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手合わせ

休日午後、滅多にとらない連休をどう過ごそうか考えを巡らせながら、ルーヴェリアは朝食を摂りに食堂へ向かった。

そこにクレストがやってきて…?

休日二日目。

今日は何をして過ごそうか。

そう考えながら騎士団の宿舎にある食堂で朝食を摂っていると、クレストがやってきた。

クレスト「おはようございます師よ。隣、宜しいですかな?」

ルーヴェリア「はい、どうぞ」

礼を言って隣に座るクレスト。

プレートの上の山盛りな朝食の軍団に、相変わらずの大食いだなと思った。

クレストはかつてルーヴェリアが鍛え上げた戦士の一人だ。

入隊を志願してきた際、既に化け物と呼ばれていたルーヴェリアに直接稽古をつけて欲しいと言って変わり者扱いされていたな。

その時からよく食べ、よく笑う人だった。

ルーヴェリア「戦力強化の方はいかがですか?」

クレスト「兵士の募集と訓練の強化を行う方針になりましたぞ」

なるほど、まあ妥当かつ正当だ。

問題があるとしたら、募集をすることで発生する国民の疑念と志願者数か。

アドニス誘拐事件の後なので、防衛力強化という名目でならそこまで戦争勃発への疑念を抱かせることもないとは思うが。

クレスト「ふふ、師の考えていることが手に取るように分かりますぞ。ご安心なされよ、私に良い考えがあります故」

ルーヴェリア「良い考え…ですか?」

首を傾げると、この後少し時間が欲しいと言われた。

休日でやることも特に無いので了承したが、一体何をしようというのか。

何か盛大な勘違いをしている気もするし、少し不安である。

朝食が済んだら剣を持って騎士団の訓練場に来て欲しいとのことだったので、益々嫌な予感がする。

ルーヴェリアはとりあえず言われた通り剣を持って訓練場を訪れた。

いつもは案山子相手に剣を振ったり、兵士同士で撃ち合いをしている筈だが、何故か今日に限っては訓練場の外周に沿って整列させられている。

クレスト「お待ちしておりましたぞ、我が師よ!」

満面の笑みで武装したクレストが現れた。

ああ、やっぱりか……。

クレスト「兵士達の強化鍛錬をどのように行うかお悩みでしたでしょう?師と私の鍛錬を見せれば、どれほどの技量が求められるのかよく分かることでしょう」

問題解決ですな、と豪快に笑う老兵。

ルーヴェリア「あの、クレスト…そうではなくてですね…」

クレスト「師は休むということが苦手ですからな、暇に殺されてしまうことも無くなって一石二鳥ですな!」

ルーヴェリア「クレスト…話を…」

クレスト「私も久々に師に稽古をつけてほしいと思っていたところでしたしな、む?これでは一石三鳥ですな!」

ああもう駄目だ、こちらの声が全く耳に入っていない。

そんな二人を兵士達は固唾を飲みながら見守っていた。

胸中と脳内を占めているのは、ルーヴェリアにクレストが殺されてしまうのでは、という恐怖心。

クレスト「では、始めますぞ!」

ルーヴェリアはそっと溜息を吐いて剣を抜く。

彼女の剣は基本、片手剣だ。ある程度広範囲で武器の扱いを学んでいるので他の武器も扱えはするが、片手剣が一番動きやすいのだそう。

対するクレストは、昔は鎖のついた鉄球、いわゆるモーニングスターと呼ばれるものを使用していたが、今は大剣に手をつけているようだ。

二人が構えたのを見て、兵士達の顔は青ざめる。

((((真剣かよ!?))))

ルーヴェリア「彼らに見えるよう、対策は講じてあるという認識で宜しいですか?」

クレスト「魔装具で視覚を強化しておりますので、ご安心くだされ」

彼女はひとつ頷いて地を蹴った。

正眼に構えたクレストの大剣に対して左から真っ直ぐに剣を叩きつけた。

たったそれだけのことなのに、踏み込んだ足元、剣と剣のぶつかり合いで土埃が舞い上がる。

見えるように対策を講じているのか、はこれに対してだ。

ルーヴェリアやクレストの一挙手一投足で土埃が舞い上がるので、視界がすこぶる悪くなる。また、動きが早すぎて目で追えないことも多々あるため、それらがきちんと見えるよう魔装具で視覚を強化しているのだ。

