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呪詛

膝をついたアドニスの口から、吐息と共に嫌なものが吐き出された。

困惑しながらも、彼の状態を確認したルーヴェリアは、自分が唯一打ち勝つことの出来ないそれに直面することになる。

何だろう、水の音が聞こえる。

さらさらと静かに流れるような音だ。

それと、時々扉が軋んだ時のような音。

いつか夢で同じようなものを見ていた気がする。

それと、ずっと語りかけてくる声もあった。

あの時はただ女性の声としか分からなかったが、今は何故かはっきりとわかる。

ルーヴェリアの声だ。

どの音も、耳に水が入ってしまった時のようにくぐもっていて、はっきりとは聞こえないけれど。

目の前には、少し早く雲の流れる空…が見えているはずだ。多分これはそうだと思う。

はっきりしないのは、厚いすりガラス越しに何かを見ているかのようにしか見えないからだ。

鉛のように動かない体。

指先一つ動かすこともできないし、聞き取りたい音もはっきりとは聞こえない。

でも、あの夢と全く違うことがあった。

それは痛みがあることだ。

鼓動が一つ拍動するごとに、心臓のあたりから全身にかけて、何かが根を張っていくように鋭い痛みが広がっていく。

けれど苦悶の声をあげることすらままならなかった。

だんだんと意識が閉ざされていくようで。

ちゃんと、ルーヴェリアの話を聞いてあげたいのに。

彼女の声を、言葉を、聞いてあげたいのに。

瞼がひどく重くて、心に背いた体はそれに従って視界を暗闇に染めた。

それでもずっと、聴覚は水のせせらぎと彼女の声を聞いていた。

ずっと、ずっと、ずっと聞いていて……いつしか聞こえなくなった。

閉じた瞼の裏に、あの時のことが甦る。


防衛戦で、自分は4万の騎士団を率いて南方から押し寄せる20万の軍勢に立ち向かった。

アドニス「湖を渡らせないよう、弓兵と魔導兵は攻撃を絶やさないで!山脈から来る敵は僕と歩兵で蹴散らすよ!騎兵隊は遊撃に、基本的に負傷者の回収をして看護兵のところに連れて行ってくれ!」

本隊ではなく主力も居ない魔族の軍は、降り頻る鏃と魔法矢の雨に阻まれてヴィト・リーシェ湖を渡り切ることが出来なかった。

しかし何故か迂回するという選択をとらず、ただ死体の山となって積み重なっていくだけだ。

エレゾルテ山脈の麓では歩兵らが魔獣の角を叩き折り、爪を割り、四肢を切り裂く。

アドニスは炎を纏わせた剣を振るい、屍人と植魔を蹴散らしていった。

何物をも焼き尽くす劫火では、地に足がついている植魔でさえ灰燼に帰してしまう。

一歩踏み込めば、剣先より放たれた焔は顎を開いて敵を呑み込み、呑み込まれた敵は悉く塵となって空を舞った。

腹を空かせた猛獣のように、焔は次の獲物を絡め取るよう走っていく。

数の差は大きいが、こちらが圧倒的に有利な状況であった。

負傷兵も出たには出たが、高速移動に長けた騎兵隊と後方にいる看護兵の援護によって戦線復帰も早い。

アドニスは考えた。

もし自分が敵側なら、この状況を打開するために何か別の策を講じてくる筈だ。

突破を目論むなら、消耗一方の戦いになることは避けたい筈なのだ。

なのにどちらの戦線も突撃を繰り返すのみで、どこか違和感を感じる。

開戦から数時間経っても、だ。

何か別の目的があるのではないか、そう予見した時、最後方、つまり自国に巨大な魔力反応を感じた。

振り返ったアドニスが目にしたのは、王都の空を覆い尽くすように広がるゲート。

アドニス「時間稼ぎだったか…!」

しかしこの戦線は維持しなければならない。

自分だけでも国に戻るか、否か。

しかしゲートは皿が割れるように破壊された。

ゲートの破壊にはそれなりに多量の魔力が必要な筈だが…いや、そういえば。

ルーヴェリアが王妃にゲートを破壊できるほどの魔力を込めた短剣を渡していたか。

アドニス「良かった、流石師匠だ」

安堵の笑みを浮かべながら背後に忍び寄る死霊を斬り伏せる。

敵の目論見が破壊された今、自分達がすることは防衛戦ではない。

アドニス「ここからは殲滅戦だ!!残さず狩り尽くせ!!」

号令と共に高まる士気。

威勢の良い声が半数まで削られた魔族らを押し返し、一体、また一体と命を刈り取っていく。

そうして、日が沈んできた頃。

西門付近にゲートが開いたと報告があがる。

ヴィト・リーシェ湖付近を堅めていた騎士団数千名を派兵し、山脈の方に向き直った時だ。

脳裏に、大量の魔族の群れが過った。

砂漠にも似た荒野、聳える砦と立ち塞がる老騎士、その背後に開くゲート。

直感だ。確証はないが確信する。

クレストが危ない!

