第6話 廃教会
帝都外れの廃教会に向かって、リーズフェルトと並んで歩いていた。
あれから一年。七歳になった。
剣術、魔術、学問。毎日欠かさず鍛えてきた。エドワードとの模擬戦はもう手応えがなくなってきたし、なにより、"深淵の影"の精度が段違いに上がった。
影空間は、中に入ることが可能だった。外と同じような物理法則で、頑張れば一人暮らしができそうなくらいの広さだった。
ただ、中で暮らす意味もないから、基本的には収納空間として利用するのが良さそうだ。現状は三つ空間があり、うち一つを収納として活用している。
リーズフェルトとはこの一年、定期的に会っていた。相変わらず夜に二階の窓から来る。もう慣れたけど。
そして今日、ようやく拠点を見に行くことになった。
意外と長い時間がかかった。リーズフェルトなりに、それなりに組織として成立していないと嫌だったらしい。
正直、ちょっと楽しみだ。仲間が集まっている場所を自分の目で見る。英雄としての活動拠点。……なんかそれだけで、前に進んでいる感じがする。
「こちらです、リベル様」
しばらく何もない場所を歩くと、石造りの建物が見えてきた。
……思ったより、ずっと大きい。
重い扉を押し開けると、最初に目に入ったのは磨かれた石の床だった。
……磨かれている? 廃教会って聞いてたんだけど。
見上げると、壁も綺麗に修繕されている。ひび割れ一つない。窓には新しいガラスがはまっていて、午後の光が差し込んでいた。
「……ここ、本当に廃教会?」
「はい。同志たちが修繕いたしました」
「ほう……」
同志……同志か。仲間のことをそう呼ぶんだな。リーズフェルトっぽい。
でも、一年でここまで綺麗にするって相当だ。みんなよく頑張ったな。
「基本的にここはリベル様が使うような場所ではありません。こちらが本題です」
「ほう……」
リーズフェルトに連れられ、石段を降りると、さらに広い空間があった。
「地下室か」
「はい」
長い机と椅子が整然と並んでいる。壁際には書棚。紙束が積まれた作業机。奥にはさらに部屋がいくつも続いている。
なんか、会議室みたいだな。
「現在、同志は四十三名です」
「そんなに……」
四十三名。……一年で四十三人。
凄い数だな。
前世じゃ、スマホの連絡先に入ってた人間すら片手で足りなかったのに。
まあ、俺の力じゃなくてリーズフェルトの人望だろうけど。それでも、「リベルの志に共鳴した」って言ってくれる人が四十三人もいるのか。
「どういう人たちなの」
「行き場のなかった者が中心です。孤児、元奴隷、職を失った者……リベル様の志に共鳴し、集まりました」
恵まれない人たちを保護しているのか。それなら立派な英雄活動だ。ボランティアの輪が広がるのは良いことだ。
「彼らに様々な情報収集や、潜入など、あらゆる任務を与えております。ご安心ください」
情報収集に潜入……!? 情報機関か何かですか?
――あぁ、いや、そういうことか。リーズフェルトは中二病なんだった。
情報収集……つまり、求人とかを集めて、潜入……体験入社とかして他の人でも働けるか見てるってことか。つまり……。
「慈善活動……か」
「? いえ、彼らは――っ!?」
(いや、違う……! リベル様は、彼らに慈善活動も行わせろとおっしゃっているのだ……! そうだ、ただ諜報活動をしていてはいずれ怪しまれる……だからこそ、表向き慈善活動団体として振舞うことで、世間の目をごまかそうと……! なんて深謀遠慮な……目の前の目的に固執して、視野が狭まっていた……何というお方だ、いったいどこまで見えているのですか……!)
「どうかした?」
「いえ……リベル様のその思惑、しかと理解いたしました。早急に準備させていただきます」
「? そ、そうか」
何のことだろう……まあいいか。
「それにしても、立派な活動だなリーズフェルト」
「すべて、リベル様のお導きです」
お導きって。まあ、リーダーの名前を出した方が組織として動きやすいんだろう。賢い子だ。
通路を歩いていると、何人かとすれ違った。全員が、俺を見た瞬間に立ち止まって片膝をつく。
目を合わせようとすると、視線を伏せられる。まるで太陽を直視できないみたいに。
……え、そこまでする?
