第2話 悪い噂と魔術習得
「何? リベルにそんな話が……?」
「えぇ。何やら村でそう言った噂が広まっているようでして」
ヴァルク家当主、レオナルド・フォン・ヴァルクは、執事のコルカーからの定時連絡の中で、息子のリベルについての噂を耳にする。
「領民への威嚇、力で押さえつけるような態度……睨まれたという者も多数か」
「えぇ……。それに、リベル様が夜な夜な森で魔物を嬲り殺し、光悦の笑みを浮かべていたという噂も……」
その報告に、レオナルドの表情が引きつる。
「あのリベルにそんなことが可能とは到底思えんな」
「左様です。そのような現場を見たわけではありませんので、領主様の評判を落とそうとする反乱分子による流言かと」
「そうだな。あいつは取っつきにくいところがあるのは確かだ。本人にも多少の自覚はあってほしいがな……だが、リベルは最近よく剣の稽古をしている。以前に比べれば、いくらかマシにはなっていることは間違いない」
レオナルドは、リベルに対してほとんど放任主義だった。
他の子どもたちと違い、その黒髪や、物静かな態度に才能を感じなかったのだ。だからこそ、特に目をかけることはなかった。
「そういえば、エドワードが一度おかしなことを言っていたな」
「たしか……”レオナルド様は、リベル様のことをご存知でしたか!? あれは……私では測りかねるものです……!” でしたか」
「そうだ。指導が苦痛でいい加減逃げ出したい、という旨を遠回しに伝えてきたのだろうが……エドワードともあろう男が、余程のことと見える。案外、噂も本当かもしれんな」
「ははは、ご冗談を」
二人は軽く笑いあう。
ふむ、とレオナルドは眉を顰める。
「……”魔導の儀式”も近い。余計な情報はあいつの耳に入れてやるな。曲がりなりにもヴァルク家の三男だ。一応万全の状態で臨んでもらわなくてはならんからな。せめてC階梯は欲しいところだ」
「そうですね。ただまあ……あまり高望みはしない方がよろしいかと」
「わかっているさ」
◇ ◇ ◇
もう間もなく、俺は六歳になろうとしていた。
もう剣ならエドワードに完勝できるまでに成長していた。エドワードは相変わらず、俺の成長に震えて喜んでくれている。
弟子の成長を喜んでくれるなんて、いい師匠だ……。
一度くらい他の人と戦ってみたいと頼んでみたこともあったが、エドワードが必死に阻止してきた。
よほど俺との戦いの時間を他の人に取られたくないらしい。まあ、この家で一番強いのがエドワードみたいだし、別にいいんだけど。
――そして。
異世界転生してきて、俺が一番楽しみにしていた日が、とうとうやってきた。
それは、六歳の誕生日。つまり――魔導の儀式!
そう! 俺は今日から――魔術が使えるようになるのだ!!
「リベル、楽しみね! どんな魔術が出るのかしら!」
姉のリリィが、朝から張り切っている。
金髪の美しい少女で、もうすぐ17歳となる。基本的に家にいないのだが、こうして定期的に返ってきては可愛がってくれる。
家族の中で、一番話しかけてくれるのがリリィだ。そのおかげか、さすがに俺も一番話しやすい相手となっていた。
「……さぁ。きっといいのが出るとは思うよ」
「自信満々で可愛い~! ぎゅ~!」
そう言って、リリィは俺を強く抱きしめる。
「うぐっ……」
なんというかこう……リリィはブラコンだった。半分前世の記憶があるせいで、普通になんか恥ずかしい。色々当たるし……。
横に立っているエドワードが、なんだか引きつった顔をしている……やっぱり恥ずかしいよなこれ。
(怖いもの知らずですか、リリィ様は……! リベル様は、今や私ですら手に負えない怪物ですぞ……!)
