滅亡の占拠
俺がまだ騎士団に入りたてだった時なんすけど、どっかのバカが城の庭に火ぃつけたんすよ。
これがあっという間に燃え広がって、当時は魔術棟もそんなに強くなかったんで、割と消火に時間かかったんすよね。
そん時、庭園に王女様が取り残されてるって聞いたんすよ。
俺、助けなきゃって一心で炎ん中飛び込んで、王女様を助けたんすよね。
そん時に、顔の半分火傷して、傷残っちゃったんで、仮面で隠してたんすけど。
気味悪がる奴らって一定数いて。
そんな奴らを一蹴して、俺の心を守ってくれたのが王女様だったんすよね。
実はそん時から王女様には惹かれてて、というか、好きだったんすよね。
破天荒でいたずら好きで、城は抜け出すわ王妃教育から逃げるわ、俺は振り回されるわだったけど、そんな王女様から元気をもらってたのも事実っす。
でも、一般市民から志願して騎士になった俺と国の王女なんて、立場的に結ばれることないじゃないっすか。
だから諦めてたんすよね。
その代わりに、絶対に何があっても守るって誓ってたんすよ。
雷鳴が地を這うように鳴り響く。
紫がかった黒雲が空を覆い、陽光はとっくに届かない。
アールマグ帝国と呼ばれたこの国の城は、かつての栄華など影すらも残っていない。
ひび割れた柱、床、扉、天井に至るまで飛び散らかされた血痕が染みついている。
死者の国と見間違う様相に、生者の影が4つ。
朽ち果てた玉座に腰掛けた魔王、イレディアが口を開く。
イレディア「……ザルヴォが逝ったらしい」
退屈そうに肘掛けに片肘をつき、頬杖をついて放たれた一言は落雷よりも重く鋭い。
しかし、意にも介さずといった体で水祖セラフィナが言葉を返した。
セラフィナ「想定の範囲内でしょうに」
貴女は我々をチェスの駒か何かにしか考えていないのだから、という含みを感じる。
ミュルクス「僕見てたー!」
ぴょんぴょんと、声と共に跳ねながらケタケタと笑う。
ミュルクス「首がね、ぐるん!ってなってたよ!」
お前は何故に加勢しなかったのかと周囲が嘆息をこぼす中、ひとりだけ愉快そうに笑い続けている。
無邪気とは時に恐ろしさを感じさせるが、今正にそれが体現されている。
イレディアの側近、サーシャが壁面に縫い止められた地図を眺め、肩越しに魔王を顧みた。
サーシャ「残るのは、アルゼト、サフラニア、そして……テフヌト族領」
うっそりと笑みをこぼすような琥珀の瞳は、このまま全てを根絶やしにしろと命じるのを待っているかのように煌めいている。
サーシャ「どう動くつもり?」
イレディアは数秒の沈黙の後、その問いに答えた。
イレディア「族長を失ったテフヌト族は脅威にすらならん。七将がいなくなったことで統率を失った魔獣共でも放っておけ。周辺の村々諸共勝手に根絶やしになる」
ゲートさえ開いておけばこちらがわざわざ出向き、手を加えるまでもないと言いたいそうだ。
つまらなそうに琥珀の瞳が地図に戻された。
つい、と指を動かすと焼けこげたようにテフヌト族領の地域にバツの印が刻まれる。
イレディア「ノクス、シルヴェーラ」
魔王の呼び声に応じて、2つの気配が玉座の前に現れた。
シルヴェーラ「お呼びで?」
ノクス「ここに」
無数の蔦を髪のように垂らし、花の花弁を思わせる真紅の唇を歪ませた、おおよそ女性と見て良いだろう風貌の魔物。植物系の魔物の始祖シルヴェーラと、度々戦場に茶々入れをしてきたノクスが跪く。
イレディア「当初の予定から変更する必要はない」
彼女の声に呼応するように雷鳴が轟く。
イレディア「サフラニアは最後に潰す。まずは……アルゼトを蹂躙してこい」
シルヴェーラ「仰せのままに」
