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36.壁ドン


外に出ると雨は止んでいたが霧が厚く立ち込めている。

石畳に沿って進んでいくと竹林はいつしか途切れ、古民家風の日本家屋が点在している集落に行きあたった。

『風』というか、古民家そのものなのか。

人の気配は全くなかった。完全な廃墟だった。


「こういうところに出るのはさ~、霊的なあれだよね。過去の怨念っていうか残留思念みたいな」

「ちょっとよくわかんないな」

「アンデッド扱いになるから美羽のヒールが絶大な威力を発揮するんだよね」

「そういうものなの?責任重大ね」


「うん。で、ヒールが効くなら智輝と航一郎くんの物理攻撃は役立たずになっちゃう」

「お前な~、恋人に向かって役立たずとか言うなよ」

「智輝!美羽の前でそういうこと言わないで!」


美羽は智輝の下品なジョークに気が付いていないようで首をかしげている。


航一郎はというと、私を一人にしないという約束通り横にぴったりついて手まで繋いでいる。

前をあるいている唯がなにも突っ込んでくれないのが逆に恥ずかしい。


「物理攻撃が無効なフィールドなー。いかにも(いにしえ)のRPGっぽい」

「もお。航一郎まで嫌な事言わないでよ」


唯たち3人は近くの廃墟の門扉を開けて中に入ろうとしているところだった。

続けて入ろうとするけれどどうしても嫌な予感しかしない。

足がすくんでしまう。


「ここで待ってちゃだめかなあ」

「いいんじゃない、ちょっと智輝に言ってくる」

「あっ……」


離れた航一郎の手をとっさに握りなおしてしまった。

航一郎はなにかを察したように私の頭をポンポンと叩いて

「智輝ー!ここで待ってるからー」

と中に呼び掛けた。聞こえたかどうかはわからない。


「ありがとう……入って見たかった?」

「いや、こんな廃墟に入ろうとか普通ないよ。唯ちゃんがおかしい」


しばらく待っても3人が出てくる様子はなかった。


航一郎と繋いだ手がいつの間にか指を絡める恋人つなぎになっていた。

粘度の高い空気が私と航一郎の間に満ちている。


航一郎が私と向き合うようにして、私の背後の木塀に手をついた。


これって壁ドンだよね、と笑おうとしたちょうどその直後、寄りかかっていた壁が内側からドンドンドンと激しく叩かれた。


慌てて航一郎と体を離す。


「智輝だろ!おまえふざけんな」


美羽たちに見られていたかもしれないと思うと頬が熱くなった。

一呼吸おいて、木塀の内側に走り込んで行った航一郎を追いかける。


しかし、木塀と家屋の間の空間には、智輝も唯も美羽も、航一郎さえも存在しなかった。

キャンプ場での最初の晩に突然消えた航一郎と吊るされた姿がフラッシュバックする。


叫び出しそうになる喉をグッと引き絞り、一旦息をとめる。

この世界は私の悲鳴を欲している。

なぜかそんな気がした。


だったら絶対に叫んだりしない。

背負っていたギターを前側に掛けなおす。


用心して廃墟の外周を確認しながら歩いてると、裏木戸から出ていく人影が見えた。

航一郎にしては小さい気がする。


「美羽?唯?」


声をかけるが聞こえていないようだった。

人影が進んで行った小道は広場のような場所に続いている。


さらに先には高台に向かう石造りの階段が延びている。

階段を凝視する人影があった。美羽だった。


「美羽!どうして……!?」


美羽はその質問には答えずに私が走って来た方向を指さす。


「よく逃げられたわね」


瘴気とでもいえばいいのだろうか、真っ黒な(もや)が集落に立ち込め始めていた。

あの靄に巻かれたらどうなってしまうのだろう。

唯たちは無事なのだろうか。


「香菜、ハミングをお願いできるかしら」


美羽は化粧ポーチからアイスブルーのスティックアイシャドウを取り出した。

靄にむかって『エリアヒール』と唱える。


スティックの色と同じアイスブルーの光が集落全体で(きら)めく。

靄の範囲が後退していくが完全に消えたわけではない。


「すごいわね。唯の言う通りヒールって効くのね」

「美羽、魔力は大丈夫なの?」

「どうかしら……。ハミングの重ね掛けって、できる?」

「やってみる」


しばらく中空を見つめていた美羽が残念そうに首を振った。

ステータス画面をみていたのだろうか。

私のステータス画面に魔力の表示はなかった。

ジョブが魔法職ではないからだろうか?


「香菜、ここは私がなんとかするから、上に行って」

「でも」

「航一郎くんたちも先に行ってるわよ」


美羽が差す方向をみる。

さっきは気が付かなかったが、何か建物があるようだ。


「なんとかって。美羽はどうするの?」

「唯も言ってたでしょう。私以外は()()()()だって」

「だからって……」

「ハッキリ言った方がいいのかしら?足手まといなのよ、あなた達は」


(とが)めるニュアンスではなく、事実として淡々とそう言われてしまえばなにも言い返せない。


本当に大丈夫だろうか?

躊躇いながらも階段を上る。

装備をパールホワイトの美容液らしきスティックに持ち替えた美羽が集落の方へ戻っていく。


「美羽!美羽!!!」


階段を降りようとすると、振り向いた美羽が『上れ』というように手を上に差す。

上のほうを見ると何かの陰が動いたようにみえた。

航一郎たちだろうか?


急いで階段を駆け上がる。

神社の境内のような石畳が広がっていた。

誰もいなかった。


中央正面にある和風の神殿のような建物から集落の靄とは比べ物にならないほどの悪意を(たた)えた漆黒の闇が湧き出していた。


美羽は逃げろといったけれど、ここは無理だ。

恐ろしさで、階段まで後ずさる。


「香菜!動いちゃだめ、そこにいて」

「わかったー……」


そうは言ったものの、神殿からあふれた闇が触手のように伸びて私の足に、首に巻き付こうとしている。

本当にここにいて大丈夫なのか。

やっぱり階段を降りよう、そう思った時美羽の声が厳かに響いた。


「ホーリージャベリン」


上空にパールホワイトの無数の光が煌めき、槍となって地上に降り注ぎ闇を祓っていく。

安堵したとたん、その槍はなぜか私の体をも貫き、焼けつくような衝撃で私の意識は完全に途切れた。


***


足元に冷たさを感じて目を開けた。

視界にはピンク色が広がっている。

フラミンゴの浮き輪だった。


「香菜……」


航一郎と唯と智輝が膝をついて浮き輪につかまっている私を見下ろしていた。

傍らにはシェル型のフロートが浮かんでいる。


フロートの上に美羽の姿はなかった。


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