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2.湖

湖に着くと陰鬱な気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。

とても大きな湖で向こう岸はどうなっているのか全くわからない。

人気がなく、さながらプライベートビーチといった風情だ。


「水、きれーい!」

「釣りができそうなポイントあるかな」


唯と智輝がはしゃいでいる。


「智輝!釣りの前にとりあえずテント立てるぞ」


そんな航一郎の言葉を無視してふたりは湖に向かってしまった。


仕方ないなあと呟きつつ航一郎は手際よく車の側面にタープを設置し、テントをたててゆく。

慌てて私も手伝いをする。


そんな航一郎の様子を何もせずただうっとりと美羽が見つめている。


たしかに航一郎は、唯に「細マッチョ」と揶揄されただけあって、しなやかで引き締まった体をしている。

航一郎とは偶然小学校が一緒だったのだが、当時はもっと普通の男の子だったはずだ。

中高ではバレーボールをやっていたせいで背が伸びたといつか話していた。


私も思わず見とれてしまいそうになるが、美羽に見咎(みとが)められると面倒だと視線をはずす。


「私、ちょっと(まき)拾いにいってくるね。美羽、航一郎あとはよろしく~!」


二人のじゃまはしないからね、と美羽の肩を一つ叩いて、車のそばを離れた。


車の位置を背後に意識しつつ林道から外れた森のなかへ踏み入っていく。

森の中特有の匂いと涼しい風が心地よい。


「ふふふふんふふーんふ、ふふふなんてうーそさー♪」

ついついハミングで適当な歌を歌ってしまう。


薪をひろうついでに珍しいものはないかと地面を見回す。

松ぼっくりがおちていた。これも焚き付けに仕えたはずだ。

しかし、自分が知っている松ぼっくりよりも大分長くて大きい気がする。

松の落ち葉も2本ではなく3本に分かれている。

珍しい種類の松でも生えているのだろうか?


『ピン!』


ふいに、聞き覚えのない電子音が聞こえた気がした。


「こんな音のアプリあったかな?」


スマホを取り出してみるが特に通知はない。

よく見るとアンテナが立っておらず、圏外になっている。


森の奥に入りすぎたのだろうか。

薪はたいして集まらなかったが様子を見に戻ることにした。


遠くからテントに近づいていくと、モスグリーンの布が夢でみた凄惨な光景をフラッシュバックさせて、足が止まる。思わずあたりを見回すが特に異変はない。


智輝と唯の楽しそうな声が聞こえてくるだけだ。

そういえば、と思い出してスマホを確認する。


「ここでも、圏外なんだ」


また、『ピン』と機械音が響いた。

スマホにはもちろん通知はない。


「なんだろ。さっきから」


アラームかもしれないと、スマホを操作しながら車のそばに戻ると、ちょうど智輝が魚を調理する準備をしているところだった。


「見て!結構釣れたよ!!」

唯がクーラーボックスを持ち上げて見せてくれる。


「ニジマスのはずだけど、ちょっと大きいし、色も黄色っぽいんだよね」

魚のことはよくわからないが、松ぼっくりのことといい違和感がある。


「そういえば、私のスマホ圏外なんだけど、唯のは?」


確認してみるが、圏外のようだった。

こちらに気づいてやってきた美羽と航一郎も圏外だった。


「いざとなればさっきのガソリンスタンドで電話を借りればいいよ」


山ではよくあることだし、いま手がはなせないからと智輝は気にする風でもない。

それより早く魚を焼いて食べてみたい、と言う。


航一郎が、バーベキューグリルの設置にかかる。

キャンピングカーの中にも簡易キッチンはあるが、

車内が魚臭くなるのを美羽は許さないだろう。


「そういえば、バーベキューグリルってたき火になるのかな」


独り言のつもりだったが美羽の耳に届いてしまったようだった。


「香菜ってほんと……」

「え?」

「他人の言うことを気にしすぎなのよね」


もともと美羽は美人に特有のわがまま気質で周りに対して言動が厳しいが、今日は特に私に対する当たりがきつい気がする。

航一郎とうまく距離を詰められなくイラついているのかもしれない、と思えば可愛らしくないこともない。


「せっかく航一郎くんが用意してくれてるのに」

「ゴメン」

「その割に、人に運転してもらっておいて、グーグー寝ちゃってるし」


「だからゴメンて。……そうだ!美羽、みてこれ。三本に分かれてる松の葉っぱ!なんかラッキーなお守りになるんじゃなかったっけ?航一郎と探して来たら?」


これ以上チクチクいわれるのはたまらないので、二人を森に追いやることにした。


しばらくするとまた 『ピン』という機械音が聞こえてくる。


唯と智輝の様子を伺ってみたが二人には聞こえていないのか気にする素振りもない。

楽しそうに魚を焼いている。


まいっか、と私もバーベキューの準備を手伝うことにした。


気が付くとまたハミングをしていた。

智輝と唯がこちらを見ている。


「ごめん、つい、歌っちゃってた」

「えっ、歌?」

「香菜ちゃんのスマホの音?」


私の歌がうるさかったのかと思ったが二人の様子からそうではないようだ。


「私の鼻歌がうるさかったんじゃないの?」


3人で顔を見合わせる。


「なんかピンって聞こえたよね。」

と智輝と唯。


智輝と唯にも聞こえたのか、と自分にも聞こえたことを話す。


「私もさっきからずーっと、5分おきくらいに聞こえてるんだけど、通知も来てないしアラームもかけてないんだよね……」

「なんだろうね。何かのタイマー?」


「ま、そのうちわかるっしょ」


あくまでも楽天的な智輝はそう言ってまた作業に戻ってしまった。

魚を焼く良い匂いが漂ってくる。


そうこうしているうちに美羽と航一郎も戻って来た。

さっきとは打って変わって美羽の機嫌がよい。


航一郎との間になにかあったのだろうかと推測したが、とくに声はかけずにいた。

美羽の機嫌が良いに越したことはない。


魚を食べたりホットサンドを焼いたりしているうちにあたりは暗くなっていた。

星もすこし見え始めてロマンチックな雰囲気だ。

唯と智輝は湖を回ってくるという。


美羽がちらり、とこちらを見る。


はいはい、お邪魔ってことね。


「私、ちょっと疲れたから車でやすんでていいかな?」


日中長い時間車に乗っていた割には不思議と疲れを感じていなかったが二人にそう声をかけて車に戻った。


車の中でスマホを確認するとやはり圏外だった。

5分おきの音はいつの間にか聞こえなくなっていた。


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