想いの込もった贈り物
捉えたセラフィナの能力を封じて情報を聞き出すルーヴェリア。
その為に記憶へと侵入したルーヴェリアが見たものとは。
そして情報を聞いた彼女がとった行動は…?
深い深い、どこまでも深い水の中で、自分は生まれた。
他の皆は魚の頭に人間の体、足だけ人魚のそれという姿をしていたのに、私の頭についていたのは、人間と同じ頭だった。
淡く光る提灯の光が無数に揺らいでいる。
異形だ。奇形だ。一族の恥晒しだ。
飛び交う罵声と嘲笑。
母親らしき人物は私の頬を引っ叩く。
「あんたなんかうちにいらない。今すぐ出ていけ」そう言って。
海魔の何にもなれなかった自分は、生まれてすぐ故郷の海を離れて暮らすしかなかった。
明かりも届かない暗闇をどれくらい漂っただろう。
食事もまともに取れず、このまま死ぬのではないかと、彷徨い続けた日々。
突如、打撃音がして激しく頭が痛んだ。
体が思うように動かず、頭を押さえることもできない。
代わりにぎゅっと目を閉じて、なんとか数回瞬きをした。
セラフィナ「………?」
自分は、地下牢のようなところに磔にされていたのだ。
両手首に枷が嵌められて、繋がれた鎖がピンと張ることで身動き一つ取れない状態になっていた。
記憶を手繰り、そこでセラフィナはやっと理解した。
自分は捕縛されたのだと。
ルーヴェリア「やっと、気が付いたか。3日間喚き叫んでいたのが聞こえなくなったから、死んだのかと少し焦ったぞ」
目の前に立つ敵の姿に動揺が隠せない。
セラフィナ「どうして…壊れてないの」
敵はくく、と喉を鳴らして口角を吊り上げた。
ルーヴェリア「あの程度で私の心が壊せると思ったのか?数多の戦場を駆け抜け、家族すら守れなかったばかりか、仲間を見殺しにしてきたような私が?笑わせてくれる。お前がやったのは私の心の破壊じゃない。ただの、死者の冒涜だ」
腹部に思い切り蹴りが入る。
思わず咳き込むも、胃の中身は既に空っぽになっていたようで、吐き出せるものは何もなかった。
ルーヴェリア「さて、少しお話をしようか」
彼女は近くに置いてあったナイフを手にとると、牢の中に吊るされたそれを見る。
セラフィナ「…拷問の間違いではありませんか」
ルーヴェリア「そうとも言う。が、お前は私に聞かれたことに回答するだけでいい。余計な口を挟むな」
セラフィナの尾の先、丁度二つに分かれた片方を切り落とす。
普通はすんなり切れるはずだが、わざと刃こぼれしたナイフを選んで使用しているため、苦痛に我慢できず叫ぶ羽目になる。
ルーヴェリアは切り落とした尾の片方を、牢の外に積まれた小箱の一つに入れた。
ルーヴェリア「まずは帝国の状況と魔王の居場所だ」
セラフィナ「そう簡単に吐くと…?っああああああああ!!」
ルーヴェリア「もう片方も無くなったな。残念、これじゃうまく泳げないなぁ?」
セラフィナ「くっ…」
魔術を使えばこんな枷も外れるはずなのに、先ほどから何故か壊せないでいることを不思議に思った。
それを察してか、ルーヴェリアはその枷を顎で指した。
ルーヴェリア「ああ、その枷は魔道具でな。作るのに少し苦労したが、魔力封じの術式を込めてある。魔族にも通用するよう、私の魔力で構成してあるから簡単には壊れん」
彼女は満面の笑みでそう言うが、その笑みはすぐに消え去り、「で?」と一言セラフィナに問う。
セラフィナ「…………」
ルーヴェリア「なるほど、あくまでも口を割らないつもりか……そうだ。確か私に会った時、人の殺し方は命を奪うことだけではない…というようなことを言っていたな?ああ、全くもって同感だ。そしてそれはお前達も例外じゃ無いな」
ルーヴェリアがぽつりと、記憶干渉とささやいた。
するとセラフィナの脳裏にはあの暗い、暗い、水底の記憶が過ぎり、あの時感じていた不安や恐怖が津波のように心に襲いかかった。
セラフィナ「…!やだ!やめて!」
ルーヴェリアはセラフィナの記憶に干渉し、幼い頃の記憶しかなかった頃に戻したのだ。