アドニス「師匠はなんて!」

近くの兵士に声をかける。

「既に西門の援護に来てくださいました!」

アドニスは一つ頷くと、この戦線は彼女に任せ、クレストの援護に向かうと言い残して馬を走らせた。

早く、早く行かないと。

いつか講義で教えてもらったんだ、昔、とある騎士が使っていた砦の魔術。

前方に広がる敵を蹂躙することに特化した牢獄のような砦。

だがその弱点は、砦の外側、主に背後だって…!

何か、胸元がずきりと痛んだ気がしたが思考を遮る程も強くはなかった。

馬より早い脚を持ったルーヴェリアやクレストが羨ましい。

こんなに急いでいるのに、過ぎ去っていく景色が遅く見えてしまう。

地平線の彼方では、既に陽が半分ほど溶け落ちていた。

その前に!!

少し時間はかかったが、クレストの背後に滑り込むようにして馬から降りる。

同時に目の前でゲートが開いた。

雪崩れ込む魔物を、焔の蛇が噛み千切っていく。

ゲートが閉じる様子はなく、延々とそこから魔の群れが吐き出されているかのように見えた。

自分一人でどこまでやれるか分からないが、クレストの背中だけは守りたい。

身体強化の術を更に重ね、空飛ぶドラゴンや吸血鬼すら、跳躍して斬り散らす。

その間に隙ができた地上に戻るや否や剣を振って、振って、振り続けた。

上から見れば、空にも地にも、半円状にクレストの背後だけ敵がいない空間が出来上がっている。

正直、ルーヴェリアやクレストと比べればアドニスの力は肩書き負けの部分が多かった。

幼い頃からルーヴェリアに剣を教えられてきたとはいえ、やはり成長には限度というものがあったのだ。

永遠に肩を並べることは出来ないと、挫折しそうになったことだってある。

だから魔術も磨いた。

アドニス「裂き散らせ!」

焔の蛇が喰い損ねた獲物を中空を走る稲妻で屠る。

アドニス「沈み失せろ!」

それでも足りない時は、水球に閉じ込めて圧死させて。

アドニス「貫き砕け!」

まだ不十分なら、地面を突起させて串刺しにし、内側から爆裂魔術で四散させた。

凄まじい魔力の消費量ではあるが、どうせ持ち得る全てを放ってもあのゲートを破壊するには至れないなら、全てを賭けてクレストの背中を守ることに徹した方がいい。

冷や汗が滲む。魔力が尽きかけているのか。

先程から早鐘を打つ心臓に合わせて胸部が痛むのが原因か。

どちらか分からないが、関係ない。

目の前に現れる敵を蹴散らすだけだ。

焔が小さくなり、稲妻が遅くなり、水球は消え失せ、最早大地も呼応しない。

なら更に身体能力を向上させ、剣で斬り、鞘で砕いて、少しでも多くの敵を葬ればいい。

剣が折れたなら、転がった魔族の腕でも振ってその爪を利用してやろうとさえ思っていたその時、夕陽を反射して黄金色の髪を靡かせる女神の姿が見えた。

ゲートの向こう側から無数の光矢が放たれ、目の前に居た敵諸々を木っ端微塵にしていく。

女神は自分の側に舞い降りて、その腕の一振りで数多の闇を払い除けていった。

アドニス「ごめんなさい、師匠。なんか、よく分からないんですけど、体が重くて…」

魔力が枯渇したのか、疲労なのかは分からないが、剣を地に刺して支えにしないと立てないくらいに疲弊していた。

ああ、全身が痛い。身体強化の代償だろうか。

ルーヴェリアは気にするなと言うように首を横に振った。

目の前のゲートは漸く閉じ、残った敵は全てルーヴェリアの剣が八つ裂きにしていく。

その時、砦がガラガラと崩れ落ちた。

肩越しに背後を見やるが、クレストは微動だにしていなかった。

ルーヴェリア「クレスト!魔力枯渇なら後退してください!」

いつもなら素直に従う筈なのに、一切の応答も無かった。

そこで不信感を持つべきだったのだが、目の前に魔族の牙が迫ったため反射的に剣を振ったせいで敵と一緒に吹き飛んでいってしまった。

そうして、残りの敵も全て片付け、クレストの目の前にあったゲートも消失したのを確認して、防衛戦はひと段落終えられた。

鉛のように重たかった体は喜びと安堵で軽くなり、ルーヴェリアと二人でクレストの元へ駆け寄る。

アドニス「クレスト!良かった…無事で」

