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昇る陽、昏る陽

帝国領前で抗戦を開始したアドニス。

目の前に広がる屍人の群れの中には、見知った人物がいた。

それでも進まなければならない。

それが、戦いというものだから。

仄暗い雨粒が降り注ぐ中、数多の死霊達と第一騎士団が激しくぶつかり合った。

炎に焼き尽くされる死霊や食屍鬼達の悍ましい咆哮と、屍人達の鎧を突き破る強靭な牙に貫かれ、爪に裂かれて悲鳴をあげる騎士達の声が交わり合う。

アドニスは、己の兄だったものとその護衛騎士だったものを相手取っていた。

時々水を差しにくる雑魚共は、アドニスの剣に宿った炎の斬撃の残滓を浴びて息絶えていく。

兄だったものは他の屍人達とは違い、その鈍く光る剣を使ってアドニスを翻弄し、護衛騎士だったものがその隙を突いて両手剣を振り回してくる。

理性があるのか、ないのか。

ただ、呼びかけてもきっと無意味なのだろう。

だって彼らはもう、死んでいるのだから。

剣を交え、時に避け、退いては肉薄するを繰り返しながら、アドニスの脳裏にはかつての彼らの姿が蘇る。

第一王子、次期国王であった兄は外交のために国を空けていることが多かったが、帰ってきたら真っ先にアドニスの元へ来てくれた。

普段触れることのない品々。

物珍しい鉱石や、優しい香りを放つ香水、繊細な紋様の織物、今でも部屋に飾ってある。

いつも穏やかな笑みを浮かべていたヴィリディスは、鍛錬帰りのアドニスのボロボロの服を見て、ルーヴェリアに物申さんとしたのを慌てて止めた日もあった。

その傍に控えていた護衛騎士のケインは、ヴィリディスが公務でいない間、話し相手になってくれたこともある。

ルーヴェリアを鬼と呼び、その鍛錬の厳しさや冷酷さ、情け容赦のなさを語っては嘆息をついていたか。

今辛いと思っているなら、逃げてもいいとさえ言ってくれた人だ。

傍若無人な自由人のようでいて、誰よりもヴィリディスやアドニス達のことを気がけてくれていた。

そんな彼らが、今は。

今は敵であることに酷い憤りを覚える。

こんな姿になるまで戦ったのだろう。

こんな姿になるまで尽くしたのだろう。

それを、こんな。

アドニス「屍人に変えるなんて…!!」

一際強く放たれた剣閃が迫る2人の剣を同時に跳ね返した。大振りな動きをしていたせいでケインだったものに大きな隙が生まれる。

紅炎を纏っていた剣が青白い光の刃となってケインだったものの胸元を薙いだ。

斬撃を浴びせられたところから塵と化して風に溶けていく。

残るは1人、とその身を翻した時。

大きく吹き飛んだ騎士の体が視界の隅を掠めていった。

先ほどまでは存在すらしていなかった、巨大な人影。

恐らく食屍鬼の一種なのだろうが、なんと呼べばいいのか分からない。

それが腕を薙ぎ払ったがために、衝撃に耐えられず盾を構えた騎士はその盾ごと吹き飛んでいったのだ。

だが、アドニスもそれにかまけてはいられない。

呆気にとられている一瞬の間に、兄だったものの剣が迫る。

アドニス「くっ…!」

弾き返すためにありったけの力を込めて己の剣をぶち当てたが、剣の軌道が逸れない。

いつか、どこかで感じたような。

常軌を逸した身体強化。

そう、ルーヴェリアの剣に似ている。

戦場の音が遠のいた。

剣戟の音、兵士の声、魔物の叫び。

まるで耳を塞いだ時のように全ての音が遠く…遠く……ただ、迫る死の足音だけがはっきりと聞こえた。

兄だったものの剣先がアドニスの喉元から赤い筋を垂らす。

が、そこから先には突き刺してはこない。

アドニス「…………!」

