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果たされた約束

クレストの応援に駆けつけたルーヴェリア。

目の前に広がる凄惨な殺戮現場に若干の恐怖を感じたものの、彼が無事であったことに安堵する。

しかし、日が落ち、闇が世界を支配しようとした頃、アドニスが守っていた戦線から応援を要請される。


【お知らせ】

読者の皆様、いつもお読みいただき有難うございます。

最終話が迫ってきているため、年内に投稿し終えることが出来るよう、今週は本日と水曜日に更新をいたします。

最初は、壁を登って越えればいいと思っていた。

でも、乗り越えるにはあまりにも高すぎた。

空の遥か彼方まで伸びた壁は、城砦のそれよりもずっと堅固で、ずっと高かった。

だからその壁につけられるにはあまりにも小さすぎる門を通り抜けるしかなかった。

人一人が通れる程度の門だ。

けれど誰一人その門を通り抜けることは出来なかった。

その拳は全てを斬り伏せる剣であったから。

その拳は遍くを砕き伏せる槌であったから。

その拳は悉くを貫き伏せる槍であったから。

傍に転がる、自分達を殺すためだけに作られた鉄球なんて安物の包丁だ。

誰かが言った。

「あそこに行っても死ぬだけだ。迂回しよう」

けれどそんなこと、出来るわけが無かった。

あの壁は既に自分達を包囲していたから。

結局、鬼門に挑むしか道は無かった。

飛びかかる魔性の群れに拳が突き出されれば、巻き起こった風は衝撃波という刃となって他者を巻き込み、殺戮の限りを尽くしていった。

「くそ!後方援護はどうなってる!奴の動きを止めさせろ!」

群れをまとめていた者がそう言うと、側近が恐る恐る口を開く。

「あの壁が現れた際、巻き込まれて……」

全滅した、と。


ルーヴェリア達と別れ、王都から馬を飛ば…すより走った方が早かったので、クレストは文字通り走って戦線を見渡せる位置に到着した。

ヘルベ湖、ア・ヤ湖の合間を抜け、いまやもぬけの殻と化したカルシャ村から索敵魔術を行使する。

敵の進軍は発見された位置よりあまり動いていないように思えた。

陽動のための軍、そして平坦になったテフヌト族領を徒歩で進軍すると考えれば機動力はそこまで重視されなかったのだろう。

陣形は円、中心に少しばかり大きな魔力反応があることから、あれらを指揮している者は中心にいる。

だが進軍方向は前方であるが故、接敵した際を案じてか後方に支援魔術に優れた植魔と吸血鬼達を置いたらしい。

欠けてはいるが、まだ使い物になる程度の短剣を戦力として見ているあたり、魔王はそれなりに慈悲深いのかもしれない。

さて、敵の陣形等が分かれば後はやる事をやるだけだ。

クレスト「マルス団長のお力、少しばかりお借りしますぞ」

にっと笑った老騎士は、持ちうる魔力を大きく消耗させながら、敵から身を守るためではなく、敵を殺すための砦を文字通り顕現させた。

クレスト「空間把握、指定」

敵陣の後方を潰しながら、包囲できる位置に。

クレスト「存在固定、城砦概念付与」

敵がゲートを開いて逃げることも出来ないように、その存在を人間界に固定する。

そして大地に、堅牢な砦の意味を持たせた。

果てしなく高い壁、抜け出す余地など持たせない石造りの地下牢、生きながらえさせるのではなく、飼い殺すための牢獄。

出口は、自分が立つこの場所だけにして。

クレスト「建立せよ!否生の砦」

魔族らのいるヤ・クルヌ村付近の地面が大きく揺れた。

ただの地震だと思っていたが、すぐ真横に雷が落ちたのではないかと錯覚するような音が轟いたと思えば、地面が盛り上がり、高く聳える崖のように自分達を囲い込んでいた。

10万の軍勢を、囲い込んでいたのだ。

困惑した矢先、出口らしきところに人間が一人だけ立っていることに気が付いた。

その人間は肩に担いでいた鉄球を地面に転がして仁王立ちしている。

クレスト「人の言葉が通じるのならば、貴様ら魔族に教示しよう。私を倒すことだけが、この場所から抜け出す唯一の道だ」

相手はたった一人。

恐れるものなんて何もない。

1匹の魔獣が飛び出してその首に噛みつこうとした瞬間。

その魔獣は頭部から全身が弾けた。

弾けた後に、パン!という乾いた音が聞こえてくる。

自分達なら飛んで抜け出せるだろうと考えた吸血鬼が空を目指すが、どこまで飛んでも壁は目の前から途切れることはなく。

囲われているために迂回するという道も塞がれ、何故かゲートも開けない。

動揺した魔族の群れがとった行動は、一斉突撃だった。

拳が剣撃となって同胞を八つに斬り裂く。

拳が鉄槌となって仲間を千々に粉砕する。

拳が真槍となって味方を無数に刺し貫く。

たかが人間一人の繰り出す拳に、10万が圧倒されていった。

その数を半分以下に減らすことに、何分かかっただろう。

人間が到達するべきではない境地にまで磨き上げられた一撃は、ただ一度繰り出されるだけで数百、数千を虐殺した。

そうして一度退却できるところまで退却し、後方部隊は既に全滅していることを聞かされたのだ。

どうしろというのか。

武に人生を捧げて人間を辞めた悪魔のような輩相手に、自分達はなす術もなく殺される他に道はないのか。

焦燥感と屈辱に身を震わせる将に、聴き慣れた声が響いた。

それは魔界に住む者なら誰もが頭を垂れ、地に伏し、姿を見ることすら許されないような高みに座す方の声だ。

『諦念は死後に噛み締めよ。彼奴は魔力で身体能力を上げているだけに過ぎない。お前達はゲートを通れぬが、送る方は別であろう。彼奴の魔力が尽きるまで、百千萬の兵を送り続けよう。恨み言は冥土に辿り着いた彼奴の魂にでも吐いてやれ』

