32.鎖
鎖を削りながら私をここに拉致した何者か、――おそらく豚マスク男、のことを考えていた。
あいつに弱点のようなものってないんだろうか?
唯のウォーターカッターは効いていたけれど、あれは唯の攻撃力が高いからだし。
キャンピングカーのまわりを炎で囲んで雷の罠を張られたことから、その二つも平気そう。
ハートのタンバリンの魅了は効いていたように思うけれど、智輝と航一郎にもかかってしまう危険がある……
耳栓が全員分あればそれでも使い物になりそうだけど、この状況ではあまり現実的ではない。
そんなことを考えながら、5分くらいは削り続けただろうか。
そっと削っていたつもりだったが、鎖の五分の一ほどを削ったところで、爪やすりが摩耗しきってしまった。
どうしよう。
他になにか代わりになるものはないだろうか。
工房にあった紙やすりを回収しておくべきだった。
リュックに入っているものを点検する。
化粧ポーチ、財布、スマホ、ハンカチ、ガム、ペットボトルのマラカス。
ほかに持って来たのはギター。
カウンターベルは落としてきてしまった。
思いついて財布から500円玉を出し、力を入れて削ってみる。
「えっ?」
無理だろうなと思って試したのに鰹節をけずるような感覚で予想外に削れてしまった。
いや、おかしい。どう考えてもおかしい。
でも、レベル40の智輝が、武器を装備していたとはいえトラバサミをあっさり壊せたのだ。
吟遊詩人とはいえレベル49になった私ならあり得ない事ではない。
試しに檻に繋がれている方の鎖を強く引くとガチャンと大きな音がして鉄輪の金具が外れる。
ステータス表示では確認できないけれど、よくあるSTR的なパラメーターが上がっているに違いない。
足輪の方は力任せに外そうとすると足首を痛めてしまいそうだ。
削っていた鎖の部分に力がかかるように左右に引く。
プレッツェルでも破壊するように破壊できた。
なぜかそのタイミングで『シャキン』と装備音が鳴る。
「なんで!?ステータスオープン……?」
確認すると
アンカー・チェーン:みかたをまもる(60びょう)
とある。
なぜチェーンが楽器になるのか意味がわからないけれど、新しい装備はありがたい。
逃げる途中で豚マスク男に遭遇してもいいように、耳にガムを詰める。
扉の鍵をあっさりと破壊し、私は檻の外にでた。
豚マスク男がこんなに長いあいだ私を放置しているのが気にかかった。
ロープが吊り下げられていないか天井の方を確認しながら洞窟を移動する。
分かれ道は右を選んで進んだ。
そのまましばらく進むと前方に明かりが差し込んでいるのが見えた。
ラウンジから下げられたロープだった。
耳栓を外し、上の方で音がしていないことを確認して上る。
人の気配はない。
皆は、そして豚マスク男はいったいどこに?
ラウンジから食堂へ抜けて正面扉から外の様子を確認する。
右手の方から人の気配がしていた。
いつでも弾けるようにギターを構えて進む。
10メートルほど先のクラフト工房の入り口付近で豚マスクと航一郎が対峙していた。
キャビンの陰に隠れつつ様子を伺う。
豚マスク男は右手に鉈、左手に鋤を持ち、航一郎との間合いをはかっている。
航一郎の斜め後ろには智輝がいるが、モップを1/3の長さにまで削られてしまってかなり苦戦しているようだ。
工房の陰には倒れている唯と寄り添う美羽が見えた。
おそらくウォーターカッターを使いすぎて倒れたのだろう。
この周回の唯は魔力切れで倒れることを知らなかった。
あらかじめ注意しておかなかったことが今更ながら悔やまれる。
どうやって近づけばいいだろう。
出来れば豚マスク男に気づかれないように近づいて何かダメージを与えたいけれど。
私が近づいているのに気が付かれたらターゲットされてしまう。
アンカーチェーンで先に防御を上げておくべきだろうか。
リキャストタイムのような概念ががあるかもしれないし、やりすぎると唯にように倒れてしまうかもしれない。
できれば智輝と航一郎にも効果がでるところで使いたい。