息を吐くと同時に、凍りついたように動かなくなったルーヴェリアに気がつき、視線を改めてクレストに戻す。

クレストは、死んでいた。

両目から、鼻から、口から、耳から、血を流して。

胸元には大きな風穴が空いていて。

いつも穏やかに微笑んでいたあの顔は、記憶の中ですら苦しげに血を吐いていた。

なんで、どうして。

だって背中は守ったじゃないか。

元からクレストの援護に回ってから師匠はこっちに来る筈だった。

師匠が本国西門に駆けつけてくれたということは、その時はこっちの戦況は落ち着いていたということで。

吐き気を催すほど思考が渦巻いて、何が何だか分からなくなる。

ルーヴェリア「…サフラニア西門防衛無事完了、騎士団への被害はありましたが、民衆は無事です」

唐突に報告を始めた彼女に、首を傾げる。

どうして今更戦況報告をするんだ?

だって彼はもう…

ルーヴェリア「第三騎士団長クレスト・アインセル。防衛戦は無事突破、戦闘終了です。……お疲れ様でした」

そう言うと、クレストの体はやっと崩折れて、地に臥した。

ああ、そうか。

クレストの意思はまだ死んでなかったんだね。

師匠はもう休んでいいと教えてあげたんだ。

僕はやっぱり、まだまだだなぁ…。

視界がぼやける。

疲れからくるのか、別の何かなのかはわからない。

ただ、膝から下に力が入らなくなってしまった。

あれ、おかしいな。

そう思った時にはもう、何もかもが手遅れだった。


地に膝をついたアドニスの吐息に大量の血が混ざった。

ルーヴェリア「え……」

外傷は見当たらない。

魔力干渉も感じない。

先程治癒の術を施したので身体強化によって傷ついた臓器は回復できた筈だ。

なのに何故、彼は血を吐いて膝をついている?

ルーヴェリア「殿下、肩を」

一先ず帰還しなければ。

クレストには申し訳ないが今は国の未来を担う彼を手当するのが先だ。

治癒の術も意味がないのに、どうやって?

浮かぶ疑問を頭を振って打ち消し、アドニスに近付いた時だ。

嗅ぎ慣れた嫌な匂いがした。

虫が集る程に甘く、吐きそうな程に嗅覚を突き刺す、腐臭。

まさかと思い彼のブーツを脱がせると、その皮膚は血の塊が透けて見えたような色をしていた。なんと呼べば良い色なのか、褐色とまではいかない、暗い赤紫色だ。

触れると氷よりも冷たい。

よく知っている体温。

ある一つの仮説が浮かぶ。

治癒が効かない時点で既にその顔を覗かせていた言葉が、嘲笑するように心中に響き渡る。

ルーヴェリア「呪…詛…」

自分にもかけられたもの。

なんとかして打ち砕かんとして、でもどうしても、何をしても解けなった呪い。

でもこれは不老不死の呪いじゃない。

不老不死の呪いじゃないなら宮廷魔導士か彼の母親なら、王妃なら解呪出来るかもしれない。

自分の側に膝をついた女神がぽつりと呟いた言葉さえ、アドニスの耳にはもう遠い。

ルーヴェリア「急いで城に…ああでも…」

珍しく焦燥している彼女を見た。

アドニス「師匠、何か気にかかることでも…?」

自分の状態に気が付かず、そう言ったつもりでいた。

彼女からの返答はない。

それもそうだ、彼は喋ったつもりでいるが一言も発せていないのだから。

そのまま体を持ち上げられて、出来るだけ振動が伝わらないよう、それでいて出来るだけ早く走った。

ルーヴェリア(でも、現在地から城までこの速度で走っていたのでは馬より遅い…!次元移動は使えない。殿下の体が耐えられない)

そういえば、付近に本国へ通じている川がなかったか。

ヘルベ湖から下れば。

それに観光地にもなるからと舟を渡せるよう整備された川は障害物も無かった筈だ。

アドニス「師匠…?一体何をしているんですか?ちょっと休めば歩けるようになりますけど、火急の案件なら置いていっても…」

そう話しかけるのに、ずっと呼んでいるのに、彼女は何も言わずただ前だけを見て走り続けている。

何故か布でぐるぐる巻きになっている胸元からは、止まっている筈の彼女の鼓動が早く脈打っているのが聞こえた気がした。

ルーヴェリア(急拵えのボートで辿り着くまでには、早くても3日はかかる…でも走るよりは早い……それまで殿下のお体が保つかどうか…!)

