魔族との戦
サフラニア、ひいてはウェス・トリステス全体が平和に至るまでの凄惨な歴史を聞かされるのだった。
地理的に地図があった方が良いと思ったため、挿絵に地図を添付しているので、ご活用ください。
帝国より停戦交渉を受け、承諾した後は魔族の侵攻もなりを顰めた。
その間、王都にて設立した魔術棟で魔族が開いた大型のゲートについて研究が進められることとなる。
ゲートが開く前兆はあったのか、破壊方法はあるのか、未然に防ぐ方法は存在するのか、そういったことを調べていた。
同時に、地方に散らばった魔族の残党を狩るため、騎士団員らを5〜10名の小隊に分け、魔族の目撃情報を募り派遣を繰り返す。
時折、それなりに強力な魔物が現れることはあったが、本格的な侵攻等も特に無く、人々は若干の平穏を取り戻していた。
その状態は4年ほど続いた。
兵力の回復はまだ追いついていない状況ではあったものの、ゲートについては研究が進み様々なことが判明した。
前兆については天候の悪化や農作物の不作が7日間ほど続いていたこと、近郊では小型のゲートが開き、小さな魔族の出現が頻発していたことが明らかになった。
破壊方法についても、膨大な魔力は必要となるものの、魔術師十数名を集め、破壊力の高い魔術を浴びせることで壊すことができると分かった。ゲートが開き切る前に魔術師達を派遣し、開き切る前に破壊してしまえば、大規模な侵攻は防げると、その朗報を誰もが喜んでいた矢先。
ウェス・トリステス地方全域に黒雲が現れた。
それも、一瞬でだ。
そして大型のゲートが複数箇所で開いてしまった。
サフラニアを中心に、東はヤヤ・テフヌト族と呼ばれる部族の領地に、西はシュガル山の向こう側に、南はエレゾルテ山脈の向こうに位置するネーベル村近郊に、そして北はアールマグ帝国領手前のネポス山に。
他にも、ゼーレース海中央、北東のキクロス山にもゲートが開いたのだ。
人々は絶望した。
ゲートは何の予兆もなく開くことがあるのだと。
場所が多すぎて魔術師達の派遣も間に合わず、完全に開いたゲートからは魔族の大群が雪崩れ込んできた。
王国は騎士団を複数小隊から4つの中隊に分け、一般市民から志願兵を募り、王都の守備を固めることを余儀なくされた。
もちろん、同盟を結んだ北西諸国も自国の守衛に手一杯で援軍など派兵する余裕はない。
ひとまず、騎士団1つにつき一般兵を含め、2000ほどの軍にする。
これを四方のゲートへと派兵、テフヌト族長にも早馬を飛ばして同盟を結び、魔術師も送り込んで先ずは東側の安全を確保した。
北西諸国の奮闘もあったためか、西側にも援軍が送られ、ゲートの破壊に至らないまでも、戦線を前進させることに成功。
しかし、援軍を望めなかった南北の戦線は後退を繰り返し、サフラニア領の農耕地帯となっていたエストア、そしてデッドリストが滅ぼされる。
ゲートの破壊に成功した東側の騎士団は南側の騎士団に合流し何とか戦線を押し返し、こちらのゲートも破壊。
そのまま西側へ行軍しゲートを破壊した。
そして北側も敵に占拠されていた領地を取り返しはしたが、生き残ったのは第一騎士団長ルーヴェリアのみであった。
キクロス山のゲートについては、比較的小規模なものだったためか、周辺国であるラシェクス小国軍にて魔族を撃退、ゲートを破壊した。
サフラニアの西側に集結した国軍は、北西諸国の軍と合流し、ゼーレース海にて交戦を開始。
なんとか危機を脱することができたかと思われたが、ネーベル村近郊にて再度ゲートが出現。
テフヌト族領のア・ワ溶岩湖にもゲートが出現したが、これ以上どこでゲートが開くか不明なため、王都から派兵することはできず、また、海戦真っ只中にある軍を引き戻すわけにもいかずという状況だった。
帝国へも協力を仰いだが、そちら側にも魔族の出現があったとのことで拒否されてしまう。
