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魔力封じの陣

何十万の大軍を1人で相手にすることとなったルーヴェリア。

国の存亡を巡る最後の戦いの幕が上がる。

裂けた天井から、冷たい雫が降り注ぐ。

大理石の床に広がる赤い水溜りに落ちては、静寂の空間に寂しい音を響き渡らせた。

ここには死体が二つ。

原型を留めていなくても誰なのかわかるように造られた骸の像と、たった今床に転がったばかりの、首。

隣席が空いた玉座には、首のない王の体が鎮座している。

ルーヴェリアはその胸ぐらを掴むと、この国の王妃だった骸の像の方へと放り投げた。

偶然にも、王の腕は像の胴体を絡め取るように引っかかり、彼女を抱き止めるような形で床に倒れ伏す。

ルーヴェリアは血の滴る剣を払うでもなく鞘に納めるでもなくただ、立ち尽くした。

この国は終わった。

滅んだのだ。

生まれてから今に至るまで、途方もなく長い時間をこの国で過ごしてきたその思い出が溢れて止まない。

頬を滑べるのは、雨粒か、涙か。

様々な人間の死が脳裏を鮮やかに彩っていった。

そんな思考を掻き消す雑音が何度か聞こえる。

悲しみに濡れる空間に、渇いた音が。

玉座の向こうから人影が出てくる。

ゆっくりとした拍手を贈りながら、それはルーヴェリアの真横で足を止めた。

イレディア「素晴らしい腕前じゃないか」

転がった元国王の首に視線をやった。

骨と骨の合間で綺麗に斬られた切り口は、真っ直ぐで歪みのない、見事な円を描いている。

ルーヴェリア「…黙れ」

空気に溶けてしまいそうなほど静かな、それでいて重たいものを感じさせる声色に、イレディアは拍手を止める。

別に気圧されたからではなく、飽きたからだが。

イレディア「お前はこの国の騎士だったな。国が滅びた今、お前は行く宛もあるまい」

何が言いたいと視線で問うてくるルーヴェリアに、魔王は続けた。

イレディア「降れ」

ルーヴェリア「ほざけ!」

間髪入れず声を張り上げながら剣を横に振るう。

魔王の体は胴体から真っ二つになったが、それは靄のように消え失せた。

手応えもない。

幻影とは知っていたが、感情が先走ってしまった。

ルーヴェリアは自分らしくないと思いつつ、今度は冷静に半身を玉座の間中央に向けた。

幻影ではない二体の魔物がそこに立っている。

魔王イレディアと、その側近でありルーヴェリアに不老不死の呪いをかけた張本人、魔女王サーシャが。

イレディア「どれくらい保つ?」

魔王の問いに、ルーヴェリアは即答した。

ルーヴェリア「お前が死ぬまでだ」

両者の剣が交じり合い、高い音が空を劈く雷鳴に重なる。

どうして、こんなことになってしまったのか。


遡ること、かの包囲迎撃戦出立日。

鎧を纏った女が1人、帝国軍国境を行軍中の魔王軍のど真ん中に現れた。

腕を一振りしたかと思えば、周囲の仲間の首がボロボロと落ちていく様に動揺を隠さず、軍は足を止める。

そして後退りする者が現れ、彼女を中心にぽっかりと穴が空いたような陣形になった。

ルーヴェリア「構成は吸血鬼と堕天使…と、巨人か」

亜人で構成された軍だ。

率いるのは…。

レイヴ「何だお前か、驚かせてくれるなよな」

ルーヴェリア「祖翼レイヴ……やはりこちら側に居たか」

漆黒の長髪に漆黒の翼、黒曜石のような肌に煌々とする紅玉の瞳。

ルーヴェリアの一言に、レイヴはお手上げだと言いたげに両手を上げ、落とす。

レイヴ「向こうに居ると思わなかったのか?」

向こうとは、サフラニアの南方の方面のことだろう。

ルーヴェリア「私を常人と紛うな、また翼を引き千切るぞ」

レイヴ「勘弁してくれ…とはいえ、こっちは10万だ。ノクスの奴もじきに合流するから…20万になるか?」

腕を組んで遠方の旧メレンデス王国の方を見やってから、ルーヴェリアの方に向き直った。

この数を相手にたった1人でどうするつもりだ、と言いたいのだろう。

ルーヴェリアは勿論剣についた血を払い、その切先をレイヴに向けた。

ルーヴェリア「皆殺しだ」

レイヴは犬歯を覗かせながら獰猛に笑って見せる。

レイヴ「面白い。だが、我々も何も学習しなかったわけでもないぞ?」

彼奴の目線がルーヴェリアの足元に向けられた。

淡く微かに、白く光っている。

魔法円だ。

レイヴ「ノクスから聞いたんだ、魔力封じってやつでセラフィナを捕らえたんだってな。お前は不老不死が脅威だ。身体能力も、そして類稀なる魔術の才能も。だがそれは全て魔術による恩恵を得たからに過ぎない。だから魔力の流れを封じてやった、お前がしたことと同じことをしてやったんだ、ざまぁないな」

