5.格闘家
今日の美羽の服装はキャンプだというのにサンドレスとミュールだった。
さすがにあまり奥には入り込まないだろうと、林道を中心に美羽を探す。
「あれ、なんだ?」
航一郎が地面に懐中電灯を向けたときに何かがキラリと光った。
照らしてみると草のなかに化粧ポーチと化粧品が散らばっている。
コンパクトを拾い上げてみるとハイブランドのロゴが確認できる。
もちろん自分のものではないし、唯はもうすこし安い価格帯の化粧品をつかっていたはずだ。
「美羽の化粧ポーチかもしれない」
いちおう、と見える範囲のものを拾って集めていく。
棒状の美容液とリップスティックを手に取ったときに装備できない時のエラー音がした。
「航一郎、そういえばさっき、ステータス画面開いたよね……?」
「夕飯のあと智輝たちとモメてたろ。ちょっと話聞こえてて、俺もまさかと思ったんだけど、試したんだよ。ステータス・オープンってやつ。俺も結構ゲームやるし、そういう系の小説も読むしさ」
「うん」
「そしたらさ、ウインドウが出て、格闘家 LV40 装備なし スキルはカウンター、とかさ。混乱というか興奮はしたな。香菜は、回復職?魔法使い系?」
「それが、吟遊詩人だったの。 LVは40 マラカスが装備できて…… スキルはえっと、ハミング」
「断続的に回復するスキルか」
「そう。マラカスはたぶん、攻撃力アップみたいなスキル。支援職ってことになるのかな」
聖なる乙女のスキルは、字面も、仲間が全滅すれば逃げられるという内容も言いにくいので黙っていた。
「ほかに装備できるものがないか探したんだけど、車の中には全然なくて、さっき拾ったこれも装備できないってエラーになっちゃった」
航一郎にリップと美容液を渡す。
「俺も装備できない。それにしてもすごいな。完全にゲームの世界」
「うん。でもかなり昔のゲーム風だよね」
「たしかに。俺のジョブと香菜の吟遊詩人は相性いいかもしれないな。いざというときはバフ頼む」
航一郎が協力的になってくれて本当に良かった。
二人なら夢でみたような刃物を持った大男やクマとでも渡り合える気がしてきた。
15分ほどは周囲を探しただろうか。
最初に化粧ポーチを見つけた以外は美羽の痕跡は全く見つけられなかった。
刃物を持った男とやらにも遭遇しない。
美羽と入れ違いになったかもしれないと、一度キャンピングカーに戻ることにした。
***
キャンピングカーがなくなっていた。
テントは残っているので場所はここで間違いない。
「美羽ちゃんが運転して、病院にでも行ったか?」
「美羽、運転できるの?」
「キャンピングカーを待ち合わせ場所まで運転してきたの、美羽ちゃんだよ。
高速乗るからって智輝に代わったけど。ダッシュボードに鍵のスペアがあるのも知ってる」
キャンピングカーがない、とわかったとたん不安な気持ちになる。
そんな気持ちを察したのか、航一郎は私の肩をポンと一つ叩いてにっこり笑ってくれる。
「大丈夫。俺たち相性最高だろ?」
「えっ?」
あ、そうか、ジョブの組み合わせの話か。
一瞬でもドキドキしてしまった自分が恥ずかしくなる。
「うん。私、がんばって歌うよ。マラカスも」
ペットボトルのマラカスを振って戦う絵面は想像すると笑えてしまうけれど。
「テントはあるけどなあ」
航一郎は、ここで3人が戻ってくるのを待つか、一旦ガソリンスタンドまで歩いて戻るか迷っていると言う。
智輝が襲われたりしていなければここで待つ方が良さそうだが、まだ犯人がうろついているならここにいては危ない。
「テントで夜中を迎えるのはちょっと怖い気がする」
「よし!じゃあ、行こう。ガソリンスタンドまで結構あるけど、行ける?」
パッと、航一郎が私の前に右手を広げる。
不思議と照れも躊躇いもなく航一郎の手を取っていた。
「智輝くん、男に襲われたって言ってたけど、もしここが異世界だったら、変質者とかそういう……人間じゃなくてモンスターかもしれないんだよね」
「刃物もって二足歩行のモンスターっていうと、オークとかオーガとか?」
「うん。そんなのがもし集団でいたら……」
私は自分の想像にぞっとしてしまった。
思わず背後を振り返るが特に異常はない。
「私と航一郎が吟遊詩人と格闘家のLV40だったら、 唯も智輝くんも美羽も何かのジョブになってると思う。もっと早くみんなに確認してもらっておけばよかった……」
今更ながら後悔をしてしまう。
「いや、香菜は説明しようとしたただろ。智輝はともかく唯ちゃんはゲームも全くやらないし、いきなりステータスとか言われても理解できないだろ。美羽ちゃんもなぁ」
「そうだね……」
でももっと上手いやり方があったのではないかとは考えてしまう。
「こう、目に見えて魔法でも使えれば説得力もでるんだろうけどなー」
体格を考えると、美羽か唯のどちらかが魔法職だろう。
なかなか説得できる筋がみえない。
せめて自分が派手に魔法が使えるジョブだったら、とため息がでてしまう。
「なんで、私、吟遊詩人なのかなー」
装備できる武器が楽器と言うのも山の中にいる身では難易度が高い。
「いいじゃん、吟遊詩人。俺は香菜が吟遊詩人でラッキーって思ったよ」
「ありがと」
「ま、戦うにしても、こんな丸腰じゃどうにもならない。ガソリンスタンドまで戻れば何かあるかもしれないし、警察に電話……はできんのかな」
「まだ異世界って決まったわけじゃないよね」
「林道に入り込む道路のところまでは早く出たいな。あの道路、アスファルトだったっけ?」
道路がアスファルトなら異世界ではないということにはならないだろうが、少しでも手がかりが欲しいと航一郎は言う。
気がせいているのか、どんどん早足になっている。
「大丈夫?疲れてない?」
「うん。私さっきまで寝てたから」
「そういえば、なんか夕方からずっと寝てたよな」
「だって、カップル2組にあてられちゃって……」
ひがみっぽい発言になってしまった、と反省していると、航一郎がびっくりして否定する。
「俺と美羽ちゃんはそういうんじゃないよ」
「そうなの?」
さっきまでは美羽と航一郎がさっさとくっつけば楽なのに、と思っていたのに
なぜか嬉しい気持ちになってしまう。
こんな緊迫した状況なのに、これではだめ、と気を取り直した。
スマホを見ると、歩き始めてから20分くらい経っている。
「そろそろ林を抜けてもいいころだけど」
「横道とかはなかったよね?」
前方に目を凝らすが、林を抜ける気配はない。
航一郎が懐中電灯でぐるりとあたりを照らす。
「向こうになにかある……ログハウス?」
航一郎が指さす方向をみると、木造の建物が目に入る。
ガソリンスタンドの老人がキャンプ場のことを話していた。
キャンプ場の管理小屋かもしれない。
いや、ここは異世界なのではなかったか?
なんだか混乱している。全部悪い夢なんじゃないだろうか。
「確認してみよう。中はオークの巣とかじゃないよな」
緊張して冷たくなっている指先とは裏腹に、航一郎の口調がこころなしか楽しそうに聞こえる。
ジョブやスキルがあってモンスターが出るとなれば完全にゲームの世界だろう。
用心のため、懐中電灯の明かりを消すと、音をたてないように建物に近づいた。