ああ、我が王よ。

そのお力を我らの勝利の為に振るわれるのか。

あの悪魔が倒れれば、我らが死せどもそれは勝利となるのですね。

なんと非情かつ合理的で、しかし存分に奮い立たされる言葉なのだろう。

今やこの身は焦燥感や屈辱などという小さなものに震えてなどいない。

目の前にある死という運命に武者震いしているのだ。

否、狂ってしまっただけなのかもしれないが。

そうして正気を失ったように、魔族の群れはクレストへと襲いかかった。

上空にゲートが開き、無数の魔物達が牢獄へと放り込まれる。

表すならば波。幾重にも連なり呑み込まんとする荒波のようだと人は言うだろう。

しかしクレストからしてみれば、雑魚が鯨の口に自ら飛び込むようなものでしかなかった。

群れを率いていたものでさえ、少しばかり珍しい餌に過ぎないような存在。

荒波を拳一つで堰き止めてしまった。

どれだけ高い波であろうと、どれだけ強い衝撃であろうと、その拳は全てを屍へと変貌させ、死を撒き散らして山へと変えてしまう。


イレディア「あの小童が、ここまで強くなろうとはな」

目的を果たした魔王が鏡を通してその光景を見、感嘆の言葉を漏らす。

対して横に立つ魔女は不愉快極まりなさそうな顔をしていた。

サーシャ「目的は終えたのだから、これ以上仲間を殺す必要はないんじゃないの」

鋭い声に動じることもなく、魔王は首を横に振る。

イレディア「いや、あれが死ぬまで送り続けるさ」

サーシャ「馬鹿じゃないの?死体が増えるだけでしょ。もうノクスだって死んでるのに、意味ないじゃない。なんなら私が出て殺しに行ってもいいのよ」

間髪入れず、すぐにでも殺しに行きそうな魔女を魔王は制止した。

イレディア「それでは意味がない、サーシャ。魔術は封じろ。手出しはするな」

硬い沈黙が両者に流れる間にも、魔族の血は絶えず流れ続けている。

もはや山となった死体が流れを相殺して勢いすら殺されていた。

クレストの体は敵が視界から消え去るまで延々と繰り出され続ける。

決して折れない剣、その破壊力は言うまでもない。

さて、送り出した仲間の数はいくつだったか。

とうに百万は超えているはずだが、老騎士に疲れは見えない。

時が夕刻を過ぎても、緩むことはなかった。

イレディアは一度ゲートを閉じる。

サーシャ「………どうするの、あの死体の山の後始末」

イレディア「…………とりあえず後で燃やしてやろう。あの砦は一度入れば死んでも魔界には戻れない場所だからな」

魔女の嘆息を最後に、会話は途切れた。


魔族がこれ以上出現せず、ゲートが閉じられたのを確認したクレストは、ふうと息を吐いた。

とん、という着地音を背後で聞いて振り返ると、鎧も服も破れて腹部が丸見えのルーヴェリアが立っていた。

クレスト「…師よ、私はどこに目をやれば良いのですかな?」

ルーヴェリア「こちらの台詞ですクレスト…その屍は10万どころの騒ぎではないように思えますが…」

クレストはとりあえず自分の持っていたマントを裂いてルーヴェリアの腹部に巻きながら答えた。

クレスト「マルス団長の城砦顕現を使わせていただいたところ、盗み見していた輩がゲートを開きましてな。数で押せば倒せると思ったようです。数十倍は破裂しましたかな」

流石の怪物と呼ばれたルーヴェリアも、これは青ざめものである。

ルーヴェリア「…拳で?」

クレスト「拳で」

末恐ろしい。怒らせないようにしよう。

心の中でうんうんと頷きつつ、ルーヴェリアも戦果を報告する。

ルーヴェリア「こちらはノクスとレイヴを、後、恐らく彼方側の切り札と呼べるような魔物……確か、ロストとか呼ばれていましたね。それらを討ち取ってきました」

クレスト「流石ですな」

マントを巻き終えたクレストは誇らしげに微笑んでいる。

こうしていると、昔を思い出す。

いつの日だったかはルーヴェリアの片腕が飛んでいたのをなんとか鎧で隠したり、潰れた目が周囲の人間の目に触れぬよう包帯を巻いてやったりと苦労したものだ。

下半身が丸々吹き飛んでいた時はどう誤魔化そうか頭を悩ませ、結果的に食糧を運ぶための籠に押し込めたこともあったか。

クレスト「…懐かしいですな」

ぽつりと呟くクレストに首を傾げながらもサフラニアの方面を見る。

じき夜になるが、何の伝令も飛んでこないということは、アドニスの戦線も好調なのだろう。

特に急ぐことはないと判断したクレストが、場に似つかわしくない言葉を吐いた。