セラフィナ「くらい!こわい…!おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん…!!」
ルーヴェリアは呆れた目で泣き叫ぶ姿を見つめた。
なんだ、壊す側のくせにいざ壊されると脆くて話にならない。つまらないな。
二度と帰らない存在でもないくせに。
一方的に追い出されただけのくせに。
蹂躙されて殺し尽くされる恐怖を、絶望を、与えてきた側のくせに。
ふっと頭に血が昇りかけたのを抑えて
ルーヴェリア「どうしたの、お嬢さん」
わざと、優しい声をかけてやる。
きっとセラフィナが求めたであろう、救いの手を声だけで演じてやった。
セラフィナ「おかあさんたちと、はなれさせられて、ひとりぼっちで、こわいの」
ルーヴェリア「じゃあ、私のいうことを聞いてくれたら、一緒に家族を探してあげます」
セラフィナは首を何度も縦に振った。
セラフィナ「ききます!どんなことでもききます!だからおしえてください!おかあさんたちはどこにいますか?つれていってください!」
まだ舌足らずなその声を後に裏切ることにはなるのだが、まあ心は痛まない。
──だって相手は魔族なんだから。
ルーヴェリアは再度彼女の記憶に干渉し、捕縛されて目を覚ました直後に遡行させた。
もちろん、奴の幼い頃の記憶を改竄した部分だけはそのままにして。
セラフィナからすれば何が起きたか分からない。
自分はこの敵を壊しに向かって、敗北し、捕縛された。相手は敵だ。なのに何故かこの声の持ち主の言うことを聞かなければならない気がする。
遠い昔、孤独の海を彷徨っていた時に聞いた優しい声にどこか似ているからだろうか。
ルーヴェリア「何でも言うことを聞くという話だったな」
セラフィナ「…………」
ああ、やはりあの時の声の主だったのか。
ぽろぽろと涙を流しながら力無く頷くしか無いセラフィナの姿に愉悦を覚えながら、ルーヴェリアは再度質問する。
ルーヴェリア「魔王の居城、それから帝国の状況を話せ」
セラフィナは俯きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
ことの発端は、帝国が帝都中心部に魔術塔を設営し、その中で大規模なゲートの創造を行なったことだった。
合わせ鏡になるよう、全面鏡張りにした部屋の床と天井に魔法円を描き、3000人余りの魔導師に魔力を注がせて無理矢理にゲートをこじ開けたらしい。
その召喚の儀式に応じることができるのは、魔王イレディアだけだったという。
姿を現した魔王に帝国の皇帝や参謀、魔導師達は歓喜したそうだが、召喚に応じて契約を結べば自分の思い通りには動けないと考えた魔王は、召喚者である皇帝、その他諸々を虐殺。
七将を呼び集め、襲撃があったことすら気が付かせないよう結界を張る配慮までしたうえで帝国を中心部から各方面に向けて蹂躙させた。
そして陥落した帝都の王城を本拠地に、側近の魔女王サーシャと共に戦況の把握や攻撃地点の指示を行っているそうだ。
ルーヴェリアは考える。
本拠地がそこならば、自分が乗り込むのは簡単だ。
いつぞやの戦いで帝国側から停戦交渉があった際、その交渉が為されたのは帝都内王城。
ルーヴェリアは国王らの護衛として共に入ったため、場所はわかる。
場所がわかれば、正確には行ったことのある場所なら、どこからでも直接王城に乗り込むことが可能だ。
だがその前に、やることがある。
ルーヴェリア「サフラニア周辺地域はすでに壊滅させた後か?」
セラフィナはこくりと頷いた。
なるほど、ならば防衛すべきはこの国の中心だけということだ。
範囲が狭くなって助かる。
ルーヴェリア「簡単に話してくれて大変に助かった」
セラフィナ「じゃあ、お母さんのところに…」
ルーヴェリアはその言葉に天使のような笑みを浮かべて頷いた。
ルーヴェリア「もちろん、連れていってあげよう」
だがまだ枷は解かない。
ナイフを置いて、隣に置いてあった出刃包丁を手に取った。
