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生者の想い、死者の想い

アドニスと屍人らが激しくぶつかり合う一方で、テフヌト族領方面に現れた龍族らとクレスト達が戦っていた。

ミュルクスも居るようだが、果たして、戦いの行方は…。

豪雨の中第一騎士団と死霊達が剣と爪を交差させている間、第三騎士団達もまた、吹き荒ぶ暴風の中で魔族らと対峙していた。

横陣に四列。前から順に歩兵、騎兵が並列。

次いで魔導部隊、看護兵。そして最後列にまた歩兵と騎兵が並んでいる。

万が一挟撃を受けても歩兵と騎兵が食い止められる守備に特化させた陣形だ。

最前列中央にはクレストが鉄球を手に立っている。

襲い来る魔獣達は魔導部隊の張る魔術の障壁に侵攻を阻まれ、動きが止まったところを槍で刺し殺す。

空から降り注ぐ業火も、障壁によって弾け消える。そして光矢を放ち飛竜らを撃ち落とす。

これは魔導部隊の人数が多い第三騎士団だからこそ出来る戦法だ。

防衛だけに専念する者と、攻撃に専念する者を分け、それを更にいくつかに分けて交互に配置する。攻撃も防衛も、広域展開を行うための魔力は消費量が多いが、この配置ならば魔力消費量の少ない部分展開を継続させることが出来るため効率が良いのだ。

