平穏を祈る
昼食を終えたルーヴェリアは、シエラから勧められた店に立ち寄ることにした。
平和な街並み、安穏な暮らし。
かつての激戦から守り抜いた国の姿を見、彼女は…。
休日初日午後。
食事という至福のひとときを過ごしたルーヴェリアが次に向かったのは、シエラから教えられた魔道具の専門店だ。
魔道具や魔装具は、主に魔術や錬金術、あるいはその両方を用いて制作される。
日常生活に彩りを与えたり、戦闘をより有利に進めるための道具を魔道具。
服飾など身に付けることで様々な効果を発揮するものを魔装具と呼ぶ。
更に、同じ手法で制作された武具は魔道具、防具は魔装具、などと分類されていたりもする。
扱う素材が繊細なものが多く、加工もそれなりに腕がないと難しいため、一般的に流通しているのは日常生活の便利グッズや、アクセサリー程度だ。
ルーヴェリアはそんな魔装具をほいほい造ってしまう超人だ。
先のアドニス救出でも、彼女が制作した魔装具のお陰で迅速な対応が出来、大事を免れた。
しかし、魔道具に関しては知識が浅いこともあり、制作に手をつけていない。
シエラから昨今で人気の魔道具専門店があると聞いたので、この機会に勉強してみようかと思い足を向けてみたのである。
店の外観は煉瓦造りのこじんまりとした民家のようで、暖かい雰囲気だ。
中は貴族の姿もちらほら見えるが、平民の方が圧倒的に多いので、それなりに安価な設定なのだろう。
と、陳列されているものを見て回っていたら大変驚かされた。
どの品物もデザイン性が高く、細かな装飾が入っていて、しかも込められた魔力量は市場に出回るものの中では高い部類に入るものばかり。
普通は数度の使用で魔力が無くなり、効力の消えた置物になるが、これだけの魔力量ならば、毎日使用しても数ヶ月はもつだろう。
ちなみに生活の便利グッズとは、例えばかまどの火起こしを行うとか、濡れた洗濯物を乾かすとか、普段掃除できないような狭いところのホコリを無くすとか、そういうものだ。
要は石や置物に魔術式を込め、何らかの動作、触れたり念じたり特定の言葉を唱えたりして魔術式を発動し、手間のかかる物事を一瞬で終わらせるもの、ということだ。
全ての人間が魔術を扱えるわけではないので、扱えない人間からしたら大変ありがたいものなのである。
ただし、ただの石やその辺の工房で造られた置物でこれが造れるかと言えば否だ。ちゃんとそういうものを造る用の鉱石やそれ用に造られた置物を使用しなければ、魔術式を込めることが出来ないからである。
そして、そういったものは基本的に材質の脆いものが多いため、非常に壊れやすく取扱に注意しなければすぐに壊れてしまう。
制作過程で"〜だった破片のようなもの"が出来上がることも多々あるくらいだ。
故にこの店に並んでいるような細かな装飾を施すなど無謀の極みである。
断崖絶壁を地上から森林限界の位置まで命綱も無しに、素手で、それも裸で登り詰めるくらいの難度なのだ。
しかもそんなものを平民でも気軽に購入できる価格で提供しているときた。
一体なんのためにこんなことをしているのかは不明だし、狂っているとしか思えない所業だが、悪くないと思う。
客層は男性や子供が多い。
恐らく家事で忙しい妻や母親への贈り物として買いに来ているのだろう。
実際、贈り物用にラッピングを希望している者もいる。
こうして、自分のためではなく大切な誰かのために時間や労力を費やす余力があるというのは平和である証、良い事だ。
と、魔道具の制作について勉強をしに来たのであった。
いくつかの魔道具を観察してみる。
ルーヴェリア(術式は発動条件を外円に組み込み、効果は内円に……ここまでは魔装具の時と同じですね。違うのは…)
誤作動を防止するものや、効果停止条件の指定をする術式が非常に細かく複雑に組み込まれていること。
物によっては効果を一定時間繰り返すという術式が組み込まれていたりもするようだ。