ルーヴェリアは微動だにしない。

それは頭の中を疑問符が駆け回っているからだ。

たかが魔力を封じた程度で何故勝った気でいるんだ、此奴は?

50年前の戦いで何を学習したんだ?

魔族というのは存外頭が鈍いのか?

魔力封じは本人の魔力の流れを封じて、本人が持つ魔力の行使を阻害するものだが……。

私の鎧は全て魔装具で、流れている魔力は私のものではあるが物に宿った時点で魔力を循環するのは魔力が宿った物そのものになる。

つまり本人を封じても鎧は対象外だ。

それに加え、実は魔力封じは封じる者の魔力量が相手の魔力量よりも小さいと、簡単に破られる。

レイヴ「お前ら!此奴は不老不死の呪いで死ぬことがないから血も吸いたい放題体も弄び放題だ!思う存分楽し…」

最後まで言葉を発する前に、血飛沫がレイヴの視界を掠めていく。

ルーヴェリア「…分かった。貴様の言うとおり思う存分狩りを楽しませてもらおう」

剣を握る逆側の手には、レイヴの片翼が握られている。

血がぼたぼたと地面に滴り落ちているのを見て、やっと自分の翼だと理解したレイヴは瞠目した。

それからやっと背中の激痛を感じ、苦痛に顔を歪ませる。

レイヴ「ま、また斬りやがったなてめえ…!」

翼が元の通りになるまでには少し時間がかかる。

自分が戦ってもいいが、魔力を封じられている中でこの動きが出来るのは尋常ではない。

術式を組んだノクスに報せなくてはならないが、斥候を飛ばしたところで狩られるのがオチだ。

自分が行った方が早い。

レイヴ「こ、殺せなくてもいい!足止めだけしろ!」

背中から流れ出す血液で擬似的に翼の無くなった部分を模し、飛び去る。

ルーヴェリア(…行かせておくか。どうせ戻ってくるのなら移動の手間が省ける)

やれやれと頭を振るたった1人の女騎士に、周囲の魔族はどう手を出して良いのか分からず、まるで時間が止まったかのように微動だに出来ない。

ルーヴェリアは思った。

50年前の魔族の方がまだ気概があったし頭も良かったしずっと強かった、と。

ルーヴェリア「そこのお前」

隙のなさに攻めあぐねている適当な吸血鬼を指名する。

吸血鬼「え、あ、俺?」

ルーヴェリア「この軍の数は10万で合ってるな?」

唐突な確認に吸血鬼は戸惑いながら頷く。

ルーヴェリア「正方形に整列し進軍していたが、私が中央に来たため列が乱れ、円形になっているな。この先の山は道が険しいうえ高木も乱立しているから翼は邪魔になる。崖も多いが谷も多いために、巨人が居ては思うように進軍出来ないだろう」

広域索敵の魔術で概ねの現在の陣形、どこからどこまでが陣地になっているのかを把握し、地面に魔力を流し込んでいく。

向こうからすれば謎にアドバイスをしてくれる隙の無い女騎士(敵)でしかないので、その話の最中に罠をかけられているなんて思いもしなかったろう。

ルーヴェリア「ましてや相手は30年以上続いたあの大戦の生き残りでお前達が…あー…七星だったか。そう崇める存在全員に致命傷を与えた人間だ。私の屍を踏み越えて進軍できると思うか?素直に身を引いて魔界で末長く幸せに暮らした方が良いと個人的には思うんだが…お前達はどう思う?」

