ささやかな
不穏な気配がする中、国王から(半ば無理やり)休日を与えられたルーヴェリア。
唯一の私服を纏って彼女が向かった先とは…?
アドニス救出の褒美として、3日間の休日を得たルーヴェリアは、久方振りに魔術棟で個人的な研究を進めようとしていた。
しかし……。
研究生「ルーヴェリアさん、お休みの使い方はちゃんと考えた方がいいですよ!」
中に入った途端このように足止めを食らってしまったのである。
概ね、魔族について調査を進めている王妃の手伝いだと勘違いしているのだろう。
ルーヴェリア「今日は個人的な研究ですので、お気になさらず」
研究生はぶんぶんと首を振る。
研究生「そんなこと言って、何やかんやで手伝ってくれたりして、結局いつもの通りになるんですから、駄目です」
確かに、何か困り事がありそうなら手を貸しはするし、多分そのままそちらを手伝うことになる。
しかしそろそろ錬金術の方で作成したいものがあるのでどうにかしたいのだが、結局後から到着した王妃にも駄目だと言われてしまい、仕方がなく引き下がってきた。
まさか、廊下を歩きながら休みをどのように消化しようか迷うことになるとは。
すること、したいことが無くなるとこうも時間を持て余すものなのか。
どうしようもなくなって一度部屋に戻ってみたものの、あまりにも時の進みが遅すぎて辟易してしまう。
せっかくの休日だ、出来れば有効に使いたい。使いたいが……。
ルーヴェリア「何をどうすれば有効活用出来るのでしょうか……」
ベッドに横になり、ぼけーっと窓の外に広がる空を見つめる。
休日は始まったばかり、初日でこれでは心身共に滅入ってしまいそうだ。
騎士団宿舎の訓練場に顔を出すことも考えたが、そうなればきっと蜘蛛の子を散らすように兵士達が逃げていってしまうだろう。
実際、過去にそんな出来事もあった。
悩みに悩んで悩み抜いた末に辿り着いた答えは、「そうだ、街に行こう」だった。
クローゼットを開いて、騎士団員の服から外出用の普段着に着替える。
といっても、その辺の町娘が着ているようなシンプルなドレスだ。
淡いラベンダー色をしていて、袖には白いレースがあしらわれている程度のもの。
一応黒革の肩掛けカバンに、財布と身分証になる騎士団の印章を入れておいた。
護身用にナイフも、と考えたが万が一は体術でねじ伏せられるので不要。
あとは簡単に髪をひとつに束ね、適当にリボンを結んでおけば、身支度完了である。
廊下に出ると、シエラが通りかかった。
シエラ「ルーヴェリア様!先日は有難う御座いました!…あれ、お出かけですか?」
バケツを手に抱えているあたり、水を汲みに行く途中だったのだろう。
城壁の外を流れる川まで水を汲みに行かないといけないのは効率が悪い。
今度城内に水を引けるような機構を作れないか考えてもいいかもしれない。
脳内でそう考えつつ、ルーヴェリアはシエラの言葉に頷いた。
ルーヴェリア「先日のことはお気になさらず……実は休暇をいただいたのですが、どう過ごそうか迷っていまして。民の様子を見るついでに街に出てみようかと」
シエラはふんふんと頷くと、数秒考えてから口を開く。
シエラ「そういうことなら、オススメのお店がいくつかあるので覗いてみてはどうでしょう?」
ルーヴェリア「オススメの、お店ですか?」
小首を傾げると、シエラは数件分の店の名前と特徴、場所を細かく教えてくれた。
いくつか興味を引かれるものもあり、有益な情報を得られたと認識する。
ルーヴェリア「有難うございます。行ってみますね」
シエラ「はい、是非!それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
シエラの笑顔に見送られ、ルーヴェリアは階段を下りていき、城門から街に出た。