王都は苦肉の策で兵を200名だけルーヴェリアに預け第一騎士団とし、両ゲートの破壊を命じた。あまりにも無茶苦茶な策ではあったが、第一騎士団はこれを見事成功させた。
魔族に占領される直前だったネーベル村を救い、周辺の安全を確保、ゲートを破壊した。
テフヌト族達と手を組み、溶岩湖のゲートの破壊に至る。
帰還した騎士団は王都の守備を命じられたが、第一騎士団長はこれを拒否。
預けられた200余名を王都に残し、単騎でゼーレース海戦の援護に向かう。
多くの犠牲者を出しはしたが、ついにゲートの破壊に成功。
黒雲も消え去り、再び一時の平穏が訪れることとなり、ひとまずの終戦となった。
この戦いは7年に及んだことから、歴史書には七年守衛戦争、略して七年戦と呼ばれることになる。
数々の功績と戦果を讃えられた第一騎士団長には名誉騎士の称号を授与する話があがったが、当人はこれを辞退した。
それからは、時折ゲートが開いて戦争が勃発するものの、複数箇所で開くことは無くなったために、僅かずつではあるが各国は国力を回復していくことになる。
稀に魔族の七将が現れ、激戦が繰り広げられることもあったが、騎士団がこれを撃退。
それを何度も繰り返すこと約17年の後、魔族側の兵力も減少したのか、魔族の王から直接停戦の申し出を受け、長年に渡る侵攻は終焉を迎えた。
クレスト「そして今に至るというわけだ」
言葉に表すことが難しいほど長く続いた戦争の歴史に、アドニスもテオも言葉が出なかった。
最初にゲートが開いてから数えると、魔族との戦いは30年以上続いていたことになる。
どれほどの犠牲者が出ただろう。
それほどに戦いが激化していたなら、食糧もまともに供給されず、飢餓に苦しみ、そのまま死んでしまった者もいたはずだ。
その歴史が、今再び繰り返されようとしていると思うと、背筋が凍りついて、心臓が早鐘を打つ。
ルーヴェリア「魔族の戦力は異常です。魔術棟と当時の私の見解から、魔族は戦力を整えてから侵攻してくると考えています。だから、休戦期間と闘争期間が繰り返されたのだと」
あの停戦から、もう何十年と経った今、もしかしたら、魔族側はあの時以上に力をつけているかもしれない。
いや、確実にそうだろう。
だとしたら、大軍を率いた七将達が一度にやってくる可能性も十分に有る。
ルーヴェリア「だからこそ、兵力の拡充が第一優先となるのです。私は1人でゲートを破壊できる魔力を持っています。もしその時が来たら、私は王命で王都の守護を命じられない限り、迷いなくゲートを破壊しに行くことでしょう。貴方達には、その間この国を、民を守っていただきたいのです」
ルーヴェリアの言葉に、2人は黙って頷いた。
出来るかどうかは分からない。
だがそこじゃない、やらねばならないのだ。
覚悟の瞳を向ける2人を前に、クレストはルーヴェリアに言った。
クレスト「師よ、もう一つ伝えることがございますぞ」
歴史について語っていた時とは違う穏やかな声に、ルーヴェリアはああそうだった、と軽く笑みを返す。
アドニスとテオ、2人をしかと見据えて彼女は言った。
ルーヴェリア「例え誰かを守る為であろうと、自ら死を選ぶことは絶対にしないでください」
2人は唖然とする。
アドニス「国のために死ぬことが騎士の勤めでは…?」
テオ「というか、その覚悟がないと戦えないんじゃねえの?」
ルーヴェリアはいいですか、よく聞いてくださいと、子どもに言い聞かせるようにゆっくりと話をする。
いつか、アドニスの侍女にも伝えた言葉だ。
ルーヴェリア「死んだら人はどうなりますか?体は動きません。意識は残りません。全てが終わります。さあ、どうやって誰かを、何かを守りますか?」
そこでクレストも言葉を付け足した。
クレスト「我々騎士団が守るべきは王国であり、国を支える民達だ。戦場で死ねばそれは名誉の死として讃えられるだろう。だが、その先には何もない。死んだ者にそこから先の未来は無いのだ。だから、死ぬことよりも足掻くことを選べと、師はそう仰っているのですぞ」
