31.敵襲
洞窟に降りてしばらくは、航一郎が私のすぐ後ろを歩いていた。
航一郎にはカウンターのスキルがあるので、索敵に反応があったら航一郎が前にでる手筈だった。
しかし、美羽が躓いたことで、航一郎は後ろに下がってしまった。
唯の魔法があればフォローとしては十分だけれど、なんだか納得できない。
「ねーねー、あそこからもヒモが下がってるよ」
唯の差す方向をみると、ラウンジにあった昇り降り用のロープが下がっているのが見えた。
「どこに出るんだろ?」
「地図の感じだと男子のシャワーハウスかクラフト工房の辺りか?」
「いったん上がってみる?」
地上の施設と地下が連動しているなら、わざわざ歩きにくい地下を行くよりも地上から降りられる場所を探した方が早い。
私がそう提案すると、それもそうだとここから地上にでることになった。
まず、航一郎が上って美羽を引き上げる。
「ちょっと、航一郎、そんなに勢いよく引っ張られたらミュールが脱げちゃうわ」
美羽の言動の何もかもが障る。
地下に行くのは私が言いだしたことだけれど、早く地上に戻りたかった。
続いて唯がロープをよじ登る。
バランスを崩した唯を智輝が支えた一瞬の隙だったと思う。
後頭部に激しい衝撃が走る。
不思議と痛くはなかった。
けれど、生ぬるい液体が顔を伝ってしたたり落ちて、出血したとわかる。
大き目の石をぶつけられたようだ。
慌ててギターを構えようと振り向くと、急に視界が奪われた。
なにか袋をかぶされた!?
ウエストのあたりまですっぽりと包まれた感触だった。
そして、そのまま持ち上げられる浮遊感と、もと居た場所から急激に引き離される気配。
「香菜ちゃん!」
「香菜!?」
智輝と唯の声が遠ざかっていく。
怖い。
袋から出ている足をバタつかせるが、私を抱え上げている何者かは全く動じることなく走り続けている。
どうしよう。
このまま殺されてリセットになるならまだいいけれど。
相手の目的によっては、私は……。
さっき唯に聞いた「監禁されるヒロイン」の話を思い出して恐ろしさで息ができなくなる。
恐怖で叫び出しそうになる。
だめだ。冷静になろう。
自分にやれることをやる。
かろうじて動く上半身でポケットに入れっぱなしにしてあったガムを噛む。
ガムを噛んだままで上手くいくかわからなかったけど、ちいさくハミングをする。
”ピン”と音がして継続回復がかかったことが確認できた。
頭の傷はこれでそのうち治るだろう。
あとは、ガムを急いで噛んで耳栓ができれば。
ハートのタンバリンで魅了か『子守歌』で昏睡させることができれば、逃げる隙もできるだろう。
ガムを噛んでいるせいか、少し気持ちが落ち着いてきた。
大丈夫、大丈夫。
こいつを眠らせることができれば、きっと皆が助けに来てくれる。
どれくらい移動したのだろうか。
私を担いで走っている何者かの足が止まった。
金属の扉を開けるような音がしたあと、私は柔らかくけれどチクチクささる何かの上に転がされる。
藁の束か何かだろうか。
袋の口は縛られているようで、もがいても袋からは抜け出せない。
子守歌のスキルを使ってみるけれど、袋の外の何者かは動きを止める様子はない。
袋に入っているせいで音が届いていないのかもしれない。
ふいに私の右足にひやっとした感触があった。
前に唯が鎖で木に繋がれていたのを思い出す。
私も逃げられないように繋がれたのだろう。
どうしよう、この状態でなにかできることはあるだろうか?
リュックに入っているものを思い出しているうちに、何者かの気配は遠ざかって行った。
皆を襲撃しに行ったのだろうか?
窮屈な袋のなかでなんとか背負ったリュックを漁り化粧ポーチから眉カット鋏をとりだす。
小さいけれど尖った刃先で袋を切り付けているうちにどうにか破くことができた。
袋から完全に抜け出し、辺りを確認する。
長いこと袋にいれられていたのが幸いして夜目が利いて、ぼんやりと周りの状況はわかる。
4畳ほどの空間だった。
動物用の檻なのだろうか、鉄の柵でぐるりと囲われ、正面に鍵のかかった扉がある。
「ヒロインを監禁するための地下壕」
の言葉が生々しく思い起こされた。
足首にはめられた金属製の足輪の鎖が冷たく、固い音を立てる。
扉とは反対側の太い鉄棒に鎖の反対側がつながれていた。
長さは2メートルといったところだろうか。
智輝か航一郎がいれば造作もなく壊せるだろうが、私には無理だろう。
スマホのライトで足輪を照らすと南京錠がかけられていた。
眉カット鋏の先をつかって鍵を開けられるかもしれない。
試行錯誤してみるがうまくいかない。
スマホのバッテリーも無駄にはできない。
ふと画面をみると見覚えのない通知が来ていた。
「Air Pick?」
たしか無線通信で写真や動画をやり取りするアプリだった気がする。
確認すると、唯たちからの動画だった。
ガムの耳栓を外す。
『香菜!がんばれ!』
『絶対助けにいくからな!』
安堵と嬉しさでこぼれそうになる涙をぐっとこらえて周囲を撮影する。
『地下牢みたいなところに閉じ込められてる。敵がそっちに向かってるから気を付けて』
手早くそれだけを伝えるとファイルを送信する。
送り返せたかどうかはわからない。
それでも、まだ4人が生きていて、私を気にかけていてくれただけで嬉しい。
皆に対して壁を作っていたのは自分の方だったかもしれない。
絶対生き残ってまた皆に会いたい。
大丈夫。やれる。
とにかく、この足の鎖だけはなんとか外さなければ。
敵が戻って来たら聞こえるように耳栓は一旦しない。
もう一度持ち物をチェックする。
化粧ポーチの中に爪切りを入れていた。
てこの部分をひっくり返すと金属製の爪やすりが現れる。
美羽の持っているような繊細なネイルファイルではない分、鉄でも削れるかもしれない。
鎖を詳細に点検し、細くなっている部分にそっと爪やすりを当てる。
金属と金属の擦れる嫌な感触と音。
「地道に削っていくしかないか」
ここに連れ去られたときに比べれば大分冷静になれている気がする。
鎖の状況は、というと、思ったよりは削れているがまだ切れるほどではない。
ステータスが影響しているのだろうか、あまり力をいれずに削れてはいる。
しかし、その分爪やすり側の摩耗が激しく、次第に削れるペースが落ちてきている。
削り切るまでにやすり部分が保つだろうか?