サフラニア中央都と呼ばれるこの街は、城を中心として四つの区域に別れている。
北側に貴族達の邸、南側に民家が並び、東側は商業地域となっていて、時々バザールが開かれたりもする。反対の西側には時計塔や大図書館、子供達の養成学校があったりと、この国の中で1番栄えている場所といえるだろう。
農耕や牧畜は中央部から少し離れた実りの良い地域で行われているので、食料に困ることも無い。
もっとも、それは最近の話。
戦時中は各方面から魔族や人間に攻め入られ、地域の奪還が出来ず餓死してしまう者もいたくらいだ。
この経験から、ルーヴェリアの提案で中央都の地下に農場を作るという計画が進められている。
陽光と同じ波形を持つ光を、何らかの形で地下に取り入れる事が出来れば、近くに水源となる川も流れているので可能とみなされたのだ。
デメリットといえば、全体的に地盤が緩むことだろうか。
その辺の増強手段も考える必要があり、それは魔術棟の研究生達があれこれ考えているとのことだ。
さて、多くの情報が行き交う東の商業地域にやってきた。
街の様子を見るに、アドニスの一件でざわついている部分はあるようだが、それ以外は特段変わったこともないらしい。
人々はいつも通りの日常を過ごし、平和な時間を往来しているようだ。
出来ることなら壊れないよう守り通してみせたいと思いながら、魔装具を制作する際に使用する宝石を売っている店に着いた。
いつもはもう一本奥の通りにある店を利用するのだが、シエラから装飾用の宝石だけではなく、希少な鉱石も取り揃えていると聞いたため覗きに来たのだ。
中に入ると、おおよそ宝石店の人間には見えないほど筋骨隆々な大男が出迎える。
店員「いらっしゃい」
この店員の人相が悪いのか、はたまた売り物の値が張るからか、他に客はいないようだ。
ルーヴェリア「こちらで珍しい鉱石が売られていると伺ったのですが、どのような品揃えなのでしょう?」
店員は風貌に似つかわしくない朗らかな笑顔を浮かべて、少し待つようルーヴェリアに言うと、店の奥へと消えていく。
待っている間店内を見渡すと、確かに通常の宝石店では見かけない石があるが、どれも少し奥地に行けば手に入るものばかりで、あまり珍しいとは言えない。
なんなら、ルーヴェリアの部屋にいくつか揃えられているものばかりだ。
視線を戻すと、丁度店員が奥から戻ってきたところだった。
カウンターに少し大きな箱が置かれ、店員の手で箱が開かれる。
上部から観音開きになっていて、中はジュエリーボックスのように層分けされており、その中には見慣れない鉱石たちが所狭しと並べられていた。
店員「テフヌト族領から仕入れている鉱石達だ。魔力の貯蔵量が他の鉱石と比べ物にならないほど多いから、複雑な魔術式を組み込んで保存しておけるよ。他にも、溶岩湖付近で採掘されたとびきりの硬さを誇るものもあって、そういうのは武器への加工にもってこいだ」
テフヌト族領とは、サフラニア王国の南東に位置する湖の向こう側の領地だ。
何よりも自然に敬意をはらい、それに抗わず、自然と共生する道を選んだ者達、ヤヤ・テフヌトという部族達の住む地域である。サフラニアとは過去の対魔族戦で共同戦線を張った仲だ。
既に戦死してしまったが、ルーヴェリアの弟子の一人がそのテフヌト族だった。
たった一人で最前線に立ち、人間を片足で踏み潰せるほどの巨獣を何体も薙ぎ倒した勇敢な戦士だった。
ルーヴェリア「我々では採掘不能な地域にまで足を踏み入れ、卓越した技術で繊細な鉱石を採る…そうしてその恵を我々に分けてくれる、頭が上がりませんね」
無意識に口元が綻ぶ。
店員「なんだい嬢ちゃん、詳しいな?テフヌト族に知り合いでも居るのか?」
ルーヴェリア「ええ、昔の話ですが」