まあ多分この程度ならルーヴェリアでも出来るので問題ないということが分かった。
問題は装飾の細やかさだ。
ルーヴェリアはいい意味でも悪い意味でも力加減が苦手だ。
焚き火を作ろうとして火の魔術を行使したら森が焼け野原になった、なんてこともあったくらい苦手だ。
どうにかして克服したいものだが、魔術を扱えるようになった時から変わらないので、ある意味一種の才能なのだろう。
制作のコツなど店主に聞きたかったが、多忙そうにしていたのでお湯を沸かす魔道具を購入して退店した。
ルーヴェリア(また今度お話を伺いに行きましょう)
少し荷物も増えたし、そろそろ帰ろう。
そうして暫く歩き、そろそろ城壁が見えるくらいのところまで来た時。
走っていた子供が後ろからとん、とぶつかってきた。
あうっ、と言って子供はそのまま前のめりに転ぶ。
ルーヴェリア「大丈夫ですか?」
屈んで手を伸ばすと、子供はわんわん泣き出してしまった。
どうやら膝を擦りむいたらしく、流血している。
子供「わあああん!いたいよう!」
仕方ない、このまま放置するのも心が痛むというものだ。
ルーヴェリアは屈みながら「大丈夫、すぐ良くなりますよ」と言って子供の膝に手を当て、簡単な治癒の魔術を使ってやった。
みるみるうちに傷は塞がり、元の綺麗な状態になる。
子供「あれ…いたくない」
ルーヴェリア「ほら、すぐに良くなったでしょう?」
子供は一瞬泣き止んだものの、今度はルーヴェリアに抱きついて泣いてしまった。
ルーヴェリア(どうして泣いているのでしょう…私、なにか余計なことをしてしまったのでしょうか…)
どうすれば良いのか分からず、困惑しながらも子供の背を撫でる。
ルーヴェリア「一体どうしたのですか?何か困っているの?私に出来ることはありますか?」
そう言うと、子供はしゃくりあげながら事情を話してくれた。
どうやら母親とはぐれてしまったらしく、ずっと探し回っているが見つからないとのこと。
それなら、自分にも出来ることがある。
ルーヴェリア「では、一緒に探しましょう。手伝ってあげますから、もう泣かないで」
カバンからハンカチを取り出して子供の顔を拭ってやる。
まだ若干涙がにじんでいるが、安心したのか泣き止んだようだ。
ひとまず、子供が母親を探しやすいよう抱き上げて周囲を探索してみた。
ルーヴェリアの身長168cmと、普通の女性よりは高いので視点もそれなりに高くなる。
そのおかげか、案外早く母親を見つけることができた。
母親の方も大分必死に探していたようで、汗だくになっていた。
何かお礼をさせてくれと言われたが、丁重に断りその場を後にする。
帰る道中で、街の外れに立つ石碑を見かけた。
石碑には"誉高く勇敢な魂達に安らぎを"と刻まれている。
これは、ルーヴェリアが経験した地獄のような戦争で命を落とした者達のために建てられた慰霊碑だ。
慰霊碑の下部には小さな祭壇が置かれており、色とりどりの花が添えられている。
周辺には数名の男女が慰霊碑に向かって祈りを捧げていた。
ルーヴェリアは慰霊碑の前に立ち、胸の前で手を組んでそっと目を閉じた。
兵士のみならず、街の住民にまで被害が及んだあの戦争は、本当に…本当に多くの犠牲者を出した。
彼女の家族も、友人も、部下も、弟子も、皆、皆目の前で命を落としていった。
脳裏に過ぎる死の数々が、胸中の奥底に穿たれた塞がりかけの傷を開いていく。
あれはこの国の、いや、この世界の血塗られた黒い歴史であり、繰り返してはならないものだ。それであるのに、帝国はまたこの国に向けて害を及ぼそうと画策している。
どうすれば止められるのだろう。
何故人は争うことを止めないのだろう。
ルーヴェリア(どうか、貴方達が心安らかでいられる世界にするためにも…道を示してください)
今度こそ守りたいから。
平和のために散っていった仲間達に報いるためにも、自分が折れてはいけないから。
祈りを捧げ終え、そっと息を吐き出して再び歩き出した。