クレスト「食事は摂られましたかな?」

ルーヴェリア「あ、そういえばまだでした」

砦の中で火を焚こうとし、しかし辺りは血塗れ。

乾いたものなんて見当たらず火種になるものがない。

どうしたものかと周囲を見渡していた時、ルーヴェリアのいた方から嫌な音が聞こえた。

こう、ガリガリと何かを噛むような……そう、咀嚼音だ。

クレスト「師い!?」

青ざめるクレストが見たのは、その辺に転がった何かの魔族の破片に齧り付くルーヴェリアだった。

ルーヴェリア「…この肉塊、恐らく元は吸血鬼ですね。血の味が濃い。こっちは割と筋肉質で……魔獣、ですかね?」

うむ、そのような方法で元が何の魔物だったかを当てないでいただきたい。

粉々になった魔物の肉塊で神経衰弱をしないでくだされ。

ではなく。

クレスト「せめて火を通してくだされっ!」

そも食用の魔族は出回らなくなって久しいうえ、その体に毒を宿している魔族だって存在するのだ。

不用心に口にして良いわけがない。

ルーヴェリア「確かに、火を通せばクレストも食べられますね」

あ、なんか嫌な予感がする。

クレストはすぐさま防御体制をとった。

刹那、砦内で見事な爆発音を起こしながらルーヴェリアの火炎魔術が"暴走"した。

クレスト「…元から荒野であるのに、更に焼け野原にして如何なさるおつもりで…」

やはり調理は苦手だ。

ほとんどの肉が炭になってしまった。

クレストが心労と頭痛で暫し俯いていることなど意にも介さず、ルーヴェリアはとりあえず炭を払えば食べられそうな肉片を見つけてクレストに差し出した。

ルーヴェリア「感触的に熊型の魔獣の肉です。火は間違いなく通っているので安心して食べられますよ」

そうではないのです師よ…加減というものを覚えてくだされ……何年生きていらっしゃるのか……。

クレスト「ははは…有り難く頂きましょう…」

ああ、ディゼン団長。

せめて貴方が我が師にお茶を淹れる程度の魔力に抑えられるよう鍛えてくだされば、今も残っていた自然が多かったでしょう…。

更に言えば、騎士団の厨房が爆発したり団長専用の個室が吹き飛んだりして国庫に大打撃を与え、当時の宰相が胃薬を毎日倍量飲むことも無かったでしょうな…。

苦くもあり、温かくもあり、そんな空気は魔術を通じて送り届けられた伝令の声に破られた。

「緊急!サフラニア西門前にゲート出現!」

一気に空気が張り詰める。

同時に、砦の上空にまたゲートが開く。

クレスト「行ってくだされ、師よ」

ルーヴェリア「しかし王都西部には貴方の家族が…」

誰よりも駆けつけたい筈だ。

クレスト「師の方が足が速い。それに私はここを動けませぬ」

一瞬の沈黙。

しかし、クレストの「行け」という視線には勝てない。

ルーヴェリア「必ず守り抜きます」

そう誓って、空間と空間を繋げて西門の前へ飛び出した。

幸いにも、アドニスの率いていた騎士が数百名ほど応戦していたため、門が破られることは無かったが、確実に戦力は削がれていた。

疲れ切った騎士たちの様子を見るに、アドニスの戦線も雑魚を蹴散らすだけとはいえ数の差で疲弊させられていたのだろう。

ルーヴェリア「生存者は後退、残りは私が片付けましょう」

魔族を殺すためだけに作られた、謂わば聖剣とも呼べるルーヴェリアの剣に斬烈魔術を付与した。

一振りすれば、一体の魔族に当たった斬撃は近くにいた別の魔族も切り裂き、更に連鎖して最終的には何千もの魔族を葬り去る。

「こ、これが…騎士団長の力…」

アドニスの攻撃も凄まじいものではあったが、ルーヴェリアのと比べるとやはり劣っているように見えてしまう。

二つ、三つと斬撃が飛んだかと思えば、魔族の姿はいつの間にか消えていた。

ルーヴェリア「…?」

確かな手応えがあったのに、死体すら残っていない。

ルーヴェリア「!」

これは幻覚、罠だ。

クレストを殺すための罠だ。

砦の内側に出てきた魔族は防げようが、挟み撃ちされたら!

ルーヴェリア「殿下に引き続き王都周辺の警戒を行うよう伝えてください!」

騎士は首を横に振った。

「実は…大きな魔力反応があったため、そちらに向かうと…東方なのでクレスト団長の守備しているところかと……」

自分がここに駆けつけたから平気だと思ったのだろう。

そんなわけがない。

アドニスはまだ荒削りで、たった一人で馬で駆けつけたところで数に押されるのがオチだ。

しかし、自分がここを離れたら?

王都は誰が守る?

