3.ステータス
キャンピングカーの中で休んでいるうちに眠ってしまっていたようだった。
女子は車で、男子はテントで寝ると決めていたはずだが、美羽も唯も車に戻ってきてはいなかった。
テントも見たが誰もいない。
スマホで時間を確認するとまだ21時を回ったところだった。
月明りとLEDランタンのおかげで車とテントのまわりはずいぶんと明るい。
せっかくのキャンプなのに友達は皆自分を置いてどこかに行ってしまったのだと思うと何とも言えない寂しさがつのる。
まあ、唯にしろ美羽にしろ、自分を友達と思っているかどうかはよくわからない。
そもそもこのキャンプ自体はもともと流行りのソロキャンのつもりだったのだ。
話をきいた航一郎が相談に乗ってくれていたところに、唯と智輝がまざり、美羽があとから参加してきた話なのに。
美羽は大学の付属の学校からの内部進学で、大学から入学した庶民の自分とはなにもかもが違った。
大学以外ではおそらく全く接点はなかっただろう。
「ねえ、あなたの名前、おいしそうだよね」
「えっ?」
「香菜でしょ?」
4月のオリエンテーションで近くの席になった美しく華やかな美羽に声をかけられたときは嬉しくて舞い上がってしまった。
一目みただけでお嬢様だとわかる、手入れをされた髪、一見シンプルなのにどう見ても高価そうなワンピース。
……後から考えると割と失礼なことを言われたとは思うのだが。
それ以来、物語の脇役のような「取り巻き」役をやらされている感が否めない。
学生には不相応な豪華なキャンピングカーも美羽の親戚とやらから貸してもらったものだという。
そんな借りもあってこのキャンプではいつにも増して美羽に強いことが言えない。
そして航一郎。別人のようにスマートになった幼馴染に対して、自分が思いを寄せるなどおこがましい気がした。
航一郎の幼馴染、兼一番仲のよい女友達、というポジションだけで十分だった。
美羽があからさまに気にしている航一郎と普通に友達づきあいできる自分。
それを誇らしいという思うのは自分でも屈折しているなと思う。
美羽が自分のことを友達だとは思っていないかもしれないと思う一方、自身自分も美羽を友達だと思っているかどうかわからなくなっている。
美羽や航一郎と一緒にいると大学でも街でも、他人に尊重されているように感じる。
人見知り気味の私が大して苦労もなくキャンパスライフを謳歌できているのは、美羽の取り巻きだからだろう。
美羽がいなかったらひとりは学食でランチもできず、裏庭でメロンパンを齧っている身だったかもしれない。
そんなことをつらつらと考え始めてしまうとどうにも気が滅入ってくる。
片付けでもして気を紛らわすことにした。
ゴミとペットボトルをまとめる、放り出してあるフリスビーや釣り竿もいったんしまった方がいいだろうか。
釣り竿を手にしたとたん、『ブブッ』というエラーのような音が響く。
「えっ?」
慌てて手をはなす。
もう一度手に取り、今度はしっかり握ってみる。
「杖は装備できません」
釣り竿からというより、頭に直接響く感じで無機質な音声が聞こえた。
「なにこれ、ゲームみたい……ってことは、もしかして……ス、テータス……オープン? 」
半ば冗談のような気持ちでそういってみる。
何も起こらなかった、辺りは静まり返っている。
なんだか悔しい気持ちになって、大声で叫んでみる。
「ステータスオープン!」
すると、
目の前に半透明のステータス画面らしきものが現れた。
『 ぎんゆうしじん LV40
そうび なし
スキル せいなるおとめ ハミング 』
「わぁ……ファンタジー!! でも、これだけ……?」
若干のガッカリ感は否めないがそれでも、降ってわいた非日常にワクワクした気持ちがこみ上げてくる。
「えーと、スキルは詳細が表示できるのか。」
『 せいなるおとめ:なかまがぜんめつしたばあいボスからとうそうできる
ハミング:けいぞくかいふく(1じかん)』
なるほど、だからあの音がきこえていたのか、と合点がいった。
思ったより疲れていないのもそのせいだろうか。
しかし、ステータス画面が開けるということはここは異世界なのだろうか?
