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闇との邂逅

禁書保管庫に入ったアドニスは、国が秘匿していたルーヴェリアの過去を知った。

彼女との婚姻は両親から猛反対された理由が明らかになり、彼はとある決心をする。

一方で、ルーヴェリアは帝国兵と戦っていた部隊が寄越した斥候から嫌な報告を聞かされ現地へと赴いた。

禁書保管庫を後にし、居た堪れない気持ちを抱えていたアドニスは、夕食もろくに喉が通らなかった。

もちろん、残すことは食材にも料理人にも失礼にあたるため完食はしたが、いつも以上に時間がかかってしまった。

顔色も良くないのか、両親もかなり心配している。

国王「どうした、何か嫌なことでもあったのか?」

アドニス「いえ……」

王妃「何か悩んでいることがあるなら、聞いてあげますよ。必要なら人払いもしましょう」

優しい声がけに心が揺れる。

本当は話してしまいたい。

あんな秘密を知って、平気なふりをする方が難しい。

だが、見張り兵との約束もあるし、禁書保管庫に忍び込んだことを知られるわけにもいかないし、何よりルーヴェリアがなんて思うかがわからない。

アドニス「大丈夫、です……ほら、ここ最近帝国とのいざこざがあるでしょう?そのことについて考えていたのです」

国王「ああ…そうだね。先日は初陣もあって心の整理も追いついていないのだろう。国務は宰相達に任せることもできるから、無理せず休んでも構わないのだぞ」

国王の言葉に、王妃もうんうんと頷いている。

アドニス「ありがとうございます。でも、この状況下においてそれは、王族として許されないと…」

そこまで言いかけて、アドニスは口を噤んだ。

ルーヴェリアの言葉が蘇ったのだ。

『休むことも、勤めです』

一番休息の仕方が下手なくせに、そんなことを言っていたな。

アドニス「いえ、休むことも大切ですよね…考えておきます」

国王「うむ」

アドニスは、今日はもう休むと言って食堂から出ていった。

いつも通りシエラに着替えを持ってきてもらい、寝間着に着替え、日記を書いてからベッドに横になる。

明後日にはルーヴェリアが偵察から帰ってくるため、その日の午後からは訓練も再開することだろう。

どんな顔をして、どんな風に接すればいいのか。

出来ることなら、そばに居て、支えてあげる立場になりたい…。

しかし婚約の話は両親にこれでもかというほど反対されてしまった。

アドニス(そういえば前に、クレスト騎士団長から、団長の座に立ってみないか言われてたかっけ……団長になったら、師匠と肩を並べることができる……そうしたら……きっと…役に…)