行かなくてはならない、しかし行けるような状況ではない。

いつゲートが開くか分からないのに。

数名の騎士が、ルーヴェリアの前に並んだ。

「行って下さい、ルーヴェリア様」

「我々全員、覚悟はできております」

駄目だ、生き延びてもらわなくては困る。

今までそう散々教えてきたつもりなのに、騎士達の視線は揺らぎも淀みもなくて。

初めて、自分の心が生かす、殺すで揺らいだ。

死ぬために戦わせるのではなく、生きるために戦ってほしい。

死後の名誉に何の意味がある。

何の意味もない。

そんなものに命をかける必要なんてないのに。

それなのに彼らは、そうすることが最善だと信じて疑わない目をしていた。

ルーヴェリア「…残存兵力は」

「2000と少しです」

ルーヴェリア「……各、方面に、500ずつ配置…支援部隊は中心に置き、奇襲を防ぐよう努めて下さい……」

初めて、指揮する声に震えが混じる。

嫌だ。死にに行くようなことをさせたくはない。

ぐっと拳を握りしめた。

ぽたぽたと地面に血が滴るが、痛みは感じない。

嫌だ。今までこんな命令を下したことは一度もなかった。

それなのに。

「ルーヴェリア団長、我々は決して死なない」

っ……。

…ああそうだ。死んだとしても、後世に残った数多の人間がこの戦いを語り継ぎ、国を守るために散った騎士たちを讃えるだろう。

そうである限り、彼らの魂は、意思は、永遠に死ぬことはない。

ルーヴェリアは唇を噛み締めた。

そして声高らかに叫ぶ。

ルーヴェリア「サフラニア騎士団諸君に次ぐ!!」

呼気で血が飛ぶほどに強く。

ルーヴェリア「死んでも、守れ!!!」

喉が裂けんばかりに声を張った。

威勢の良い声が上がり、各方面へと団長のいない騎士たちは東西南北全ての門の前に陣を構える。

そしてルーヴェリアは、踵を返してクレストの方へと舞い戻った。


青い炎を纏った剣を地面に突き立てて肩で息をしているアドニスと、その前方に蔓延る無数の魔物たちが見えた。

魔術の矢で奇襲を仕掛け、背後から蹴散らしながらアドニスに治癒術を施す。

アドニス「ごめんなさい、師匠。なんか、よく分からないんですけど、体が重くて…」

初めての長期戦で体が疲労しているのだ、無理もない。

クレストの方は問題なく片がつきそうなので、こちらも残党を一掃する。

その時、砦がガラガラと崩れ落ちた。

魔力で形成されたそれは、使用者の魔力が無くなれば、崩壊する仕組みなのだ。

それでも、クレストは微動だにしなかった。

ルーヴェリア「クレスト!魔力枯渇なら後退してください!」

不信感を抱いたルーヴェリアが、クレストに声をかけるも、返答はない。

彼は別の光景を見ていたからだ。


ああ、師は食にこだわりのない人でしたな。


マルス「よ、ルーヴェ。ん?飯もう出来てたっけ?何食ってんだ?」

ルーヴェリア「ベヒモスの腕です」

マルス「…は?」

ルーヴェリア「少し噛むのに力は必要ですが、問題なく食べられます。私の分は不要なので、他の兵士に分けるよう調達班にご伝言願います」

マルス「そ、それはいいけど……その、いつ捕ったんだ…?」

ルーヴェリア「戦いの途中で引き千切りました」

マルス「……ま、まあ、体調悪くなんないならいいや。は、はは…」


戦の面においては優れた才とも呼べますが。


ルーヴェリア「………」

ディゼン「ルーヴェリア、今何捕まえた」

ルーヴェリア「虫です」

