序章
いつか、主人公になれると思っていた。
「ぎゃっぴぃぃぃい!?!?(ぎゃぁぁぁぁぁあ!?!?)」
俺は思っていた。
今の人生はクソゲーだ。
お先真っ暗の将来に望みなんてない。
来世には、アニメやゲーム…………いいや、流行している異世界転生してイケメンでモテモテになって、俺だけのハーレムを作る、と。
異世界転移はダメだ。そもそも俺はイケメンでもないし、特徴もない平凡。そんな顔が平凡はモテるわけがない。
…………は?
顔だけじゃない?重要なのは性格だぁ?
ふざけんな。
結局、人は顔だ。外見だ。
性格が良い方が決まってる?ダウト、男女共にモテる異性なんざ、性格は悪い方が惹かれるもの。性格が良い奴は搾取されるもの。利用されて使い潰され、捨てられるのが末路。
「ぎゃ、きゃぁぁ…………(いたいっ、ぐるじぃ…………)」
けれど、転生しても結局の末路は前世の様に同じなのは…………俺が、俺自身がどうしようもない糞やろうだったのだろう。これも、因果応報なのだろうか。
異世界転生、異世界転移。
…………あぁ、二度目の死で漸く理解できた。
いや、理解はしていたけれど、理解したくなかったんだ。
………羨ましかったんだ。
何も出来ない俺は、何でも解決出来て、強くて、あらゆる目上の存在に気に入られ、好かれるのが羨ましかったんだ。
神にも認められて、人気者になって…………そんな人生を、羨ましくて、だから。
異世界転生。
俺はそれになった。
そして人ではなくモンスターになり、たった転生数日で他のモンスターに補食されている。現在進行形で。
今世の俺は、スライムの様な球体モンスター。だが、生まれたてなのか………ただ単に弱いのか。俺は少しずつ少しずつ、小鳥の様なモンスターにじゅくじゅくと啄まれていた。
スライムかはわからないが、軟体で液体に近いモンスターは痛覚なんてないものだと甘く見ていた。実際は痛覚はある。その痛覚を遮断する方法もわからない。何せ、この世に産まれた弱きモンスターなのだから。
子供の頃に、テレビで記憶に残っていることがある。
『生きているだけ丸儲け』
『生きるとは素晴らしいこと』
『死ぬとは、逃げること』
幼少の頃なら、その無知で純粋さではその言葉を鵜呑みにするのは仕方がないこと。
だが、成長するにつれて、大人になるに連れて、その言葉が“単なる言葉”になることを理解する。
人は産まれた瞬間に、その命に価値が異なる。
国や民族、立場や序列。
それらは全て人が作り出したシステム。
本来、そのシステムを作り上げてきた偉人たちは平和の為、世の中の為、人の為に永い年月を、研鑽をしていたのだろう。
それが皮肉にも、そのシステムそのものが人を苦しめるものになるとも知らずに。
人のために作り出された道具が、人を殺す為の兵器になる様に。
善なる物事や行動は、結果的に悪に染まるのだ。
無論、その悪が善になる可能性もある。
例えば、今は人を殺すことを悪とする。日本なら老人を大切にするという文化がある。
それはきっと、素晴らしいことなのだろう。
けれど。
何時しかその人を殺すことを悪ではなく、善になる時代が来るかもしれない。何せ人が決めたことだからだ。
もし、この件を『あり得ない』や『そんなことが起こるはずがない』と反論するのであればその反論を受け入れよう。
しかし、そうせざるを得ない場合はどうだろうか。
人に“善”があるのは、余裕があるから。
人が“悪”になるのは、余裕が無いから。
しかし、“善”と“悪”。
それらは結局、人が生み出した“原初の差別”。
故に、その差別が今の人々に還ってくる日もそう遅くはない。
何せ人にとっての“善悪”は大自然の中で、その星にとっては“無”なのだから。
…………いや、“無”という表現は正しくはない。
“循環”だ。
人だけではなく、この星に生けるとし生ける生命と無機物は“循環”でしかない。死ねば、土塊となり草木の養分となり、その草木から葉や種、実を宿して生命の食料となる。
それが、世界の理。
それが、真実であり、本質。
…………いや、何賢者タイムになってんだ俺。
今現在進行形で喰われている。
が、こんな絶望的な状況でも救う神はいるらしい。
「珍しい“モノ”がいるな」
俺を喰っていた蛇を片手で掴む。しかも口を掴んで開かない様にするワイルドさ。今の俺は小さいとはいえ、バスケットボール位はある。それを辛うじて丸のみ出来ない程の口ではあるものの、三メートルはある………のだが。
「すまぬな食事中に。ほれ、さっき釣った“クラーケン”をやろう」
その人物から、背後に倒れた巨大なイカを指で指し示す。すると俺を喰っていた蛇はその言葉が分かるのか威嚇していたのを止めて意気揚々とそのイカを食らい付いていた。
「きゃ………きゃぴ(な、なんだ………この人は)」
「【オリジン】か、珍しい………が。なんだその魂は。人の魂…………つまり貴様は人間。転生者ということか」
「ぴぃっ!?(なっ!?)」
まさか、たった一瞬で俺をモンスターじゃなくて人間だと!そして転生者だと見抜かれた。
なんだ、何なんだコイツは…………!
「ぎゃぴ…………?(何者………?)」
「まずは貴様自ら何者かを訪ねるべきではないかね。地球人の転生者殿?」
「!」
転生者だけではなく、地球人だとも見抜かれた………全くもって意味が分からない。
なんだよ、これ。異世界系のラノベとかWeb小説で中々無い展開では…………。
しかし、目の前に君臨するはまさしけファンタジーの存在だ。
服装は黒いスーツに膝下まである軍服のコートに軍帽子。それだけならファンタジーではない。けれど、明らかに作り物でもない狐の耳と尻尾を生やしていればファンタジー。
しかも容姿は容姿端麗であり、長い金髪は綺麗であった。白銀と漆黒の瞳は美しくはあるものの、俺を射止めるにはあまりにも冷酷である。俺を転生者と、人として認識してはいるものの、無機物を見るかの様で…………。
あぁ糞。
イケメンで美人は、さぞかしモテるんだろうな。異性に困らず、幸せな日々を暮らしてるんだろう。
俺は本来、救われたという事実を理解しながら、助けてくれた筈のこの人を妬んでいた。酷く、羨んで。俺はこれほど、歪んでいたのか。
「話せないか?」
「きゃ、きゃぴぃ…………(話せるわけ、ねーだろ…………)」
「日本語か。やはりな」
「きゃぴ!?(わかるのか!?)」
「あぁ」
この人物か何者かは分からない。
けど、前世であろうと今世であろうと到底関わることの無い存在だろう。一応目もあるが、容姿だけなら女優やモデルであろうと歯が立たない程だ。
「さて。神の悪戯か、それとも別かはわからないが…………君のことを教えてもらおうか」
その九つの尾を持つ狐を擬人化したその獣人は俺に訪ねる。
これが、俺にとって運命的な出会いであった。