第1話 転生と勘違い
「リベル様は……物静かなお子ですな」
帝国の中堅貴族、ヴァルク家の執事兼剣術指南役であるエドワード・グレイは、リベルをそう評した。物静か、という表現は、絞り出したものだった。
いろいろと考えているのは見えるが、なかなか口を開くことがなかった。
それは、ヴァルク家当主やその家族も同様の見解であったが、当の本人はそのことに全く気が付いていない。
ヴァルク家三男――リベル・フォン・ヴァルクは今年で五歳。黒髪だった。
来年には、”魔導の儀式”で特異魔術を習得する年齢だ。
帝国で黒髪は珍しい。不吉の象徴とまでは言わないが、縁起が良いとも言われない。それに加えて、生まれ持った鋭い眼光。顔は整っているのだが、その眼光のせいで来訪者は一瞬眉間にしわを寄せる。
愛想が良くないせいで、余計に誤解されるという悪循環だった。
今のところ何をしたというわけでもないのだが、無口ということで周囲からこっそりと気味悪がられていた。
そんなこともあり、当主はリベルに特段の期待はしておらず、何かを強制することはなかった。それでも、一応は貴族家の三男として最低限の剣術や、六歳になれば魔術も使えるようになる必要がある。
そうして、エドワードは当主からリベルの剣術指導を開始するようにという命を受け、二人木剣をもって訓練場に立っていた。遊びの延長でいい、と当主から言われていた。
剣の持ち方や構え方もぎこちなく、やる気も感じられず、どう見ても何か才に秀でているようには思えなかった。
――そう思っていた。
エドワードは手本を見せるつもりで木剣を振り下ろした。ただの軽い一撃だった。
何気なく振った一撃。だが、リベルはよそ見をしていたのかその一撃を見事におでこで受けてしまう。
「も、申し訳ございませんリベル様!!」
エドワードが血相を変えてリベルのもとへと駆け寄る。
しかし、不意を食らったにしてはひるんでいる様子はなかった。
そして、何か目が覚めたような、そんな驚いた表情だった。
「……そうだった……」
「はい……?」
「俺……転生者じゃん……!?」
エドワードには意味がわからなかった。
◇ ◇ ◇
リベルの脳内に、唐突に前世の記憶が流れ込んでくる。
31年という短い人生。ブラック企業で働き、気づけばフリーター。そして、孤独死。発見は三日後。誰にも気づかれないまま終わった人生だった。
だが、そんな過去のことはもうどうでもよかった。今のこの状況を表す言葉は、一つしかない。
――これは転生だ! つまり……異世界転生!
五年生きて、そしてようやく自分が転生者であることを思い出した。木剣での打撃という痛い衝撃と共に。
夢にまでみた、剣と魔法の世界! そこに今、こうして立っているんだ!
興奮が沸き上がってくる。まさか自分がその立場になるなんて、夢にも思っていなかった。それに、「幼少期」からやり直せる。ここから、俺の人生はどうとでもなるんだ。
しかも、この身体にとんでもない才能が宿っているのを感じる。
となれば、やることは決まっている。この世界で力を見せつけて、英雄となって名前を残す……! 俺は実力を隠したりしないぞ。努力して力を正々堂々発揮して、この世に生きた証を……歴史書の一ページに名前を刻んでやる!
きっとやれる。楽しくなってきた……! 目指せ、英雄譚!
「リ、リベル様……? 大丈夫ですか……?」
目の前で、初老の男が不安そうにこちらを見ていた。
この人はえーっと……そうだ、エドワード。確かそんな名前だった。執事兼剣術指南役だったっけ。
大丈夫かって聞かれてもなあ……どうしよ、何て答えればいいんだ。
剣術の訓練の途中だし、続けてもらわなくては。英雄になるなら剣は必須でしょ!
言い方は……うーん、一応使用人の一人だし、変にへりくだるのも違うよな……。
「……あぁ……まぁ。続きを」
なんか変な感じになっちゃった。まあ、こんなところでいいか。
ちゃんと目を見て言わないとね。
「!?」
エドワードはなにやら驚いた表情をする。
(その程度の痛み、気に留めるなということですか……! それに……な、なんという……眼力! 御託は良いから早く続けるぞ、と言わんばかりの覚悟を感じます! まさか、リベル様にそれほどの覚悟があったとは……いえ、さっきまでとは何かが違う…………いったいこの短い間で何が……!?)