ノクス「ふふ、楽しみだね? 僕の死霊たちを見て、彼らはどう反応するのかな」
三日月に歪むノクスの口元を、鋭利な稲光が照らしている。
空を裂く閃光。
かつて帝国と呼ばれたその場所には、もう人の声はない。
ただ、滅びの胎動だけが、確かに息づいていたのだった。
第三騎士団の凱旋からはや3日。
数ヶ月前まで笑顔や希望に溢れていた人々の表情は、今では不安や焦燥で溢れかえっている。
魔族に殺されるくらいなら、そう言って自ら命を絶つ者さえ現れる始末だ。
少しでも希望を与えなければ、内側から国が滅んでしまう。
宰相1「打って出るべきでは…」
宰相2「しかし、他の七将は…」
堂々巡りの議会、ある意味無駄な時間を過ごしていると言えよう。
騎士団長らのために用意された席の一つに座りながら、ルーヴェリアは考えた。
自分なら、帝国領に無理矢理乗り込んで戦うことはできる。呪いのおかげで、魔力が尽きることはあっても命が尽きることはない。
自分が行くべきではないのか、と。
一方で、彼女の隣に座るアドニスには誰の声も聞こえていない。
頭の中を巡るのは、魔族をどのようにして殺すか。心の中を占めるのは、魔族への憎しみや怒り。目を閉じれば、無惨な姿で帰ってきた侍女の姿が浮かんでくる。
夜も眠れておらず疲労困憊だが、そんなことさえどうでもいいと思えるほどには奴らを殺したくて仕方なかった。
クレストはそんなアドニスを気遣うように、度々視線を彼に送るが、気が付かれる様子はない。
宰相1「このままではいずれ我が国まで…同盟を結んだテフヌト族の族長や、ヴィリディス様も行方不明のまま。何もせずただ待てというのですか?」
宰相2「わざわざ死地に飛び込む必要はないと言っているのです。負け戦と分かっていて派兵するなど、人命軽視にも程がありますぞ」
どちらの言い分にも理がある分、どちらの味方にもつくことができない。
国王は心の中で頭を抱え、それを隠すようにぎゅっと拳を握りしめる。
どうするのが正解なのだろう。
何が正しくて、何が間違いになるのか、全くわからない。
そこへ、1人の兵士が飛び込んできた。
兵士「失礼いたします!アルゼト小国より救援要請!現在、植魔5000、食屍鬼2000と交戦中とのことです!」
ガタリ、と音を立ててテオが立ち上がった。
テオ「俺たち第四騎士団で対応します!」
有無を言わさず言い切り、返答も待たぬまま駆け出していった。
アルゼト小国は、サフラニアの第一王女シーフィが嫁いだところでもある。
約束したのだ、何かあればすぐ駆けつけると。
だから誰にも何も言わせない。
テオ(必ず助けるっすよ…!)
アドニスも立ち上がった。
アドニス「第一騎士団も行かせてください」
彼はテオと違い、返答をきちんと待った。
待ったうえで、却下された。
国王「ならぬ」
アドニス「何故ですか!」
国王「もしアルゼト小国の襲撃が陽動だったら、この国の守りが薄くなるからだ」
しかし彼は食い下がる。
アドニス「第二騎士団、第三騎士団が残っているではありませんか!」
国王「アルゼト小国で戦いが繰り広げられている中で、我が国が襲撃されるとすれば、我が国は東、西、南の三方を守らねばならぬのだぞ」
アドニス「しかし!」
王妃「アドニス」
尚も諦めないアドニスを、王妃が静かな声で制止する。
王妃「気持ちはわかります。けれど一度頭を冷やしなさい。個人の感情で冷静さを欠くことは上に立つ者として恥ずべき行為です」
アドニスはくっと歯噛みして腰を下ろした。
王妃は続ける。
王妃「このままでは堂々巡りで埒があきません。騎士団長達に無意味な時間を過ごさせるより、国防に徹していただいた方が益と思われますが?」
