誕生会 後編
とうとう始まりました、アドニス君のお誕生日会!
色んなキャラの色んな一面を見ることができて、少し楽しい会かもしれません。
作者も好きなシーンが多いです(笑)
アドニスの誕生日パーティは滞りなく開催された。
美しい演奏とビュッフェ形式で並べられた豪華な食事達、華やかな装いでダンスや会話を楽しむ貴族ら。
栄華ここに極まれりといった様子だ。
第1王子ヴィリディスとその護衛騎士ケインも、少し遅れはしたが隣国と交わした書簡を手に無事帰還し、可愛い弟の元へ颯爽と歩いてくる。
ヴィリディス「誕生日おめでとうアドニス。贈り物は少し大きいから、先に部屋に運ばせておいたよ」
アドニスより7つ上の第1王子は、物腰柔らかで庶民から慕われている。
また、外交の手腕は勿論、剣術にも優れており、見目も良いことから男女問わず大人気だ。
アドニス「ありがとう兄上!楽しみにしています!」
アドニスが笑顔を返すと、その体がふわりと浮いた。
アドニス「わわっ?」
どうやらヴィリディスの専属騎士であるケインに抱き上げられたらしい。
ケイン「おー?少し重たくなったか坊主。鬼の騎士団長殿に気に入られて毎日しごかれてるってのは噂だけじゃねぇってか?」
粗雑な言葉遣い、傍若無人な態度。
第3騎士団長のテオとどっこいな性格のよさを持つこの男は、騎士でありながらどの団にも所属していない。
かつてのルーヴェリアの教え子なのだが、途中で挫折して一般兵に下った経緯持ちだからだ。
それでも第1王子の専属騎士を務められるのは、多分その鍛錬の賜物だ。
鍛錬の厳しさから、いついかなる時も、例え彼女の機嫌が地底深くで胎動する溶岩の海の底並だとしても、ルーヴェリアのことを鬼と呼ぶ。
アドニスは、師匠は鬼なんかじゃないと反論したかったが、日頃の鍛錬が脳裏を過ぎり言葉が詰まって出てこなかった。
そんな会話を耳にしたものだから、国王は背後に控えるルーヴェリアを見て問わざるを得ない。
国王「お前の鍛錬は、そんなに厳しいものなのか…?」
ルーヴェリア「戦場に厳しいも厳しくないも有りますか?」
うん、聞くだけ無駄だった。
懸念が確信に変わると同時に、そっとため息が漏れ出る。とりあえずそれはそれとして。
国王「ルーヴェリアよ、お前も食事を楽しんできなさい。クレストも王妃と共にパーティを満喫しているようだしな」
ルーヴェリアは首を横に振った。
この国の首を護るという重大な任務の最中にそんな真似はできない、と。
国王「お前は堅いな、ルーヴェリア……なら他の人間にここまで食事を運ばせ…………む?」
国王は玉座から見下ろす光景の中に気になるものを見つけたようだ。
アドニスとヴィリディス、ケインの3人がでーんと鎮座する巨大な肉の塊をナイフで切り取っている。
国王「ふむ……1人足りんな」
ルーヴェリアも国王の視線を辿り、同じものを見て、同じ考えに至った。
アドニスの護衛を務める第4騎士団長はどこだ、と。
その頃、肝心のその人物は庭園で貴族の女性に取り囲まれ、なんともだらしのない表情を浮かべていた。
女性1「騎士団を纏めていらっしゃると伺いましたわ、想像以上に素敵な方ですのね」
女性2「常にお噂は拝聴しております。立派な功績をあげられているとか」
女性3「次の1曲は是非私と踊って下さりませんこと?」
それ以外にもお世辞にしては過ぎた言葉をかけてくる女性達。
両手に花というより、全身に甘ったるい香りをつけた造花を纏ったような状態だ。
この腑抜けはこれでも一応一般兵達を率いていた将の1人で、名前をゼフォン・ドレンツェルという。
なんとも歯痒いことではあるが、ドレンツェル家は先代国王の妹君の家系で公爵の地位を持っている。
先代当主の領地経営の腕が大変に良かったこともあって、他貴族と比べて段違いの権力があり、現在も家柄の影響力が大きい。
故に女遊びの激しい下衆でも、そんな大きな家の現当主ともなれば空白だった騎士団長の席の数合わせに選ばれるのだ。
ゼフォン「そんなに1度にお願いされては、俺も困っちゃうよ小鳥たち。順、番、に、話してくれると嬉しいな」
女性4「でも宜しいの?アドニス殿下の護衛というお仕事があるのでしょう?」
ゼフォン「俺は王子様にお世話になってるからね。日頃の感謝を込めて、久しぶりにご帰還なさった兄君と2人きりにして差し上げたんだ。王子様も大変お喜びだったよ」
