35.言霊
「美羽、魔力切れじゃないかな。私も倒れちゃったとき、こんな感じだった」
魔力切れだったら、ハミングが効くかもしれない。
いつものように『ピン』と音がして効果は確認できたものの、なぜか不安ばかりが募った。
キャンピングカーのベッドに寝かせた美羽の顔色はすこし良くなっている。
「美羽、倒れる前に『リスポーン』って言ってた気がするんだけど、なんなんだろ」
「リスポーンは、ゲームだと、死んだり戦闘不能で消えたキャラが復活することだけど」
「私たち、死んで復活したってこと?」
「タイミング的には足がつくようになった後、魔法がかかったみたいに見えたけどな」
「美羽、すごい慌ててたみたいに散らかってたから、私たちが死んじゃうと思ったのかも?」
「まあ、そんなところだろうな」
それにしてもなぜ、4人がいっぺんに溺れたのか。
何者かに水中に引きずり込まれたように思えた。
「今日は泊らないでもう帰ったほうがいいかもな」
「うん……」
美羽が起きたら、帰ろうという話になった。
すごくお腹がすいているはずだから、という唯のアドバイスに従ってカロリーの高そうな昼食を用意する。
唯が美羽に声をかけるがまだ起きてはこられないようだった。
スポーツドリンクをかろうじて口にする。
唯が「これで絶対回復するから」と用意したスモアは食べられそうにないと言う。
まあ、グラハムクラッカーに焼きマシュマロとチョコをたっぷり挟んだお菓子は確かにちょっと食べ辛いかもしれない。
ベッドに横たわる美羽の青ざめた肌は抜けるような白さで、「美人薄命」という単語が頭を過ぎる。
「香菜、あのハミングのやつ、またやってあげて」
ちょっと考えてから大学の校歌をハミングすると、美羽が少しわらってくれた。
予定を早く切り上げて帰ることを伝えると、ごめんなさいねと言ってまた眠ってしまう。
美羽がすっかり眠ってしまっていたようだったので早々にキャンプ場をチェックアウトする。
美羽が起きて来た時に後部座席には私と唯がいた方がいいだろうということで、運転は智輝、助手席には航一郎が座った。
さすがに唯もホラー映画のDVDは自粛して、当たり障りのない有名なミュージカル映画を流すことにしたようだ。
私も時々曲にあわせてハミングが出てしまうのでちょうどよかったかもしれない。
山道を走る車窓の景色を私は神経質に眺めていた。
急にガードレールが途切れて、レトロなガソリンスタンドが現れたらと思うと気が気ではない。
来る途中に寄ったコンビニを見つけて、考えすぎだったかと安堵する。
「美羽、ドリンクタイプのゼリーなら食べられるかなあ。アイスは食べないよね」
「そのアルミパッケージ咥えてる美羽ちゃん、なんか想像できないな。こっちは?」
「そんなおっさん臭い栄養ドリンクもっと飲むわけないでしょ!」
美羽のために悩んでいる唯がいじらしい。
結局、有名なパティスリーコラボのクッキーとチョコレートを買っていた。
外にでると、航一郎が難しい顔で空を睨んでいる。
「なんか、雲行きがあやしいんだよね。天気予報でも言ってたけど雷雨になるかもしれない」
車に戻ると美羽が起きていた。
モコモコした素材のルームウェアを羽織り、だいぶリラックスしている。
唯の選んだクッキーを嬉しそうに受け取る。
「美羽、魔力切れしちゃったの?」
「よくわからないけど、たぶん」
「なんでそんなに無理したの~~!」
泣きそうになっている唯の肩にそっと手をおく。
どう答えようか思案しているようだった。
「……あの時、唯たちがみんな一斉に溺れたみたいに見えて、どうしようって慌てて。まさかこんな風に倒れちゃうって思わなかったの。せっかくのキャンプだったのに本当に申し訳ないことをしたわね」
「美羽のせいじゃないよ~、なんかあの湖怖かったから離れたかったんだもん」
「あら、唯が怖がるなんて相当ね」
「ほんとだよ~」
「体調はもう良いの?」
「大分楽になってきたかしら。香菜のハミングはすごいわね」
そう言いながらも、普段の美羽とは思えないスピードでクッキーを次々と口にしていた。
……ま、唯は普段からこれくらいのペースでお菓子を消費しているけど。
「それにしても天気悪くなってきたわね」
窓をみると大粒の雨が次々とガラスを伝う。
遠くに雷鳴が聞こえた。
霧も出てきて外の様子が分かりにくくなっている。
智輝も大分スピードを落として車を走らせている。
「あれ、カーナビ動かなくなってないか」
「あ?マジで?またかよ」
運転席から不穏な会話が聞こえてくる。
スマホを確認するとかろうじてアンテナは立っているもののネットにはなかなか繋がらない。
「引き返す?」
「その方がいいかもな」
Uターンして戻ることにしたようだった。
けれど、来た時と同じくらいの時間が経ったはずなのに立ち寄ったコンビニにはたどりつけなかった。
しばらくすると雨足は弱まって来たが、替わりに霧が濃くなってきた。
「ねーねー智輝、もしかして道に迷った?」
「まー、そういわざるを得ないこともないこともない」
「昨日からなんか呪われてるねこれ、またなんか出るんじゃない?」
言霊というのは恐ろしいもので、しばらく走ると完全に行き止まりに当たってしまった。
竹林が大きくひろがっている。
ヘッドライトで照らすと先のほうに石畳が確認できる。
「ねえ、さっき道祖神なかった?」
「そんな地面の方みてないって」
もうすこし霧が晴れるまで待ってから引き返そうと相談はしたものの、すんなり戻れるとはもう誰も思っていない。
「ねえ、あそこの道、ちょっと探検してみようよ!」
案の定唯は外に出る気満々で釣り竿を手にしている。
正直言えば、どこにも行かず車でじっとしていたい。
でもキャンプ場での経験を踏まえれば、私は余計なことをせず流れに身を任せるべきだろう。
美羽はとみれば同じく諦めたようで踵にストラップのあるサンダルに履き替えている。
「美羽、大丈夫?」
「香菜がハミング切らさないでいてくれれば、たぶん」
諦めて、弦をなおしてもらったギターを背負い鎖はリュックに入れて出陣の準備をした。