是非を問うように国王の方を見る。
彼は一つ頷くと、国内の問題解決を議題にあげ、後は自分達で話をするからと、騎士団長らを解放した。
廊下に出たアドニスは、暗い面持ちで俯いたままルーヴェリアに声をかける。
アドニス「…師匠」
ルーヴェリア「何でしょうか…あと、ルーヴェリアです、殿下」
アドニス「今は呼び方なんてどうでもいい、それより大事な話なんです」
おお、初めて呼び方について反論した、と第三者のクレストが見守る中、アドニスはルーヴェリアに深く頭を下げた。
アドニス「戦死した者達を、時を操る魔術で蘇生してくれませんか…!」
そうきたか。
ルーヴェリアは瞼を閉じて一呼吸数えてから答える。
ルーヴェリア「殿下は、昨今の葬送をご存知ないのですね」
彼女は何も知らないアドニスに懇切丁寧に説明した。
七将ノクスが居る限り、どんなに損壊した遺体でも、彼奴の術で操られてしまうこと。
そうすると被害が甚大になること。
被害が甚大になるとまた遺体が増え、奴等の思う壺になってしまうこと。
だから昨今の葬送は、骨も残さず焼き尽くすことだと。
無論、国内で自害した者も例外はない。
巡回兵や通報を受けて駆けつけた騎士団が遺体を回収し、誰の目にも触れぬ魔術塔で焼き払っている。
きっと彼が望むのは亡くなった侍女の蘇生だろう。
だが、もうその遺体すら無い状態では出来るわけがない。
あったとしても後述の理由で行わないが。
アドニス「じゃ、じゃあせめて、せめて…戦場では…」
ルーヴェリア「殿下、私の魔力量は常人を遥かに上回ってはいますが、無尽蔵ではありません。それに…戦場で散った勇士の蘇生は彼らへの冒涜です」
確かに、蘇生ができれば戦力差は埋められるだろう。だが、それを何度繰り返せば勝てるかは状況次第だ。
それと、死を覚悟して戦場に立つ彼らがその命を散らせた時の思いや死に様を否定するような真似は出来ないししたくもない。
これは彼女が勝手に思っていることだが、それをしてはノクスと変わらないと考えているからでもある。
よって、却下。
アドニス「でも鍛錬では蘇生してくださるじゃないですか…!」
下げていた頭を勢いよくあげて、今にもルーヴェリアに掴みかからん勢いで噛み付く。
対照的に彼女は至って冷静だ。
ルーヴェリア「鍛錬は鍛錬、戦場は戦場です。鍛錬時に戦場と思うよう言っていたのは、鍛錬だからと甘く見てほしくなかったからに過ぎません」
次に来るであろう「でも鍛錬の時、戦場と思って励むように言うではないか」という言葉を予測して先に返事をしておき、彼女は歩き出す。
ルーヴェリア「防衛態勢を整えますよ」
離れていく背中に、今はついていけない。
クレストがそっと、アドニスの背に手を添えた。
クレスト「我々も行きましょう」
今はきっと、何を言ってもアドニスの心には響かないだろうと考え、あえて慰めの言葉を飲み込み歩き出すよう促す。
アドニスは俯き、唇を噛み締めて促されるままに足を進めることしか出来なかった。
一方、早々に騎士団員たちを纏めて早馬をかっ飛ばし、アルゼト小国を目指したテオは自分の目を疑う。
テオ(んだよ、あれ…!)
崩壊寸前といった様相の城壁を極太の蔦が覆っている。
しかもそれは恐らく城壁内の中心部から伸びていて、蛸の足のように畝っている。それが無数にあり、触手にも見えなくはない。
蔦に触れた兵士はまるで養分を吸われ尽くした土壌のように干からび、朽ち果てる。
そしてその朽ち果てた遺体はむくりと起き上がり、まだ生きている兵士に襲いかかる。
襲い掛かられた兵士は身動きが取れなくなったところを蔦に絡まれ…。のループだ。
この様を言葉で表すとしたら……地獄製造機だろうか?