語り手も吐き気を催す程度には気色の悪い笑顔で平然と嘘を並べ立てる。この顔面を潰せるものなら潰したいが、出来ないので諦めよう。
女性2「まあ、お優しいのですね」
ゼフォン「当然の行いさ、ははは」
そんな人集りが出来ているものだから、城内の熱から逃れるために庭園に出てきた王女の目に止まらない訳がない。
つかつかと足を進め、声高に棒読みの言葉を繰り出す。
シーフィ「第4騎士団長ー?婚約者である私の可愛い弟の為に1つ頼まれてほしいのですけれど宜しいかしらー?」
流石にこの国の王女とあれば、女達も蜘蛛の子を散らすように去っていくしかなく、自分の婚約者とあれば、ゼフォンもその声を無視することは出来ない。
ゼフォン「如何されました?王女様?」
至福のひとときに水を差されたのが気に食わなかったのか、冷ややかな笑顔の仮面を貼り付けて、ゼフォンが振り向く。
シーフィ「この国は一夫多妻制ではないわよゼフォン?婚約者に虫が張り付いていたら、はたき落とすのは当然でしょう?」
王女も負けじと据わった目で睨み返しながら口角を上げてみせるが、数秒の沈黙の後、とても楽しそうな笑顔に変わった。
ゼフォン「……?」
シーフィ「ねえゼフォン、ここは人気も少なくてとっても静かね?」
彼は一瞬何を言っているのか理解に苦しんだが、彼女の後ろに控えていた第3騎士団長が溜息をつきながら前に出てきて色々と察した。
テオ「えーと、こういう時はなんて言うんだっけ?王女殿下の思し召しだ?じゃなくて、えーと。婚約者といえど見過ごせない?違うな、うーん……もういいや、面倒くさい」
冷笑から一転して真っ青になったその顔面に拳を叩きつける。
シーフィ「こういう時は、手が滑った、でいいわ」
悪戯っぽく微笑む王女と、その場に沈んで動かない下衆。
テオはその下衆を足先でつつきながら王女の方を見た。
テオ「ついでに足も滑らせときますか。んで、こいつどーするんすか?」
シーフィ「その辺のベンチにでも転がしておけばいいわ。元婚約者になるんですもの、今後のために体裁くらいは整えてあげないと、ね?」
ああ、この件と日頃の行いを話のネタに婚約破棄を提言するわけか。
テオ「お優しいっすね〜」
伸びきった体を片手でひょいと持ち上げ、その辺のベンチに放り投げる。
なんかカエルの呻き声みたいなのが聞こえたけど、まあいいや。
2人は場所を移して、目の保養に綺麗な花を眺めて残りの時間を過ごしたのだった。
城内では、アドニスが賓客達への挨拶を済ませ、ルーヴェリアは国王から王命だと無理やり食事を口に放り込まれ、王妃とクレストはそんな光景を微笑ましそうに眺めつつ音楽を楽しむ…。
なんとも幸せな時間が流れていた。
ケイン「ヴィル王子、あっちの肉も美味かったが、こっちの、この、なんだ?サクサクしたちっこいのも割とイけるぞ」
ヴィリディス「実は私はそれが苦手でね、悪いが1人で楽しんでくれ」
困ったように笑うヴィリディスに、ケインは首を傾げた。
ケイン「なんでだ?こんなに美味いのに、もったいねえな」
ヴィリディス「それ、アン・セクテンの唐揚げなんだ」
ケイン「!?!?」
吹き出しそうになるのを堪えて飲み込む。
アン・セクテンは、それはそれは貴重で高級な食材のひとつで、最近貿易で上級貴族達の間に出回り始めたもの。
というのは馴染みのある人間しか知らないことで、基本的にその名前を聞いた者が思い浮かべるのは、頭、胸、腹の3部で構成された体を持ち、黒光りする外殻と6本の細い脚を持つ虫だ。
一応ヴィリディスは前者の知識があるが、ケインには無い。
ケイン「え…これ食えんのか?いや、てかそれ食え…食……?」
混乱の2文字が頭の中でぐるぐると回っているが、とりあえず、とりあえず皿に盛った分は食べないといけない。
ケイン「やべえ、調子に乗って山盛りにしちまった…」
……………。
仕方ない、苦手だが貿易の交渉先で出されたとでも思って食べよう。
心優しいヴィリディスはケインに付き合って苦手な虫さんの唐揚げを食べることにした。
味はまあ、悪くはない。海産物の甲殻類に、カニと呼ばれるものがあるがそれに近い味だ。
外殻の部分はサクサクとした歯ごたえで、何も知らずに食べれば楽しい食感と言えるだろう。
そう、何も知らずに食べれば……。