動揺して顔を見合わせる吸血鬼や翼人達。

そして話を理解しているのかすら不明そうにしている巨人の群れ。

ルーヴェリアは呆れてものも言えなかった。

吸血鬼「ゲートを開いて帰ると言ったら、見逃してくれたりするのか…?」

先ほどルーヴェリアに指名された吸血鬼が、嗄れて骨ばった手を組みながら物腰低く尋ねてくる。

ルーヴェリアはこくり、と頷いた。

吸血鬼は、ならば帰ってしまおう。

殺さなくても良いとレイヴ様が言ったんだ。

ここで命を捨てるくらいなら、魔界に帰って平穏に暮らしたい。

自分達だって、戦争をしたくて来たわけじゃないんだから、と周囲の者を説得し始めた。

周りがそれに賛同してゲートを開き始める者まで出てくる。

ただ1人、微動だにせず鋭い視線を送り続けている小柄な翼人を覗いて。

誰かが言った。

ゲートが開くぞ、と。

その瞬間、地面から無数の槍が突出して魔族らの心臓を串刺しにし、彼らは宙に浮いた。

開きかけたゲートが閉じる。

巨人も複数の槍に刺されて、逃れようと動けば動くほど、槍は更に食い込み、新しい槍が体内で生成されて突出する。

降り頻る血の雨を浴びながら、まるで化け物でも見たかのような表情をする先程の吸血鬼を見た。

ルーヴェリア「なんだ、驚いた顔は人間とそっくりだな」

ヘルム越しに聞こえてくる悪魔のような女の声に、吸血鬼は何故こんなことを、と辛うじて口に出した。

ルーヴェリア「何、簡単なことだよ」

わざと狙わずに残しておいた先程の小柄な翼人の元へと歩きながら、すれ違いざまに囁いていく。

ルーヴェリア「魔族は約束を守らないだろう?」

それが吸血鬼が死ぬ前に聞いた最後の音だった。

翼人は憎しみと殺意の入り混じった目でルーヴェリアを睨み、手に持っていた剣をルーヴェリアに向けて構えた。

魔族と人間では時の流れ方が違い、あちらで数十年と生きても、こちらから見たら1つか2つ歳が変わる程度だ。

翼人が小柄なのは、まだ幼い姿をしているから。

ルーヴェリア「子供まで戦に駆り立てたのか、あの屑は」

ルーヴェリアの言葉に翼人は、翼人の子供は食ってかかった。

翼人「魔王様は屑なんかじゃない!こんなことするお前らの方が悪い奴なんだ!戦いには自分から行くと言った!俺の両親はお前に殺されたんだ!」

走り込みながら大きく振り被った剣を振り下ろすが、粗雑で隙だらけの動きでルーヴェリアに一太刀浴びせることなんて出来るわけもなく。

軽く体の軸をずらす程度で躱されたうえ、背中を蹴飛ばされて仲間の死骸が突き刺さる槍に激突した。

翼人「俺の父さんも母さんも、こんな風に殺したんだろ!騙して、殺したんだ!」

頭から血を流しながら、子供は怯まず騎士に飛びかかる。

ルーヴェリア「ちゃんと斬って殺したと思うが。騙し討ちなんてしていられるような戦争じゃなかった。姿が見えたら何がなんでも殺しにかかってくるような戦いだった。今回のような腑抜けの集まりなんかじゃなかったぞ」

