第3話 最初の信者
盗賊は三人。焚き火を囲んでいる。
縛られた少女は静かに座っていた。その瞳は、よく見ると呆然と空を見つめている。
この特異魔術の効果なのか、俺の目は一段進化しており、夜の闇の中でも比較的周囲がハッキリと見えた。
夜目ってやつなのかな。つまり、その分夜の闇は俺にアドバンテージがあるということだ。
さて、どう動くか。
あまり時間をかけると、今にもあの銀髪の少女が襲われてしまいそうだ。
俺はとりあえず、盗賊たちの前に姿を現す。
「……あぁ? なんだてめえ」
「…………」
コートを羽織った子供が突然夜の闇の中から出てきたのだ、そりゃ「なんだてめえ」にもなる。
「迷子か? ははは、こんな夜遅くに森に入るなって母ちゃんに教わらなかったか?」
正論だ……!
「……なんだその目は。気味わりぃ……俺たちは忙しいんだ、さっさと失せな」
「そうだぜ、これからお楽しみだからよぉ! 命拾いしたなガキ!」
ふむ、やっぱり悪党か。
英雄としては、いきなり不意打ちなんてできないからね。
何か言ってから攻撃を仕掛けるべきだろうけど……くそ、思い浮かばないな。
まあ、どうせ倒すし、名を名乗っておくくらいでいいか。
「……リベル・フォン・ヴァルク」
「あぁ……? ヴァルク……領主か?」
「アゼルさん、確か三男がそんな名前でしたぜ」
「あー! そういやそうだったな。バカが、貴族の三男坊が真夜中にこんなところに居るかよ!!」
「名は名乗った」
「は――」
よし、これで正々堂々だ!
さあ、"深淵の影"の実戦練習だ!
「――影領域」
地面を這うように、俺を中心として影が周囲にものすごい速さで広がっていく。
それは、盗賊たちを飲み込んだ。
「なんだ……!? 足元が暗い……!?」
「うろたえるな、魔術だ! 反撃すんだよ!」
「っ! 火球!」
赤く燃え上がる火の玉が、俺目掛けて飛んでくる。
おぉ、これが他の魔術! こういう属性っぽいのもいいよなあ。
俺は指をクンッ! と上にあげる。
すると、目の前の地面を覆った影が一部隆起し、壁となってその火球を防ぐ。
「!? なんだ今の……ぶつかったんじゃねえ……《《飲み込まれた》》……!?」
「…………」
よし、防御も問題なしだ。
えーっと次は……攻撃してみるか。
「! なんだ、足が地面に……!?」
「なっ……嘘だろ、引きずり込まれる……!」
「!? 何が――」
遅い遅い。影を上手く操れば、こうやって拘束することも可能なのだ。
俺はそのまま影を操作し、拘束した二人を思い切り地面に叩きつける。
二人はその衝撃で、一瞬にして気絶する。
残るは、アゼルと呼ばれていたボス一人だけだ。
「お、お前ら、どうした!?」
(なんだ、何が起こっている!? 闇の中から何かが……意味が分からねえ……! それに、なんだこのガキ……名前を言ったきり何も言わずにただこちらを見つめてやがる……くそ、夢でも見てるのか!?)
「ちくしょうおお……ガキに好き放題やられてたまるかよ!!」
アゼルは腰の剣を抜くと、剣に炎を纏わせる。
おぉ! そういう魔術もあるのか、すげえ! フレイムソードだ!