焼けこげた屍人は、何かに抗うようにその腕を震わせ、必死に堪えているように見えた。

声はない。

ただ確かに、濁ったその目には"抗う"という意思があって。終わらせてくれという願いがあるように思えて。

アドニスは身を引いて喉元に突き刺さりかけた剣から逃れる。

アドニス「兄上……」

目に涙を溜めて、でも視界は滲ませない。

真っ直ぐに彼を見つめて、動きを止めているその首を豪焔で焼き切った。

刃が首を断つその瞬間、焔に包まれて尚微笑む兄の面影が、見えた気がした。

アドニス「魔導部隊!爆裂魔術広域展開!!」

悲しみに暮れている暇はない。

悲嘆に膝をつく時間なんてない。

アドニス「焼き尽くせ!!」

これで新たに現れた巨大な食屍鬼を退けるのと、その他の雑多な悪霊諸共を木っ端微塵にできる。

そうすれば、その先に佇む胸糞悪い七将に届くだろう。


と思っていた。



王都の各守衛隊達の元を回り労いの声をかけてから、ルーヴェリアは自室に戻ってきた。

室内のウォークインクローゼットの取手に手をかける。

これを再び身に纏う日が来ようとは。

開け放たれたクローゼットの向こうにはトルソーが1つ。

首元には黒いチョーカーが飾られていて、胸元の金のペンダントは鈍らぬ輝きを放っている。

頭部にはサフラニア騎士団長の証である黄金の房が頭頂部を飾る白銀のヘルム。

肩には光沢のある生地で織られた白いマント。

そして黄金の唐草模様が描かれた白いブーツ。

どれも埃さえ寄せ付けず大切に、大切に保管していた装備品だ。

ひとつ、ひとつ、丁寧にトルソーから外して身につけていく。

触れるたびにかつての記憶が呼び起こされる。

50年以上昔、共に生き、戦った仲間達との大切な想いと、誇り、そしてほんの少しのささやかな思い出。

トルソーの横には小さな棚があり、そこには白銀のガントレットが置かれている。

それも身に付ける。

そして最後に、アクセサリーケースを開く。

たった1つしか仕舞われていない、緑色の宝石が2つほど連なった金のブレスレットを。

身支度を整えていると、扉がノックされた。

サイズ調整を終えた白銀の胸鎧が届いたのだ。

これは、つい先日亡くなった騎士、テオが身につけていたもの。

自分に合うようにサイズを整えてもらったそれに、身体能力向上の術式を組み込んで魔装具へと変える。

ルーヴェリア「…私は進まなくてはならない。貴方の想いも背負って」

それが私にしかできない、追悼だから。

呟きながら胸鎧を纏い。

そして最後に、ベルトを取り付け、その腰に剣を提げる。

深く息を吸い込み、短く吐いた。

覚悟を決めるように。

同時に、また部屋の扉が開かれる。

そこに立っていたのは彼方此方に魔物の噛み跡がついた鎧を着た弓兵。

恐らく、アドニスの団員の1人。

ルーヴェリア「…手短に」

騎士「応援を要請します!!」

彼女は迷うことなく玉座の間へと向かった。

すれ違い様に騎士の肩に手を置き、治癒の魔術を施して。

そして今は議会の最中だと止める兵士の声を無視して勢いよく扉を開く。

ルーヴェリア「第二騎士団長ルーヴェリア、急ぎ陛下にお伝えしたき報がございます」

有無を言わせぬ彼女の雰囲気に、議会に参加していた宰相や重鎮らが口を噤んだ。

国王は黙したまま頷く。

ルーヴェリア「第一騎士団より援護要請有り。これより援護に向かいます」

国王「……国防の方はどうする?」

ルーヴェリア「各隊の隊長らに判断は任せます。援護は私1人で十分でしょう」

そもそも第二騎士団は国防の任があるため多く人を連れてはいけない。

大臣らが援護がたった1人だけなど馬鹿にしているのか、全軍を動かすべきではないかと口々に言うのを王妃が一喝し黙らせた。

王妃「静かになさい!」

