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運命の日

お待たせしました。

第3話です。

ルーヴェリアの語る彼女の運命となった日。

少し重たい話ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

そして、差し支えなければ彼女の応援をしてあげてください。

ルーヴェリア「私の戦いの話を聞きたい…ですか?構いませんよ、記憶にある限りのものでよろしければお話します」

そう言って遠い日の記憶を呼び起こした。

真夏の暑い日差しがあの日に似ていたから、必然的に呼び起こされたのは、ルーヴェリアにとって運命になった日の記憶だった。



殿下が生まれるよりもっと昔、帝国軍が攻めてきた歴史はご存知ですね?

国境付近の戦いが激化する中、魔族の侵攻も始まった頃です。

デッドリストという、農業を主とする小さな村の隣にあった森に、1匹の魔物が棲みつきました。

村ですか…?今はもうありません。

魔物は果実や山菜を採りに森に入った村の人間を攫っては殺し、その死体を村に棄てる悪逆非道を極めたものでした。

暫く経ってからではありましたが、討伐命令が下り、10名にも満たない小隊を率いて私が任務にあたりました。

今日のように、真夏の日差しが降り注ぐ、とても暑く乾いた日。

当時の私はまだ騎士団長にすらなっていないただの小娘でしたので、指示に従う者は居らず、今考えても最低な隊だったと思います。

森の中に入ると、からからと嘲笑うように木々がざわめき、その合間を縫う風に乗って不気味な笑い声が響きました。

そう感じたのは私だけだったのでしょう。

恐らく、異界へ引きずり込む魔術が引き起こした空気の波のようなものを、感じていた。

私の警戒命令を無視して、兵士達は静かなものだと呑気に歩いていたから…唐突な魔物の襲撃に太刀打ちなんて出来るはずもなく、気が付けば誰ひとりとして残っていなかったんです。