そう考えているうちに、アドニスの意識は暗闇の中へと吸い込まれていった。


翌朝、急いで着替えを行い国王に謁見を願う。

この日は魔術棟に赴いているので、王妃はおらず、国王と二人きりだ。

国王「話したいこととはなんだね?」

アドニス「父上に、いえ、国王陛下。どうか僕を、サフラニアの騎士団長の地位に就かせてください」

国王は訝しげな顔をした。それもそうだ。

先日戦いに赴き、心に傷を負って帰ってきたばかりの少年が言う言葉ではない。

国王「何故、そうしたいと願うのだ」

アドニスは堂々と、真っ直ぐに国王を見つめて理由を説明する。

先日、第二騎士団長のクレストから、騎士団拡大のため人員不足であると聞かされ勧誘を受けたこと。

初陣で思うところは様々あったが、結局戦争というものがなくならない限り、この国の平和を守ることはできないと考えに至ったこと。

自分には王位継承権がないため、就任しても問題ないこと。

ルーヴェリアの訓練を受けており一般兵よりも優れた武力を持っているため、反感を買うこともないだろう、ということを。

国王からすれば願ったり叶ったりの申し出ではある。理由は全てアドニスが考え、説明してくれた通りだ。

頭を悩ませるものが一つなくなることで国王としても楽になる。

国王「お前が本当にそれで良いのなら、良いだろう。だが、帝国間の戦争があるせいで大きな就任祝いを開くことはできない。簡単な授与式になるだろうが、構わないかね?」

アドニス「はい、問題ございません」

力強く頷くと、話はどんどん進んでゆき、授与式はルーヴェリア帰還後に行われることとなった。

彼女の帰還は明日で、午後には訓練があるため、早ければ明後日、ないし明明後日だろう。

国王「話はそれだけかね?」

アドニス「もう一つ…これはご相談なのですが……誰かが心に深すぎる傷を負った場合、それを癒してあげるためには何をしたら良いのでしょう」

国王はふっと笑う。そこまでルーヴェリアに心酔していたとは思っていなかった。

だが、国王である彼は知っている。

ルーヴェリアが今までどのように生きてきたのかを。

その凄惨な過去を一部ではあるが知っている。

あれは生半可な傷ではなく、すでに染みついていて、剥がれることも消えることもないものだ。

国王「ああ、難しい質問だ。私にも正解はわからない。だが、そばに居て支えてあげれば、少しは心を預けてくれるようになるかもしれぬな」

アドニスはそうですよね、と頷き、国王に謁見の礼を言って玉座の間を出ていった。


その頃、行軍中のルーヴェリアは斥候からとんでもない事実を聞かされることとなった。

今し方、帝国兵を殲滅してきたばかりだというのに、援軍が到着したのか凄まじい勢いでこちらを追いかけてきているとのこと。

ルーヴェリア「数は?」

斥候「恐らく、500〜1000と思われます」

こちらの兵力は1500、丁度釣り合う。

だが、後続部隊にも1000程度動かしていたはずだ。

ルーヴェリア「後続部隊の状況は?」

斥候「死傷者多数!それと…」

斥候が何やら言い淀んでいる。

ルーヴェリア「はやく聞かせなさい」

斥候「て、帝国軍の死体が突如として起き上がり、襲撃してきた、との…」

静かな水面を映したような瞳に、波紋が広がる。

まさか。

ルーヴェリア「私だけが戦場へ戻ります。皆は撤退を。国王陛下には、増援は不要と伝えて下さい」

斥候「し、しかし相手は…」

ルーヴェリア「増援は二次被害を招くだけです」

あの数に一人で挑むのか、と訴える斥候の視線を眼光で切り裂き、有無を言わさず馬を走らせた。

急がなければ、急がなければ。

あの地獄がまた繰り返される前に。

死体が暴れ回る、というのは、きっと敵国の兵士だけではなくこちらの兵士もそうなっている。

どちらも敵の操り人形にされているはずだ。

ルーヴェリアは途中で馬を乗り捨て、その馬に自分は問題ないと紙を貼り付けて先行して撤退中の隊の元へ走らせた。

ルーヴェリア「次元干渉…認識開始」

現在地と戦場の末端への空間を認識し、一気に駆け抜ける。

そうして辿り着いた先は。

ルーヴェリア「間に合わなかったか…」

帝国兵と自国兵の死体が蠢いていた。

ルーヴェリアが姿を現すと、新しい獲物を見つけたかのように爛々と輝く赤い瞳をこちらに向けてくる。

これは、死者に悪意を持った死霊の魂を取り憑かせ、操る胸糞悪い魔術の一つだ。

サフラニアの魔術棟から、ゲートが開いたという報告はない。

ならば考えうることはただ一つ。

ルーヴェリア「帝国がゲートを開き、魔族に唆されるかして乗っ取られた…か」

これでは帝国と呼ばれるあちらも、甚大な被害を受けているか、あるいは既に陥落しているだろう。

ルーヴェリアは剣を抜く。

ルーヴェリア「許さぬぞ魔族共…誇り高く散っていた国の英雄達を貶めるような真似をした事…後悔させてやる…!」

ルーヴェリアの剣に炎が迸る。

荒れ狂って手の付けられないほどに膨大した魔力が、周囲の全てを溶かしてしまうほどの熱を帯びた。

ルーヴェリア「…許せ、お前達の遺品を家族に届けてやれないことを…」

