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9.ボートハウス

頭の隅で誰かが私を呼ぶ声がする。

目をあけなくてはと思うが意識がもうろうとしてなかなか目をあけることができない。


「香菜ー!」


航一郎の声だった。


「航一郎!よかった!逃げられたの?」


私はガバっとおきあがると自分を覗き込んでいる航一郎に思わず抱き着いてしまう。


「え!?香菜?」

「ちょっと香菜!寝ぼけてるの!?」


ああリセットされたんだ……。

キーキーうるさい美羽(みう)の声をぼんやりと聞きながら、昨日のことを思い出した。


昨日と言っていいのかはよくわからない。

夢だと思いたいけど、夢ではないのだろう。

皆が生きている。それで十分だった。


キャンピングカーがちょうどガソリンスタンドに着いたところだった。


もしかして、今なら逃げられるのではないか?

キャンプ場には行かず、元来た道を戻って高速道路にのって帰れば……。


「ごめん、香菜、そろそろいいかな」


私に抱き着かれた姿勢のまま困惑している航一郎がそう言ってそっと体を離す。


「あっ、ごめん。ちょっと寝ぼけてたかも!」

「香菜、大イビキでねてたものね。人に運転してもらってるのに後ろで寝ちゃうなんて、すごい神経ね」


美羽の呆れたような声を聞くと、嫌でもループの始まりを意識させられてしまう。

売店でギターと鉈も調達してキャンプ場に向かうか、それとも、いますぐ引き返すように皆を説得するか。


なにか皆が引き返したくなるような事件でも起こらないものか、と思案しながら店に向かう。

店内に入るとキャンプ場の新聞記事が目に留まった。


老人が美羽たちと話している間に記事を素早くスマホで撮影した。

ギターと鉈が気になったが、今は美羽と唯から(とが)められるような行動は避けたい。


いつもの老人から、ガムとお菓子をいくつか買って店を出る。


外で待っていると

「観光地だっていうに、もうちょっとなんとかならないのかしら?この店……」

と言いながら美羽が出てきた。


「ちょっと不吉な感じの店だよね。ね、これ見て」

さっそく新聞記事の写真を四人に見せる。


「人が亡くなった湖って、ちょっと不気味じゃない?もともと行こうとしてたキャンプ場とも違うし、一度引き返さない?」


「えー!怨念渦巻く閉鎖されたキャンプ場!?絶対行きたいやつ!!」

「唯、お前ホント好きだな」

「唯ちゃん、怖くないの?」

「そんなところに行くの嫌よ、引き返すわよ」


思惑通り美羽が嫌がってくれて一度引き返すことになった。

これで高速の入り口まで戻れればいいけど。


私自身、そんなに話がうまくいくわけはないとは思っていたが、案の定いくら車を走らせても高速道路への案内標識は現れなかった。


このまま走り続けてキャンプ場に行かなければどうなるのだろう?

窓の外の風景を眺め続ける。


運転席からは何かが見えたようで、唯と智輝の会話が聞こえてくる。


「あそこに何か建物があるけど」

「ファミレス?潰れてる?」


ファミレスというよりは「ダイナー」とでも呼びたくなるような洋風の店構えだった。

すでに営業はしてないようで、駐車場にも車はない。


「完全に潰れてるな。来るときはこんな店なかったよなあ」

「さびれたダイナーも、私的にはアツいんだけど」

「いや、寄らないよ」

「えー」


唯の抗議を無視し、智輝はそのまま車を走らせ続けた。


「お、湖」

「ホントだ。事件があった湖かな?」

「水も綺麗だし、もうここにテント張ればよくね?」


気乗りがしさそうな美羽を唯が説得して結局湖のそばにテントを立てることになった。

唯も智輝も私の意向はまったく気にしない。


ま、いつものことだけどね。


テントを立てて、持って来た食材で簡単に昼食を済ませる。

遠くにボート小屋らしき建物がみえて、智輝と唯はさっそく中を見に行く。

それ程傷んでいないボートがあるらしく、航一郎が呼ばれて、私と美羽だけが車に残った。


「美羽、今日はここでキャンプで良かったの?」

「私は車で寝るからどうでもいいわ。それよりこんな湖で釣れた魚なんて私は絶対に食べないから。智輝に釣りさせないでね」

「わかった、言ってくるね」


美羽の機嫌の悪さが極まっているため私はそそくさと車から出る。

ちょうど智輝と航一郎がボートを湖に浮かべているところだった。

智輝が何かに驚いてオールを取り落とすのが見えた。


私が近づく前に智輝と唯はボートに乗り込んで岸を離れてしまった。


「香菜もボート乗る?」


航一郎が声を掛けてくれる。

智輝と唯の様子を見ると波もないし涼しげで楽しそうだ。

美羽が車から出てきそうにないことを確認する。


「楽しそう。私も乗りたい」

「あれ?」


航一郎がオールを手にしたとたん何かに驚いて辺りを見回す。


「どうしたの?」

「や、なんか変な音が。香菜のスマホ、通知きてない?」

「私のスマホ、車に置いてきちゃったから」

「ちょっとこれ持ってて」


スマホを確認するために航一郎がオールを私にあずける。


オールを握った時のアラートと『装備できない』のメッセージで私はすべてを察した。


後は簡単だった、自分にも音が聞こえたと言い、冗談めかして航一郎をステータス確認に誘導する。


「すごい!香菜!智輝たちにもジョブを確認してもらわないとな」

「格闘家がオールを装備できるって意味わかんないけどね」


剣道は中学の授業以来だというが、オールを構えるスッとした立ち姿に見とれる。

試しに、と近くにある細い木を払うように航一郎がオールを振る。

予想してた抵抗がなく木が折れたようで、バランスを崩して転びそうになっていた。


お菓子か何かのよう簡単に折れた木の様子を見て、これなら豚マスク男をやっつけられるかもしれないと安堵する。



航一郎がすんなり味方になってくれて、しかも強そうな武器が手に入ってホッとしたのも束の間、唯と智輝を乗せたボートが視界から消えていた。


遠くまで行ってしまったのかと目を凝らすとはるか遠くの岸に舟らしき影がみえる。


「いつの間にあんなところに……」

「唯たち、戻ってこられるかな?」

「こっちのボートで追いかけてもいいけど、車で近くまで言った方が早いかもな。」


車の中とはいえ美羽を長時間一人にするのも心配だし、と航一郎が笑う。

その表情がなんとも優し気で妙な居心地の悪さを覚えた。


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