ヴィリディス「中々の苦行だね…」
ケイン「全くだ…」
2人は時間をかけて山盛りの虫さんを平らげるのだった。
さて、そんな愉快なパーティも夜の更ける頃には終焉を迎え、貴族達は各々の屋敷へと帰っていった。
アドニスも部屋に戻り、着替えを済ませてベッドに寝転がる。
ポケットに入れていたルーヴェリアからの贈り物は、取り出して寝巻きのポケットに入れた。
大切なお守りだから。
明日からは部屋で山積みになっている贈り物達を開封して、送り主にお礼の手紙を書かなくては。
鍛錬の時間は少し短くなってしまうが、一人の人間として、こういうことはきちんとしないといけない。
とても楽しい時間だったな。
今度は師匠とも一緒に……。
アドニス「師匠は断りそうだけど」
ふふ、と笑って寝返りをうつ。
今日はとても楽しかったが、少し疲れた。日記はお休みにして、もう眠ろう。
幸せそうに微笑みながら、目を閉じ、そのまま意識を深く落とした。
一方で、ルーヴェリアはクレストと共に国王と王妃を部屋に送り届けてからそれぞれの部屋に戻っていた。
道すがらは途中まで同じだ。
クレスト「陛下は最後、大分酔っていらしたな」
ルーヴェリア「貴方も大分飲んだそうですね」
パーティの最中、王妃が唐突に酒癖の悪い自分の夫相手に酒飲み対決を申し出たのだ。
恐らく、ベロンベロンになるまで飲んで帰ってくることのある夫が、どれだけ飲めばそうなるのか知りたかったのだろう。
ワインボトルを2本ほど空けたところで王は潰れてしまったが、王妃の方は足りなかったようで、今度はクレストを相手に飲み続けた。
王妃の申し出を断るなんてことは出来ず、付き合った結果、割と相当量飲む羽目になった。
王妃はとんでもない酒豪だったらしく、部屋に戻るその時までピンピンしていた。
まあクレストも大分飲んだには飲んだが、精々国王の倍程度。王妃はその更に倍飲んでいたので、ボトルが何本空いたかは覚えていない。
クレスト「ご安心くだされ、どれだけ飲んだとしても仕事に支障は出しませんぞ」
ルーヴェリア「そこは信頼していますが、体裁が宜しくないので出来れば控えて下さい」
廊下に並べられた蝋燭と、雲間から覗く月の光で照らされた廊下は静かなもので、2人の穏やかながらどこか楽しげな会話は、それを耳にした見回りをする兵士達のささやかな癒しだ。
クレスト「体裁といえば、第4騎士団長のゼフォン殿の件はいかがなさいますかな?」
ルーヴェリア「陛下や王妃が黙っているとは思えませんね。私が出るまでもないでしょう」
いつだって、地位という地盤はそこに立つ者の果たすべき役目を果たせなかった折には脆く、容易く崩れ去るものだから。
クレスト「仰る通りですな……おっと、私めの部屋はあちらでしたな」
ルーヴェリア「そうですね……今日はお疲れ様でした。明日に備えてゆっくりお休み下さい」
クレスト「師も、ご自愛くだされ。徹夜で書類と睨めっこをするのは体に障りますぞ」
では、とそれぞれ頭をぺこりと下げて、自室へと歩いていく。
クレストにああ言われはしたが、毎日のように舞い込んでくる小さな問題達は、大きなものに変わる前に処理しなくてはならない。
ルーヴェリアが部屋のドアノブに手をかけたその時、バタバタと慌ただしく駆けてくる足音が聞こえ、そちらの方を向いた。
あれはアドニスの専属侍女、シエラだ。
シエラ「夜分遅くに申し訳ございません!」
青ざめた顔、今にも泣き出しそうな表情、切迫した状況らしい。
ルーヴェリア「如何なさいましたか?」
シエラ「アドニス様が、何者かに誘拐されました……!」
【おまけ】ある日の騎士団
ルーヴェリアが騎士団に入って間もなかった頃。
城内では変な噂が立っていた。
兵士1「なあ聞いたか…?最近、夜になると不気味な女の幽霊が出るって噂…」
兵士2「聞いた聞いた。顔の白い小柄な女…いや、子供…?らしいな」
兵士1「もう何人も見たって噂だ…今夜あたり出るんじゃないか…?」
兵士2「やめてくれよ縁起でもない…た、ただの噂だろ…」
その時、ぬっと白い手が伸びてきて、兵士2人の肩をちょんちょん、と叩いた。
ま、まさか…。
ルーヴェリア「交代の時間です」
ぎゃああああああああ!
出たあああああああ!!
兵士達は一目散に走り去ってしまった。
ルーヴェリア「……?」