自業自得ですね。

奇しくも私だけ残り、森の真ん中で1人、元来た道も分からず立ち往生していた時です。

背後から迫る何かを感じて、私は咄嗟に剣を振り抜きました。

風切り音が確かに空を裂いたと思えば、割れた時空の裂け目とも言うべきところから奴は現れました。

姿形は人のそれ。ただし肌の色は淀んだ曇り空のような灰色で、その目は紅く爛々としていて、ひと目で魔物だと理解しました。

「あら、人間のくせに避けるなんて生意気」

人の形をした魔物に出会うのは初めてでしたし、人の言葉を話す魔物も初めて目の当たりにしましたので、腰が引けなかったと言えば嘘になります。

正直に申し上げると、未知の世界を垣間見た気がして恐ろしかった。

魔物はそんな私の心を見抜いたのでしょうね。

「私が怖い?当たり前よね、人間なんだもの。大人しく死んでおけば?そうすれば下手に苦しまずに済むわ」

今なら特別サービスだといわんばかりでしたが、その言葉に甘んじるわけにはいきません。

私は気を張ったまま、まず相手がどの魔物に属するのか考えました。

魔物には系譜となる祖先がおり、大元が何になるかで弱点が変わります。

故に、見抜くことが出来れば有利に動ける。

でも、肌の色以外は人のそれである奴の系譜がなんなのか分からなかった。

牙や爪を使うわけでも、巨大な体躯で押しつぶしてくるわけでもない。

ましてや魔術を操るものは魔族の中でも高位の者。

私は目に見えない刃を躱して、活路を見出そうと必死でした。

人の形をしている時点で、弱点は人と同じだと気が付けなかったんです。

まあ魔族は首をはねたり、心臓を貫いた程度で簡単には死にませんが。

防戦一方になる私を弄ぶのが余程楽しかったのか、奴は終始、気色の悪い笑みを浮かべていました。

「どうしたの?私を殺しに来たんじゃなかった?もしかして仲間を殺されて怒り心頭なのかしら?」

くすくす、けたけた、笑い声がとにかく煩わしくて仕方なかった。

絶え間なく襲ってくる刃を潜り抜けて、やっと攻勢に転じることが出来ましたが、同時に私の脚も切られてしまいました。

当時は治癒魔術なんて使えませんでしたから、立っているのもやっとだったと思います。

このまま殺されるのではないかと思った時、奴の動きの軌道と、私の剣筋が奇跡的に噛み合った。

次元の中に見え隠れする奴の胴を斬り裂いたのです。

「何それ、強運ってやつ?面白くない」

見るからに不興を勝ったらしく、今まで以上に激しく刃が降り注ぎました。

防御も虚しく、相手を斬るより自分が斬られた数が圧倒的に多かった。

でもそれは、悪いことではありませんでした。

今だから理解できますが、奴は血液を媒体に魔術を行使する吸血鬼の部類だったのです。

現在では奴らの力も増して驚異的な回復力を誇る魔族になっていますが、当時は侵攻を始めたばかりで蓄えもそこまで無かったためか、傷が治ることはありませんでした。

つまり、持久戦に持っていけたわけです。

時間をかければかけるほど、奴の力は衰えていく。

もちろん私も負った傷は塞がりませんし、なんなら剣を握っていることもやっとで、視界なんてほぼ無いに等しい状態でした。

退却なんて言葉は頭の隅にもありませんでした。

「ああもう何よ!なんで死なないのよ、さっさと死ね!」

奴が焦りを覚えた後は、本当に呆気なかった。

力を振るえば振るうほど、奴の足元がおぼつかなくなっていく。

私を斬れば斬るほど、奴の体に傷が増えていく。

耐え凌げば勝てる、そう思いました。

だからもう、我武者羅というか、ただひたすら相手が倒れるのを待ったんです。

日が傾いて、夜空に星が輝き始める頃、ようやく奴の動きが止まりました。

最期になにか叫んでいましたが…もう覚えていません。

感覚の消え去った腕を振り上げて、私は奴の首を落とした。

それからどうやって帰城したのかは、覚えていません。



語り終えたルーヴェリアは、ふうと息をつく。

自ら選んだ題材ではあったが、今でもあの日に囚われているのかとため息をついたのだ。

アドニスには語らなかったが、あの日デッドリストは地図から消えることになった。



森の魔物が最期に叫んだのは「お前ら人間なんて滅んでしまえばいい。同胞を散々殺してきたのだから、報いを受ければいいんだ」だった。

首を落として、糸が切れたように動かなくなった体で、どうやって帰城しようか考えを巡らせている時だ。

空間が曲がって、琥珀色の瞳を湛えた魔女が現れた。

「ああ、やめておけと言ったのに…本当に馬鹿な子」

呆れたように吐き捨てたそれは、動かなくなった首から下を乱暴に持ち上げ、放り投げた。

「でもまあ仕事はしたみたいだし、ちゃんと煉獄で葬ってあげなきゃね」

何を言っている、と思った瞬間。

遠くの方で火の手があがった。

方角的に生まれ故郷、デッドリストのある方だ。

ルーヴェリアはボロボロになった体を引きずるようにして起き上がり、走った。まるで何かに取り憑かれたかのように。

「あら、まだ動くの?人間にしては頑丈ね、賞賛に値するわ」

後ろの方から声が聞こえてきたが、どうでも良かった。

早く助けないと、村の皆が死んでしまう。

小隊の全員で救助を…いや、自分しか残っていない。

小さい頃からお世話になった老人達や、家族の姿が思い浮かぶ。

思い浮かんでは、その姿が血で塗りたくられていく。

炎の勢いは凄まじく、村の隣の森入口付近まで燃え盛る火炎に包まれていた。

熱い、助けてくれ、誰か助けて、痛い、死にたくない。

そんな言葉が焼き尽くしていく轟音の中で飛び交っていた。

「綺麗に燃えてるわね、人間らしく無様に死ねて素敵じゃない」

お前がやったのか?

ルーヴェリアの言葉に、その魔族はにこりと微笑んで頷いた。

「そうよ、煉獄の炎…私が編み出したの。素敵でしょう?」

巫山戯るな、今すぐ消せ。

同胞の仇討ちなら私ひとりで十分だろう。

家屋が倒壊する。下敷きになった人間が死んでいく。

畑が燃えて、生まれ育った家も燃えて。

助けて、お姉ちゃん。なんて妹の叫び声まで聞こえた気がする。

目の前の魔族に術を止めさせなければ。力ずくでも。

しかし体は意に反して動かない。

せめて炎の及んでいない場所に、生存者を誘導することだって出来ない。

血の吹き出る体で、自らも熱風に焼かれながら故郷が燃えてなくなるのをただ見ていることしか。

何が…王立騎士団だ。

何が国を守る最高峰の武を誇る騎士だ。

1番守りたかった、守らなければならなかったものすら守ることも出来ないくせに。

悔しくて、情けなくて、嗚咽が込み上げた。

絶望に打ちひしがれて泣き叫んでも、熱に焼かれた喉からは声など出ない。

「お前はいい材料になりそうね。お前なら退屈ずくめのお嬢様を楽しませることが出来るかも」

魔族は薄気味悪い笑みを浮かべて、ルーヴェリアにそっと囁いた。

「お前の時間を止めよう。呪縛から解放されない限り永遠に生き続けるよう呪いをかけよう。残念ながら散っていった愚かな我が同胞達も、それで多少は報われるだろう」

何を言っている?そんなことが出来るものか。

そう思っていたのに、どこからか時計の針が動く音が数回聞こえてきて…。

気が付けば、自分の心臓が止まっていた。

おかしい、何故死なない?まさか本当に…。

「精々楽しませて頂戴?不死の呪いをかけられた哀れな騎士さん」

魔族は背を向けて去っていく。

やめろ、こんな状況で生きて帰ることなど出来るものか。

こんな無様な結果を産んでおいて、どこの誰にどんな顔を向ければいい。

行くな、戻ってこい。

私を家族の元へ連れて行け、地獄でもなんでもどこでもいいから。

行くな、頼むから。

お願いだから、私を殺していけ!!

