることに適当にしのいでおいてくれ、という圧です。
これを言い出したリベル様を、私は止めるすべを持ちません。
「承知……いたしました」
「それじゃ」
そう言って、リベル様は突然魔術を発動すると、影の中へと消えていった。
一体何が何だか……。ですが、少なくともリベル様に限っては、命の心配などは無用であることは、間違いありません。
◇ ◇ ◇
帝都外の森に来ていた。
大型の魔物が群れで出没しているらしい。冒険者ギルドが対処しきれていないと聞いた。
まさにちょうど良い! 屋敷近くの森は低ランクの魔物しかいなくて、物足りなかったところだ。冒険者ギルドが対処しきれないということは、それなりにランクの高い魔物もいるだろう。
しかし、森は以外にも静かだった。
木漏れ日が地面に斑模様を作っている。虫の声。風が梢を揺らす音。
――と。
奥から金属音が聞こえた。剣が何かにぶつかる、硬い音。そして、男の怒号。
続けて、獣の唸り声。一つじゃない。複数だ。
俺は影まっすぐ音の方へ伸ばし、その中に身体を浸し、影を泳ぐようにスーッと高速で移動する。
影に触れられ、入れることを応用した移動方法!
壁にぶつかっても影があればそこを道として利用できる、最強の移動術だ。
木々の間を抜けて、開けた場所に出た。
すると、大柄な男が7体の魔物に囲まれていた。
「ここで終わりかよ……!」
男の声が聞こえる。
牙の生えた狼型の魔物。体長は俺の背丈以上ある。
たしかあれは……”ウルファング”だったか。単体ではランクBだが、群れるとSになる厄介な魔物だ。
つまり、七体いるということはA+~Sといったところかな?
大柄の男は片手に剣を構えている。もう片方の腕からは血が流れていた。
しかし、すでに地面に四体のウルファングが息絶えて倒れていた。
かなり腕の立つ人だ。でもここから七対一はきつい。
考える前に、身体が動いた。
俺はそのウルファングの包囲網の中に飛び込む。
「!? 子供!? ――いや――」
俺は影を背中から展開する。
羽のように広がり、それは空間を覆いつくす。
そして、地面に手を翳す。
――瞬間。
地面から一斉に飛び出した硬化された影が、ウルファングの身体を貫く。
――七体同時に。
地面から飛び出した影の棘に刺され、ウルファングの串刺しが出来上がる。
全て致命傷。
ウルファングの体内構造は把握していた。脇の下から顎にかけて突き刺せば、こいつらは抵抗する間もなく一撃で死に至る。
群れなければ弱い。であれば、群れでの行動をされる前に、一撃で仕留めればよい。
その間――三秒。この一年で、だいぶ速くなったな。
「…………」
男がこちらを見ている。
大剣を持ったまま、微動だにしない。
オールバックに、鋭い眼光。
よく見ると、とてつもない体格をしている。
筋肉隆々、体中の傷跡、使い込まれた剣。
年齢は三十代くらいだろうか。冒険者、というより歴戦の戦士という風格がある。
……正直、ちょっと怖い。
声をかけ……た方が良いんだよね……?
大丈夫ですか? とか……? いや、それだとプライドを傷つけかねないか……。
……どうしよう……。
いや、だって。相手は身長が俺の三倍くらいある強面の大人だ。こっちは七歳だぜ?
数秒、ただ背中に影を背負いながら、じっと男を見つめ佇んでいた。
そしていよいよ、何か言うぞ! と覚悟を決めた時。
その男は何かを悟ったように細め――静かに、片膝をついた。
「……命を救われた」
お、おぉ。律儀な人だな。
「あのウルファングの群れを瞬殺とは……そして、今も感じるそのとてつもない圧……あんた、何者だ?」
(有り得ねえ……子供のような見た目で、なんて力をもってやがる……。全盛期の俺以上……!)
「リベル・フォン・ヴォルク」
「ヴォルク……ヴォルク領の貴族か。なんでここに?」
「たまたまだよ」
「!」
(有り得ねえ。俺は帝都に被害が及ばないよう、郊外を選んで戦った……! この近くにあるのは廃教会くらいで、人がたまたまで来るようなところじゃねえ……。一体……何者だ……?)
「俺は……さすがに死を覚悟した。まさか、助けられるとは」
「まあ……ついでにね」
あまり恩着せがましいのも良くないからね。たまたまってことにしておこう。
「!」
(ついで……この俺を、気まぐれで助けたと……!? 場所もたまたま……そんなことがあるわけがない! この命を、あえて生かしたと言いたいのか!? 生殺与奪の件は、自分にあると……!)
男の額に汗が垂れる。
どうしたのかな、さすがに疲れたのかな。
俺はじっと男の顔を見る。
(! なんて圧……この俺が、この姿勢から動けないとは……。人……なのか? それともまさか、神――)
「名前は?」
「………………ガルド。冒険者だ」
「知っているよ」
(やはり――! 全て把握してやがる……!)