セラフィナ「な、何をするつもりですか!」
ルーヴェリア「人魚の肉はこの世のどんなものよりも美味と聞いてな。一度食べてみたかったんだ。大丈夫、核は外して切ってやろう。体がバラバラになっても、核さえ残っていればお前達は生き続けるだろう?」
そう言って、左手の指から、右手の指、尾の先から、見事に核を避けて肉を切り分けていった。
苦痛に耐えかねず意識が途切れそうになると、すかさずルーヴェリアの魔術で意識を覚醒させられる。
そうして切り分けた部位を一つ一つ、丁寧に小箱に収めた。
セラフィナ「わ…私の…お母さんの…ところに…」
ルーヴェリア「魔族は約束を破る」
泣きながら縋る声に、ルーヴェリアはただ一言冷たく言い放った。
そのあまりにも冷たい声色に恐怖を感じたセラフィナは黙り込む。
ルーヴェリアは続けた。
セラフィナ「っ………」
ルーヴェリア「魔族は約束を破る。人類との休戦協定だってあっさりと破られた。そんな奴らの約束を、何故守る必要がある?」
セラフィナの顔が一気に絶望に染め上げられると、さも愉快そうなルーヴェリアの笑い声が牢内に響いた。
そして一部を残して、小箱一つ一つに"親愛なる魔王様へ"そう書いて、次元干渉の能力の応用で物だけを帝都にある王城の玉座の間に降らせた。
落雷でところどころ穴が空いているとはいえ、城の天井からいきなり大量の小箱が降ってきたら流石の魔王も驚く。
イレディア「なんだ!?……箱、か?」
一つ一つが手のひらに収まるほどの小さな箱が文字通り雨のように降ってくる。
数秒でそれは止んだ。
床に散らばったそれらの中から一つ手にとってみれば、箱には"親愛なる魔王様へ"と書いてあった。
転がった箱、いや、全ての箱に同じ文字が刻まれている。
サーシャがイレディアの声を聞いて玉座の後ろにある扉から駆けつけた。
サーシャ「何かあった?」
襲撃でもあったのかと内心穏やかではなかったが、そんな様子はないことに少しだけ安堵する。
そして床に転がる大量の箱を見て、何これ?と手を伸ばして開けてみた。
何かの、肉片。
魚の鱗のようなものがついている。
サーシャ「…………まさか」
イレディアに目を向ければ、サーシャに背を向けたまま微動だにしていない。
サーシャもサーシャで、なんと声をかければ良いのか分からず、立ち尽くしてしまう。
概ね十数秒ほどだろうか。暫しの沈黙が室内を満たしたと思えば、小箱が一斉に破裂して砕け散る。
イレディアの魔術によるものだ。
魔王は背後で立ち尽くす側近に、背を向けたまま声をかけた。
それはとても静かで、とても厳かな声だ。
イレディア「………サーシャ」
サーシャ「ええ、そうね」
言わんとしていることはわかる。
長年の付き合いだ。
イレディア「地獄を創れ」
サーシャ「地獄を創る」
戦地に赴き、命を落とすのは仕方のないことだろう。それはこちらも相手も変わらないからだ。
だがこれは違う。たとえ我々がどんなに残忍で惨虐な生物だったとしても、こんなにも凄惨な仕打ちをすることはあるだろうか。
答えは否だ。
どんなに性根が腐っていても、こんなことをするような輩は自分の知る限り魔界には居ない。
仲間を失う覚悟は出来ていた。
ある意味、そのための戦いでもある。
だがこれは、これだけは絶対に許せない。
倍にして、いや、それ以上の苦痛を以て殺し尽くしてやる。
怒りと憎しみに呼応して走る雷光が、ほんの一瞬だけ。
開いた箱に滴る一雫、その頬を滑った一筋の軌跡を照らしたのだった。
さて、魔王がそんなにブチギレていることなぞ露知らず、こちらはこちらでこの魔物をどう調理しようか迷っていた。
料理といえば、思いつく人間は一人しかいない。
そこでまな板と愛用している包丁片手に地下牢までやってきたのがクレストだった。
クレスト「これを…調理する…のですかな?」
最早元が何だったのかすらわからないのに生きているのは魔族だから、うん、それはわかる。
だがこれをどう調理しろと?
刺身か?炙りか?それとも焼き魚にでも?
