ベランダはふしぎな世界の入り口
冬の童話祭2025、第六回 小説家になろうラジオ大賞 参加作品になります。
おばあちゃんが死んで、ぼくは今、おかあさんといっしょに小さなアパートでくらしている。
おかあさんは仕事でいそがしい。
だからぼくはいつも、アパートの部屋でひとりきりなんだ。
「仕事しないとごはんが食べられなくなるでしょ」
おかあさんにこわい顔でそう言われたから、ぼくはさびしくてもがまんしている。ごはんが食べられないのはこまるから。
だからその日も、ぼくはひとりだった。
ずいぶん暗くなってきたのに、おかあさんはもどらない。
おなかがクウクウ鳴っている。
お外へはぜったい出てはダメ!
なんどもそう言い聞かされてきたぼくは、玄関へは近付かない。でも、せめて外のようすは見たくて、ベランダへ出られるサッシを開けた。
つめたい風が切りつけるようにぶつかってくる。
顔をしかめながらぼくは、とおくの空を見る。
暗い空には銀の星がまたたいていた。
「……おばあちゃん」
答える声はない。
なんだかとてつもなくさびしくなって、ぼくは、ベランダのすみにしゃがみこみ、ひざに顔をうずめて泣いた。
どのくらい経ったのだろう?
泣きつかれ、ひざに顔を乗せたままぐったりしていたら
「おや、あんたはだれだい?」
と、聞きなれない声が頭の上から降ってきた。
びっくりして顔を上げると、裾の長い、黒くてストンとした服の、しらがをたらしたおばあさんが立っていた。
「ふん。どうやら【旅人】らしいね」
しわのある顔をしかめ、あきらめたようにその人は言うと、
「ついといで。スープくらい飲ませてやる」
と、ぶっきらぼうに言った。
「おお、おばあさん!」
ぼくは立ち上がって叫ぶ。
「ここ、ベランダじゃないの?」
「ああ。ヴェランダの森だ」
森、という言葉にぼくはあたりを見回す。
暗いのは夜だからではなく、深い森の中だからと知る。
何もかもがわからなくて、胸がどきどきした。
思わず大きく息をすいこむと、しめった苔のにおいがした。
「時々いるんだよ、あんたみたいな子」
おばあさんは苦く笑う。
「なんかの加減でコッチへ渡ってくる子がね。そういう子はみんな使命持ちさ。ヴェランダの森の魔女のそばに来たってことは、あんたは魔法使いなんだろうよ」
アニメかゲームみたいなことを言うおばあさんを、ぼくは見つめる。
「あんたは入り口をくぐったのさ。多分、伝説の大魔法使いになる使命を持ってね」
彼女の笑みはどことなく、死んだおばあちゃんの笑みに似ている。
「おいで」
うなずき、一歩ふみ出した。
ぼくはもう、さびしくない。