ルーヴェリアはそう呟くと、地を蹴り、数千は悠に越える死霊と化した兵士達の群れに突出していった。

ひと凪ぎごとに兵士達は焼かれていき、声にならない声で喚きながら、鎧一つと残さずに燃え尽きていく。

一人の兵士がルーヴェリアの背後を取り、袈裟に切りつけようとするも、それはルーヴェリアの蹴りによって塞がれた。

蹴飛ばされた兵士は同じく背後を狙った兵士数名にぶち当たり、地面を舐めることになる。

ルーヴェリアには隙がない。

一振り一振りが瞬きの間に振り抜かれ、纏った炎はまるで踊り子が舞うように彼方此方で火の手を上げていく。

この死霊達に感情など存在しない。

過去には、意思を持った死霊も居たには居たが、そのレベルの敵は今回居ないようだ。

十数分と経った頃には、数千と蠢いていた死霊兵は数百に、そして更に数分の時が経てば、ルーヴェリアの周囲に敵も敵の残骸も残っていなかった。

ルーヴェリア「…残存兵力0、増援は必要なかったか」

かつては同じ襲撃で数万の雑兵が死霊となってしまったため色々と危惧していたのだが、今回はそうではなかったらしい。

良かった。

だが、ルーヴェリアが剣を納めることはなかった。

死霊達が群れを成していた向こう側に、人のような姿をした何かが悠然と立っているのが見えたのだ。

この距離だが、直感があれは魔族だと認識させる。

魔族「腕は鈍っていなかったか」

その姿、声、覚えがある。

ルーヴェリア「貴様、亜祖ノクスか…!」

珍しく苛烈な怒りを露わにしたルーヴェリアが剣先を向けると、ノクスと呼ばれた男は両手をあげて今は戦う気がないと示してきた。

ノクス「今回はほんの小手調べだよ。あの時からどれくらい強くなったのかとか、知りたくてきただけさ。まあ感想は…そうだな、全員雑魚ってところ?君以外は」

ルーヴェリア「巫山戯るな、勇死した者達を玩具のように扱う貴様と語ることなど何もない!」

ルーヴェリアがそう言うと同時に、ノクスの上げられた両手とその背中に幾本かの魔術で構成されたナイフのようなものが突き刺さる。

もちろんこんなもので殺せるわけではないが、距離を詰める隙なら出来た、筈だ。

ノクス「痛い痛い、相変わらず痛いし聞く耳持たないし、本当君ってば強情というかなんというか…僕は一旦帰るから見逃してよ」

ルーヴェリア「馬鹿なことをほざくな!」

怒りに任せた、しかし獲物を逃すまいと首元をしかと狙って十字に切り裂くが、ノクスは空中に飛び上がってそれを回避すると、転移魔法を使って逃げ仰せていく。

その際に一言。

ノクス「人間なんかと戦ってるなんて、思わないことだね」

くくく、と喉の奥を鳴らすような笑い声を耳に残して、その姿も気配も消えていった。

ルーヴェリアは剣を一振りして纏っていた炎を血と共に振り払うように消すと、ようやく鞘に納める。

鎧の一部も、きっと心を保つために持っていた家族との思い出の品も、全て焼き切っていてここには何一つ残っていない。

戦前の静けさがルーヴェリアの頬を撫でていく。

憂うのも、嘆くのも、今ではないだろう。

ルーヴェリア「まともに弔うこともしてやれない私を憎んでくれ…」

ルーヴェリアはぽつりと言い残し、きた時と同じ魔術を使用して、先行で撤退させた部隊の近くへと移動した。

多用すると少し胸が痛くなるのだが、そもそも体への負担の大きい魔術であるからこれくらいは大したことないだろう。


先行部隊より少し遅れ、早めに王城に戻ってきたルーヴェリアは、謁見の間で躊躇うことなく言い放った。

ルーヴェリア「帝国方面より魔族の侵攻有り」

ざわめき出す周囲の者達を片手で制し、国王はルーヴェリアに尋ねた。

国王「本当に魔族の侵攻なのだな、帝国はどうなっている」

ルーヴェリア「はっ。帝国は既に魔族の手に堕ちているとその場に居た魔族より伺っております。その魔族を捕える事はできませんでした。申し訳ありません」

そこまで言うと、周りがまたざわめき出した。

化け物と呼ばれている分際で魔族一人捕えることすら出来ないとは、使えない。

長年第一騎士団長を務めていたというのに、敵を目前にして逃げ帰ってきたのか?と。

国王は、今度は咳払いをして周囲を黙らせる。

国王「こちらの損失は?」

ルーヴェリア「私が率いていた騎士団500名は総員撤退させた為、残存兵力は500。先行部隊の1000名は総員戦死しました。敵は帝国兵500の増援でしたが……」

ルーヴェリアはそこで一呼吸区切りを入れてから語り出す。

ルーヴェリア「魔族の使用する死霊変化の魔術により、すでに我が国の兵士が倒した敵も、戦死した兵士も魔族に操られ、総数は2500を超えていたと思われます」

国王はそうか、と暫し考えた後、ある疑問が浮かんだらしく、更にルーヴェリアに問いかける。

国王「その死霊兵士達はどうなった」

ルーヴェリア「私が一人と残さず全滅させました」

国王は目を見張った。禁書の内容は知っていて、過去の戦いで多くの戦果をあげ今に至っているということは理解していたが、数千に上る敵兵をたった一人で殲滅してしまうとは。