そのおかげで歩兵達も安全圏から攻撃を仕掛けることが出来る。

更に、最後方の騎兵、歩兵は敵が現れない限り魔術や弓矢で支援攻撃を行うことが出来る。

それ故に、どんなに敵が増えようとお構い無しに前進を続けることが出来る。

魔力の防壁はセレシュバーンの吐く炎や吹雪すら通さない。

セレシュバーン「素直に称賛しよう。たかだか数十年程度でここまで成長したお前達人間という種は素晴らしい」

己の眼前に迫らんとする老騎士に声をかけると、彼は鉄球をひと薙ぎして魔獣を粉砕しながら、当然のことと返答を吐き捨てた。

クレスト「皆、今日というこの日の為だけに血を吐きながら研鑽を積んだのだ」

セレシュバーンは羽ばたきを返した。

周囲の暴風が嵐となり、嵐がとぐろを巻いて竜巻を成し、露払いをするように飛竜諸共を吹き飛ばさんとした。

無論、騎士団の壁は強固故にあらぬ方へ飛ばされたのは飛竜らだったが。

クレスト「一騎打ちを望むか」

セレシュバーン「我らがいくら数を増やしたとて、戦いは拮抗したままであろうよ。なれば、どちらかの頭が潰れるしか勝敗のつけどころが無かろう」

クレスト「一理ある。ならば、こちらもそれに応じよう」

クレストは雑魚処理用の鉄球を捨て、騎士団員達に防衛に専念するよう言い置いて一歩前に踏み出す。

数秒間の静寂が両者の間に流れ、破られたのは同時。

互いの地を蹴る音が鳴ったかと思えば、その拳が爆音を轟かせながらぶつかり合う。

鎧もつけていない拳が、セレシュバーンの左手を、それも強固な鱗を砕いて貫いた。

クレスト「50年前のことを覚えているか」

驚愕に声の出ない龍祖の左手から己の拳を引き抜きながら問いかける。

その声色は冥府を思わせるほどに静かだ。

セレシュバーンは穴の空いた左手を再生させながら答える。

セレシュバーン「無論、覚えているとも。脆弱な人間が無謀にも我らに挑み、散っていったな」

クレストは打撃力と貫通力を付与、向上させる魔術を己の両手にかけ、再度セレシュバーンに殴りかかった。

あの拳に当たればどんなに硬い部分であろうと受け切れはしないと判断したセレシュバーンは、飛翔することでそれを躱し、その巨体でクレストを押し潰さんと突進を試みる。

クレスト「最後から数えて2度目に起きたラシェクスの攻防戦は貴様らに痛い目に遭わされた」

突進してくる巨躯に、敢えて拳を突き出す。

激突の衝撃でクレストの足が地面を少しだけ滑った。

セレシュバーンの胸元には彼の拳が突き立っている。

セレシュバーン「あの戦い以外にも苛烈を極めた戦場はあったろう」

セレシュバーンは胸元の拳など意にも留めずにクレストの真上から劫火を注ぐ。

クレスト「ラシェクス攻防戦で私の妹は死んだ」

頭上から垂れ流される炎をものともせず、彼は胸に突き立てた拳を引き抜いて地面を強く踏みしだき、反対側の手を握りしめてセレシュバーンの喉元に向けて振るった。

惜しくもセレシュバーンが身を引いたことで当たりはしなかった。

代わりに体を翻して長い尾を叩きつける。

セレシュバーン「…我らとて犠牲を払わなかったわけではない」

劫火を受けたはずなのに何故、奴は鎧も体も燃えることがないのか。

どこか異常性を感じて、焦りを隠すように視線を鋭くする。

クレストは迫る尾を掴み取り、軽々とセレシュバーンを投げ飛ばし、近場にあった岸壁にぶち当てた。まるで子供が玩具を振り回すかのように。

クレスト「互いに犠牲を払ったから対等な戦いだったとでも言いたいのか?圧倒的な数の差がそこにあったとしてもか?」

セレシュバーンは体を引きずるように立ち上がり、体勢を整えながら答える。

セレシュバーン「そも、争いとは奪い奪われるものだ。我々魔族も、多くの家族が血に塗れ戦場で死に絶えた。同じ痛みを味わっている」

クレスト「では何故その痛みを知りながら戦いを終える道を選ばなかったのだ。何故再び貴様らは世に現れた」

セレシュバーンは炎が効かぬのなら氷はどうだと試すかのように氷の礫を飛ばす。

クレストは拳でそれらを全て叩き落とし、中空にもたげられた頭目掛けて跳躍する。

セレシュバーン「…我らが魔王がそうしろと命じたからに他ならない。もしお前が彼の方の意を探ろうとしているのなら、その答えを私は持っていない」

クレストの目の前から、セレシュバーンの姿が消えた。

いや、正確には小さくなった。

否、人のそれに姿を変えた。

クレスト「…どういうつもりだ」

セレシュバーン「竜の姿は魔力の循環効率が悪い。後、正直体内でお前の魔力が暴れ回るおかげで核がほぼ壊された。だが、あれに比べれば瑣末なこととは思わないか」

顎をくいと動かし、クレストの背後を指し示した。

セレシュバーンの姿が視界から消えぬよう、彼は体を横に向けてちらと背後を見やった。

先程まで居たはずの騎士団が今度こそ文字通り消え失せている。鎧すら残さず。

代わりに、横陣を丸ごと飲み込むほどの巨大な水の塊がベチャベチャと不快な音を立てながら蠢いていた。

クレストは大して驚いた様子もなくセレシュバーンに向き直った。

クレスト「あの魔力壁を破り騎士団を壊滅させたか。大したものだな」

セレシュバーン「惜しい顔すらしないか」

クレスト「寧ろ安堵している。感謝もな」

セレシュバーンは胡乱気に眉を顰めた。

何故安堵する?何故感謝する?