「……かしこまりました。そうと決まりましたら、続けましょう」
エドワードは頭を下げる。
(であれば……その覚悟、見せてもらいますぞ、リベル様……!)
な、なんか頭下げられたけど……まあ、上手く答えられたかな?
そうして剣の訓練は続けられた。
やっぱり俺には剣の才能があるようだ。まだ身体がついていかないが、相手の剣の動きは目で追えている。これなら、すぐに上達しそうだ。
これが俺の英雄譚の始まりだ……!
◇ ◇ ◇
翌日の朝、俺は散歩がてら領地に赴いてみた。
英雄には人望も必要だし、まずはこの世界を見てみないと。
屋敷だけじゃつまらないしね。
五歳までの記憶の中でぼんやりとこの辺りのことは知っていた。屋敷の近くに村があり、多くの人が暮らしている。
街並みは完全に中世ヨーロッパの農村という感じで、テンションが上がってくる。
しかし、思っていたよりも身なりがしっかりしていると感じるのは、ここが屋敷近くだからか、あるいは魔術とかの普及で生活水準はそこまで悪くはないのか。
歩いているとちらちらといろんな人に見られ、なにやらヒソヒソと話しているみたいだ。領主の息子が歩いているのが珍しいのかな。
すると、身体の大きな子供たちが小さな男の子を囲んでいるのを見つける。
何やらいじめられているようだ。これは助けなくては! 英雄に一歩近づくチャンスだ!
「ははは! 弱っちいなあ! そんなんじゃ騎士になれないぜ!」
「う、うううう!」
「泣いてばっかじゃ、強くなれねえぜ、がはは!」
「そうでやんす!」
なんというテンプレ的ガキ大将とその取り巻きだ。逆に安心感があるな。
俺は勢いよくそこに飛び込んでいく。二人組と男の子の間に滑り込み、立ちはだかる。
「あぁ? なんだこいつ?」
「…………」
「……なんかしゃべれよ」
しまった、何て言うか考えていなかった……。
なんて言えばいい? やめろ! か? でもそれだとちょっと口調が強すぎるか……。もうちょっと柔らかく……いや、でもあまり弱くても言うこと聞いてくれなさそうだしなあ。でも、英雄的に解決しなきゃいけないのにダサいところは見せられないし。
言いたいことはいろいろと浮かんでくるのだが、言葉がどうもうまく繋がらない。
すると、ガキ大将は俺を見ながら困惑しだす。
「お、おい……睨んでないでなんか言えよ……!」
「…………」
やめたまえ! か? いや……よしなよ、とかの方がいいか?
「な、なんだこいつ……」
「あ、兄貴! こ、こいつ……領主様のところの……三男でやんす!」
「!? 黒髪で不吉なだけで、何もできない奴だってうちの父ちゃんが言ってた……でもこいつのこの……な、なんだよその眼は……! に、睨むなよ……」
徐々にガキ大将の目が潤みだす。そして――。
「睨む……うっ――――うわああああん! そんな睨まないでくれよおお!」
「わあああああ!! に、逃げるでやんす~!」
そう叫び、子供たちはなぜか泣き喚いて走り去っていった。
「――やめた方がいい――あれっ……?」
気が付くと、目の前にガキ大将たちの姿がなかった。
まだ何も言ってないのに……。まさか俺の英雄的なオーラで反省して、大人しく帰ったのか?
ふむ、そういうことみたいだな。さすが俺だ!
背後で泣き声が聞こえ振り返ると、助けた男の子が泣いていた。
感動してくれるのかな。それだけ追い詰められていたのかもしれない。安堵して涙が出たんだろう。
よし、慰めてあげよう。英雄たるもの、弱者には優しくいないと。
なんて言えばいいかな。「もう大丈夫だ」か、「大変だったね」と寄りそうか……。それとも、肩をポンと叩いてあげた方がいいか。
とりあえず、俺はゆっくりと一歩、男の子に近づく。
「ひっ……! ぼ、僕は何もしてないからっ! ご、ごめんなさい……!」
男の子は泣きながら会釈すると走って帰っていった。
よほど助けられたのがうれしかったようだ。何もしてないから、だなんて手柄を俺に渡すようなこと。あの子だって、頑張って立ち向かったんだから、立派だよ。
「よし、順調順調!」
初めての英雄的行動、大成功!