背筋を冷たいものが伝うのを感じながら、それを振り切るように声を張り上げる。
テオ「サフラニア王国第四騎士団!これより貴国の援護に入る!」
先ずは魔導部隊に炎の魔術を、弓兵に火矢を放たせる。
蔦は炎を嫌うように避けていき、屍人は燃え尽きていった。
蔦以外の植物の魔物たちも、火は嫌いなようで後退りしたのがわかる。
テオ(やっぱ、火は天敵だよな)
アルゼト小国の兵士達の士気が上がった。
「騎士団が来てくれたぞ!後少し耐えるんだ!」
「火を使え!松脂でも塗ったくって剣に炎を纏わせろ!」
戦況は不利から拮抗へと変わりつつある。
このまま押したいところだ。
騎士団の歩兵や騎兵も攻勢に出る。
そこへ、アルゼト小国軍の将軍がやってきた。
将軍「救援、感謝する」
テオ「いいんすよ。それより、国内やばいんじゃないんすか?」
将軍「ああ…実は…」
彼の話によると、今から数時間前、帝国領側から食屍鬼の群れの進軍を確認し、対応にあたっていた。
その時の戦況は有利だったが、突然国内中央部の地面を突き破って巨大な蕾が現れたそうだ。
それからはその蕾が伸ばした蔦が街や城壁を破壊していったらしい。
テオ「それがあの極太の蔦っすね…」
国軍は戦闘中のため、国内に残っていた警備隊で対応するしかなかったが、無論壊滅。
そして真っ赤な大輪の花が咲くと、花粉のようなものを撒き散らし、それを浴びた人間が植物の魔物と化していったらしい。
将軍「王城がどうなっているかは分からないが、恐らく魔物に占拠されている可能性が高い…だが我々は諦めてはいない」
まだ、誰かが生きている可能性があるのなら。
守るべきものがそこにあるというのなら。
そのために自分達は戦い続ける意志を持っている。と。
テオ「じゃあ戦線任せていいっすか。うちの騎士達も預けるっす。魔術も多様に扱えるし、優秀っすよ。代わりに、俺が様子見てくるっすから」
将軍「それは構わないが、つまり…」
それは単独で敵地に乗り込むということ。
テオ「俺にも、守りたいものがあるんすよ」
将軍は暫しの、それでも数秒だが考え込んだ後、首を縦に振った。
将軍「承知した」
テオはその回答に満足げに笑うと、騎士団員の方を向いた。
テオ「お前ら!今から俺はアルゼト小国内に突っ込んで元凶をぶっ叩く!!その間死に物狂いでこの戦線を守り抜け!!」
騎士団員達は一瞬戸惑うも、すぐに気合いの入った返事をしてくれた。
「信頼してるぜ団長!」
「団長に任せますよ!」
そんな励ましの声を受けながら、馬から降りて腰に提げた二振りの曲刀を引き抜く。
戦場のど真ん中を、障害物を切り裂きながら突っ切り、崩れかけた城壁を駆け上がって国内に入った。
建物はほぼ全壊していて視界は開けている。
唯一無事なのは王城のようだが、魔物達が蔓延る姿を視認できても、それと戦う人影は見当たらない。
そして、中央広場と思しき場所に聳え立つ樹を見つけた。
いや、無数の蔦が螺旋状に絡み合って空高く伸びているだけで、正確には樹ではないのだろう。
その根本から伸びる無数の蔦の1つに何かが座っている。
真っ赤なダリアの花を頭に咲かせ、そこから髪の毛のように蔦を伸ばした人型の何かだ。
肌は緑色をしていて、色とりどりの花をその身に纏うように咲かせている。
テオ(本で見た植祖のまんまか。気持ち悪いと思ってたけど、実際に見てもやっぱ気持ち悪いな…)
侵入者の気配を感じたのか蔦が襲いかかってくるが、テオはその悉くを細切れにした。
植祖シルヴェーラがこちらを見てくる。
シルヴェーラ「私の花粉に触れても咲かないなんて、珍しい種ですね」
話しかけられたが、どうでもいい存在なので、真紅の唇が何か人の言葉らしきものを喋った気がした程度にしか思わない。
テオは身体強化の魔術を施してシルヴェーラの元まで瞬時に辿り着くと、その首目掛けて曲刀を振り抜いた。
あまりの素早さに対応出来なかったのか、対話したかったのかは分からないが、シルヴェーラの首は呆気なく飛んでいく。