俺は何とかもがき、リリィの束縛から逃れる。
「あぁ、もう……」
「では行きましょう、リベル様。部屋で鑑定師の方がお待ちです」
「頑張ってね!」
リリィは元気に手を振り、俺を見送る。
「いやあ……何が出るかな」
俺はぽつりとつぶやく。
「! ……それはもちろん、リベル様であればS階梯は硬いでしょう」
おぉ、エドワードが俺をそこまで認めてくれているとは。よほど俺は自慢の弟子らしい。
しばらくして、部屋へとつく。
エドワードは扉をノックする。
「リベル様がお見えになりました」
「どうぞ」
エドワードに連れられ、部屋へと入る。
中には鑑定士と、その手前に俺の頭くらいはある水晶。
そして、父上と母上が立っていた。
「よく来たなリベル。六歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう、リベル」
「……ありがとうございます」
二人はお互いに顔を見合わせる。
なんだか照れくさいな。人に誕生日を祝われるなんて、ものすごく久しぶりな感じがする。
二十歳を超えてから祝われるなんてことなかったもんな……前世だけど。
他にも、何人か親戚や村の有力者などが同席していた。
「おぉ、あれがリベル様……あの暴虐と噂に聞く三男の特異魔術……どうなるかな……」
「黒髪……不吉ですな。レオナルド様があまり目をかけていないのも合点がいく」
「はは、見ものだな。面白い見世物にはなりそうだ」
「静かに! 聞かれたら厄介だよ」
「…………」
「ひっ!? に、睨まれた!? 気づかれた!?」
なんだろう、俺の話をしてくれているのか?
それなりに街で人助けにも励んでいたし、その恩に報いるみたいな感じで見に来てくれたのかな?
ふふ、俺も英雄っぽくなったな。
「リベル様、こちらへ」
帝都から来た鑑定士に呼ばれ、俺は水晶の前に立つ。
「これより、あなた様の特異魔術を鑑定する、魔導の儀式を執り行います」
緑色のフードとマスクを付けた鑑定士が、じっと俺を見つめる。
「お願いする」
特異魔術とは、この世界で使える特殊な魔術だ。ユニークスキルと言っても良いかもしれない。
学習することの出来る通常の魔術と違い、同世代で同じ特異魔術を持つことはほぼない。
威力、効果、特異性など様々な項目が考慮され、EからSの階梯でランク付けされて鑑定される。
歴史書を見た感じ、歴史書に名を遺す人物はいずれもA~S階梯の特異魔術を持っていた。
であれば! 英雄を目指す俺は、S階梯を引くしかない……! それがあれば、この先の英雄活動は万全だ。冒険者としても活躍できるだろうし、魔術学院も無双できるに違いない。
「それではこちらに手を」
俺はワクワクを抑えながら、そっと手を水晶へと差し出す。
すると、ボウッと光がともり、部屋中に魔力が充満していく。
「これがリベル様の魔力……!?」
「なんと禍々しい魔力……恐ろしい……!」
「”三男”……噂通りのおどろおどろしさだ……」
おお、なんかすごい褒められてる!? 前世では全然褒められなかったからな。
どうやら俺の魔力は相当凄いらしい。よし、順調だ! これでこそ英雄にふさわしい!
「――……!?」
なんだ!?
水晶から何かがあふれ出し、俺の身体へと流れ込んでくる。これは……これが――魔術か!!!
瞬間、ギュン! と何かが暴れるような感覚があり、次いできゃああ! という悲鳴が上がる。
さっきまで俺のことを褒めていた関係者のうち半数程が、泡を吹いて気絶している。
「なんという……!」
まずい、俺の魔力のせいか!? 申し訳ねえ!
そして、暗転。
「出ました……!」
鑑定士の女性が水晶をまじまじと見つめ、そしてそれを紙に書き起こしていく。
書き終わると、額に汗をにじませながら、ごくりと唾を一飲み。そして、震える唇でその文字を読み上げる。
「リベル様の特異魔術は……S階梯……”深淵の影”――!」
瞬間、大広間にどよめきが広がる。
S階梯! きた!
皆がなんか口をあんぐり開けて驚いている。良かった、やっぱり俺には才能が詰まっているみたいだ!