カーナビの不調、レトロなガソリンスタンド、松ぼっくり、圏外のスマホ、ニジマスの色など、ちいさな違和感はいくつもあった。
しかし、異世界と思えるほどの違いはみつけられない。
もともと来ようとしていたキャンプ場ではなさそう、とは思うのだが。
夜空を見上げる。
星座や天体には詳しくないが、見慣れた星空とはちがうような気もする。
「もし、異世界だったとしたら」
小説や漫画で見るたびに、自分もあんなふうに……と思っていた異世界だったが、この展開は自分が望んでいたそれとは違うような気がする。
もっとチヤホヤされたり、サバイバルだったり、いっそ断罪されたり。
そんなドラマチックなことを夢想していた。
森の中に放置されるならレベリング用のモンスターが出てきてもいいだろうに、日中散策したときは、モンスターはおろか動物すらみつからなかった。
「ボスから逃走できる」の説明があったのでボス敵はいるのだろう。
他にも装備できるものはないかと包丁やタープのポール、テント設置用のペグハンマーなど目についたものを次々に握ってみる。
装備できたような音が出るものも、エラーになるものも見つからなかった。
釣り竿は智輝も握ったはずだが気が付かなかったのだろうか?
唯が常になにか話しかけているから、空耳かなにかだと思ったのかもしれない。
皆に相談したいことがいくつも浮かんでくる。
ジョブが吟遊詩人なので楽器ならば装備できるだろうか。
荷物や車の中をみまわしてみたが、楽器もかわりになりそうなものもなかった。
こういうときにネットがつながれば楽器の作り方の検索もできるのに。
足元に生えている雑草が目にはいる。
草笛にならないだろうか。
足元に生えていた丸い葉の雑草を唇に当て吹いてみるが思ったような音はでない。
もちろんアラート音もでない。
鍋でもたたいて打楽器に見立てるほうがまだ楽器らしいかもしれない。
コッヘルをフォークで叩いてみるがこちらも何も起こらない。
ふと思いついて、さっき片付けたゴミの中からペットボトルをとりだす。
水気を十分に切って、カレーライス用に持ってきた生米を2㎝ほど入れる。
蓋をしてシャカシャカ振ってみると、マラカスと言ってもよさそうだ。
手作りマラカスをきちんと握ってみたところ、『シャキン!』と小気味よい音が響く。
「ステータスオープン!」
確認すると、装備の欄に『マラカス』と表示された。
詳細を確認すると、『こうか:きもちをこぶする(2ふん)』と書かれている。
戦闘力アップ効果がありそうだなと予想する。
他にも何か……と荷物をあさっていると、遠くから話し声が聞こえてきた。
2組のカップルが楽しそうに戻って来たところだった。
「ごめんね、香菜、よく寝てたから」
唯だけがそういってくれて、あいまいにほほ笑む。
唯と智輝、美羽と航一郎のペアがそれぞれ星空デートでも楽しんでいたのであればまだ我慢できる。
4人で連れだってどこかに行って自分は置き去りかと思うと、友達としてもないがしろにされたようでどうしようもないみじめさが募る。
「香菜、片付けてくれたの?ごめんなさいね」
たいして悪いとも思っていないような様子で美羽が声をかける。
さっきまでの浮足立っていた気持ちが萎えていく。
異世界かもしれないことを切り出すのも躊躇われた。
「私、先にシャワー使うわね」
美羽がそういってキャンピングカーに戻る。
美羽がいなくなれば多少は話がしやすくなる。
私は3人の様子を伺った。
智輝の腰にベビーピンク色をしたベルのようなものがついている。
「智輝くん、それって?」
「これ?クマよけのベル。ピンクで可愛いからって唯が欲しがって」
「それ、持った時に、変な音がしなかった?」
「ベルだからそりゃ音はでるけど……」
「えっと、そうじゃなくて、借りてもいい?」
智輝がちらりと唯をみる。
「変な音」と言われてムッとした唯が「いいけど」と答える。
ベルを受け取り、しっかりと握るとマラカスの時に聞こえた音が鳴った。
他の3人には聞こえてないようだ。
「ステータスオープン!」
唯と智輝がギョッとした顔で私をみつめる。
「どうしたの?香菜ちゃん、もしかして酔ってる?」
「中二病やめて~」
二人のことは気にせずステータス画面を確認する。
『そうび:ベル
こうか:てきをおびきよせる』
ベルの可愛らしい外観と真反対の効果にぞっとして、ベルをおとしそうになった。