どのみちこの状態じゃサイコロステーキにするのが精一杯だ。
ルーヴェリアは貴方なら出来ますよね?料理得意ですものね?という期待の眼差しを向けてくる。
クレスト(出来ることは、するしかありませんな…)
内心でため息を吐きながら、とりあえず丁重に残っていた身体の一部を切り離して小さな塊にする。
そして火の魔術で一応加熱をし、どんな味かはわからないが魚ならハーブソルトが合うだろうと調理してみた。
今まで散々ゲテモノを口にしてきたが、人魚の肉を食べるのは初めてだったため期待に胸を膨らませていた…のだが。
肉がどんどん溶け、液体となり、その液体がいくつもの泡となって空中に舞い上がった。
遠くの地方ではこれをシャボン玉と言うらしいが、それに似ている。
途中で弾けて消えるものもあれば、天井に張り付いてから消えるもの、換気口程度に作られた外と中を繋ぐ鉄柵の向こう側を目指して、潰えるもの。
ルーヴェリア「ち…魔核が逝くとそうなるのか此奴は…」
期待に胸を高鳴らせていた分、本当に残念そうに舌打ちをするルーヴェリア。
クレストも、ほぼ肉の塊を切り取るだけとはいえ人魚を捌くことは初めてだったために、その機会を失ったことを少し残念に思っていた。
若干肩を落として七将の最期を見届けた二人の元へ、荒々しい足音が近付いてくる。
兵士「た、大変です!!」
反射的にそちらを見ると、長距離を全力疾走してきたのがわかるほど汗を流して立っている姿が見えた。
ルーヴェリア「何事ですか?」
兵士「サフラニア周辺を囲むように大規模なゲートが多数出現!包囲網を形成されている模様です!!」
報告を聞いた二人はすぐに地下牢から出て玉座の間へと向かった。
すれ違いざま、クレストがよく報告してくれた、と労いの声をかけたところで、兵士はその場にストンと座り込む。
ぜえぜえと息を切らしながら牢屋の方を見やれば、誰もいないはずなのに妙に揺れている魔術封印の枷が視界に映り込んで、嫌なものを想像してしまい、すぐに視線を逸らしたのだった。
【おまけ】ある日の▓▓▓▓
幼い頃から誰も俺に見向きもしなかった。
母に抱きしめられた記憶も、父と遊んだ記憶も無い。
魔界上層の魔獣の頂点に立っていたのは、黒狼族と呼ばれる魔狼の一族で、俺はその長の息子として生まれたはずだった。
漆黒の艶やかな毛並み、だが、身体は狼とは掛け離れた姿をしていた。
獅子のような体に、漆黒の翼を持ち、尾は蛇…まるでお伽話に出てくるキメラのような姿をしていたのだ。
かなり後に知ったことだが、魔力保有量が桁違いであったために起きてしまった障害のようなものだったらしい。
だがそれを知らなかった族の皆は、純血ではないと大騒ぎした末、俺が生まれてすぐ母を抹殺したそうだ。
食事を与えられることもなく、縄張りの片隅で目の前を通り過ぎる虫を食べて生きていた。
成獣になる頃には、黒狼族の長だった父が亡くなったことをきっかけに、魔獣同士の権力争いが始まった。
続々と押し寄せる雑多な魔獣を蹴散らして、仲間とも呼べない族を守るために戦った。
自分が変わり者だったから放棄されただけで一族に非はないと思っていたから。
そしてある時、出会ったんだ。
奴隷だの人魚だの植魔だのを引き連れて歩いている変わった奴らに。
一族の皆は得体の知れない奴らに攻撃的だったが、決して俺の前に出ることはない。
いつものことだ。
「あんな奴らが魔獣の頂点に居るというだけで反吐が出るな」
先頭を歩いていた女が一言呟いた後、俺に顔を向ける。
「あんなもの、お前が盾になってまで守る価値あるのか?」
…そこで、俺の中で何かが切れたんだ。
いつも盾になり傷つくの俺で、あいつらは隠れてるだけで、何もしない。
傷の手当てすらしてくれない。
理由は簡単、長ではないから。
都合の良い時だけ使って、都合の悪い時は突き放す。答えは明白だった。
「ない」
俺が答えると、そいつは他の連中に目配せをした。振り向いた時には奴らは既に死骸となっていた。
「お前、どうせ住むところもないんだろう?」
女の言葉に頷くと、奴は手を差し出してきた。
「私と共に、魔界の頂点に立ってみないか?」
何を言っているのか意味がわからなかったが、
どうせ帰る場所も行くあてもない。
どうしてか、何の疑問も抱かずその手を掴んだ。
奴は満足げに笑っていた。
「私はイレディア。お前は?」
「ザルヴォ」
こうして、俺は奴の仲間の一員になった。




