滅亡の侵略
予想だにしていなかった小国の唐突な滅亡に、北西諸国は取り急ぎ失われた魔族の知識を得なければならなくなった。
サフラニアより派遣されたのは第一王子ヴィリディスとその護衛騎士であるケイン。
テフヌト族とも再度同盟を結び、魔族に挑まんとする。
戦場から帰国した翌日、テフヌト族と同盟を結び、族長を連れて第一王子のヴィリディスが帰城した。
テフヌト族はサフラニアの南東にその領地をもつ部族だ。自然の恵みも、災害も、全て精霊からの贈り物として尊ぶ。自然を愛し、自然と共に歩む彼らは、魔族にその全てが侵されるのを是としなかった。
かつては魔族との交戦で同盟を結んでいたこともあり、再同盟の話はスムーズに進んだ。
また、文化的に口伝にはなるが、自分達の持つ知識が何かしらの役に立てるかもしれないと、族長自ら来国してくれたらしい。
ルーヴェリアからの報告で、北西諸国も交えて魔族に対する知識の共有の場を作ることになった。
場所はアルゼト小国の西にあるメレンデス小国。
アルゼト小国同様、ゼーレース海沿いに位置する国で、サフラニア王国の現王妃の出身国でもある。
魔族に関して記述のある本は本来持ち出し厳禁の禁書だが、この際云々と言ってはいられないとルーヴェリアの言もあり、王国から多様な歴史書がメレンデス小国へと運ばれていった。
本と共に向かったのは、ヴィリディスとその護衛騎士のケイン、テフヌト族の長だ。
ルーヴェリア達も向かうべきではあったのだが、いつ魔族側が動くか分からないため、周辺を離れることが出来なかった。
彼らが出立し、静けさを取り戻した謁見の間で、国王はルーヴェリアに問うた。
国王「良いのか。あの本にはお前の名も刻まれている。……その身のことが知れたら」
折角彼女を認める者が出てきたのに、かつてのように化け物と蔑む者が現れるのではないかと案じているようだ。
ルーヴェリア「構いません。魔族の力は強大です。それは、一夜にして滅び去ったラシェクス小国が物語っています。もし、私を軽蔑し、諍いが起きたなら、この地はそれまでということです」
人間同士で争っている場合ではない時にそんなことが起きたら、確かにこの世の終わりだろう。
国王「もしそうなったら、お前は軽蔑する者としない者、どちらの側に立つ?」
は。愚問だ。何故そんなことを問うのだろう。
此奴は愚王なのか、自分がどれだけの時間をこの国で過ごしたと思っているのか。
思考回路がどうなっているのか確かめてみたいものだ。
と、少し頭に血が昇りかけたが、一呼吸おいて落ち着かせる。
ルーヴェリア「どちらがどちらだろうと関係ありません。私はこの国の騎士です。初代国王に騎士の称号を賜ってから、この命が尽きるまで。私はこの国の騎士として生きる所存です」
国王は安堵したように息を吐く。
彼女の偉大さを知るからこそ、心の片隅にあった、もし彼女が敵に回ってしまったらという不安から出てしまった問いだった。
国王「すまない、お前を愚弄してしまったな」
ルーヴェリア「謝罪は必要ありません。恐らく、誰もが一度は考えることでしょうから」
そう言って、彼女は謁見の間を出ていく。
国王はその背中をただ黙って見ていることしか出来なかった。
ルーヴェリアは自室に向かっていく。
魔術棟からの報告書や、各地の状況を宰相に纏めてもらったものを読まなくてはならない。
その時、いつもより軽装のシエラとすれ違った。
アドニス専属の侍女だが、今は侍女というより…戦場に立つ看護兵と同じような装いをしている。
シエラ「ルーヴェリア様、お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げる彼女に、ルーヴェリアも挨拶を返した。