ディゼン「で、それを今どうした」

ルーヴェリア「食べました」

ディゼン「お前の胃袋がバケモンなのは分かるがな、もう少し周りに配慮して食ってくれ……見ろよ後ろ。全員顔青くしてるぞ」

ルーヴェリア「分かりました。配慮します」


私が本格的に舌をどうにかしてやらねばと、料理本を漁るようになったのもこの頃でしたな。


ソーリャ「ん?その袋なあに?」

ルーヴェリア「非常食よ」

袋を開いて見せると中には大量の蠢く虫達がいた。

ソーリャは卒倒する。

ディゼン「周りに配慮しろっつったろ…!」

ルーヴェリア「美味しそうに沢山食べていたら美味しそうだと思ってくれると考えたのです」

ディゼン「違う、そうじゃねえ()」


いつぞやは、魔道具の出来を確かめるために山頂を平らにしたこともありましたな。


アドニス「あのー、師匠?」

ルーヴェリア「何でしょう。あと、ルーヴェリアです殿下」

アドニス「テオの戦った後のアルゼトを見たんだけど、国を中心に周囲に巨大な穴みたいなのが空いた地形になってて…もしかして…魔道具渡しました?」

ルーヴェリア「ええ、中程度の威力を発揮する物を渡していましたのでそれかと」

アドニス「……そのうち山一つ吹き飛びそう…」

ルーヴェリア「ケレテス山脈の頂上、平らですよね」

アドニス「え?ああ、そうだね。陣幕が構えやすいくらいに平らだけど…」

ルーヴェリア「あれ犯人私です」

アドニス「……もう、言葉が出ないです師匠…」

ルーヴェリア「ルーヴェリアです殿下」


なんて、死ぬ直前にしては良いものばかり見るな。

妻達はきっとルーヴェリアが守ってくれる。

あそこにはまだ、騎士団たちも残っているだろうから。

安心してここで散って良い。

ルーヴェリアには、手袋を贈ることができたから。

鼓動が悲鳴をあげている。

知ったことではない。拳を振るう。

心臓が限界を訴えている。

知ったことではない、拳を振るう。

過負荷に耐えられず、目から血が吹き出した。

構わない、拳を振るう。

ああ、心臓が煩い。

こんなもの、もう必要ない。

老騎士は自らの心臓を抉り出して魔力として吸収した。

背後で戦っているアドニスやルーヴェリアはまだ気が付いていないようだった。

破壊鉄球にこれでもかというほどの魔力を、それでも残り少ない魔力を込めてゲートにぶん投げた。

魔王の目の前に飛んできたそれは、間一髪のところでサーシャが短剣で弾き、魔王は慌ててゲートを閉じた。

鏡越しに見た老騎士は確かに魔力が切れている。

己の治癒すらまともに出来ないほど。

そうして重ねてかけられた身体強化の魔術は、確かにあの老騎士の体を破壊し、理性すら飛ばしてしまっただろうに。

それなのに何故、あの者は何時間と耐えているのだ。

右腕は腱が切れ、左腕も腕から先がないので拳は振るえない。

それでも止まらなかった。

クレストは、足蹴にすることで敵を打ち砕き続けた。

ゲートが閉じ、魔物が視界から消え去っても尚、此処は通さないとばかりに彼方を睨みつけている。

クレストの背後を守ることに必死だった二人は、残敵掃討後も変わらず仁王立ちしている彼に駆け寄った。

アドニス「クレスト!良かった…無事で」

安堵の息を吐き出すアドニスに対し、ルーヴェリアは空気を喉に詰まらせる。

違う。もうない。クレストには心臓が、ない。

音がしない。

両の目から血を流し、光を失ったそれは、けれど確かに敵の姿を探し続けているように見える。

