30.ピアノ
「思ったんだけど、香菜、ギター弾くの初めてじゃないよね」
食堂の裏のテラスで航一郎にギターを教わっていた。
唯たち三人とは一度合流したが、私のギター練習に耐えかねて、近くを探検してくる、とどこかに行ってしまった。
これは計画どおり。
「前にちょっと教わったことはあるけど、このコード抑えるのが精いっぱいだよ」
「てか、俺もそのレベルだよ」
航一郎は親切に教えてくれるが、いつかの時のような親密な雰囲気にはまったくならない。
三人がいつ戻ってくるかもわからないということもあるのだろう。
まだ回収できていないラウンジにあるはずのタンバリンがちらりと頭をよぎる。
もちろん、航一郎を魅了してまでフラグを立てようなどと思ってはいない。
「そういえば、航一郎って美羽と付き合ってたの?」
思い切って切り出してみる。
「え!?まいったな、俺がフラれた話、香菜まで知ってんのかよ~」
あっけらかんと航一郎が言い放つ。
前の時とは明らかに反応が違う。
「ご、ごめんね」
「それにしても智輝たちどこまで行ったのかな。ちょっと探してくるよ」
明らかにこの話題をさけるように航一郎が席を立ってしまった。
追いかけようかどうか迷ったが、先にラウンジに行くことにした。
ピアノの鍵を試しておかないと。
念のためだから、と言い訳してハートとスターのタンバリンも回収してリュックにしまう。
ガソリンスタンドで老人からもらった鍵をピアノに差してみた。
鍵は回りはするものの、蓋があかない。
蓋のかみ合わせが悪いのだろうか。
ガタガタと蓋をいじっていると美羽と航一郎がやってくる。
「あら、こんなところにピアノ?」
「鍵は開いたと思うんだけど、開かなくて」
「ちょっと見てもいいかしら……古いピアノだからどこか錆びちゃってるのかしらね」
美羽が困ったように首をかしげると航一郎がいそいそとやって来てピアノの蓋を持ち上げようとする。
「開かないな。香菜、ちょっと鍵貸して」
「そんなに力入れたら壊れない?」
「どっちにしろ壊れてるから無理やり開けちゃえ~!」
気が付けば、いつの間にか唯と智輝も合流していた。
「お、智輝ちょっと、蓋の反対側持ち上げられる?」
智輝と航一郎が力任せに蓋を開けようとしている。
「せーの!」
「うわっ」
ピアノの蓋は開いたものの、二人が力を入れた瞬間、智輝がステージの床板を踏み抜いてしまった。
近くに居た美羽がバランスを崩して航一郎が抱き留める。
胸がチリっと傷んだ。
気持ちを誤魔化すようにピアノを確認してみる。
鍵盤に指を置いてみるが装備できるような音はしない。
ドレミの歌をたどたどしく片手で弾いてみる。
特に何も起きない。
何かの仕掛けと連動しているふうでもなさそうだ。
「調律が狂ってるわね」
聞いたことがあるようなクラッシックの曲を弾きながら美羽がつぶやく。
「壊れてるの?でも、香菜これ装備できるわけじゃないんでしょ?」
唯にあっさりと言われてしまうと、ピアノに執着している自分が間違っているような気になる。
「そうだね。ピアノは武器にならなそう」
諦めてピアノの蓋をしめようとして、うっかり鍵を落としてしまう。
運悪く、智輝が踏み抜いた床板の隙間に入り込んでしまった。
「うぉ!なんだこれ」
懐中電灯で穴の開いた床板を照らした智輝が大きな声をあげる。
「これ、床下に穴、あいてね?」
覗いてみると確かに床下に光が吸い込まれていく。
唯が何かを思いついたように、ラウンジの床全体を確認するように歩き回る。
「あると思ったんだぁ~~!」
木箱があったのとは別の椅子が積んであるスペースにラグが敷かれている。
はがしてみると1.5メートル四方の床板が外れるようになっていた。
床板をあけると上り下りができるように結び目が作られているロープが吊り下がっている。
「これはさー、どう考えてもヒロインを拉致監禁するための地下室があるね」
唯が興奮している。
動機は異なれど、ヒロインが監禁されるホラー映画も何本かあるそうだ。
「航一郎、潜ってみようぜ」
「ちょっと、やめなさいよ」
美羽が引き留めるが、智輝も航一郎も完全に降りる気になっていた。
「私、索敵するし、みんなで行ってみようよ」
気が付くとそう口にしていた。
本当はこんなところに先頭で入っていきたくはない。
でもなんとなくここがゲームで言うところのラストダンジョンのような気がしていた。
ここがゲームの世界なら、避けていたらきっとエンディングは迎えられない。
「じゃあ、降りてみるね」
上から懐中電灯で照らしてもらって、縄をおりる。
湿ったカビ臭い匂いが鼻をつく。
ギターを背負ったまま進めるか心配だったけれど、降りてみると中はとても広い洞窟になっていた。
続いて智輝と唯が降りてくる。
「私、こんな所降りられないわ」
「あー、サンダルか」
上で美羽と航一郎の会話が聞こえる。
そのまま二人は上に残るのかと思っていたら、航一郎が美羽を抱きかかえるようにして降りて来た。
航一郎の力強いのにしなやかな腕が華奢な美羽の腰を支えている。
あれは私のものだったはずなのに。
「ヤバイなー!ゲームだったら、ゴブリンの巣って感じだよな」
智輝が恐ろしいことを言うので、私は慌ててカウンターベルを鳴らす。
もし、ゴブリンの群れに遭遇したら、囮にされるのは私な気がしてしまう。
赤い波紋は特に危険を告げることもなく静かに広がって消えていった。
しばらく進むと穴が二方向に分かれていた。
「キャンプ場の見取り図の感じだと、左は女子用のキャビンの下に続いてて、右は男子のキャビンからキャンプファイヤー広場に向かう感じかな」
「施設に合わせて地下道が張り巡らせてあるのか?」
「こういう時って右から行くのがセオリーじゃなかったっけ~?」
唯がそう言って、右手の道を進むことになった。
「ゴブリンの巣だったら後ろから挟み撃ちにされる奴だよな」
「あー、あの小説だろ、智輝も読んだ?」
「いや、アニメ版で見た」
「アニメかよ」
「こんな洞窟でさ、美羽ちゃんみたいに香水のいい匂いさせてたらあっという間にタゲられるよな」
「ゴブリンの臓物で臭い消しな」
智輝と航一郎の声は終始ウキウキしているように聞こえる。
この周回では、豚のコックを余裕で倒した経験しかない。
二人はまだゲーム気分なのだろう。
仮に出てくるのがゴブリンだとしても、数が多ければ勝てないかもしれない。
もう少し緊張感をもって欲しい。
「きゃっ」
背後で美羽が何かに躓いたようだ。
美羽のミュールでこの足場のあまりよくない洞窟を歩くのは大変だろう。
そもそもキャンプに留め具のないサンダルをはいてくる美羽もどうかと思う。
けれど、航一郎が大げさに心配して美羽に肩を貸している。
……余計なことに気を取られて緊張感に欠けていたのは私だったかもしれない。
索敵を忘れて先に進んでしまった。