ルーヴェリア「……戦場に立つのですか?」
シエラはこくん、と頷く。
シエラ「アドニス様が戦場に向かわれることが多くなった今、侍女としてお世話することが出来ませんから…私なりに、考えたんです」
自分に出来ることをしたい。
国や民を守るアドニスや、騎士達のために、何か役に立ちたいと思ったそうだ。
どうやらシエラは多少ではあるが治癒術を扱えるらしい。
それを活かせると考えてのことだと。
ルーヴェリア「…そうですか……死地へ向かう覚悟はあるということですね」
シエラ「はい。いつか、ルーヴェリア様は仰いましたね。死んでは何も守れないと。だから私は死なせない立場に立つと決めたのです」
そういうことなら、否定することは出来ない。
アドニスの立場から考えれば城にいてほしいのだろうが、シエラの覚悟や思いを否定することは彼にも出来ないだろう。
ルーヴェリア「分かりました。健闘を祈ります」
シエラ「はい!」
そうして二人はそれぞれの行き先へと向かっていく。
さて、自室に着いたルーヴェリアは机に積み上がった書簡を見て早速嫌な予感を覚えた。
この量、間違いなくウェス・トリステス全域で発生した事案だ。
一つずつ中身を見ていくと、嫌な予感は的中していた。
地方全域で、農作物の不作、家畜の不審死、天候の悪化が相次いでいる。
更に、犯罪に手を染める者も増えているようだ。
ルーヴェリア(日頃の鬱憤からか、或いは何かしらの魔族が関与しているか……植魔であればただの一般人の心を操ることなど造作もないはず…)
本格的に、魔族側が動き出していることは明白。
魔術棟からの報告書には、不自然に魔力が集結する箇所も散らばっており、過去の記録のように小さな魔獣が通れるほどのゲートは頻繁に開いているともあった。
地方全域に、警戒態勢を訴えなくてはならない。
ルーヴェリアは文書をしたため始めた。
だが、その文書に対して返事が返ってくることはなかった。
小国内の彼方此方で鳴り響く警鐘。
規律も何もあったものではない動きで逃げ惑う人々。
逃げろと叫ぶ声、こっちに来ないでと懇願する声、子供の泣き声、死にゆく者の最期の叫び、混沌を極めていたのは各国の主要人物が集まったメレンデス小国だ。
見えない何かに阻まれ、城壁の外に出ることが出来ず、門内に無数の死体が放られていく。
その刹那に何が起きたのか、理解できた人間はいなかっただろう。
街の真ん中で、人の姿をしていた者が突如として得体の知れない巨大な化け物になったのだから。
虹色の鱗を輝かせ、吐息で人々を凍てつかせ、或いは焼き尽くし、その爪で建造物を薙ぎ払う。その長い尾で、混乱に喚く下等生物を轢き殺していく。
救援を求める狼煙はひと呑みにかき消され、城壁から出ることも敵わない。
王城から何事かと出てみればこの大惨事だ、皆一様に慌てふためく。
けれど、サフラニア王国の第一王子とその護衛騎士だけは違った。
ヴィリディス「僕らがやらないといけないよね」
不敵に笑ってみせて、その腰に提げた剣を抜く。
ヴィリディス「ケイン、生き残ってる人たちに声をかけてなるべく王城に集めるんだ。城内の兵士達で防衛線を築いてほしい。僕が時間を稼ぐ。テフヌト族の族長と、それから城内に魔導士達が居るなら、この国を取り囲む結界を全力で破るようお願いして」
戦場に立ったことはなくても、今自分がしなくてはならないことは分かる。
的確に指示を出したつもりだ。
ケイン「おいおい、冗談だろ。少なくとも七将級はあるあれをお一人で相手するつもりかよ」
自分も戦う、と剣を抜こうとする護衛騎士をヴィリディスは止めた。