クマ除けのベルに呼び寄せ効果だなんて、ほのかな悪意すら感じる。
自分はまだ音を鳴らしていなかったはず、自分以外が鳴らしても効果はないはず、だから「敵」は来ないはず、そんなことをぐるぐると考えながら、音を出さないようにベルを智輝に返す。
私の謎の行動に動揺していたのか、智輝はベルを受け取り損ね、『チン』とちいさく音が響いた。
喉からヒュッと息が漏れる。
慌てて周囲を見回す。
特になにも起きてはいないが、鉛を飲み込んだような不安が襲ってくる。
「おねがい、ステータスオープンって言ってみて。智輝くん、唯」
智輝が困ったような顔をする。
「もしかして持ってきたビール、結構飲んじゃった?」
「なんなの香菜?いい加減にしなよ」
唯が苛立った声をあげる。
「お願い!お願いだから、敵が来ちゃうかもしれない……!」
「香菜ちゃん、ちょっと休んだ方がよくない?」
「ねえ、ホントやめて?趣味悪いよ?」
3人の異常な雰囲気に航一郎が気づいたようだ。
「どしたー?何か揉めてる?」
3人の視線が航一郎に向いたその時、航一郎の背後の森の方でガサリと音がした。
全員に緊張が走る。
しかし、しばらく待っても何もでてこない。
「シカじゃないか?このあたりの山ってシカ被害が多いって聞いた」
「シカ?見た~い!!バンビ」
智輝と唯が無理にはしゃいだ様にそう言って音のした方に様子を見に行く。
「香菜、何かあった?」
「……」
航一郎が声をかけてくれるが、私にも敵がいるかどうかなんてわからない。
ただ、漠然と不安になっただけなのだ。
もどかしい気持ちはあるものの上手く言葉にできない。
「昼間カーナビがおかしくなってから、何かいろいろ変じゃない?」
「変って?」
「ガソリンスタンドも普通じゃなかったよね。携帯もずっと圏外だし。あと変な音が」
あたりを見回し、放り出してあった手作りマラカスを手に取って握ってみる。
2回目だからか、何の音もしなかったので不安になるが、航一郎に差し出す。
「航一郎、持ってみて」
「え?いや、なにこれ?お米?」
「強く握って」
渋々といった感じで、航一郎がマラカスを受け取る。
「…えっ?何?『装備できません』? なんだこれ?」
「たまに、こういう変な音がでるモノがあるの。釣り竿とか。私はこれを装備できるみたいで、『シャキン』って音が聞こえたの」
航一郎の目に困惑の色が浮かぶ。
これはいたずらなのか、あるいは二人とも酔っぱらっているのか判断しかねているようだ。
ステータスのことを伝えようとしたタイミングで、美羽がキャンピングカーから出てくる。
「あら。香菜、航一郎、随分楽しそうね?」
髪をアップにした美羽は湯上りで上気した頬もあいまって、女の私でもドギマギしてしまうような美しさだった。
思わず何を言おうとしていたか忘れてしまう。
航一郎も慌てたように美羽から目を反らした。
美羽はそんな航一郎の様子を楽しそうに眺めてから、するりと私と航一郎の間に割って入る。
まるで航一郎は自分のものだというように。
「香菜、シャワー浴びてきたら?気持ちいいわよ」
「う、うん。そうする」
美羽とくらべると、化粧もおちた自分の姿がなんだか恥ずかしくなって思わずキャンピングカーに戻ってしまった。
もしも敵が出たとしても、キャンピングカーに籠っていればなんとかなるはずだ。
自分の忠告を聞かなかった皆がどうなろうともう、知ったことではない、
そんな投げやりな気持ちがチラリと脳裡を横切った。
シャワーブースをでると、キャンピングカーのソファに唯が座っていた。
ためらいがちに声をかけてくる。
「あのね、あんまりこういうこと言いたくないんだけど、航一郎くんの気を引きたいからって変なこと言うのやめよ?香菜が航一郎くんのこと、ずっと好きなのは知ってるけど……」
びっくりして唯をみつめる。
自分は航一郎とは友達だし、気を引きたくて話したわけではない。
ここが異世界なら早く情報を共有しておきたかっただけなのだ。
しかし唯は、私が何も言わないのを肯定と受け取ったようだった。
「香菜が頑張りたいのはわかるけど、せっかく楽しいキャンプなのに、空気悪くするのやめよ?」
「そういうつもりじゃなくて」
「わかるよ。わかるけどさ、さっきみたいなの、さすがにどうかなって」
そういうと唯はさっさとシャワーブースに入ってしまう。
なにもわかっていないではないか。
私はもう何を説明する気もなくなり、ベッドに潜り込んだ。