こうして、この世界で初めての人助けが無事終了し、俺は満足して屋敷へと帰った。
その夜、村では「うちの子が泣いて帰ってきた。ヴァルク家の三男に脅されたと言っている」という声が上がった。
あまりの怖さとオーラに、ビビッて逃げ帰ってきたと。
領主様のところの三男は、もしかしたら暴虐でとんでもない子かもしれない、というリベルの狙いと真逆の噂が静かに流れた。
だが、リベルには知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
転生に気が付いてから、早三ヶ月。
今はとにかく剣を磨いていた。
英雄になるためにはまず強くなること! そう判断した俺は、週一だったエドワードからの訓練を毎日に変更し、剣を振り続けた。
朝早く起きて素振りをし、ウォーミングアップをしてから訓練を迎え、終わったらまた運動してその日の復習をする。
やはり剣術の才能がしっかりとあるようで、教えられたことや感覚を掴んだこと、そのすべてが気持ち良いくらいに身体にすぐ馴染んだ。
これが才能があるということか……これならそりゃ努力が苦じゃなくなるに決まってるわ!!
これだけ結果としてすぐ現れるなら、誰でも継続するよな。
「ほっ……はっ……!」
「ふっ!」
エドワードの剣を弾き、一気に間合いを詰める。
「ぬおっ!?」
「…………」
俺は、エドワードの首元に剣を突き立てる。
「ま、参りました……」
エドワードは信じられないといった顔で、俺を見る。
(一体、何者なのだ、リベル様は……! 遊びで木剣を渡しただけのつもりだったのに……旦那様はこれをご存じなのか……!? い、いや、知らないからこそ遠ざけていたのだろう……。だが、私は……私はとんでもないものを解き放ってしまったのかもしれない……!)
どうやら俺の成長がうれしくてついつい見惚れてしまっているようだ。
うんうん、やっぱり師匠としてそういうのが鼻が高いよね。
俺は自信満々に、木剣でひゅんひゅんと素振りする。
(末恐ろしい……三ヶ月前とは別人だ。私は一体何を育てているのだ!? この成長速度、とても人とは思えませぬ……! ……神に祈ろう。いや、むしろ何かに備えた方がいいのかもしれませんな……)
「……これで、33勝32敗ですか……。勝ち越されてしまいましたな、リベル様。さすがです」
「まあ……」
うっ、純粋に褒められると何て返せばいいかわからないんだよな。
「でしょ」と同意するのも子供っぽいし、「まだまだです」は嘘だし。なので「まあ」になった。
(”まあ”の一言……! やはり、リベル様はこのような老体など相手になっていなかったのだ……恐ろしい。……もしかすると、悪魔の類かもしれませんな……)
エドワードが何やら顔色を悪くして遠い目をしている。
……疲れさせちゃったかな。三ヶ月、毎日付き合わせたしね。良い師匠だ。感謝しないといけない。
俺はにっこりと笑いかける。
「いろいろ……ありがとう、明日もよろしく頼む」
「!? ……はい」
(声が小さくて聞こえませんでしたが、”今まで”ありがとうとおっしゃられた!? この不敵な笑み……私を食い尽くし、更なる力を得ようとしているのがわかる。私を、贄となされるおつもりか! ……いいでしょう、受けて立ちますぞ、リベル様! 神か悪魔か、その誕生……このエドワード・グレイが見届けさせて頂きましょう……!)
わあ、なんかすごいやる気に満ちた顔をしている!
本当良い人だなあ、エドワードさんは。よし、明日も頑張ろう!
剣は順調だ。来年魔術が使えるまで極めれば、相当使えるようになるぞ。今から楽しみだ!
――そうして、気が付けば数ヶ月。六歳が間近に迫っていた。
いよいよ、魔術が使えるようになる。
新連載です!
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