老騎士は不敵な笑みを浮かべてセレシュバーンの表情に返答した。

クレスト「何、簡単なことだ。葬る手間が省けたと思ってな」

妹の死に憤怒の激情を抱えているように見えたが、存外に冷淡なのか。

クレスト「お前は自分の体内に流れ込んだ私の魔術が暴走したと言ったな」

セレシュバーン「ああ、そうだ。それは今も変わりない」

そこへ、背後からぴょんぴょんと身体を跳ねさせながらミュルクスがやってきた。

ミュルクス「セレシュ〜もう。危ないところだったじゃんかぁ」

人の形をした竜はふっとため息をついた。

そして、ゲートから無数の竜やスライムが現れる。

ミュルクス「僕が君の代わりになるよ、セレシュ!」

無邪気な甲高い声色が不穏に響いたと思えば、その形態は先程拳を交えていたセレシュバーンに変わるはずだった。

ミュルクス「あれ、形態変化が出来ない…」

クレスト「七将は少々頭が弱いようだ。今後の教訓となるよう説明してやろう」

まず、生身の拳でセレシュバーンの鱗を砕いて貫いたのは、身体強化に加えて打撃力と貫通力を特化させていたから、というのもあるがそれだけじゃない。

魔族は一部、他人の持つ魔力を吸収し己がものにすると聞いた。

つまり、魔力の塊を餌と本能的に認識し受け入れようとする傾向がある。

そこに餌の方から寄ってきたなら、阻む理由はない。

だから鱗はクレストの拳を受け入れたのだ。

そして最大の敵となるのは、魔力自体に宿る持ち主の意思。

つまり取り込んだからといってすぐ己のものにできるわけではないのだ。

クレストはそれを利用してセレシュバーンの核を全て体内から砕いた。

それ故に、彼には身体強化が行える程度の魔力しか残っていない。

セレシュバーン「では、ミュルクスは…?」

クレスト「アレが食ったのは私が建てた孤児院で育った騎士たちだ。身寄りもなく、未来に希望もない。故に、己の家族を奪った帝国や魔族を殺す為だけに、憎悪に身を燃やして鍛錬を重ねていた猛者達だ」