ヴィリディス「つべこべ言ってる暇はないよ。これは僕からの命令だ。僕はサフラニアの第一王子。同盟国であり母上の故郷でもあるこの国の危機に背を向けて逃げ隠れするような恥晒しにはなりたくない」
それに僕だってちゃんと戦えるんだから。
そう言って彼は化け物の元へと走っていってしまった。
ケイン「……拝命しましたよっと」
ケインはあっという間に見えなくなる主人に背を向け、言われた通り城内の兵士をかき集めた。それから街中を駆け回り、逃げ惑う人々に王城に向かうよう指示を出す。
その最中、東西の城壁内にゲートが開いた。
現れたのは魔獣達。
人狼、もしくはウェアウルフとでも呼べばいいのか、そんなものが無数に湧き出てくる。
ケイン「マジか」
長年護衛騎士をしていたが、流石に一人でこれらを相手するのは荷が重すぎる。
それに。
実は今、迷子の子供を抱えている。
逃げる間に人混みに揉まれて逸れてしまったようで、王城に戻るついでに連れていくつもりだった。
そんな自分の目の前で大勢の魔狼が獲物に目を光らせている。
ケイン「……やるっきゃねえ」
片手に子供を抱いて、片手で両手剣を抜いて。
ケイン「坊主、ちと怖い音が聞こえるかもしれんが気にするな。母ちゃんとこ着くまで目ぇ閉じてな」
魔狼の群れに背を向けて走り出す。
もちろん足で適う相手じゃない。
襲いくるものは剣で、足で、その辺に転がる樽さえも利用して蹴散らし、全力で走る。
ケイン(このままじゃこいつら引き連れて城に行く羽目になんのかぁ……ひよっこ兵士らでなんとかなるといいがなぁ……)
わだかまりを消すように剣を振っては、走る。
走って、走って、走り続けて。
心臓のが破裂しそうな勢いでその拍動の速度を上げていく。
体がもたないと自覚してもなお走り続ける。
この国の民を守れと、それが自分の仕える王子からの命令だから。
一方で、ヴィリディスはかの化け物と対峙していた。
ゲートが開いたことは気が付いておらず、魔狼達も此処には近寄らないため一騎打ちの状態だ。
奴の腕が振り下ろされ、それを受け止める度に地面がひび割れて足が食い込む。
なんて力だろう。
受け止めるだけで全身に走る痺れるような痛み、だが耐えている暇はない。
少しでも動くことを止めれば火炎が飛びかかり、氷雨が降り注ぐからだ。
正直、これを相手に数分保ってる自分に勲章を授けたい。
魔術で刃を形成し反撃はしてみたが、鱗が硬いのか全く通りもしない。
いや、むしろ霧散しているように見える。
魔術的な干渉を無効化する個体らしい。
ヴィリディス「この強さ、やっぱり七将だよね」
運が悪いなぁと思いながら、薙ぎ払われた尻尾を避けてそれに刃を振り下ろしてみるも、刃が通らない。
物理も魔術も効かないなら、どうしろというのだろう。
ヴィリディス(この強さ、間違いなく七将…祖龍セレシュバーンだ…)
己の不運を呪いながらなんとか打開策を思案する。
セレシュバーン「なんだ、反撃はもう終わりか?」
七将は見た目が人間じゃなくても喋るとあらかじめ聞いていたおかげか、話しかけられても思考は遮られなかった。
が、何も思いつかない。
ヴィリディス「飽きて帰ってくれると嬉しいな」
人間の言葉を操るなら、もしかしたら交渉の余地があるかもしれない。
一応、ダメ元で言ってみる。
セレシュバーン「我らが魔王様のご命令でな、国一つ消してこいと言われたから来た。よってお前に飽きたとしてもこの国を滅ぼすまでは帰らん」
まともな返事が返ってきたことには少々驚く。
ヴィリディス「じゃあ交渉の余地は無いね、残念だ!」
身体強化の魔術を施し、筋力を底上げして力の限りセレシュバーンの左手に無理矢理刃をねじ込み、爆裂させて引き千切る。
ドラゴンは核があるというが此奴の核が何処にあるかは分からない。
なら、全身を破壊する心算でいかなくては。