逡巡していると、私に気が付いた智輝が「下がれ」とジェスチャーをする。
そんなわけにはいかない。
そんな智輝の動きに気がついたのか豚マスク男がゆっくりとこちらを振り向いた。
私は息をするのも忘れ、闇雲にコードを抑えてギターを鳴らし続けた。
ギターの効果で攻撃の体勢で豚マスク男の動きがとまる。
ガードのない部分を狙って航一郎と智輝が豚マスク男に攻撃を仕掛ける。
豚マスク男の意識が智輝と航一郎に向いた隙に、二人の背後、クラフト工房との間に移動する。
ここならアンカーチェーンの効果が全員にかけられるはず。
でもどうすれば音がでるのかわからない。
とりあえず、鎖鎌のように振り回してみるが効果があったかどうかよくわからない。
「香菜!ちがう!チェーンは打ち下ろして!」
背後から美羽の声がかかる。
何かを下に叩きつけるような身振りをしている。
訳も分からずチェーンを地面にたたきつけた。
緑色の光が全員を包む。
動けるようになった豚マスク男にむけてまたギターを鳴らす。
60秒の間隔がわからないので、またチェーンを打ち下ろす。
マラカスとハミングは効果が豚マスク男にもかかってしまう恐れがあるので、ただひたすらギターを弾いてはチェーンをたたきつけて、を繰り返した。
美羽が時折リップスティックを振って航一郎と智輝にラメのような光が降り注ぐ。
このまま削り続ければ倒せそうなな気がする……!
状況はこちらに優位になっているように見えるが油断はできない。
二つの楽器を使い続けているせいか豚マスク男の視線が私に向き始めている。
私めがけて振り下ろされる鉈を航一郎がオールでいなす。
バランスを崩した豚マスク男の鋤を智輝が奪う。
豚マスク男が咆哮をあげ、鉈の向きを智輝に変える。
ギターを鳴らして豚マスク男の動きをとめようとしたそのとき、バチンと音がしてギターの弦がはじけてしまった。
豚マスク男の動きは止まらず、智輝は鋤でガードをするが木製の柄の部分はへし折られ、鉈が耳をかすめる。
鉈の刃先が下を向いた隙を逃さず航一郎がオールで豚マスクの胸をめがけて突きを放つ。
ギターは弦が一本切れただけなのに効果がなくなってしまったようだ。
どうしたらいんだろう。
ひとまずアンカーチェーンを打ち下ろす。
他になにかできることはないか。
見回すと美羽が手招きをしている。
「香菜、唯の耳元でハミングして!」
頷いて言う通りにハミングをする。
ピン!という音が聞こえる。
手前にいる智輝と航一郎は音に無反応なので豚マスク男にも回復はかかっていないようだ。
「香菜!ぼんやりしないでチェーン!」
慌ててアンカーチェーンを打ち下ろす。
「美羽、なんでこの鎖のこと……」
「鎖を楽器にするっていったら『海の男達の歌』でしょう?」
そんなやりとりの合間にも美羽は智輝と航一郎のふたりにリップスティックでヒールをかける。
美羽の言っていることはよくわからなかったがチェーンの打ちおろしをひたすら続けた。
「香菜が戻ってきてくれて助かったわ。二人のダメージが大分軽減されてる。私のヒールもいつまでできるかわからなかったから」
魔力切れで倒れている唯を見る。
「ううん。遅くなってごめん」
「よく頑張って一人で戻ってこれたわね」
ハミング(+1)には魔力回復の効果もあったのだろうか。
唯の意識が戻った。
立ち上がり釣り竿を構える。
「唯!あなた大丈夫なの?無理しないで」
「今、無理しなかったら、いつするっつーの!」
気丈に言い放つが足元がふらついている。
「唯、一瞬だけ待って」
ペットボトルマラカスを唯に向けて思いっきり振る。
唯の体を炎のようなオレンジ色の光が包み込んだ。
唯が小さく頷いてから息を大きく吸い込んだ。
「智輝!航一郎くん!避けてー!!」
智輝と航一郎が右と左に展開する。
正面にいるのは豚マスク男だけになった。
「ウオーターカッター!!!!」
マラカスの闘気をまとった水の刃が豚マスク男に切り掛かり、大きくのけぞって倒れる。
魔力が尽きた唯も膝から崩れ落ち、美羽が慌ててささえる。
頭の中にファンファーレが鳴り響いた。