しかし、切り口から蔦が這い出て、蕾を形成し花を咲かせる。
テオ(恐ろしい再生速度だな…蔦はともかく本体は特に火を嫌ってるようにも見えないし…)
一度距離をとって火炎の魔術で蔦を焼き払いながら打開策を考える。
クレストと王妃にしごかれながら魔術の扱いを鍛錬しておいて良かったと死ぬほど思った。
帰ったら感謝を伝えなければ。
シルヴェーラ「人の話は聞くものじゃないですか?」
テオ「てめえが"人"だったら聞いてやってたよ」
そういえば、いつかルーヴェリアが言っていたか。
植物の魔物は地に足がついている限り再生し続ける、と。
テオ(あの樹みたいなやつも本体だとしたら、どんだけ地中深くに根付いてるかわかんねえな…)
刃を交える中で、本体と思しきものに火は効いていない様子も見受けられる。
そうなると、地中に張られた根ごと奴を破壊する必要があって、もしかしたらこの国丸ごと吹き飛ばさないといけないわけで。
一応、ルーヴェリアお手製の山一つ吹き飛ばすことの出来るとんでも威力の爆裂魔法が込められた魔道具を持っているので出来なくはないが、王城がどうなっているかわからないままに使いたくはない。
そして先程からシルヴェーラは動かず、しかし蔦の動きは複雑に、かつ俊敏になってきている。
いなすのも燃やすのも、正直手間だ。
仕方ない、先に城の中を見よう。
テオは踵を返して王城の方へと駆けて行った。
シルヴェーラ「…気がつかれたのでしょうか?」
生き残りがいる、と。
実はイレディアからとある人物だけ生け捕りにしろと言われていたため1人だけ残っているのだ。
何か、やりたいことがあるのだとか言っていたが…。
どうせ城内は変化して魔物になった人間とノクスの操る屍人だらけだ。
放っておいても問題ないだろう、と答えを出して空を眺める。
シルヴェーラ「人間界の空は、本当に綺麗な青色をしていますね」
吐き気を催すくらいに、澄んでいる。
追手が来ないのをいいことに、テオは目の前に立ち塞がる魔物達を切り刻みながら城の中を駆けていた。
廊下、客間、食堂、厨房、玉座の間、その他様々な部屋を見て回ったが生きている人間はいない。
身体の一部を植物に変化させたような魔物やら、血塗れの鎧を被って彷徨うこの国の兵士たちしかいなかった。
どれも切り裂いて、燃やし尽くして、今やっと、最後の部屋の扉を開く。
シーフィ「テオ…!」
テオ「…っ!」
そこには、この国に嫁いだサフラニアの第一王女シーフィがいた。
正直もう生きていないのではないかと思っていたために、咄嗟に言葉が出てこない。
シーフィ「きっと来てくれるって、信じてたわ」
安堵から泣き顔のような笑顔を浮かべる彼女に、言葉を返せるようになるまで少し時間はかかったが、思考の整理と心が落ち着きを取り戻し、余裕のある笑みを返せるようになった。
テオ「約束したっすからね」
シーフィはこくんと頷くと、簡単に状況を説明してくれた。
城内に魔物が押し寄せ、自分以外の人間を皆殺しにしていった。
母親譲りの魔力を行使して応戦を試みたが、この部屋まで追い詰められた。
すると緑色の肌をした人の言葉を話す魔物がやってきて、大人しくしていれば命は取らないと言われたため、従っておいて反撃の機を窺っていた、と。
テオ「俺が見た限り、王女様以外に生きてる人は居なかったっす。多分、そろそろ俺がここまで来たことを察した奴らが…」
来る頃だと言おうとした時、窓ガラスを突き破って侵入した蔦がシーフィに絡みついて彼女を外へと攫っていった。
慌てて手を伸ばしても、指先が掠めるだけで届きはしなかった。
テオ「くそっ…!」
追いかけるように窓から飛び降りると、捕らえたシーフィを中空に漂わせているシルヴェーラがいて、辺りは無数の食屍鬼に囲まれていた。
シルヴェーラ「この状況なら私の話を聞きますね?」
聞かなければこの娘を縊り殺すと、雰囲気が語っている。
テオは無言の肯定を返しながら思考を最速で回す。
どうしたら彼女を救うことができるのか。
シルヴェーラ「今ここで貴方が死ねば、彼女は解放しましょう。もちろん、考える時間も差し上げます」