セレシュバーン「ほう?そういう真似は出来るのだな」
感心しているのかいないのか、心にも無さそうな言葉だが素直に受け取っておこう。
それを繰り返すこと、4箇所目。
尾が千切れたあたりでセレシュバーンは大きく息を吐いた。
溜め息、か。
というのも、ヴィリディスの動きが鈍っているのだ。明らかに疲弊している。
つまらない。やはり人間はつまらない存在だ。
そろそろ飽きた。さっさと帰るためにも焼き殺してしまおう。
セレシュバーンの瞳が妖しく輝くと、ヴィリディスの足元から火柱が上がった。
燃え盛る炎に包まれて、流石のヴィリディスも足を止め悶え苦しむ。
生きたまま焼かれる心地はどうだと問いたいが、恐らく返事は聞けないのでやめておいた。
あの人間はもう死ぬ。
そろそろ城の方へ向かおう。
と、背を向けた時。
背中に若干の痛みが走った。
まさか。
そう、ヴィリディスはその身を炎で焼かれながらも剣を手放さず、尚セレシュバーンに一太刀浴びせたのだ。
逆鱗の間に、確かに剣が刺さっている。
ヴィリディスは自分が持ちうる全ての魔力を剣を伝ってセレシュバーンへと流し込んだ。
僕の命は此処で尽きるだろう。
きっと、僕を育て、守ってくれたケインも。
母上の故郷であるこの国も消えてなくなるのだろう。
でも、少しくらい足掻いたっていいじゃないか。
たとえ無意味なことだったとしても、ここで何もしないまま死ぬよりは。
セレシュバーンの体内に流し込まれたヴィリディスの全ての魔力が暴走を起こし、爆発を起こす。
その先どうなったのか、命尽きたヴィリディスが知るはずもなかった。
そして、全身に傷を負いながらも子供を抱えて王城に辿り着いたケインも無論、彼の最期を知ることはなかった。
本当は引き返して彼の元へ向かいたかった。
けれど、彼の命令はこの国の民を守ること。
子供を親元へ送り届けた後、血の噴き出る体に鞭を打って、防衛線の最前線に立つ。
だが、結界は破ること敵わず、張られた防衛線は圧倒的な戦力差に呆気なく崩れ去った。
雪崩れ込む魔狼の群れに避難民達は屠られ、嬲られ。
騒動から数時間後には、メレンデス小国は地図から消え去ることとなったのだ。
それが知れ渡ったのは、この滅びから大分過ぎてからとなる。
【おまけ】ある日の騎士団
サフラニア王国南東に位置する熱帯の地は、ヤヤ・テフヌト族という部族が住んでいる。
かつて魔族の襲来があった折、一時的にサフラニアと同盟を結び共に戦った部族だ。
文化の違いから相容れない者同士とのことで同盟国ではなく交易相手として長年絆を育んできた。
サフラニア王国第一王子ヴィリディスが族長の元へと訪れた時、族長は何かを悟ったようにこう言った。
族長「闇が訪れる。月も星も輝きを失った暗黒がこの地を包み込む。そこに一筋の光が差すことはなく、この地はさながら冥府のそれと化すだろう」
だが、と族長は続けた。
族長「かつての我々がそうしたように、生き抜くために抗うことは不可能ではないだろう。お前達がここへ来た理由は分かる。精霊様が教えてくれるのだ、再び手を取り合い、共に戦うべきだと」
彼が、もしくは彼らに何が見えてるのかはわからない。
未来予知のような何かだろうか。
そのおかげか、とんとん拍子で再同盟の話は進んでいった。
そしてメレンデスに到着し、魔族について語られる最中に出てきた、ナギという少年の名前を聞いて何を思っただろう。
魔族の脅威に晒され、結界を破るために尽力するも届かず。
己の無力を嘆いた。
だが、彼が最期に見た光景は、一族のために力の限りを尽くしたかつての戦士の背中だった。
魔狼に臓物を貪られる音の合間に、微かに、よく頑張ったという声が聞こえた気がした。