クレストはあえて抵抗せず大剣を流した。

こんなものをまともに受けては身がもたないからだ。だが反撃しないわけではない。

大剣は左に流れていくので、受けた力を利用して回転し、下から斜め上へと切り上げを試みる。

対するルーヴェリアは自分の足元に大剣の先が迫った瞬間、その剣先を踏み抜いて回転を止め、クレストの首元目掛けて剣を薙ぐ。

本気の殺し合いとなんら変わりない、息をすることさえ許されないような空気が支配していく。平和になった世界では味わうことのない雰囲気に、腰を抜かす兵士が出た。

クレストは大剣を力の限り振り上げてルーヴェリアの剣の軌道を無理やり上方へずらし、素早く横に振り抜いて彼女の足場を無にする。更にもう一度逆方向から薙ぎ払って追撃。

ルーヴェリアは空中を蹴って宙返りすることで二撃目を躱し、更にそのまま回し蹴りを繰り出した。

クレストの肩に蹴りが入った感覚がする。

彼は1度身を引き、ルーヴェリアも地に足をつけ、二人同時に構え直した。

兵士1「身体強化の魔術でも使ってるのか…?」

兵士2「いや、魔術を使ってるようには見えない……素であれって、ことだろ…?」

騒めく兵士達を他所に、二人の"手合わせ"は続いていく。

クレストは蹴られたことで肩の骨が抜けたようだが、気にする風もなく腕の力だけで骨を元に戻した。そして今度は攻勢に転じる。

素早く動ける相手に対して大剣は相性が悪い。大振りで隙が出来やすいからだ。

それを埋める為には動きを工夫して隙をなくす必要があるが、クレストは単純な筋力でそれを解決してしまう。

ルーヴェリアに肉薄し上から叩きつけ、かと思えば左右から薙ぎ払い、袈裟に切りつける。魔術か何かで同時に斬りつけているのではないかと錯覚してしまうほどに速い。

特別重たい大剣をただの筋力だけでここまで操るのは概ね人間の為せる技ではない。

だがそれに翻弄される彼女ではない。

叩きつけは横に回避、薙ぎ払いは素早く後ろに回り込んで避け、振り向きざまに放たれた袈裟懸けの一撃は片手剣で弾く。

全ての攻撃に対して、過ぎるほど丁寧に対応していた。

そして今までで一番距離の近いこの瞬間を逃さない。

剣を持っていない方の手を握り締め、もう一歩踏み込みながらクレストの腹部に拳を叩き込んだ。

クレストは力の限り踏ん張って耐えようとしたが、意に反して体は倒れ数メートルほど地面を滑る。

体勢を立て直そうと試みた時には、その首に片手剣の先があてがわれる。

ルーヴェリアの勝利だ。

クレスト「相変わらずお強いですなぁ、参りましたぞ」

ルーヴェリアが剣を収めると、兵士達がクレストに駆け寄る。

「大丈夫ですかクレスト団長!」

「生きてますか!?」

「首ついてます!?」

クレストは嬉しそうに笑いながら起き上がった。

クレスト「全く問題ないぞ、まだまだぬるい方だ。準備運動にもならんな」

ははは、と笑う騎士団長。

兵士の誰かが言った。

「俺…クレスト団長が殺されるかと思ってヒヤヒヤした…」

その言葉に、クレストは首を傾げた。

クレスト「あんな殺気のない戦いでか?」

いやいや殺し合いだろ!!

誰もが反論したかったに違いないが、ルーヴェリアが口を開いたので誰も何も言えなくなってしまった。

ルーヴェリア「あれは初歩です。あれくらい出来ないと戦場で死ぬだけですよ」

冷ややかな声に空気まで凍りついた気がして、これ以上は良くないと考えたクレストが話を纏める。

クレスト「今すぐこうなるのは無理だ、長い時間はかかるだろう。が、少しでも近付くよう鍛錬に励むように。昼食の時間までは各自鍛錬に集中!」

彼の号令で兵士達は二人の戦いの感想を述べ合いながらそれぞれの鍛錬場に戻っていく。

その背を見送りながら、ルーヴェリアはクレストに問いかけた。

ルーヴェリア「この行為に何か意味があったのでしょうか」

自分達が戦争の生き残りであったからこそついた力だ。今の時代の人間に、同等のものを求めるのは酷だということをルーヴェリアはよく知っている。

それに、かつてはそれが原因で彼女のもとから人が居なくなっていったのだ。

今回の手合せが逆効果になり、除隊を希望する者が出てきたらと思うと、心が痛む。

クレストはルーヴェリアの肩にとん、と手を置いた。

クレスト「ご安心なされよ。あの者達は先のアドニス様誘拐事件で、国の安泰が危ぶまれていると薄々勘づいております。戦いとは殺し殺されるものだと、それがどういうことなのかも、この手合わせから学んだと思いますぞ」