凍てついた空気に静寂が訪れた。

クレストは変わらず砦があった場所の向こう側を見つめ続けている。

ふと、ルーヴェリアに手袋をプレゼントされた時の記憶が蘇った。

──再会の時まで、私が決して倒れることはありません。

本当でしたね。

約束を守って、貴方は…。

私が来なければ、ここで永遠に生きていたんだろうか。

否、それは愚問だろう。

体を刺すような冷たい風が通り抜けていくのを感じながら、ルーヴェリアはクレストの前に立つ。

ルーヴェリア「…サフラニア西門防衛無事完了、騎士団への被害はありましたが、民衆は無事です」

唐突に報告を始めたルーヴェリアに、アドニスは首を傾げた。

ただクレストの遺体を焼くために、城に連れ帰れば良いだけなのに、何故戦況報告をするのか、分からなかったからだ。

ルーヴェリア「第三騎士団長クレスト・アインセル。防衛戦は無事突破、戦闘終了です。……お疲れ様でした」

そう言うと、クレストの体はやっと崩折れて、地に臥した。

唯一心残りなのは、あのパンケーキを作ってあげられないこと。そして、妻と…娘の……。

だから守り切ったと報告を聞くまで決して倒れたりしない。

たとえこの体が死んでも、お前達魔族を通すことはしない。

そんな覚悟が、伝わってきた気がしたから。

今はどうか安らかに。

戦いの行く末は七将を討ち取ったことで私たちの勝利がほぼ約束されているようなもの。

負けるはずがない。

行きましょう、殿下。

そう言いかけて、動きが止まる。

アドニスもまた、膝をついて息を荒げていたから。

【おまけ】ある日の騎士談


私が幼かった頃は、両親を殺した魔族への怨みや憎しみで胸がいっぱいになっていました。

妹を守りたくて、村の人々を守りたくて、ただひたすら魔族を殺した。

小さなものばかりでしたがな。

やがて、怪物と呼ばれる女が騎士団に所属しているという噂を聞きました。

貴女が村に来た時、一目で分かった。

羨望の眼差しを向けられる筈の騎士団なのに、誰一人貴女にだけは騎士すらも近寄っておりませんでしたから。

あの頃は私も血気盛んで、騎士団に入れば思う存分魔族を殺せる、強くなれると、軽い考えで貴女に勝負を挑み……意外にも条件を達成してしまったのですな。

それが、後に妹まで巻き込むことになるとは知らずに。

実はずっと、ずっと後悔しておりました。

妹が剣を習いたいと言ったあの日から。

騎士団に入ったことを。

村を守れなかったこと、妹が騎士団に入り命を失ったこと、全て私の責任だと思っておりました。

ですが貴女の背がそれを否定してくれた。

死ぬためではなく、生きるために戦えと仰った貴女の背中が何よりも尊くて。

生きるためには戦う道を選ぶしかなかったのだと自分を許せるようになったのです。

そして私は貴女の背を支えたいと思った。

不老不死の体を持つ貴女は他の誰よりも重たいものを背負わされていたからです。

騎士団のみならず、国の未来まで、全てを背負った。

それと、小さくて大きな約束を交わしましたからな。

停戦の日、慰霊碑の前で貴女を見た。

あの日から、いえ、それよりもっと昔から、私の心は貴女への愛情で溢れておりました。

もしかしたら、正気に戻れと貴女に殴られた時からかもしれませんな。

はっはっは。

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