森に入り、湖の近くの木に背がもたれるようにアドニスを降ろした。

いくつかの大木を蹴りでへし折り、魔力で縄を編んで筏を作る。

ちらとアドニスの方を見やれば、暗い赤紫色だった脚は既に皮膚が溶け始めていた。

胸が苦しい。嫌だと泣き叫びたくなるようなこの感情をなんと呼べばいいのか、遠い昔に捨ててしまったからもう分からない。

急拵えのそれは筏とも小舟とも呼べないものだが、魔力で多少推進力を上げても問題無さそうなくらいには丈夫なものが出来上がった。

アドニス「師匠…?」

そこに乗せられたアドニスは、初めて自分の意思で自分の体が動かないことに気がつく。

全身が鈍く、鋭く、痛んだり痛まなかったりして、何か異常が起きているということだけは分かった。

きっと、先程から声をかけているのに返事をしてくれないのは、自分が喋れていないからなのだろう。

そうか、だからこんなに焦っているのか。

先程の戦いで自分の隣に立った彼女は、真っ先に治癒の魔術を施してくれた。

でも、いつものように体が軽くなることはなくて。

ああ、心臓が痛い。

心臓から全身に広がるように、鈍くもあり、鋭くもある痛みが駆け巡っていく。

ボートはルーヴェリアと死にかけのアドニスを乗せて動き始めた。

魔術で推進力を多少上げてはいるが、大きなヘルベ湖のほぼ真ん中あたりから舟を進めるのだ。

どうしても時間はかかってしまう。

彼の脚を切り落とせばなんとかなるかとも思ったが、指先までもがあの色を帯びているのを見て、諦めた。

星が瞬き始める。

せせらぎと、時折軋む木の音が聞こえる。

ルーヴェリア「…殿下、私の声はまだ聞こえますか」

アドニスはギリギリのところで動かせる瞼だけ、一度閉じて開くことで返事をした。

ルーヴェリア「殿下のお体は、昔の戦いで私達が常用していた体を腐敗させる魔術に蝕まれています。ただの魔術なら、私ならば治癒の魔術で打ち消すことができますが…」

筏を作りながらも、彼の体が保てるよう既に十数回は試している。

ルーヴェリア「残念ながら、私には治せないもののようです。腐乱の魔術を呪詛に昇華させたのでしょう。一定の期間をかけて蝕むか、発動条件が満たされた場合に侵蝕が始まるのか、術者の意思で自在に操れるのかは分かりません」

自分の呪いすら解けないのに、他人にかかった呪いが解けるわけも無かった。

そもそも魔力に宿る残留思念が呪詛に関わるということまでしか解明できなかったのだ。

こんなに、何十年と研究してきたのに。

副産物として次元に干渉する力を手に入れたりするだけで、肝心のものについては何一つ分からなかった。

ルーヴェリア「王妃様や宮廷魔導士なら解呪できるかもしれませんから、今から急いで城に戻ります」

悔しさに歯噛みする。

強く閉じられた唇に、そんなに思い詰めないで欲しいと指を添えてやりたいところだが、残念ながら体は動かなかった。

ルーヴェリアは考える。

今自分に出来ることはなんだろうと。

ここは鍛錬場ではなく戦地だ。

腐乱して跡形も無くなってしまっては、蘇生することも、出来ない。

だからせめて、せめて彼が心安らかでいられるようにしたい。

そんな思いからルーヴェリアは口を開いたのだった。

【おまけ】ある日の▓▓▓▓


荒れ果てた魔界の中で最も荒んでいると言われている魔界の下層。

その最下層から、二人の人間が歩いてきた。

「あー、あー…この地図はどう見れば…」

男の方がいいながら紙切れをくるくる回している隣で、女が首を横に振っている。

「あのなぁ、地図くらい見れるようになってから旅に出ることを決めろよ……ほら貸せ。いいか、この印が北を指してて、私たちが今いるのはここ、元いた場所がここだから………ん?なんか変だな」