「焼き殺してやるよおお!!」
そういって、アゼルは俺に向かって駆け出してくる。
さて、どう対処するか。せっかくだし、近接戦闘も試してみるか。
俺は地面の影に手を触れると、その中から剣を生成する。
それは、刀身も柄もすべてが漆黒の片手剣だ。
「夜の剣」
振り下ろされる盗賊の剣を、ノクスレイアを下から振り上げ受け止める。
「なっ……どこから剣を!?」
「影」
瞬間、俺は隙を見せた盗賊の胴を斬りつけ、そのまま蹴り飛ばす。
「ッ!!」
盗賊は木に叩きつけられ、がっくりとうなだれる。
「……ふぅ」
あっさりと終ってしまった。
もう少し試したいことがあったんだけど……まあ、俺に有利なフィールドだったし、しょうがないか。
あ、そうだった。少女が捕まってたんだ。
少女に影を伸ばし、縄を切断する。
「…………」
よし。盗賊の制圧と少女の救出完了!
初めての実戦運用、成功だ!
焚火を背にして、俺は少女に向き直る。
よく見ると、とんでもなくきれいな子だな。
銀色の髪が焚き火に照らされていて、まるで輝くようだ。
年齢的には、だいたい18とかだろうか。リリィと同じか少し上くらいに見える。
さて、なんて声をかけるべきか……。
◇ ◇ ◇
全てに絶望していた。
共に逃げた人はみな殺され、残ったのは私だけ。
奴隷として売り飛ばされ、何とかして逃げたが、結局盗賊につかまってしまった。
私の特異魔術は、戦闘向きではなかった。
どうあがいても、こうして誰かに道具として使われる人生が延々と続くと考えると、もはや抵抗する気力もなくなっていた。
そんな時だった。
暗闇から現れたその方は、ものの数十秒で盗賊たちを殲滅すると、私の拘束を解いてくれた。
虚ろだった瞳に光が戻り、私はその命の恩人をまじまじと見つめる。
――その瞬間、私の身体に衝撃が走った。
焚火の炎に照らされ、揺らめく少年の影。
逆光に包まれるその形と、周囲からまるで吸い寄せられるように集まってくる影たち。
その光景があまりに神々しくて、私は思わず見惚れてしまった。
何度も何度も裏切られ、殺されかけ、そうして私は神の存在を喪失した。
だが、この転がりついた底の底で、私は今、神に近い何かを見ている。
そうでなければ、こんな深夜の森の奥深くで、盗賊にとらわれた私を助けに来るような……しかも、少年の姿をした存在など、あるはずがない。六歳ほどの少年にしては、あまりに纏う雰囲気が異質すぎる。
「……神」
思わず、声が漏れる。
そんなことを突然言われれば、困惑するのも無理はない。
――しかし、その少年は何も言わず、ただじっと逆光の影の中からこちらを見つめている。
否定も肯定もしない。
それは、私の感性を信じろということ……?
「……あなたは……何故私を助けたのですか……?」
すると、それはわずかに上を向き、つぶやく。
「この世界に生まれたからには……英雄になりたいのさ」
「!」
瞬間、すべてを理解した。
目の前が開け、一瞬で光で照らされる感覚。
この方は――神だ。
この世に英雄はいない。だからこそ、神が自ら顕現されたのだ。
英雄なきこの世に、英雄のごとき救いをもたらすために。
なぜ私の前に現れたのか。英雄的行動のため? 違う。
神は言っているのだ。まだ死ぬべきではないと。私に、このお方の威光を広く世に知らしめ、手足となって神の英雄的救済を手助けせよと言っておられるのだ……!
「私も、お手伝いさせていただいてよろしいでしょうか」
「……」
少しの沈黙。
「共に行こう。けど、俺は神じゃないよ」
「!」
そういうことか……!
これは世を忍ぶ仮のお姿。私だからその正体を明かしてくださったのだ。それなのに、私は堂々と神などと……!
そう、つまり神はこうおっしゃっているのだ。
影に潜み、直接手を汚さず、目立たずにその威光を知らしめる――と。
そのための手足……! 考えればわかるというのに、私は何という無礼を……!
「申し訳ございません……!」
「わかってくれれば、良いよ」
何と懐の深い……。私は幸せ者だ。
この命に代えても、私はこの方の偉大さを広く世に知らしめるのだ。
それが、私の生まれた意味。私の使命だ。