そして城に帰ってきた。
のだが……。
衛兵「そこの女、止まれ」
ルーヴェリア「……はい?」
衛兵「お前、この城の関係者では無いだろう。無関係な人間は立ち入り禁止だ、今すぐ帰れ」
……………。
ルーヴェリアは無言でカバンをごそごそと漁る。
衛兵「何をしている、さっさと帰……」
そして目の前に騎士の印章を突き出した。
ルーヴェリア「第一騎士団団長、ルーヴェリア・シュヴィ・ヴィルヘルムです」
衛兵の顔は一瞬で真っ青になった。
考えている事はだいたいわかる。
なんてことだろう、あの怪物を怒らせてしまった。殺される……!だろうな。
衛兵「し、し、失礼しました!!お通りください!!」
ルーヴェリア「お気になさらず」
一言だけ返すと、印章をカバンにしまいながら自室へと向かっていった。
別に気にしてはいない。
彼はただ仕事をしただけだ、と考えたから特に何も思わなかった。
のだが、ルーヴェリアに悪い噂が付きまとっているせいか、衛兵からすれば冷めた表情で冷たい声で返答されたように感じたのだろう。
同僚から心配されるくらい精神を病んでしまった彼は、暫く自宅療養することになる。
翌日には騎士団の耳にも入り、「たった一言で兵士に呪いをかけた」やら、「睨んだだけで心を蝕む恐ろしい化け物」やら散々な噂が出回った。
そんな噂を耳にしたクレストは、ルーヴェリアの表情筋を柔らかくしよう計画を宰相や国王達と真剣に考える。
果たして、無事に誤解を招くお堅い表情を和らげることが出来るのか……?
それはまだ先の話である。
ルーヴェリアが部屋に戻ると、机の上に見慣れない小さな箱が置いてあることに気がついた。
添えられた手紙を開いてみる。
「シエラ達から何があったのかは聞きました。助けてくれてありがとうございます。これはほんの気持ちです、受け取ってください。」
どうやらアドニスからのようだ。
ルーヴェリア(無事お目覚めになられたのですね、良かった…)
箱を開くと、中にはブローチが入っていた。魔装具などではなく、単なる装飾品のようだ。
銀色の飾り枠の真ん中に、楕円形に整えられた空色の宝石が嵌め込まれている。
ルーヴェリア(これなら、普段着に取り付けても問題なさそうですね)
自分は役目を果たしただけだからなにも気にする必要はないのに、と思った。
だが、折角もらったものを使わないのは勿体ないし、豪奢すぎないデザインが少し気に入ったのもあり、きちんと使うことにする。
きっと身につけている姿を見たら、アドニスも喜んでくれるだろう。
ルーヴェリアはそっと箱を机の上に置き直し、外着から普段着に着替える。
その胸元にブローチを付け、鏡で確認してみたが、さり気ない存在感がとても良い。
その後ルーヴェリアは書庫から魔道具についての本を片っ端から持ってきて部屋で読み漁り、夕食を摂って、久方振りにぐっすりと眠ったのだった。
【おまけ】ある日の▓▓▓▓
夢を見た。
遠い昔の夢だ。
父親は領主で、母親はそれに仕える奴隷。
奴隷の子供は所詮奴隷でしかない。
数日に一度、カビの生えたパンの切れ端が食べられれば良いほうだ。
他と比べれば、綺麗な水が飲めるだけまだマシだっただろうとさえ思う。
視界が低いから、多分これは子供の時の夢だ。
庭の草むしりをしている。
母親は昨晩領主に呼ばれてから戻ってきていないがいつものことだ。
きっとまた昼前に戻ってきて、傷だらけの体を部屋で丸めて縮こまらせるのだろう。
「ねえ、君はどうして草なんかむしっているの?」
振り向くと同時に、少し強い風が吹いて庭に咲く花を少し舞いあげた。
唯一の温かい記憶の主との邂逅。
とても懐かしくて、とても気持ちが悪い。
出来ることなら嫌悪感を露わにして奇声をあげながら逃げ去りたい。
変わり者だと思って遠ざかってくれればいいのに。
私は笑顔で答えるのだ。
「あのね、ご主人様のお庭を綺麗にするのがお仕事なの」
ああ、今日の寝覚めは最悪だ。