ああ、確かにそうだ。
王都には戦争を理由に散っていった者達の慰霊碑がある。
時々祈りを捧げる者の姿を見ることはあるが、英霊達はその姿を見ることが叶わない。
平和を取り戻したその先を、或いは別の結末であっても、それを見届けることはない。
自分には何も、何も残らないのだ、死んでしまっては。
それではあまりに報われないと言いたいのだろう。
その先に、今までのような平穏な時間が流れていたとしても、賛美されたとしても、それが当人に届くことはないから。
ルーヴェリアとクレストの言葉を理解し、噛み締め、心に刻んで、先に発声したのはアドニスだった。
アドニス「…わかりました。何が何でも、どんな状況でも生き残ることを最優先に考え行動するようにします」
テオもそれに続く。
テオ「俺もそうするっす。自分だけじゃなく、周りも一緒に生きられるにはどうするべきか考えるっす」
きっとそれが、騎士団長としての責任なのだと。
クレスト「よろしい。では、もう時間も良い頃合いですしな。明日からの鍛錬に備えて今日は解散としましょう」
ルーヴェリア「そうですね」
と、その前に。
テオ「あのー、聞いちゃいけないかと思って黙ってたんすけど、やっぱ聞いていいっすか…?」
恐る恐るルーヴェリアに声をかける。
ルーヴェリア「何でしょう?」
テオ「なんで、名誉騎士の称号授与を辞退したんすか?」
ルーヴェリアは少しだけ、長く側にいたクレストしか分からないほどに少しだけ寂しそうな顔をして答える。
ルーヴェリア「私が怪物だからです」
彼女はその当時のことを出来るだけ簡潔に説明した。
私が不老不死の呪いをかけられたのは、先ほど講義にあった七年戦の際です。
当時の私は自分はもう人間ではなくなったのだと思い込み、不老不死の呪いを利用してでも魔族を滅ぼすと心に誓って、多くの戦場を駆け抜けました。
誰よりも最前線に立ち続けた。
それでも、帰って来れたのは私だけだったんです。
いつも1人だけで生き残って。
どんな深傷を負っていても死なない私を見たネーベル村の住民が、私を怪物と呼ぶようになりました。
やがて、私を英雄と讃えてくれた兵士達すら軽蔑をし始めたのです。
七年戦後、当時の国王は私を認めてくれましたが、国王以外は誰一人として私を認めず、反対したのです。
魔族側の者ではないかと言い出す方も居たと思います。
だから、私の方から辞退しました。
それだけの話です。
その話を聞いたテオはむっとした表情をする。
アドニスも同じだ。
テオ「なんすかそれ。当時の人間は頭にウジでも湧いてたんすかね?馬鹿馬鹿しいにも程があるっすよ」
アドニスもうんうんと頷いている。
テオ「でも、もう大丈夫っすよ。おっs…クレスト様は多分味方だったかもっすけど、俺も殿下もルーヴェリア様の事情知りましたし、もう一人で抱え込まなくていいんすよ」
アドニス「そうですよ師匠。確かにまだ師匠のこと怖がって近づかない兵士もいますが、昔と違って今は少数に思えます。安心してください。誰も師匠のことを怪物だの化け物だの言わなくなりますし、そんな奴がいたら僕が張っ倒しますから」
だから、辛かった思い出も、1人で背負い込んだ傷も、痛みも、この4人だけにはなるけれど分かち合って、助け合っていこうと。
2人はそう答えた。
ルーヴェリアはありがとうございますと、静かに頷いたのだった。
アドニスの日記 12
歴史の話が終わった後、僕が言いたくても言えなかったことをテオが言ってくれた。
師匠も何だか少し嬉しそうで、良かったよ。
師匠はたまにすごく辛そうな顔をしていて、でもどうしてか聞いてもはぐらかされていた。
今度からはきっと話してくれるはずだから、沢山話を聞いて、それで…
日記はここで途絶えている。