誘拐犯が人質をとって金を寄越せと言うような、単純な交渉を持ちかけられる。
お前が死ねば、彼女は助けてやる。
シルヴェーラの言葉が頭の中を反芻している。
滅んでしまったアルゼトはもう救えない。
でもせめて彼女だけ、彼女だけは助けたい。
守ると約束したから、彼女だけでも、せめて。
そう思うと心が揺れて、まるで酒に酔ったかのように視界も歪んでいく。
魔族は律儀に彼が答えを出すまで待ってくれている。
そんな時、頭の中に誰かの声が響いた。
「死んだら守ることはできません」
テオはふっと笑って愚考を消し去った。
シルヴェーラ「答えは決まりましたか?」
テオ「ああ、決まった」
彼は曲刀を鞘に仕舞い込んで、そのまま腰ベルトを外し、空高くに放り投げた。
テオ「これが答えだ」
シーフィ「なっ…!」
瞠目するシーフィと、満足げに笑うシルヴェーラ。
食屍鬼達がテオに襲いかかる。
腕を切り裂き、足を引きちぎり、腹を抉って臓物を喰らわんと。
だがこれは、諦めではない。
生きるための行為だ。
刹那、テオは高く跳躍して落下してくる腰ベルトから曲刀だけを引き抜き、そのままシーフィを拘束する蔦を切り裂いて、武器を放り投げて彼女を抱き止める。
その一連の流れが速すぎて、シルヴェーラの対応が遅れる。
着地点はシルヴェーラの背後に聳えていた樹の元。
テオ「これからめっちゃ走るんで、舌噛まないように口閉じててくださいっす」
胸元から魔道具を取り出して樹の根元に放り、力の限りの最速でその場を離れる。
シルヴェーラ「このクソ野郎!!取り逃すな!追え!!……!」
ヒステリックな声をあげて魔物達に命じるが、直後に違和感を感じて息を呑む。
螺旋の樹花、自分の本体と呼べるその根元に収束する魔力はなんだ。
周囲の空気に満ちる魔力を急速に全て吸い上げるような集まり方。
ただの爆裂魔術の構成じゃない。
何層にも重ねられた圧縮と暴発の魔術式、自分達魔族でさえ数十名の犠牲を払うような大掛かりな魔術式が形成されている。
きっと、周囲に魔力があればあるだけ威力を発揮するような代物。
早く逃げなければ、そう思った時にはもう遅かった。
音さえ置き去りにした白一色の世界が自分を包み込んだかと思えば、体が融解するような感覚に襲われる。
自分の命も、魔族としての誇りも、植祖としての威厳も、何もかもが砕けていくことに憤りを隠せない。
シルヴェーラ「ざけんな!ざけんな!!たかが人間に、たったひとりの人間如きに私が…!!」
その叫びは、人間にも、周囲にいた魔族にすら聞き届けられることはなかった。
魔道具が発動するまでに、爆発の範囲外へ抜け出すことに成功したテオはまた地獄を見ることになる。
戦っていたアルゼトの兵士や、騎士団の全てが帝国領側に陣を構えていたのだ。
その列には、先刻言葉を交わした将軍や、顔見知りの騎士、そして、先先代の第四騎士団長で自分の面倒を見てくれたケインの姿も見えた。
テオ(戦線は壊滅して…みんな屍人になったってことかよ…今すぐこっちに来ることはなさそうだな…)
この光景は流石にシーフィには見せられないので、背を向けて走ることにする。
一先ず、身を隠さないといけない。
凄まじい爆発音を聴きながら、ケレテス山脈を目指した。
アルゼトの兵士達には申し訳ないが、もしかしたら国ごと吹っ飛ばしてやったことが救いになったかもしれないと言い聞かせながら。
山の麓から少し入ったところに辿り着く頃には、陽はすっかり落ちていて、星が木々の合間を縫って僅かばかりの明かりを届けるような時間になった。
この暗闇なら少し休んでも問題ないと考えたテオは立ち止まり、抱き抱えていたシーフィを降ろす。
身体強化の魔術を使用していたとはいえ何時間も走り詰めだったため、息があがってまともに喋ることが出来ない。
シーフィはそんな彼を見守りながら灯りを灯そうとするが、それを察知したテオは首を横に振って止めた。