ルーヴェリア「だと良いのですが……」

俯き気味なルーヴェリアに、クレストは微笑む。

クレスト「大丈夫です、すぐにわかりますぞ」

その後、彼は手合わせへの礼を言ってその場を去っていった。

ルーヴェリアは少し早めの昼食を摂りに行き、自分の部屋に戻る。

久々に激しく動いたせいか、体が少し強ばっている気がした。

そういえば王妃が最近場内に広いお湯殿を作ったと言っていたな。

自由に利用して良いとのことだったし、行ってみよう。



城の6階中央に作られた脱衣所は、備え付けられた棚に脱いだ衣服やタオルを入れておけるようになっている。

奥の方にお湯殿への扉があり、中に入るとほかほかとした暖かい湯気が立ち込めていた。

髪と体を洗って汗や汚れを落としてから広々とした湯船に浸かる。

乳白色のお湯は柔らかく、微かに花の香りがしてとても心地よい。

自然と体の力が抜けていく。

ほう、と息をついて湯船の縁に首をもたれて天井を見上げる。

天井にはサフラニアの歴史を意味する絵画が描かれていた。

清流と鉱石の豊富な山々に囲まれ、周辺地域との交易で栄えていたサフラニア。

後に、自然に恵まれた土地を狙って帝国軍が領土への侵攻を開始。

ルーヴェリアが生まれたのはこのくらいの時期だ。

数年後、魔族がゲートを開いて人間界への侵攻を開始し、運の悪いことにサフラニアとその周辺国は帝国と魔族の両方から攻め入られることとなり、滅亡寸前にまで追い込まれた。

絵画には王国騎士団が帝国兵や魔族と戦っている様子も描かれている。

歴史をなぞれば、鮮明な記憶が脳裏に蘇る。

兵士に志願し合格してすぐ、情勢が悪化した国内で活発化した野党達の鎮圧をした。

騎士団に昇格してから、例の戦いで家族と故郷を失い、呪いを受けて歳もとらず、死ねない体になった。

それからはただ帝国兵の侵攻を押し返しながら魔族とも刃を交える日々を送ったな。

城に帰ることはほとんどなくて、悪い意味で野山を駆け回っていたっけか。

戦女神と持て囃されたかとおもえば、化け物だと卑下され忌み嫌われた。

どちらの呼び名も自分にとってはどうでも良いことだが、心が痛まなかったといえば嘘になる。

自分はどうでも良かったが、自分を慕ってくれる者達まで悪い言われようをしていたのが気に入らなかった。

クレストもその中の一人だ。

頭がおかしい、狂っていると言われるだけならまだしも、魔族に魂を売ったなどとほざく輩まで出てきて、怒りを抑えるのが大変だったな。

どれだけ苦しい戦いを強いられて、仲間達の死を見せつけられて、それでも必死に守り抜いてきたというのに、あの言われ方は無いだろう。

だが、昔を知る人間が少なくなったお陰か今ではそれも無くなった。

これは喜ばしいことだ。

まあ、ルーヴェリアの評価は今も昔も変わってはいないが……。

ルーヴェリアは絵画から視線を外すように目を閉じた。

昔は昔、今は今だ。

もしまたあの日々が戻ってくるのなら、今度こそ帝国を完膚なきまでに叩きのめした上で魔族との戦いに挑めるようにしよう。

そうすれば全力で攻防出来るはずだ。

それに、クレストも自分もあの時より力をつけたと確信している。

今度こそ、暗黒時代と呼ばれるような歴史を繰り返さなくて済むようにしなければ。

決意を改め、ゆっくりと湯船から出る。

強ばっていた体もすっかり解れたようだ。

その後は特に変わったこともなく床につき、翌日も平和に一日を過ごして休日を終えた。

【おまけ】ある日の騎士団


戦場において、食事は生死を分ける物事のひとつだ。

故に食糧の調達は非常に優先度の高い事項であり、決して疎かにしてはいけない。

さて、ここに行軍中の小隊がひとつ。

ルーヴェリア含め10名で構成された少数精鋭の部隊だ。

兵士の一人が声をあげた。

兵士1「おーい、今晩の肉が調達できたぞ〜」

両手には数羽ずつ野うさぎが握られている。

兵士2「隊長、俺達が捌くんで、火起こしお願いできますか?」

ルーヴェリア「分かりました」

こくりと頷いたルーヴェリアは、その辺の木に拳を一撃加えた。

バキバキと尋常ではない音を立てながらそれなりの量の枝が落ちてくる。

兵士3(ひえっ!出たよ隊長の怪力…どうなってんだよ怖ぇよ…)

冷や汗を流す兵士達などアウトオブ眼中。

ルーヴェリアは適当に枝を積み上げると、魔術を使って火を付けた。

その瞬間。

とてつもない爆音と轟音が織り交ぜられた凄まじい破壊音、いや爆発音が響き、ルーヴェリアの正面を塞いでいた広大な森林が瞬く間に燃え上がった。

兵士4「敵襲か!?」

兵士1「な、なんだぁ!?」

慌てふためく兵士達を、彼女は肩越しに顧みた。

ルーヴェリア「……すみません、力加減が上手くできなくて……」

ええ……。

困惑の空気に包まれながら、炎はルーヴェリアが責任をもって鎮火した。

それからうさぎを捌いていた兵士2人とルーヴェリアが交代し、火起こしは無事に終えられたのだった。

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