7.管理室
ダイニングホールから管理室につながるドアには鍵はかかっていなかった。
部屋の安全確認をするのも忘れてドアを開けてしまった。
書き物机と椅子、ついたてと来客用のソファセットがあるだけの簡素な空間だった。
机の引き出しを調べるが装備できそうなものは見つからない。
あっという間に調べ終わってしまい、途方に暮れる。
どんな顔をして航一郎のところに戻ればいいのか。
部屋の外から航一郎が私を呼ぶ声がかすかに聞こえてくる。
私はとっさについたての陰に隠れた。
「香菜?」
ドアが開いて航一郎の声が管理室内に響く。
「香菜、いるよね」
懐中電灯のあかりが室内をぐるりと照らす。
「香菜、そのままでいいから聞いて」
航一郎がついたてに向かって話しかける。
影で私がついたてに隠れているのに気が付いたのかもしれない。
「さっき、確かにあの光のせいでボーっとなったのはあるんだけど……」
開口一番謝罪をされたらとても耐えられなかった。
航一郎の言葉の続きを待つ。
だが、航一郎からの次の言葉はなく、なぜかこちらを照らしていた懐中電灯の明かりが消失する。
「航一郎?」
私は気まずいのも忘れて慌ててついたての陰から飛び出した。
入り口に立っているだろうと思った航一郎の姿はなかった。
この部屋には私はいないと思って引き返したのだろうか。でも……。
見回すと、ダイニングホール側ではない外へ出られる扉が開け放たれていた。
あそこから外にでたのだろうか。
何かおかしいな、と思いながらもその扉から外にでてみる。
周囲に人影はない。
月が雲に隠れて大分暗い。
管理棟のまわりを歩いていると、何かがつま先にあたった。
懐中電灯だった。
航一郎が持っていたもののように見える。
拾い上げてぐるりと周囲を照らす。
背後には管理室へのドア、すこし離れてダイニングルームへの入り口。
左前には遠くにログハウス、正面にはバスケットコート、右側に救護室の建物が見える。
私はひとまず救護室の様子を見に行くことにした。
救護室の扉も施錠されていなかった。
ドアを開け放したままにして、背中を壁につけて救護室の中に入る。
机、椅子、薬品棚、洗面所への扉、そして患者用のベッドが2台。
もし、いま、敵が現れたら……。
私にはまともな攻撃手段も防御手段もない。
不安な気持ちが募る。
魅了の効果があるタンバリンは手放さないほうがよかったのではないか。
今は航一郎がもっているのだろうか?
どこからか水の滴るような音が聞こえてくる。
洗面所だろうか?
気休めではあるけれど、椅子を盾がわりにして洗面所への扉に近づく。
扉をあけてみるが、洗面台付近に水漏れがあるようなところは見当たらない。
音も、洗面所からではなく救護室の室内から聞こえてくる。
なぜか嫌な予感がして私は懐中電灯を消して部屋の中を見回した。
ベッドに不自然なふくらみがある。
そして、水のような何かがしたたり落ち、床に水たまりを作っていた。
恐怖で呼吸が荒くなる。
このまま逃げ出してしまいたい。
でも、もしも、これが航一郎だったら?
私は意を決してベッドに近づき、ベッドカバーをめくった。
蛍光イエローのパーカーを身に着けた唯と智輝が折り重なるように積み上げられていた。
どうみても生きてはいない。
「キャ―――!」
思わずその場にへたり込んだ。
直後。
何かが私の頭上をかすめて壁に当たる。
鉈だった。
「あ……あ……」
身をかがめたまま隣のベッドの陰に隠れる。
鉈男がすぐにでもやってくるかと身構えていたが、救護室に人が入ってくる気配はなかった。
ただ、血の滴る音だけが聞こえている。
辺りの様子をみたい。
でも、頭を出した途端、鉈男に襲われそうな予感がする。
車で見た映画のヒロインの姿がフラッシュバックする。
とはいえここにいても追い詰められてしまうだけだと、意を決する。
ベッドの足元の方からそっと頭を出す。
誰もいないようだ。
今のうちにどこかに逃げたい。
さっき投げつけられた鉈は回収できるならしておきたい。
ベッドから這い出てゆっくりと立ち上がる。
鉈の位置を確認してそっと手を伸ばす。
よし、掴んだ。
そのとき。
後ろからリュックサックを捕まれ、後ろに引き倒される。
「……! 嫌っ!!」
私は鉈を出鱈目にふりまわした。
何かにめり込む嫌な感触が手につたわる。
しかし、おかげで相手は怯んだようだ。
外につながるドアをめがけて走った。
豚のようなマスクをした2mはありそうなオーバーオール姿の大男が後を追ってきていた。
救護室の外に走り出る。
私は豚のマスクの男に向かってありったけの力で鉈を投げつけて、ダイニングホールに走り込んだ。
背後でうめき声があがる。
急いでドアを閉め、簡素な鍵で施錠する。
ダイニングホールから椅子を運びドアの前にバリケードを作る。
裏口のドアが開いていたことを思い出し、こちらも施錠する。
キッチンに武器になる刃物があるかもしれない。
窓から豚マスク男が飛び込んでこないか、注意をしながらキッチンまで移動する。
キッチンに続く扉に手をかけるが、重くて動かない。
鍵がかかっているわけではないようだけど。
仕方がないので、食事提供用のカウンターを乗り越えてキッチンに入る。
そこで私が目にしたのは、ドアに吊られた航一郎だった。
手足がだらりと垂れ下がっている。
悲鳴をあげそうになるがぐっとこらえた。
とっさに、近くにおちていた航一郎のバックパックを掴み、壁の角に寄る。
バックパックの中身を床にぶちまける。
さっき航一郎に押し付けたハートとスターのタンバリンがあった。
包丁よりもこちらの方がまだ効果があるかもしれない。
ダイニングホールの方でガタガタと音がしている。
豚マスクの男がドアを開けようとしているのかもしれない。
いそいでスマホで撮影したキャンプ場の見取り図を確認する。
ラウンジの外側に自転車のイラストとサイクリングコースが描かれている。
運が良ければ貸し出し用の自転車があるかもしれない。
音をたてないように裏口の扉を開け、建物の外へと出る。
智輝と唯と航一郎は殺されていた。
美羽もどこかで殺されてしまっているのだろうか?
地図にあったラウンジ横のサイクリングコースの出発点には
期待通り、貸し出し用の自転車があった。
大分ほこりをかぶっているし、タイヤの空気も甘い。
だが鍵やロックチェーンはかけられていなかった。
自転車を取り出すときにガシャンと音をたててしまった。
慌てて自転車の陰に身を隠し、ハートとスターのタンバリンを構える。
大丈夫、気づかれなかったようだ。
ホッと息をついたそのとき、ラウンジの窓が内側から破られ、豚マスク男が目の前に飛び出してきた。
構えていた二つのタンバリンを思いっきり振る。
お願いだから、効いて……!
大量の音符の光が私を包み込む。
豚マスク男にも効果があったのだろうか、虚をつかれたように立ち尽くしている。
二つのタンバリンを腕に通し、自転車にまたがる。
そのまま全速力でサイクリングコースを下る。
豚マスク男はこちらを追いかけもせずただ棒立ちのままだ。
私は時々タンバリンを鳴らして光が途切れないようにしながら
豚マスク男に追いつかれないように必死にペダルを漕いだ。