何度も掠れた声で叫んだ。

手を伸ばしても届かない背中に、必死に縋るように。

殺してくれ、死なせてくれ、家族の元に逝かせてくれ、と。

視界が完全に闇に閉ざされるまで、ずっと懇願し続けた。

やがて意識は途絶えて、次に目を覚ました時には炎は消えていた。

どのくらい時間が経ったかは分からなかったが、記憶に残っていた空は夕暮れ時。

目が覚めた今は天高く日が昇っている故に、半日以上…もしかしたらそれ以上日が経っているのかもしれない。

自然と体が起き上がったことに驚いた。

傷が塞がっていて、痛みも感じない。

呪いにかけられたせい、といえば哀れみもあるかもしれないが、悪く言えば魔族に堕ちたのと変わらない。

自分に対して、生理的な嫌悪感を抱いた。

周囲を見渡せば、あの炎が何も残さなかったことが分かった。

死体も、骨も残っていない。

井戸の水さえ乾ききっていて、目をこらせば底がひび割れているのも見えた。

何も残らなかった。

誰も守れなかった。

謝罪と自責の念で心中がぐちゃぐちゃになる。

私にはもう、故郷と呼べるものはこの国しかない。

村は消え、私の出自を知る人間は1人も居なくなってしまった。

あの傷が治ってしまった以上、きっと自決さえ出来ない体なのだろう。

ならば、死んでいった者達とこの国のために出来ることをするしかない。

侵すものは、人であれ魔族であれ殲滅する。

私を生かしておいたことを後悔させてやろう。

そして、魔族に至ってはもう死なせてくれと懇願するまで痛ぶり、嬲ってやろう。

奴らが人間にしたように。

そうと決まれば帰城だ。

この体を利用して方々で苦しむ人々を救おう。

どうせ私は死なないのだ。

使えるものはなんだって使えばいい。



思い返せば、報復を決心してそこから先、涙を流したことは1度もなかったな。

アドニス「…しょ……師匠、師匠?」

アドニスの声ではっと我に返る。

ルーヴェリア「如何なさいましたか。あと、ルーヴェリアです殿下」

彼は心配を滲ませた目でルーヴェリアをじっと見ていた。

アドニス「何処か怪我でもされたんですか?痛そうなお顔をしています」

ああ、つい物思いにふけってしまった。

未だ燻る報復の冷たい火が、奥底で燃えていたものだから。

ルーヴェリア「いえ、負傷はしていません。単純に昔のことを思い出していただけです」

アドニスはおもむろにルーヴェリアの手を取り、真っ直ぐに彼女を見つめた。

アドニス「師匠、辛い時は辛いと言ってください。師匠はずっと昔から戦いに出ていたんですから、辛くなかったことなんて何もないはずです。僕が聞きたいなんて言ったから……僕の願いをなんでも叶える必要はありません。嫌なら嫌と言っていいんです」

虚をつかれたような表情でアドニスの言葉を聞いていたルーヴェリアだったが、それは直ぐに消え去り、首を横に振る。

ルーヴェリア「いいえ殿下。殿下のお勉強にもなりますので、これからも私の戦の話はお聞かせします。あと、ルーヴェリアです殿下」

そうすることで少しだけ、ほんの少しだけだが、暗く冷たい熱を帯びた記憶に、緩やかな風が吹く気がしたから。

【おまけ】ある日の騎士団 2

ある日の騎士団 2


クレストと国王は旧知の仲で、時々立場を忘れてお忍びで酒場に行くことがある。

魔術で見た目を変えれば、誰も国王本人や、王国屈指の騎士であることなど気が付かないのだ。

ある日、たまたま飲みすぎて帰った国王は、クレストに抱えられて帰城した。


クレスト「あーもう、しっかりして下され。大して強くもないのに私に合わせて飲むからそうなるのですぞ」

国王「あー…気持ち悪い…頭痛がするぞクレスト…虹が見える…」

と、そこへ王妃がやってきた。

王妃「…帰りが遅いと思ったら、またですかあなた」

王妃は魔術棟の管理を行える程度には魔術の腕が良い。

故に…。

王妃「毎回毎回、飲みに行くとすぐこれです!もういい加減になさいな!」

バシャアアアアン!

…思い切り頭から水を被る羽目になる。

もちろん、クレストも。

クレスト「…………」

国王「…………」

王妃「クレストがついていながら毎回これですもの!少しは反省なさい!2人ともそのまま朝まで廊下に立っていればいいわ!」

びしょ濡れのまま廊下に立たされる2人が、翌日揃って風邪をひいたのは言うまでもない。


巡回中の兵士「王陛下!?と…クレスト騎士団長…!?」


彼らがギョッとしたのも言うまでもない。

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