28.サンダー
外から唯の叫び声が聞こえるのではないかと警戒を続けていたが、特に何も起こらない。
2時間ほどして普通に唯と智輝は車に戻って来た。
「魚取って来たど~~」
「キノコ採りにいってたんじゃないのかよ」
「ちょっと思いついたことがあったんだけど、もうバッチリで!」
話を聞くと、唯のリップスティックで新しい魔法が使えるようになったという。
「みてて!サンダー!」
唯の手元のリップスティックからバチバチと黄色い光が爆ぜる。
「唯!車の中で変なことしないで!」
気が付いた美羽が目を吊り上げているが、唯は気にする様子もない。
「これ、リップの色が黄色いから雷なのかな?サフランイエローなんだけどなー」
「黄色のリップなんてあるんだね。可愛い」
「でしょ。それにしても、香菜のはオレンジだったから炎? 釣り竿は水で、イエローはサンダーなんて、なんか安直だね」
「たしかにね」
「で、この魔法で魚を感電させて捕まえましたのよ。ディナーに食べてもよろしくてよ?」
唯がおどけてそう言って、クーラーボックスを掲げて見せた。
そろそろ時刻は18時に差し掛かろうとしていた。
夏なのでまだ明るいが、じきに暗くなるだろう。
陽がおちるとさすがに緊張感が高まる。
そんななか、唯だけが楽し気に『あぶらとり紙』をはがしては黄色のリップで絵を描いている。
「唯、なにコレ?」
智輝が不思議そうに覗き込む。
「これ、京都のお土産でもらったんだけど、なんか使わないでポーチに入れっぱなしだったんだー」
頭にハテナを浮かべている智輝をおいて、唯は星やらハートやらを描いた何枚ものあぶらとり紙をテントの周囲に石を重石にして置いていく。
「なにこれ?」
「これを、こうして……、智輝、さわんないでね」
「だからこれなんなの?」
「この紙にリップで絵を描いて、私がサンダーの魔法をかけるでしょ。で、この紙に触ると、バチバチってサンダーが発動するの。それで、罠をつくれるんじゃないかって」
「うん?」
「とりあえず、晩御飯たべよー!」
魚と缶詰で夕食を済ませると今晩はどうするのかと話し合う。
智輝と航一郎は大丈夫だと言うが、二晩続けて長椅子で寝るのも辛いだろう。
結局、智輝と航一郎はテントで寝るということになった。
せっかく私が罠を作ったんだし、と唯が胸を張った。
***
夜中、なんだか懐かしいような不愉快なような不思議な気配で私は目を覚ました。
嗅いだことがあるような香ばしい匂いとそこはかとない息苦しさ。
「唯、美羽、起きて!」
二人に声を掛けて、キャンピングカーの扉をスライドさせる。
何かが焦げる匂いが車の中にぶわりと入り込んできて息苦しさに咳込んだ。
通くのほうが赤い光でぼんやりと照らされている。
スマホのライトで周囲を照らしてみた。
なにか細長い茶色のかたまりが地面に落ちている。
おびただしい数の松ぼっくりだった。
やけに長くて大きい松ぼっくりが几帳面に車とテントのまわりを取り囲むように幾重にもならべられている。
そして、端の方から焚き上げられる炎。
誰が何のためにこんな気の遠くなるような作業をしたのかを想像すると、ぞっとするような光景だった。
それほど激しく燃えているわけではない。
ゆっくりとだが確実に迫りくる炎に宿る陰湿な悪意。
起きてきた航一郎と智輝も息を呑んでいる。
「とりあえず、車を動かそう。」
智輝が素早く運転席に移動し、航一郎が助手席に座る。
起きてきた唯と美羽もあまりにも異質な光景に目を見張る。
唯はともかく、いつも気だるげな美羽まで深刻な表情で外を見つめていて、急に深刻度が増す。
「発車するから、ドア閉めて!」
運転席からの声に慌てて扉を閉める。
扉の近くに立っていた唯と美羽も座席の背を掴んで転ばないようにする。
車がガクンと小さく揺れる。
「なんだこれ……」
「どうした、智輝?」
「わからねえ。前に進まない。航一郎、外から確認できるか?」
何か車に異変があったのだろうか。
炎に囲まれているのに、キャンピングカーが発車できない。
恐怖と焦りで頭が真っ白になった。
「香菜!ドアの横、消火器!」
唯の声で我に返る。
言われるままにドアの横を確認すると小さな消火器が設置してあった。
慌ててそれを掴み、気が付けばドアの外に飛び出していた。
背後で美羽がなにか言っているようだが頭に入らない。
運転席の脇で、航一郎がしゃがみこんでなにかを点検しているのが目に入る。
航一郎の数メートル後ろで炎が燃えているところをめがけて、消火器を向ける。
ホースの先から白い煙がでて火が鎮まるのを見て安心したのもつかの間、
あっという間に消火器は空になってしまう。
火はまだ20分の1も消せていないだろう。
「ダメだ智輝。スタックしてる。タイヤの前に穴が掘られてる!」
「まじかよ。クソッ!」
智輝と航一郎の会話からすると、車が動かせないようだ。
どうしよう。
とにかく火をけさなければ。でもどうやって?
「ウォーターカッター!」
唯の叫ぶ声が聞こえた。
松ぼっくりが敷き詰められた地面を水の刀が薙ぎ払っていく。
続けざまに放たれる唯の魔法に火がどんどん消されてゆく。
しかし、5回目か6回目の魔法が放たれたところで、急に唯がへたり込んだ。
辛そうに肩で息をしている。
前に倉庫でもこんな風にふいにたおれたことがあった。
魔法を使いすぎたのだろうか。
まだ火は完全には消えていない。
「あとは、スコップで泥をかけて消して。松ぼっくりも、車に近いものは遠くに蹴り出して!」
車を動かすのは一旦諦めた智輝と航一郎に美羽が声をかける。
「いや、水の方が早いだろう!」
智輝が、クーラーバッグをもって走り出した。
そちらに目をやるとなぜか水面がバチバチと光を放っていた。
「智輝くん、ダメ!止まって!」
私が声を掛けるのと、智輝が湖に足をつけて、弾かれたように大きくバウンドして倒れるのは同時だった。
「航一郎、智輝くんを水から引き上げるの手伝って! 唯の罠が湖に撒かれてる!!」
倒れている唯を美羽に任せて、私は航一郎の手を引いて湖に走った。
息が苦しい、めまいに襲われる。
足がもつれて上手く走れない。
遠くに航一郎が私を呼ぶ声が聞こえるが反応できない。
じきに、視界が真っ暗になった。