店員はそうかい、と笑うと箱の1番下から乳白色の鉱石を取りだした。
大きさは彼の拳、つまり普通の人間の拳の数倍くらい。楕円形に整えられていて、角度によって七色の光彩を見せるそれは、どこにも流通していなさそうな代物だ。
ルーヴェリア「それは?」
店員「溶岩湖の地下深くで採れたもので、テフヌト族の間では神の祝福と呼ばれているものなんだと。で、こっちのちっこいのはその欠片なんだが」
箱からもうひとつ、文字通り破片くらいの大きさだが、恐らく同じ鉱石を取り出した。そしてそれを、近くの蝋燭の火に当てる。
すると、破片は熱が蓄積した部分から水や硝子よりも澄んだ無色透明に変化した。
魔術を扱えない人間なら、熱感知ができず消えたと認識してしまうかもしれない。
ルーヴェリア「不思議な特性ですね?」
店員「だろ?だがな、この状態になったこいつは無敵だ。こんなちっこい破片でも、ぶつければ鎧は鉄くずになるし、硬い地面にだってヒビが入るくらいなんだぜ。加工が難し過ぎるのが難点だがよ、武器に出来りゃ、鎧は意味ねえ剣は砕けるで、負け無しだろうさ」
で、と店員は区切る。
店員「どうよ、嬢ちゃんならテフヌト族とも面識があるってことで、少し安くしてやってもいいぜ」
ルーヴェリアは購入すると即答した。
確かに加工は厳しいだろうが、それはただ武器を作るだけの鍛冶師であるからだろう。
魔力で熱感知を用いればその形状や変体が分かったことから、錬金や錬成という手段であれば加工可能な筈だ。
それならルーヴェリア自身でも行える。
何より、長年生きてきた中で初めて出会ったものだ、興味を引かないわけがない。
他にも、魔力蓄積量と循環効率が桁違いであることから、ア・ヤ湖で育つ鉱虫の外殻を数個。ついでに店内に並んでいる宝石もいくつか購入し、店を後にする。
店員「毎度あり!また来てな、嬢ちゃん!」
満足のいく買い物が出来たためか、少し楽しくなってきた。
日も高くなってきたので、そろそろ昼食時だろうか。
ルーヴェリア「この近くだと、クレストの奥方が経営しているお店がありましたね…」
この辺りでは有名な店で、平民も貴族も関係なく訪れる、憩いの場なのだとか。
行ってみたい気持ちはあるものの、面識がある分気を遣わせてしまうかもしれないと躊躇する。
でも食べたい。かの店で注文しない者は居ないと言われている甘味をどうしても食べてみたい。
何せクレストが作るパンケーキだって高級料理店や宮廷料理人が作るものより美味しいのだ。
その妻が作る最高に絶品な甘味なら美味しくないわけがない。
葛藤の末、欲望に負けて店へと足を進めていった。
大丈夫、今日だけだ。今日は休日だから少しくらい欲に負けたって罰は当たらないはず。
そう言い聞かせて店の扉を開く。
店内は二階建てになっていて広々としており、噂に聞いた通り貴族も平民も関係なく食事を楽しんでいるようだった。
案内されるがままに一階の窓側の席に座る。
注文が決まったらベルを鳴らして店員を呼ぶシステムらしい。
ルーヴェリアが頼んだのは、黒山羊のシチューとネーベル麦のパン。そして噂の甘味、ブディーノ。
期待で胸を膨らませつつ、待っている間、人々の話に耳を傾ける。
「魔術好きな娘を養成学校に通わせたら魔術より剣に才能があったってよ」
「ドレスを新調したら、主人と息子に恥ずかしいくらい褒めちぎられたの」
「これからまた暑くなるし、今年はヴィト・リーシェに避暑に行くかあ」
「メレンデスの港に船が着いたそうよ、海産物が多く出回りそうね」
ああ、なんて穏やかで平穏な会話なのだろう。
今の幸せを噛み締めながら、未来に希望を持って生きているように感じる。
帝国から黒雲が流れているなんて口が裂けても言えないな、これは。