ルーヴェリアは自分の横をすり抜けていく子供の手を軽く引っ叩いて剣を落とさせた。

落ちた剣を拾ってから攻撃するのでは遅いと判断したのか、翼人は素手でルーヴェリアに挑んでいく。

翼人「みんな家族のために戦いにきたんだ!こんな風に死ぬことより家族を選んで帰ろうとしたのに、お前はみんなを殺した!」

右手で殴りかかりにきた子供の手首を掴んで持ち上げ、地面に叩きつける。

背中を強く打ち付けて、かはっと言う声と共に血飛沫を吐き出した。

霞む視界に、自分を見下ろす人影と、串刺しにされた仲間達が血の雨を降らせる様が見える。

人影は、ルーヴェリアは子供の頭を踏み潰した。

ルーヴェリア「それが戦争というものだ。来世に活かせ」

無慈悲にも死んだ後にそう告げてやるのは、もしかしたら少しの罪悪感か良心なのかもしれない。

ルーヴェリア「……殺し殺され、奪い奪われ…か」

人も魔族も変わらないな、と自嘲気味に呟く。

もう少し長く保つと思っていたが予想外に短い戦いになってしまった為、これから旧メレンデスの方に移動しなければいけなくなってしまった。

が、その心配は無用だったらしい。

自分の軍を捨て置いてきたのか、ノクスとレイヴが並んで死骸が乱立する様相を見て唖然としていた。

唯一串刺しにされていない子供は、ルーヴェリアの立ち位置から頭を踏み潰され殺されたことが一目瞭然。

レイヴ「おいおい…慈悲って言葉知ってるか…?」

ノクス「僕らがそれ言う?」

ルーヴェリアは内心で頭を抱えた。

本当は心底同意したくないが、ノクスと全くもって同意見だからだ。

数秒の沈黙が両者の間に流れた後、口を開いたのはルーヴェリアの方だった。

ルーヴェリア「それで、何故魔力封じが通じないのか直接見にきたというわけか」

ノクス「……概ね予想はついてる。魔装具が原因かな」

ああ、舐められたものだ。

ルーヴェリア「この魔法円を設置したのはいい策だったと褒めておこう。が、私の魔力を封じるなら七将5人がかりで作るんだったな」

ノクスもレイヴも、怪訝そうな顔をする。

ルーヴェリア「魔力封じはな、魔力を封じる側が封じられる側を凌駕していなければ成立しない」

2人ははっとした顔でルーヴェリアを見た。

明らかな動揺が窺える。

やっと気がついたか。

ノクス「まさか…僕ら七将よりも…」

レイヴ「魔力量が…上…?」

ルーヴェリアは頷きながら剣を構え直した。

こうなってしまった以上、やるしかない。

先走って来た為援軍の到着まで1時間はかかる。

ノクスの力でここにある同胞の死体を操っても保つかどうか分からないが、それでもやるしかない。

この女を此処に留め続けるのが自分達の役目だから。

串刺しにされた翼人や巨人達が再び動き出し、自ら槍に刺さりにいって地に足をつけ、己の体が裂けることも厭わず抜け出してきた。

その傷はみるみるうちに回復していくのが見て取れる。

頭を潰されたあの子供も、頭は再生しないが起き上がってルーヴェリアの方を向いた。

相変わらず気色の悪い術だ。

ルーヴェリアは剣に蒼焔を纏わせた。

戦いは、これからだ。

【おまけ】ある日の▓▓▓▓


魔界上層と中層を隔てている山岳は、龍族の棲家になっていた。

私は特に高貴な身分でもなかったが、それ故か特異な体で生まれた私は両親に利用された。

龍族の鱗は大変に貴重な素材となる。

魔界でも人間界でも、重宝される代物だ。

そして私の鱗は、他の龍族とは違い一枚一枚が七色の輝きを放つ特殊なものだった。

そして再生能力も他の者達とは別次元に高かった。

だから両親は私の鱗を剥いでは売り、剥いでは売り、魔界でも名の知れた商人になっていた。

私はただの商売道具を製造する機械でしかなく、そのために生かされているだけ。

でも、両親の喜ぶ様を見て、それでいいと思っていた。

それはある種の諦めとも知らずに。

ある日、数匹の魔物を連れた人間がやってきた。中層から上層に行くらしく、宿を求めていたらしい。

金さえ払えばたとえ人間だろうが泊めてやると、両親は彼女らを迎え入れた。

その晩、私のいる部屋の扉が開いた。

また鱗を剥がれるのかと思えば…私の閉じ込められていた檻が開かれる。

「中層の闇市でお前の親の悪事は聞いている。大事な我が子の苦痛を無視して搾取し、利用し、成り上がる下衆を見捨ててはおけない。悪いが、今晩中にお前の親には死んでもらった」

殺す、ではなく死んでもらった。

過去形であることについ笑ってしまった。

もう終わっているじゃないか、と。

「なら私の生きる意味はもうなくなったかな」

その為だけに生かされてきたんだ。

当然、それがなくなれば死ぬしかない。

「そう思い込ませられただけだ。お前はもう自由だ。どこにだって飛んでいける」

私の目の前で話す人間の目は、今まで見てきたどんな魔族のものよりも優さで満ちていた。

「もしお前が良ければ、だが……魔王城の上空を飛んでみないか。それがお前の生きる理由になれるなら」

ああ、この人は。

私は一瞬でその優しさに心を奪われた。

あくまで私の意思を尊重してくれるその優しさに。

初めて、自分に欲というものが生まれた。

行きたい、行ってみたい、違う世界を見てみたい、そんな思いで胸が満たされると、人間の手を頭で考えるより先に体が動いて掴んでいた。

「決まりだな」

まだ幼さの残る手を掴み、ふふ、と笑う人間。

「私はセレシュバーン・プルウィウス・アルクス。あなたは?」

「私か?私はイレディアだ」

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