「す、すごいです……S階梯自体とんでもない才能であることの証明なのに、そのうえ”深淵の影”をもって生まれるとは!」
鑑定士の女性が興奮気味に俺に詰め寄る。
その目は、ギンギンに輝いている。
「はあ……?」
「これは、二百年はこの世にあらわれなかった超レア魔術です! その強さは折り紙付き! いやあ、将来が楽しみですね!」
「お、おぉ!」
どうやらやはり、俺はとんでもない特異魔術を引き当てたらしい。
振り返ると、まだ周りがざわついている。
父上も母上も、唖然として俺を見つめている。わが子が立派に育って嬉しいようだ。
一人、エドワードだけが俺を神妙な面持ちで見つめていた。
さすが俺の師匠だ。いくら凄い魔術を手に入れたからと言って、浮かれずここからが英雄としてのスタートラインだぞ、気を引き締めろ、ということだな。
分かっているさ……!
(やはり……悪魔でしたか……リベル様……! ”深淵の影”は、二百年前、魔王と呼ばれた天才魔術師が使った特異魔術……偶然……にしては出来すぎでしょう……! 本当に、末恐ろし……旦那様も奥様も、今回ばかりは驚かれている……。何も起きないことを祈っております……)
エドワードが目を閉じて何かを呟いた。
声が小さすぎて聞こえなかったが、たぶん「さすがですな」とか言ってくれたんだと思う。
とりあえず、戻ったらすぐに”深淵の影”を試してみないと。いったいどんな魔術なのか……!
周りの反応からして、相当強いはずだ。これで、俺の英雄譚の最初の一歩は間違いなく踏めただろう。
とりあえず、S階梯の特異魔術を手に入れられてほっとした。このままだと、最強剣士で終わってしまうところだったからね。
剣と同じように、修行すればかなり使いこなせるはずだ。今後の方針を考えよう。
ワクワクしてきたあ!!
◇ ◇ ◇
――同時刻。帝都、聖女の間
パリン!! とガラスのコップが地面に落ち弾ける。
「メアンナ様!?」
「どうされました!?」
美しいドレスを着た、青髪碧眼の美女。
当代の聖女――メアンナ・ディートレイは、身体を震わせ、椅子から勢いよく立ち上がった。
「い……今……のは……」
その顔は恐怖に染まり、息遣いが荒くなっていた。
隣に座っていた侍女のイザベラは、ここまで狼狽する聖女を見たことがなかった。それが、事の重大さを物語っていた。
「な、なにがありましたか……?」
イザベラは恐る恐る訪ねる。
「あ、ありえないわ……今一瞬…………とてつもない魔力が……」
「とてつもない……!?」
「……いや、気のせいね。ここまでの魔力の反応が起こるなんて、そう簡単にはあり得ないわ」
「…………」
聖女は目をつむり深呼吸をすると、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「……何かが、始まろうとしているのかもしれないわね……」
「それは……」
「……一応、王の耳には入れておくわ」
そうして、しばらくの間リベルが放った魔導の儀式の余波は、得体のしれない強力な魔力反応として警戒されることとなったのだった。
もちろん、リベルがそれを知る由はなかった。
◇ ◇ ◇
それから数日後――。
俺は、”深淵の影”の力を試すために、夜に森の中へと入っていた。
この特異魔術は、特に夜の方がより強い力を発揮したのだ。
影を使った様々な技を駆使できる特殊な魔術だ。
正直言って、中二病がうずく。
とりあえず、森の魔物か、丁度良い感じの犯罪者とかが居ればいいんだけど……。
「ガハハハ! こんな上玉で遊べるたあ、盗賊は最高の職業だなあおい!」
「っ……!」
なんだ、なんて怪しげな会話を……。
俺は、声のする方へと進んでみる。
街道から少し外れ、大分森の深部だ。
すると、声の元には三人の男がいた。焚火を囲み、何やら盛り上がっている。
商人風の服装だが、目つきが悪い。その前に、縄で縛られ、口をふさがれている少女が座っていた。銀色の髪が、焚火に照らされて美しく煌めている。
それを見て、一目でわかった。あの子は被害者で、そしてこいつらは人攫いの盗賊だ。
これは……助ける一択でしょ。それでこそ英雄!
”深淵の影”の力、試させてもらおうか……!