そうこう考えているうちに、料理が運ばれてきた。
まずはシチューから口にしてみる。
エレゾルテ山脈に生息する黒山羊は、高所の寒さに適応するため沢山の脂肪を蓄える性質がある。肉質は柔らかく、その脂は濃厚だが、他の肉のように後味に残らず、肉の脂身が苦手な人間でも好んで食べられるほど食べやすい。
そんな黒山羊の肉が大きく角切りにされ、他の野菜と共にじっくりと煮込まれている。口に含むとほろほろとほどけていく肉の食感…最高だ。
更に、アクセントのクリームが味にまろやかさを加えて、心が温まる優しい味わいとなっている。
ある程度シチューを堪能した次は、ネーベル村で育てられた麦を使用したパン。
香り高い風味で有名な品種の麦で、これを使用したパンは芳ばしく、食感はふんわり、というより、もっちり、なのだそう。
実際に食べてみると確かにもちもちしていて食べ応えがある。
騎士団宿舎の食堂で提供されるふわふわした生地も良いが、これはこれで好きな兵士が多そうだ。
また、芳ばしさの中にほのかな甘みを感じた。シチューを付けても美味いだろうが、シンプルにバターを塗っても塩気との絶妙にマッチして美味だろう。
これがこの店の力か…。
来る前はクレストの妻に余計な気遣いをさせてしまうかもしれないと思っていたが、杞憂だったようだ。
そもそも厨房から滅多に出てこないのだから会うこともないのだ。
シチューとパンを平らげると、いよいよ噂に名高い甘味、ブディーノの登場だ。
皿の真ん中に鎮座するそれは、皿の動きに合わせてふるふると揺れている。
卵の黄身より少し淡い黄色で、山頂を平らにした山のような見た目だ。
その頂きには焦げ茶色のソースがかけられており、所々斜面を流れている。
スプーンで一角をすくい、口に運んでみると、滑らかで柔らかな甘みが口いっぱいに広がった。
ソースは少しビターな味わいで、甘さをぎゅっと引き締めるいい役割を果たしている。
そして何より…。
ルーヴェリア(と…溶けた…!?)
幸せな味の余韻を残し、口の中から消えていた。霞を食べさせられたのかと勘違いするほどあっという間になくなる。
噂以上の料理だ、これはいくらでも食べられてしまう。
こんなに美味しいものを食べられるとは。
ルーヴェリア(来て良かった…)
心の底からそう思った。
鏡など見なくてもわかる。多分今、見た目に相応しい少女の笑みを浮かべている。
ルーヴェリアはブディーノをもうひと皿頼み、ついでに食後の紅茶も楽しんで店を後にした。
さて、午後の時間はどこに行こうか。
楽しい休日は、まだ始まったばかりである。
【おまけ】アドニスの日記
誕生日会が終わった後、僕はとても長い時間眠っていたようです。
目を覚ますと、シエラがすごく驚いた顔で僕をみてきました。
不思議に思ったので話を聞いてみると、僕は悪い人に魔術で眠らされて、誘拐されていたようです。
師匠が助けてくれたと聞きました。
もし助けてくれてなかったら、僕は生きていなかったかもしれません。
みんなが安心してくれるように、もっともっと勉強をして、強くなって、今度は悪い人をやっつけられるようになりたいです。
それはそうとして、師匠にお礼のプレゼントを贈ることにしました。
色々なアクセサリーとか、お洋服とかを考えましたが、師匠は着飾る人ではないし、アクセサリーを身に付けているところを見たこともありません。
シエラに相談したら、ブローチはどうかと言われました。
ブローチなら戦いの邪魔にもならないし、服につけておくこともできます!
豪華すぎるのは好きじゃないと思ったので、できるだけ飾りの少ないものにしました。
宝石の色は、師匠の綺麗な瞳と同じ色です。
お礼の手紙と一緒に、お部屋に届けてもらいました。
喜んでくれるといいな。