「リベル様の御前です。当然のことかと」
いや全然当然じゃない気がするけど……。
リーズフェルトがしっかり教育してるんだろう。礼儀正しいのは良いことだけど……七歳の子供にそんなことします?
……いや、リーズフェルト自身がそうだった。
まあ、確かに家の中では貴族だし、使用人たちにはそういう風に接されているけど……。リーズフェルトの家来ごっこも、なるべくあの屋敷ないくらいにしておいてほしいが……。
「……一応、外では対等だからさ、ほどほどに」
「! なるほど、配慮ができておりませんでした。徹底させておきます」
(確かに、影に潜むわが神に同志が忠誠を見せれば、すぐにリベル様とわかってしまう……! くそ! 崇拝するあまり、教義を疎かにしてしまっていた……そこがリベル様には見透かされていた……!)
リベルは悔しそうに唇をかむ。
そ、そんなに嫌なら今まで通りでもいいんだけど……。
そうして一通り回って。
今後俺が大きな英雄活動をするとなったら、この拠点を利用するのはなかなか良さそうだった。立地も良いし。
俺は冒険者というものもやってみたかった。話を聞くと、大きな依頼はやはり帝都に偏っているようで、さすがにヴァルク領で始めるのは微妙そうだった。
けど、ここからならちょうど良さそうだ。
「リベル様がここへ来やすいように、今馬車の手配を行っているのですが、都合の良い御者が見つからず難航しており……それもあってお披露目が遅くなってしまいました、申し訳ございません」
「いや、それには及ばないよ」
「え?」
「ここに、影空間の出口を常設できると思う」
俺は地下室の壁に手を当てた。意識を集中する。
"深淵の影"――”影扉転移”!
指先から影が滲み出す。それは、じわりと壁面を覆っていく。
次第にその黒い影は四角い形を作り、そして影の扉が出現した。影がゆらゆらと揺れている。
「扉……ですか?」
「そう。これは俺の影空間内からつながっている扉だ。これでいつでも屋敷とここを行き来できる」
影空間の中に扉が二つあるイメージだ。
一つは自分が入るときに使った扉。もう一つは、今のところ何処にも繋がっていなかったが、今ここにつなげた。これで、影空間を介して瞬間移動が可能となった。
……便利すぎるな、これ。前世でも欲しかった……。
リーズフェルトは、目を見開く。
(影の扉……。神が、この場所と御身を直接繋いでくださった。『神は直接現れない。しかしその影は常に帝国を覆っている』――教義が、今、目の前で証明された……!)
「……ありがたき幸せ!!」
リーズフェルトは深々と頭を下げる。
うんうん、便利なのっていいよね。
そうして俺は、無事その扉から屋敷へと戻った。
なんだか慈善団体がかなり大きくなっていたな、ありがたい。英雄としてはそういった匿名での社会奉仕もしないとね。
「英雄なら、困っている人を助けないとね」
◇ ◇ ◇
リベルが影の扉で帰った後。
地下に教団員が集められた。
壁に出現した暗黒の扉を、全員が無言で見つめている。
「本日、神より賜りました」
リーズフェルトが静かに告げた。
「影の扉。神と我々を繋ぐ道です。『神は直接現れない。しかしその影は常に覆っている』。教えの通りです」
全員が、一斉に頭を垂れた。
アゼルが隣の男に囁いた。
「……壁に手を当てたら、闇が広がって扉になった。嘘じゃねえ、俺は見た」
「…………」
「もう何も疑わねえ」
その日の夜。偵察に出ていた一人が戻り、報告した。
「帝都外の森で、大型の魔物が群れで出没しているようです。冒険者ギルドでも対処しきれていないとか」
リーズフェルトはその報告を受け、小さく息を吐く。
今日、リベル様が帰り際にぽつりとおっしゃっていた。
「英雄なら、困っている人を助けないとね」
まるで散歩にでも行くような口調だった。
(……神が、動かれる)
リーズフェルトは教団員たちに振り返った。
「近日中に、神が森へ向かわれます。――備えなさい」