二人揃ってまともに地図も読めないらしい。

そういえば、昔はよく道に迷った人間を導いていたっけか。

困ってる奴が居るなら、助けてやらねぇとだよな。話しかけよう。

「よぉ、地図読めねぇのか?」

顔をあげるとそこには、真っ黒な肌に真っ黒な翼、ボロい布切れを被った、よくわからん人型の何かが立っていた。

「いや地図は読めるが、地図と現在地が合わない」

「地図くらい読めるし!僕を馬鹿にするなよな!」

女の方は素直だな…男の方は……なんでこいつ食ってかかってくるんだよ…

半分呆れながら、自分も地図を見ていいかと聞いてみる。

女は快く地図を見せてくれた、が。

「おいこれ、この周辺地図じゃねえぞ。しかも、大分古い…南方の地図だよなこれ」

俺が助言すると二人とも顔を見合わせて、通りでよく分からないわけだと笑っていた。

「お前、詳しいのか?」

女の方が尋ねてきた。

「まあ、ざっと300年はこの付近にいるし、魔界のあちこち行ってたから詳しいっちゃ詳し…」

「あちこち!?」

紫色の瞳をキラキラさせて食いついてくる女にたじろいでしまう。

「まぁ、あちこち、だな?」

「よし、決めた。お前、私たちの案内人になれ」

答えるや否や女が上から目線でものを言ってくる。

なんなら自己紹介までしてきた。

いや確定事項かよ!?

しかも拒否権ねぇのかよ!?

イレディア「私はイレディア、こっちは友達のノクスだ」

案内人になるつもりはなかったが、どこを目指してるのかは気になった。

見た限り二人は人間で、魔界で人間といえば奴隷だ。

その奴隷が自由にほっつき歩いているということは、抜け出してきたに違いない。

「案内人になるかどうかはさておき、行き先はどこなんだよ」

イレディア「空席の玉座だ」

耳を疑った。

堕天して300年余り魔界に居たが、確かに数十年前から魔王の玉座は空席となっている。

「おいおい、お前ら人間だろ!?あの付近は他の奴らも玉座を狙ってとんでもねえ戦い繰り広げてんだぞ!?」

イレディア「関係ないな、私はそこに行かなければいけないんだ。私がそう決めて、私がそうしなくてはならないと判断したからな」

既に魔王気取りじゃねぇか……仕方ない。

か弱い人間を"じゃあ頑張ってね"なんて言って見捨てておくなんて俺には出来ない。

それに、堕天使になってしまった自分でも、また迷える人々を救いたいという神の意を遂行できるなら、これ以上嬉しいことはない。

レイヴ「いいぜ、案内人になってやるよ。俺はレイヴ…」

イレディア「なってやるもなにも、もう案内人だろう」

ノクス「イレディアはこういう奴なんだよ…諦めてね」

そういえば確定事項だった…。

イレディア「で?レイヴ、お前種族なんだ?吸血鬼ってわけじゃないだろ?」

何百年も前の出来事なのに、それを聞かれるといつも胸が痛む。

レイヴ「…堕天使。何も悪いことしてねえのに、なんか堕天させられたただの堕天使だよ」

そう答えると、二人の表情が凍りついた。

イレディア「お前も、迫害を受けたのか」

ノクス「傷つけられた側、なんだな」

まるで自分ごとのように傷ついたような顔をする二人を不思議に思った。

イレディア「レイヴ、私もノクスも人間だ。長くここに生きたお前なら、人間がどういう扱いを受けるのか知っているだろう」

私は、私たちは、そんな魔界を変えたくて玉座を目指しているんだ。

その言葉に心を打たれた。

そうか、少しでも悲しみが減るように。

少しでも争いが無くなるように。

この場所を変えんとして動いているのか。

なんて立派なんだろう。

そんな風に考えていると、俺の心の中には二人を導きたいという気持ちが自然と芽生えていた。

イレディア「なあレイヴ、堕天する前はなんて名前だったんだ?」

レイヴ「え?あ……ラビリエル。迷宮の導き手って意味だ」

そうしたら、イレディアがノクスと顔を見合わせて一つ約束をしてくれた。

玉座まで導いてくれたら、一緒に人間界へ行って、青空の下をあてもなく歩こうと。

イレディア「道がわからなくなっても、ラビリエル、お前がいれば帰れるだろう?」


俺は嬉し涙を堪えて、ただ頷くのが精一杯だった。

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