ヴィリディスも行方不明になった今、国を継ぐことが出来るのはアドニスただ1人。

事は一刻を争う。

普段滅多に声を荒げない王妃が声を張るのは、それだけ緊迫した状況であるということが分かっているからだ。

国王「無事に帰るように」

ルーヴェリア「はい。行って参ります」

彼女は頭を深く下げてその身を翻す。

動きに合わせて揺らぐ白銀のマントに、誰もが息を呑んだ。

あの姿は正しく、この国の歴史に語られる戦女神のそれだと。


玉座の間を出、扉の閉じる音と彼女の足音が戦場に響くのは同時。

空間を直結させて降り立ったのだ。

そこには、狂笑を響かせるノクスと、暴れ回る土塊で出来た、50年前の兵士たちの姿があった。

ああ、そうか。

当初は遺体を回収することも骨も残さず焼き尽くす時間もなかったために、かつての戦いで散った者達は皆、腐敗の術で腐らせたのだ。

朽ち果てさせると共にこの地の礎とした。

それが今、ノクスの魔力によって猛威を振るっている。

ルーヴェリア「第二騎士団長ルーヴェリア!第一騎士団の救援に参じました!総員、後退!!」

雨も。戦場の空気も。絶望も。

全てを貫く声が響いたかと思えば、空に、地に、巨大な魔法円が形成される。

彼女の声に応じてアドニス率いる第一騎士団達は退却していく。

理性を失った土塊達は後先なく彼らを追った。

アドニスは最大限の魔力を使用し防衛魔術を展開する。

魔力の壁に阻まれた土塊達はそれ以上先に進むことは出来ない。

ルーヴェリア「座標指定」

詠唱しつつ剣を抜くと、白銀の剣が閃光の輪舞を踊る。

ルーヴェリア「術式構成」

それに手を伸ばした土塊や死霊達は悉く切り刻まれていく。

ノクス「不味いものが来る予感がするなぁ……魔王様、貴女の計画のためにも、僕だけ撤退してもいいよね?」

ノクスは徐々に退けつつある黒雲を見上げて呼びかけ、戦場に背を向ける。

ルーヴェリア「天翔ける陽光よ、此処に来たれ!」

魔力の壁の内側から、第一騎士団達は見た。

天地に展開された魔法円から、朝陽が昇り、夕陽が沈むのを。

それがどれほどの灼熱を生み出したのかは、壁の内側にいる自分達には分からない。

ただ、重なり合う対の太陽が眩しくて目を開けてはいられなかった。

瞼を閉じることを忘れてしまうほどに見惚れてしまったアドニスを除いて。

死霊も、食屍鬼も、屍人も、土塊も。

降り注ぐ雨粒すら存在を許さない白紙の空間。

一点の汚穢も残さず、全てを融かして浄化する光。

あれを希望の輝きと呼ばずしてなんと呼べば良いだろう。

バリ、という嫌な音と共に目の前の魔力の壁にヒビが入る。

アドニスははっとした。

アドニス「魔導部隊!防衛術式を多重構造で展開!全魔力を注いで構わない!!」

目を微かにでも開けば陽光がその視界を焼き尽くさんと入り込む為、皆目を閉じたまま魔力壁の修復と防衛魔術を幾重にも幾重にも重ねる。

その向こうでルーヴェリアは剣を納めながら太陽が消え去るのを待つ。

「まだ生きていたい」「消えたくない」「助けて欲しかった」

ただの断末魔でしかない魔物達の声は、彼女にとって救いを求める者達の声だ。

「どうして殺されなければいけなかったのか」

「なぜ自分達は死ななければいけなかったのか」

ただ滅びゆくだけの魔物達の痛烈な叫びは、彼女にとって──。

ルーヴェリア「守れなくて、ごめんなさい」

かつて守れなかった者達の声だ。

ルーヴェリア「今度こそ、安らかに眠って下さい」

対の太陽が完全に重なった時。

陽光は金輪を描き、金輪は心地の良い風を巻き起こしながら広がり、消えていく。

何も残さなかった静寂だけが、ルーヴェリアの心に寄り添ってくれた気がした。