彼は自分の上着を脱いで地面に広げると、シーフィにそこに座るよう身振り手振りで促し、自分は適当な木を背もたれにして座る。
魔術で手に水を出して少しずつ飲みながら、十数分くらい息を整えて、やっと話せるようになった。
テオ「申し訳ないんすが、一晩ここで過ごしてから帰国でいいっすか…王女様に野宿なんて本当はさせたくないんすけど…」
シーフィ「気にしないで。私は戦場のことはよく分からないから、貴方に全て任せるわ」
テオ「ありがたいっす」
へへ、と笑って軽く頭を下げる。
シーフィ「それより、私とても怖かったのよ?貴方が魔族に殺されるんじゃないかって!」
むっとしているシーフィに、テオはすんません、と今度は深く頭を下げた。
テオ「あれしか思いつかなかったんすよ。生き残るためには、欺く必要があったんす」
シーフィ「まあもういいけど、二度とあんな無茶な真似はしないでよね?」
テオ「うす。二度としません」
そんなやり取りの後、数分間の沈黙が流れる。
空を彩る星々の音が聞こえそうなくらいに静かだ。まるで、先程までの喧騒が嘘か幻だったかのように感じる。
シーフィ「ね、寒いからちょっとそっちに寄ってもいい?」
テオ「いっすよ」
シーフィは立ち上がると、地面に広げられていたテオの上着を持ってぱさぱさと振り、土埃を落とすと自分の肩にかけて彼の隣に座った。
テオ「お召し物が汚れるっすよ」
シーフィ「もう血で汚れてるから関係ないわ」
皮肉に聞こえるが、まあ確かにそうだ。
彼女の衣服はアルゼトの王城で死んでいった者達の血で濡れている。
気丈に振る舞っているが、どれだけの恐怖を味わったのかは、彼女の体が小さく震えていることから察しがつく。
テオはシーフィの肩に手を置いて、そっと自分に引き寄せた。
テオ「無礼かもしれないっすけど、こうさせてください。怖かったっすよね?助けに行くの遅くなって、本当すんません。もう大丈夫ですからね。俺がきちんとお守りするっすから」
シーフィ「…………」
本当は泣き出したいくらいに怖かった。
目の前で頭や四肢のどこかしらが破裂して植物の魔物になっていく者や、自分を守るために盾になって死んだ兵士、侍女達。
魔術を駆使しても敵わない存在に囲まれて、脅されて。
そんな自分を気遣ってくれる騎士に、無礼などと言うものか。むしろ嬉しい。約束を守って、ちゃんと助けに来てくれただけで、それだけで心が少しだけ温かくなる。
シーフィ「いいの、ありがとう。このまま眠っても良い?」
少しでも温もりに触れていたいから。
テオ「もちろん、いいっすよ」
そうして静けさと温もりに包まれた状態でシーフィはすうすうと寝息をたてる。
自分は眠るわけにはいかないから、じっと空を眺めていた。
少しずつ、少しずつずれていく星が、月が、時の経過を僅かずつ伝えてくれる。
ケレテス山脈を突っ切れば、もうサフラニア王国領土内だ。
テオ(それまでは、ちゃんとお守りしますっすよ…)
シーフィの肩を寄せる手に少しだけ、本当に少しだけ力が入る。
こんな時間を過ごせるのは、きっとこれが最後だから。
そうだ、この距離なら魔術でルーヴェリアに声を届けることができる。
自分達第四騎士団は壊滅、アルゼト小国も魔族の手により滅ぼされたが、植祖を討伐。第一王女の奪還も成功。現在はケレテス山脈にて身を潜めており、翌朝山越えをして帰還する。尚、帝国領前に大量の屍人の群れが陣を構えていたため、進軍の恐れあり、警戒されたし、と報告した。
ルーヴェリアから分かったと返事が来たので、現状報告も無事完了だ。
翌朝、陽が昇るのと同時に2人はケレテス山脈を登り、数時間ほどかけて下山する。
テオはともかく、シーフィは登山などしないので少し時間がかかるのだ。
その間の襲撃などは特になく、無事にサフラニアへと帰国することができた。
門兵が2人の姿を見て歓喜の表情をした。
先を歩いていたシーフィに声をかける。
門兵「シーフィ様!よくぞご無事で…!」
彼女がただいま、と言おうとした時、後ろの方でドサリという重たい音が聞こえた。
何か落としただろうか?