巨大なスライムははっとした。

ミュルクス「つまり、僕が形態変化出来ないのは…僕が飲み込んだ彼らの魔力意思……でも、死んだらそんなの無くなるじゃんか!」

クレストは冷笑を返しながら鉄球を手元に戻す。

積もりに積もった怨恨は恐ろしいものだ。

体が消えても尚、意思までは消えず、残滓として停滞し、ああしてミュルクスの体を弄んでいる。

中途半端な形態変化を幾度も幾度も繰り返し、歯止めが効かないと焦りを露わにした。

セレシュバーン「だが、この圧倒なまでの数の差をどう埋めるつもりだ?今やここにはお前1人と、我ら4万の軍勢がいるのだぞ」

クレストはそれこそ愚問だと言わんばかりに笑い飛ばす。

クレスト「全て残さず塵と変えるまでよ…!」

不穏に歪んだ口元が今にも狂笑しだしそうだ。

軽々と振り回される鉄球にスライム達は微塵に砕け、飛竜も鎖に巻き取られて振り回され、投げ飛ばされる。

ミュルクス「セレシュ!どうにかしてこれ止めて!ザルヴォになったり、中途半端にシルヴェーラになったりして安定しないよ!」

セレシュバーン「難しいだろうな。お前に出来ることは、そのまま敵を屠ることだけだ」

冷たく突き放すと、クレストの懐へと瞬時に踏み込み、その腹部に二発ほど拳を叩き入れ、蹴りを喰らわせ、体を捻って遠心力を活用し反対側の足で回し蹴りを浴びせる。

クレストは拳には拳を返し、蹴りは足元を引いて軸をずらすことで回避。回し蹴りは鎧で受け止めた。

足が地面を滑り、土埃が舞ったところに真上からミュルクスが降り注ぐ。

が、よほど運が悪かったのだろう。

着地の瞬間に形態がシルヴェーラに変貌した為に、クレストが拳を突き上げるだけで地に足がつく前に凄まじい衝撃がミュルクスを貫いた。

体内で暴れる魔力が魔核も破壊していたらしく、ミュルクスはそのまま倒れ伏して微動だにしなくなった。

セレシュバーン「ミュルクス!くっ…」

反撃を試みようとしたが、ミュルクスに気を取られていたせいか目の前まで迫る老騎士の手に気がつくのが遅すぎたようだ。

顔面を掴まれ、持ち上げられる。

クレスト「孤児院で育った者は、家族も居らぬ故に死ぬ覚悟しか持てなかった者達だ。元より戦場から生きて帰ることなど微塵も考えていないのだ」

セレシュバーン「冷酷なことだ。死ぬことが分かっていて戦場に送り出すなど…」

握り潰さんばかりの握力にセレシュバーンは引き離れようともがくが、何をしてもクレストに打撃ひとつ与えられない。

クレスト「貴様ら魔族がそれを口にするのか」

クレストはその頭を握ったまま、もう片方の手にある鉄球を振り回して雑魚を一掃した。

クレスト「総員をゲート破壊せよ!!」

怒号が聞こえるや否や、ミュルクスの体はゲートに吸い寄せられ、文字通り爆発四散した。

恐ろしい量の魔力が膨大な爆発を起こしたおかげでゲートの破壊に成功する。

セレシュバーン「私を捕虜にするつもりはないのか」

クレスト「内部を乱されては困るのでな。そんなつもりは毛頭無い」

ギリギリと嫌な音が聞こえ、バキリと骨の砕ける音がしたかと思えば、あとはもう、簡単にセレシュバーンの首から上はめちゃくちゃに潰れた。

最後の一つの核は頭部にあったらしい。

後は、雑魚を片付けて帰城するのみだ。

自分達の頭を失い、戦意も喪失した者達の末路は、爪を切られ、牙も折られた獣同様。

作戦勝ちになったとはいえ、勝利は勝利だ。

クレスト「遺体を葬送することが出来ないのが、非常に残念ですな」

竜巻は消え去り、嵐も落ち着き、暴れていた風が柔らかなものへと変化した時。

眩いばかりの青空が広がっていった。

クレスト「ふむ。これでは奴らの教訓にもなりませんでしたな。…さて、城に帰りましょうか」

体に負担をかけすぎたせいか口の端から血が流れかけるが、それを舐め取り飲み込んだ。

若い頃に戻りたいといったら、師は怒るでしょうか。

【おまけ】ある日の▓▓▓▓


サーシャ「…ザルヴォ、シルヴェーラに続いてミュルクスとセレシュバーンまで殺されたわ」

雷鳴も鳴りを潜め、ただ蝋燭の火の揺らめきだけが地図を照らす静かな空間。

荒廃した城には似つかわしいが、魔王の本拠地と言われると少し物寂しい。

そんな空間には今、サーシャと魔王イレディアの2人だけ。

イレディア「良い」

短い返答にサーシャは眉を顰める。

サーシャ「七星全員を殺すつもり?」

イレディア「単に彼奴らが騎士団よりも弱かっただけに過ぎん」

淡々とした様子にため息を吐きながら本当のところはどうなのかと問うてみたが、どうだろうなと一蹴されてしまった。

サーシャ「ミュルクスは、体内の魔力暴走が原因で内側から破裂して死んだわ。人間で言えば、消化器官で剣が形成されて文字通り内側から炸裂した」

イレディア「そもそも魔力というのは世を流れる川だ。だが、自然界に満ちているとはいえ人の操る道具にもなれば意のままに操れよう」

だから彼奴らの頭が悪かっただけのことだ、と。そう言いたいらしい。

サーシャ「あんな風に仲間が死んでいるのに何とも思わないわけ?」

イレディア「らしくないなサーシャ。何をそんなに感情的になっている?敵も味方も、50年前に停戦を持ちかけるその前から、悲惨な死に方をする奴は多少なりとも居ただろうに」

サーシャ「ええそうね。貴女が作っておけと命じた玩具が見事兵器に昇華されたおかげよ。でも魔女だってね…心を痛めることはあるのよ…」

イレディアは静かに立ち上がると「なら、そんな感情捨て去るんだな」と言い置いて寝室へと消えていった。

1人取り残されたサーシャが呟く。

サーシャ「本当は悲しいくせに」

静寂にぽつりと響いた声が、イレディアに届いたかどうかは、本人にしか分からない。

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