やっぱり冒険者だよね、あってたあってた。
「それじゃあ……これで」
とりあえず名前は交換できたし、もういいかな。
あまりここに居ても迷惑だろうし。
「な、何も要求しないのか!?」
「え?」
な、なんだ急に……見返りを求めると思われてるってこと?
そう見えちゃうのかあ……。
「英雄は求めないよ、見返りはね」
「英……雄……?」
そうだ、こういうのよくわからないし、リーズフェルトに任せよう。
「何かしたいなら、この先に廃教会がある。そこで、リーズフェルトって子に話を聞いてみて」
「廃教会……」
(やはり、俺を狙ったとしか思えない場所を……! どこまでがこのお方の策略なんだ!? ……いや、実際命を救われたのは事実。それに……この方の力の源を知りたい。こんな気持ちは、久しぶりだ……)
「それじゃあね」
そうして、俺はさらに森の深くへ魔物が狩りへと出かけた。
うん。まあ、意外といい出会いだったね。
「しまった……!」
昼下がり、エドワードは自分の失態に強い後悔を覚えていた。
迂闊だった。本来なら、そんなことを言う必要はなかったのに。
ついうっかりと、世間話のつもりで言ってしまった。言うべきではなかった……!
リベル様には……!
◇ ◇ ◇
「昨日はどこへ行かれていたのですかな?」
「帝都」
「ほう……」
帝都までは馬車で一日かかる。
朝出発されたことを考えれば、仮に帝都に行っていたとしてもおかしくはない。ですが、リベル様は夕食の時間にはすでに屋敷に戻られていた。
私が手配している見張り役も、リベル様が「リーズフェルト」と名乗る女性と馬車に乗り、ヴァルク領を出たところまで追跡できております。ですが……帰ってきた形跡はなかった。本当に帝都へ?
ですが、私エドワード・グレイ。すでにリベル様に関して疑うということを忘れてしまっております。なぜなら、リベル様はおそらく《《出来て》》しまう。
すでに剣術は私よりはるか高見、魔術も底知れません。リベル様な、戻りを一瞬で済ませてしまっても……不思議はないのかもしれません。本当に、このお方はいったい……。
「そういえば、近頃帝都で怪しい教団が出ているみたいですな」
「教団?」
「ええ。なにやら帝国内で情報網を広げようとしているみたいですが……。警戒されたしと、帝都より使いがありました」
「なるほど……覚えておくよ」
「あともう一つ……実は、帝都付近の森で魔物の群れが出没しているみたいでして。どうやら高ランクの魔物らしく、広範囲なため冒険者ギルドでも対処しきれず――」
とそこで、私は自分の口がまずいことを口走っていることに気が付く。
気づいた時には遅く、リベル様の目は輝きを放っていました。
「……エドワード」
「は、はい……」
「夕食までには戻る」
それは、無言の圧。戻るから、居ることに適当にしのいでおいてくれ、という圧です。
これを言い出したリベル様を、私は止めるすべを持ちません。
「承知……いたしました」
「それじゃ」
そう言って、リベル様は突然魔術を発動すると、影の中へと消えていった。
一体何が何だか……。ですが、少なくともリベル様に限っては、命の心配などは無用であることは、間違いありません。
◇ ◇ ◇
帝都外の森に来ていた。
大型の魔物が群れで出没しているらしい。冒険者ギルドが対処しきれていないと聞いた。
まさにちょうど良い! 屋敷近くの森は低ランクの魔物しかいなくて、物足りなかったところだ。冒険者ギルドが対処しきれないということは、それなりにランクの高い魔物もいるだろう。
しかし、森は以外にも静かだった。
木漏れ日が地面に斑模様を作っている。虫の声。風が梢を揺らす音。
――と。
奥から金属音が聞こえた。剣が何かにぶつかる、硬い音。そして、男の怒号。
続けて、獣の唸り声。一つじゃない。複数だ。
俺は影まっすぐ音の方へ伸ばし、その中に身体を浸し、影を泳ぐようにスーッと高速で移動する。
影に触れられ、入れることを応用した移動方法!
壁にぶつかっても影があればそこを道として利用できる、最強の移動術だ。
木々の間を抜けて、開けた場所に出た。
すると、大柄な男が7体の魔物に囲まれていた。
「ここで終わりかよ……!」
男の声が聞こえる。
牙の生えた狼型の魔物。体長は俺の背丈以上ある。
たしかあれは……”ウルファング”だったか。単体ではランクBだが、群れるとSになる厄介な魔物だ。
つまり、七体いるということはA+~Sといったところかな?