遅れて透明な癒しの雨粒が騎士達に降り注ぎ、慈雨は地面に染み込んでいく。

残った魔力の壁は薄っぺらいものがたった一枚だけ。

それも程なくしてひび割れて消え失せた。

魔物の姿が見えないことに安堵した騎士達は、心身の疲弊からその場にへたり込む。

その間を縫ってアドニスはルーヴェリアの元へ駆け寄った。

アドニス「救援、ありがとうございます」

ルーヴェリア「……………」

彼女は返事を返さず、地面に落ちていた何かを拾い上げた。

アドニス「…?師匠…?」

その手に握られていたのは、第一王子ヴィリディスのブローチと、護衛騎士ケインの騎士章。

ルーヴェリアは唖然としているアドニスの手にその2つを握らせた。

ルーヴェリア「…今は、構いませんよ。雨が全て流してくれます」

普段は被っていないヘルムの向こうからかけられる、どこまでも静かな優しい声がアドニスの心を打ち崩した。

膝をついて、子供のように泣き喚く彼を、彼女はそっと抱きしめてやったのだった。

【おまけ】継承の刻


扉をノックする硬い音がする。

室内に集まっていた騎士団長ら3人のうち、1人が「入りたまえ」と渋い声で返事をした。

3人は先の戦いで第一騎士団長を失ったため、後任者が挨拶に来ると聞かされていた。

戦中のためまともな授与式も行われておらず、顔を合わせるのは初めてである。

後任になったのは、かの有名な不死身の騎士。

どんな苛烈な戦場も、類稀なる剣と魔術の才能で魔族を圧倒し退けたと語られている騎士だ。

一体どんな巨体を構えて来るのか…と思えば。

失礼します、と落ち着き払った少女の声がして、その声におおよそ相応しい身なりの人物が入ってきた。

ルーヴェリア「本日より第一騎士団長に任命されました。ルーヴェリア・シュヴィ・ヴィルヘルムと申します。戦場では主に単独で行動していた為、集団戦に於いてご迷惑をおかけする事と存じます。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

礼儀正しく、それでいてどこか、これは何と言ったらいいのか。声に色も波も無い。

一瞬呆気に取られかけたものの、気を取り直して各々自己紹介をした。

ディゼン「第二騎士団長、ディゼン・グードルフェンだ」

大柄な男性が一歩前に出てきた。

次いで、首元のチョーカーが印象的な女性が。

コルセリカ「第三騎士団長、コルセリカ・メゾニア・ラマシェティー」

最後に、金色のペンダントを胸元で揺らす…恐らく少年?が。

マルス「第四騎士団長、マルス・ガラングス。よろしく」

ルーヴェリアは頭を深く下げつつ、ちらと執務机の上を見やる。

置かれているヘルムは、大きさからしてディゼンのものか。

ルーヴェリア「よろしくお願いします。こちら、私の経歴書になります」

持っていた書面を差し出すと、真っ先にコルセリカがそれを受け取って読み始めた。

コルセリカ「どれどれ〜?経歴は…11で騎士団入隊!?…それが去年!?てことは…今12!」

マルス「俺より年下!?マジかよ…」

これにはディゼンも驚きを隠せないでいる。

ディゼン「ここはいつから託児所になったんだ…」

その言葉を聞いてマルスがむっとする。

マルス「おい、俺は確かに身長は低いがこれでも18だぞ。18。立派な大人だ」

コルセリカ「まあまあ。可愛い団長ちゃんが増えたと思えば」

コルセリカの悪戯っぽい笑みに食ってかかる様を、ルーヴェリアは波紋ひとつ無い水面のような瞳で眺めていた。


これが、後に七年守衛戦争と呼ばれる激しい戦いを生き抜いた騎士達との邂逅であった。

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