周囲の人間も、驚きのあまり言葉が出てこないらしい。

ルーヴェリア「死霊は少しでも遺体の一部が残っていればそこから再生する特性を持つ魔物です。故に、鎧すら残すこともなく滅してしまいました。彼らのご家族には、私が直々に頭を下げて参ります」

国王はいや、と首を振った。

国王「これから戦いは激化する。死者が出るたびにそのようなことをしていては、身が持たないだろうし時間も勿体無い。彼らには申し訳ないが、私から弔いの花を贈ることにする」

ルーヴェリア「……そうですか」

わかりました、とルーヴェリアが言ったところで、話は一区切りついた。

そして次は国王の方から話を切り出す。

国王「騎士団長、ルーヴェリア・シュヴィ・ヴィルヘルム、クレスト・アインセル、テオ・アルストルフ、前へ」

3名は呼ばれるがまま国王の前に跪いた。

国王「これより、魔族との戦闘が激化することを見込み、大規模な兵力の拡大を行うこととする。そこで、我が息子である第二王子アドニスを騎士団長の座に就かせることにした」

アドニスは、これまでの会話を理解するのに一苦労だったが、ひとまず心を入れ替えて彼ら3名の前に立つ。

国王「これからは、第一騎士団長にアドニスを、第二騎士団長にルーヴェリア、第三騎士団長にクレスト、そして第四騎士団長にテオを任命する。この国を、民を守ってくれ」

4人は国王の前に跪き、その命を拝する。

国王「それから、アドニス、テオ、お前達二人は魔族がどんなものかよく分からないことが多いだろう。禁書保管庫への入室を許可するので、他二人から享受しつつ、しっかりと学ぶように」

アドニス「は、はい!」

テオ「承知しました」

国王「以上である」

この言葉に、宰相も、その他集まっていた各領主達やその名代、騎士団長達もその場を後にしていった。

人の少なくなった部屋はとても寂しいものだが、隣に妻がいてくれることが幸いした。

王妃「あなた、怖いのね。手が震えているわ」

そっと国王の手に自分の手を重ねながら言うと、彼はこくりと頷いた。

国王「怖いさ。伝記や禁書に描かれていたあの時代から、遥かに年月が経っているとはいえ…この国は平和に慣れてしまった……だから、負けてしまうかもしれないとさえ思っている」

王妃は首を横に振った。

王妃「貴方がそんなことでは本当に国が傾いてしまうわ。怖くても、毅然と振る舞って。その姿を見るだけで、この国は大丈夫だと民は思うことが出来るの。大丈夫、辛いことがあれば私が一緒に背負いますから」

国王はありがとうと小さく呟いて俯いたのだった。

【おまけ】アドニスの日記


色々と考えたら、師匠とこの国のためにできることがあった。それは戦場に立つこと。

師匠の隣で肩を並べて戦うには、騎士団長の座を与えられたうえで、もっともっと強くなって同じ戦場に立つことだ。

父上も、正式に禁書保管庫への立ち入りを許可してくれたし、これでようやく長い時間魔族についての勉強ができる。

でもきっと、その記憶を思い出すたびに師匠は苦しく痛い記憶を思い出すことになるだろう。

あの時見た夢で、また救えなかったと嘆いていた姿が思い浮かんでくる。

もうあんな思いはさせたくないのに。

でも今日、敵兵もうちの兵士もみんなみんな殺すことになってしまったんだっけ…

ああ、師匠がまた心に傷を負ってしまった。

どうしたらいいんだろう。

寄り添うって、きっと触れることではないと思うんだ。

だから、本当に、どうしたらいいか分からないんだ…。


そういえば、帝国は魔族の信仰によって陥落したんだよね…?

ゲートを開いたのは魔族側だったのかな、それとも、帝国がわざと…?

もし、この国に同じことを考える間者がいたらどうしよう…

取り締まり、強くした方が良さそうかな…

明日、師匠にも相談してみようかな。

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