振り返るとそこには、全身から血を吹き出して倒れているテオの姿があった。
シーフィ「ぁ……え……?」
思考が追いつかない。でも体は反射的に彼の元へと駆け寄る。
もう息をしていない。
何故?先程まで冗談を言ったりして話していたじゃない。
どうして?何が起きてるの?ねえ。
門兵が慌てて救護兵を呼びにいく。
シーフィ「なん…なんで、死んでるの、ねえ、起きなさいよ!ねえ!ねえってば!起きて!目を覚まして!なんで!そんな冗談やめてよ!」
何を言っても彼の体はぴくりとも動かない。
シーフィ「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!許さない!死ぬなんて許さない!」
どれだけ叫んでも、治癒の魔術を施しても、彼は動かない。
死んでいる。
シーフィ「や、だ。や……だ……!ああああああああああああああ!!!」
彼の体は、シーフィを抱えてケレテス山脈に入ったところで限界を突破していた。
身体強化は自分の限界を超えて超人的な力を得られるが、体への負荷はそのままなのだ。
よって、走り続けた彼の心臓は限界を迎えて破裂していた。
本当はアルゼト小国を爆発させた時の衝撃も防ぎきれておらず、他の内臓や骨にも傷を負っていた。
だが、彼はシーフィに余計な心配をかけないよう、ほぼ執念でまだ生きていられるフリをしていた。
壊れてしまった体の部分部分に身体強化の魔術をかけて、なんとか流血だけ防いで、悲鳴をあげる体を無視して、表面だけ明るく振る舞って。
そして門兵が彼女の姿を捉えた時、彼女を無事に送り届けるという義務を果たした体は力を失ったのである。
駆けつけた救護兵が泣き叫ぶシーフィをテオから離すのには大変に苦労した。
すでに息を引き取っていたため、速やかに葬送が行われる。
誰にも見届けられない魔術棟で葬られる。
そんな悲しい終わり方があるかと、シーフィは無理を言って喪服に身を包み、魔術棟の魔導士達と共に業火の魔術を唱え、その手で彼の体を燃やし、その魂が安息であるよう祈る。
そして彼の遺品として、山脈で野宿した時に借りていた上着を抱き締めて自室のベッドに倒れ込み、静かに涙を流すのだった。
【おまけ】ある日の騎士団
テオが…テオが死んでしまった。
どうして死んでしまったのか、私にはわからない。
だって、怪我をした様子も素振りもなかったし、襲撃も特になくて、直前で冗談言い合って笑いながら話してたのよ。
それなのに、あんな。
本当に、色んなところから血が噴き出してたの。
最期の姿と、いつもみたいに笑っていた姿が同時に頭の中に浮かんできて離れない。
もしあれが、あの晩が最後だと知っていたなら、私に何ができたのかしら。
この想いを伝えることが出来たのかしら。
炎に巻かれながら、命懸けで私を助けてくれた勇敢な人。
私の心は、あの時からずっと貴方のものだったのよ。
でも、立場の差から諦めてた恋心。
ねえ、あの晩が最後だと教えてくれたら、私はきっとこの想いを貴方に伝えていたわ。
どうして教えてくれなかったの?
貴方と過ごした日々が、思い出がたくさん溢れて、その度に涙が流れるわ。
このままじゃいけないと分かっているのだけれど。
そう思えば思うほど、貴方を思い出してしまう。
ねえ、テオ。
私の想いは、貴方を愛する気持ちは、貴方にちゃんと届いているかしら。