大柄の男は片手に剣を構えている。もう片方の腕からは血が流れていた。
しかし、すでに地面に四体のウルファングが息絶えて倒れていた。
かなり腕の立つ人だ。でもここから七対一はきつい。
考える前に、身体が動いた。
俺はそのウルファングの包囲網の中に飛び込む。
「!? 子供!? ――いや――」
俺は影を背中から展開する。
羽のように広がり、それは空間を覆いつくす。
そして、地面に手を翳す。
――瞬間。
地面から一斉に飛び出した硬化された影が、ウルファングの身体を貫く。
――七体同時に。
地面から飛び出した影の棘に刺され、ウルファングの串刺しが出来上がる。
全て致命傷。
ウルファングの体内構造は把握していた。脇の下から顎にかけて突き刺せば、こいつらは抵抗する間もなく一撃で死に至る。
群れなければ弱い。であれば、群れでの行動をされる前に、一撃で仕留めればよい。
その間――三秒。この一年で、だいぶ速くなったな。
「…………」
男がこちらを見ている。
大剣を持ったまま、微動だにしない。
オールバックに、鋭い眼光。
よく見ると、とてつもない体格をしている。
筋肉隆々、体中の傷跡、使い込まれた剣。
年齢は三十代くらいだろうか。冒険者、というより歴戦の戦士という風格がある。
……正直、ちょっと怖い。
声をかけ……た方が良いんだよね……?
大丈夫ですか? とか……? いや、それだとプライドを傷つけかねないか……。
……どうしよう……。
いや、だって。相手は身長が俺の三倍くらいある強面の大人だ。こっちは七歳だぜ?
数秒、ただ背中に影を背負いながら、じっと男を見つめ佇んでいた。
そしていよいよ、何か言うぞ! と覚悟を決めた時。
その男は何かを悟ったように細め――静かに、片膝をついた。
「……命を救われた」
お、おぉ。律儀な人だな。
「あのウルファングの群れを瞬殺とは……そして、今も感じるそのとてつもない圧……あんた、何者だ?」
(有り得ねえ……子供のような見た目で、なんて力をもってやがる……。全盛期の俺以上……!)
「リベル・フォン・ヴォルク」
「ヴォルク……ヴォルク領の貴族か。なんでここに?」
「たまたまだよ」
「!」
(有り得ねえ。俺は帝都に被害が及ばないよう、郊外を選んで戦った……! この近くにあるのは廃教会くらいで、人がたまたまで来るようなところじゃねえ……。一体……何者だ……?)
「俺は……さすがに死を覚悟した。まさか、助けられるとは」
「まあ……ついでにね」
あまり恩着せがましいのも良くないからね。たまたまってことにしておこう。
「!」
(ついで……この俺を、気まぐれで助けたと……!? 場所もたまたま……そんなことがあるわけがない! この命を、あえて生かしたと言いたいのか!? 生殺与奪の件は、自分にあると……!)
男の額に汗が垂れる。
どうしたのかな、さすがに疲れたのかな。
俺はじっと男の顔を見る。
(! なんて圧……この俺が、この姿勢から動けないとは……。人……なのか? それともまさか、神――)
「名前は?」
「………………ガルド。冒険者だ」
「知っているよ」
(やはり――! 全て把握してやがる……!)
やっぱり冒険者だよね、あってたあってた。
「それじゃあ……これで」
とりあえず名前は交換できたし、もういいかな。
あまりここに居ても迷惑だろうし。
「な、何も要求しないのか!?」
「え?」
な、なんだ急に……見返りを求めると思われてるってこと?
そう見えちゃうのかあ……。
「英雄は求めないよ、見返りはね」
「英……雄……?」
そうだ、こういうのよくわからないし、リーズフェルトに任せよう。
「何かしたいなら、この先に廃教会がある。そこで、リーズフェルトって子に話を聞いてみて」
「廃教会……」
(やはり、俺を狙ったとしか思えない場所を……! どこまでがこのお方の策略なんだ!? ……いや、実際命を救われたのは事実。それに……この方の力の源を知りたい。こんな気持ちは、久しぶりだ……)
「それじゃあね」
そうして、俺はさらに森の深くへ魔物が狩りへと出かけた。
うん。まあ、意外といい出会いだったね。
◇ ◇ ◇
日が落ちた頃。
帝都外れの廃教会の前に、男が立っていた。
ガルド。冒険者。つい数時間前、森で命を拾った男。
あの少年に言われた場所は、ここだ。リーズフェルトという名の人物がいると。
ここに来た理由が、まだ自分でも整理できていない。ただ、足が向いた。
重い扉を押し開ける。
中は――予想に反して、綺麗に整えられていた。磨かれた石の床。修繕された壁。蝋燭の灯りが揺れている。
奥から、静かな足音。
銀色の髪の少女が、地下から姿を現した。
「お待ちしておりました」
少女は微笑んでいた。まるで、来ることがわかっていたかのように。
「……あんたが、リーズフェルトか」
「はい。リベル様に命を救われたのですね」
ガルドは一瞬、目を見開いた。
「……なぜわかる」
「リベル様が誰かを遣わされるとき、そのお方は必ず――救われた者です」
少女の声には、迷いがなかった。
「……あの方は、何者だ」
リーズフェルトは一拍、目を閉じた。
そして、静かに開く。
「――神です」
馬鹿馬鹿しい、と。
そう言い返す気には、なれなかった。
あの力。あの圧。命を救っておきながら何一つ求めず去っていった、あの在り方。
ガルドは無言で、片膝をついた。
「……俺の剣を、預ける」
「ようこそ」
リーズフェルトが静かに頭を下げる。
廃教会の地下で、影がまた一つ、濃くなった。




