20.キャンプファイヤー
「ここまで戦力が揃ったんだから、敵が出てくるのを待つのではなくて攻撃に打って出たいな」
そう言い出したのは智輝だった。
このキャンプ場は豚マスクのホームグラウンドのようなものだから、隠れてやり過ごすのはおそらく無理だろう。
食堂前とは別の広場に無人でキャンプファイヤーが焚かれていることからもそれは明らかだった。
「うまく行くかはわからないけど、呼び出す方法はあるよ」
昼間酔っぱらった唯から借りたままになっていたピンクのクマ除けベルをそっと取り出した。
湖でジャンプ鮫を呼び出してレベリングしていたことを説明する。
「ただ、このベルで呼び出せるのは雑魚敵だけかもしれないんだよね」
それならそれで、レベリングをすればいいと智輝はいう。
「ザコが大量に全方向から来たら厄介だから、背後からは責められない場所がいいよな」
「そんな場所あるか?」
「建物の中はダメなの?」
「食堂は相手が隠れる場所が多いし、出入り口も複数あるからな。キャビンは間口が狭すぎるしな」
「あの建物は?結構広くて前側だけが開いてるよ」
唯がそう言って指さしたのは私にとっては鬼門の工房だった。
それをよりによって唯が提案するなんて。
しかしもちろんそんなことは口に出せないので工房に向かう3人の後を仕方なくついていく。
「間口は4メートルくらいか?奥行は結構あるけど死角もないし、いけるな」
クマ除けのベルを鳴らす前に工房の中を一通りチェックする。
「香菜が装備できる楽器とかないー?」
そう唯に言われて、妙に惨めな気持ちになってしまう。
自分も吟遊詩人のような中途半端なジョブではなくて強力な魔法が使えるジョブがよかった。
バードコールはあるが敵味方関係なくランダムに麻痺させるスキルなど使いようがない。
ふと思いついて粘土か何かはないかと探してみたがみつからなかった。
唯たちもめぼしいものは見つけられなかったようだ。
「香菜ちゃん、そろそろベル鳴らしてもらっていいかな」
智輝がそう声をかける。
私はハミングとマラカスで継続回復と攻撃力アップをかける。
初期の陣形は
前衛が航一郎・唯・智輝
後衛が私
の3-1の形になった。
魔法使いの唯は本来ならば後衛にするべきだが、後ろから魔法をかけると航一郎と智輝がダメージを受ける可能性がある。
遠距離攻撃のできる唯がウォーターカッターを一発放って敵が怯んだタイミングで智輝と航一郎が近接攻撃をかけるという作戦ともいえない作戦だ。
私なんて、2分に1回マラカスを鳴らす以外できることがほとんどない。
「じゃあ、鳴らすね」
そう告げると3人に緊張が走る。
ベルを振るとチリーンともキーンとも聞こえる高く澄んだ音が響き渡った。
息を殺して生き物の気配がないかを探る。
30秒ほど緊迫した状況が続いただろうか。
唯が無意識に止めていた息をふーっと吐き出す。
それを待っていたかのようなタイミングで、まるで地の底から湧き出るような低音のうなり声が工房全体を震わせた。
唯が喉の奥でヒッっと叫ぶ。
ゆっくりと工房の入り口に姿をあらわした豚マスク男の右腕は返り血で赤黒い模様が描かれていた。
「あ……あ……ウォーターカッターーーー!!!」
ショックは受けつつも唯が気丈に魔法を唱える。
射程範囲が広いのでかろうじて豚マスクに水流は当たるものの距離が遠すぎるのか大したダメージにはならない。
「ウォーターカッター!ウォーターカッター!ウォーターカッター!!」
効果がなかったことにパニックを起こした唯が闇雲に魔法を唱え釣り竿を振り回す。
豚マスク男は唯だけを見据えたように唯に向かって真っすぐ歩をすすめる。
智輝が唯をかばおうとしてウォーターカッターの射程範囲に入ってしまう。
あぶない!
唯から釣り竿を取り上げようと後ろから竿を掴むと急に唯が倒れ込んできた。
慌てて抱き留めてロッドを奪う。
唯の手から釣り竿が離れたのを確認して、航一郎も唯と私をかばうように前に出る。
「唯!唯!?」
声をかけるが唯は完全に意識を失っていた。
そうしている間にも豚マスク男はこちらに迫ってくる。
智輝の鉈は豚マスクの腕や胴体を的確に攻撃してはいるもののうっすら血をにじませる程度のダメージしか与えられていない。
航一郎のオールは豚マスク男の手刀であっさり折られてしまう。
私は慌ててマラカスを振りなおした。気を抜くと2分はあっという間に経ってしまう。
マラカスに鼓舞されたのか、航一郎は1/3ほどの長さにされたオールを投げつけ拳で豚マスク男に反撃を試みる。
格闘家だけあって航一郎の拳は豚マスクを怯ませ、その足を2㎝ほど後退させる。
しかしダメージを与えるというほどではない。
「香菜!逃げろ!智輝は唯ちゃんを頼む」
私は弾かれたように走り出した。
豚マスクの横をすり抜け、工房の出口で振り返ると、航一郎が「行け!」と目線で合図する。
振り返らずにラウンジの横の自転車を目指した。
念のためガムを耳に詰めて、バードコールをポケットに入れる。
**
壊れた自転車に乗って走り出して30分ほどは経過した。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「なかまが全滅した」時のあのカサカサっという音がならないということはまだ航一郎たちは戦っているのだろうか。
自転車の状態も限界に近くなっていたが私の疲労も限界だった。
自転車から降りて押し歩きに変える。
気休めだとは思ったが、バードコールを鳴らしながら移動する。
もし豚マスク男やほかのモンスターが近くに居てもこれで2秒間のアドバンテージは得られるはずだ。
そうしてしばらく歩いていると地面の感触に違和感があった。
気が付くと足元がコンクリートからアスファルトになっている。
顔を上げるとガソリンスタンドが出現していた。
どういうことだろう。
耳栓をしていたから、音が聞こえなくてウインドウも見落としたのだろうか?
訝りながらも耳栓代わりのガムを外す。
ガソリンスタンドのドアを開けると、例の女性が座っていた。
顔には人間らしい表情はない。
聞きたいことがいくつもあったが、どうせゲームのNPCの村人のように碌な返事はないだろう。
「あなたには二つの選択肢があります。
ここでセーブして先に進むかリセットしてやりなおすか」
「先に進んだら死んだ仲間はどうなるんですか?生き返りますか?」
美羽のつんと澄ました顔が浮かんだ。
美羽だけではない、豚マスクとの戦闘で全滅はしていなくても全員が無事とは限らない。
「別れがあれば出会いがあります。新しい仲間があなたのもとを訪れるでしょう」
「あの豚マスクを倒せばこのキャンプ場を抜け出せるんですか?」
「あなたには二つの選択肢があります。
ここでセーブして先に進むかリセットしてやりなおすか」
私は諦めて、リセットします、と呟いた。
やり直すしかないのだ。




