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19.トラバサミ


もう唯も美羽も生きてはいないだろう、私は当然のようにそう考えたが智輝は違った。

森の奥で唯が助けをまっているかもしれないと言う。

まあ、自分の恋人のことなのだから当たり前だろう。

おかしくなっているのは私の方なのだ。


「智輝、気持ちはわかるけど、これ以上森の奥に踏み込むのは」


そんな航一郎の言葉に、当然だが智輝は首を振る。


「でも、唯が……。航一郎だって美羽ちゃんのこと心配じゃないのかよ!?」


航一郎は私の身の安全を心配してどうするか迷っているようだった。


だが、この様子では智輝は航一郎が付いてこなくても一人で行くと言うだろう。

三人が離れるのは危険だと直感する。

私にも豚マスクの正体をもう少し見極めたい気持ちもあった。


「私も、このままあいつを見失ってしまうのは危険だと思う。進もう」

「あいつ……?」

「あ、だって、こんなの絶対、さっきの足音の奴の仕業でしょう?」


私と航一郎が話している間にも智輝が先に進んでしまうので、慌てて後を追う。


しかし、足音が聞こえなくなるとどちらに進んでいいのかわからなくなってしまう。

血の跡があるのではないかと地面を注意深く観察する。


急に智輝が走り出した。

智輝の向かった50メートルほど先に見覚えのある蛍光イエローが目についた。


「唯!」


唯まであと1メートルというところで、唯に駆け寄ろうとした智輝が不自然に転んだ。

「ぐあっ」

トラバサミだった。


サビついてギザギザになった歯が智輝の足首にぎっちりと食い込んでいる。


航一郎が急いでハサミ部分をこじ開けようとするが固くさび付いていて思うように外すことができない。


「智輝くん、その鉈でそのネジっぽいところ、叩き壊せない?」


そう言われて智輝ははっとして鉈を振り下ろす。

あっけないほど簡単に金具が破壊されて足が外れる。


私は急いでハミングで継続回復をかける。


「徐々に楽になると思うから」

「香菜ちゃん、ありがとう。俺のことより、唯が…」


「大丈夫!生きてる!」


唯の右足には輪のような金属が嵌められ、杉のような木に鎖でつながれていた。

手足にいくつもの傷があり服にはべっとりと血が付いていたが唯のものではないようだった。


「唯!大丈夫か?」


智輝が唯の鎖を鉈で壊しながら懸命に声を掛ける。


しばらく荒く呼吸をするだけで精一杯という感じの唯だったがハミングの回復の効果で徐々に落ち着いてくる。


「航一郎くん、美羽が、美羽が……」


そういって泣き崩れる。


「車のドアが急に壊されて、頭が豚の男が鉈で美羽を…」


唯の話ではキャンピングカーが襲撃され、唯をかばった美羽が大きな鉈で切り付けられ大量に出血をしてしまった、そのまま唯は担がれ美羽は引きずられてここまで連れてこられ、

唯を縛り付けた後美羽をひきずったままさらに森の奥に入っていってしまったという。


「最初に切られた後、いっぱい血がでて、もうグッタリしてて、引きずられていても少しも動かなくて……たぶん、もう……」


「罠まで仕掛けたんだ、絶対どこかからここを見ているはずだ」


智輝が憎悪に満ちた声で呟く。


「車まで戻ろう。智輝、唯ちゃんを頼む」


航一郎に促されて罠と周囲を警戒しながら今来た道を引き返す。

走りながらも私は唯になにか武器を装備させられないかと考えていた。


智輝と航一郎が戦闘系の前衛職、自分は後方支援職の吟遊詩人、美羽が白魔導士で回復系なら、唯は攻撃系の魔法職がセオリーだろう。


一体だれがそんな風に決めたのかはわからないが。

なんとなくガソリンスタンドにいた女性を思い浮かべていた。根拠はない。


私は血で汚れたキャビンを軽くふき掃除をし、唯に着替えを促す。

キャビンを軽く見回すと80cmほどの細長い釣り竿のケースが目に入る。

しかし、この状態の唯にいきなり釣り竿を握らせるのは無理がある。


血の付いたパーカーを着替え終わった唯にウエットティッシュを渡す。

唯は手と腕をぬぐった後、顔を拭こうとして少しためらって自分のカバンから化粧ポーチを取り出す。

ピンク色のパックから専用のふき取りウエットティッシュを1枚取り出す。


「友達がこんな時にも、ちゃんとメイク落としを使いたいなんて、私、おかしいと思う?」


唯がそういって眉根を寄せる。

私は慌てて首を振る。


「ううん、こんな時だからこそ、いつも通りにしたいよね。大丈夫、わかってるから」


続けて、リップスティックを取り出そうとした唯が不可解な顔で辺りをみまわす。


「香菜、いまなんか変な音が…」

「えっ?」


「今ね、このリップを取ろうとしたら……ううん、気のせいみたい。私相当参ってるかも」


最初の夜に美羽がいなくなった時に落ちていた化粧ポーチのことを思い出していた。

リップスティックと美容液スティックから【装備できない】のアラート音が鳴ったはずだ。


唯の反応からすると、おそらく【装備ができた】音がしたのではないだろうか。

スティックから杖が連想されるので、やはり唯は魔法職だろうと予想する。


「香菜、ありがとう。もう智輝と航一郎くんに声かけてもらっていいよ」


車の外では、智輝と航一郎がタイヤを見ながら難しい顔をしている。

キャンプ用のサバイバルナイフが運転席側の前輪に突き立てられていた。


「いや、このままじゃどうにもならないのは解ってるんだけど、スペアタイヤがあっても俺も航一郎も交換したことないし。工具もいまから探してみないと」


「私もうここから離れたい。智輝、車じゃなくてもいいから、もう、逃げよう?」

「そうしたいけど、でも、どこに……?」


森の中も薄暗いが、だいぶ夕暮れが近くなっている。

スマホを確認するともうすぐ18時になるところだった。


「あそこ、電気ついてない?」


唯が指さす方をみると、キャンプ場の方が確かに明るくなっている。

罠だと直感したが口には出さない。


「キャンプ場に、誰かいるんじゃないの?」

「時間で自動的に点灯するようになってるんだろ」

「行ってみようよ。ここにいるのは本当に嫌。血の匂いがする」


唯に押し切られる形で車を離れることになった。

唯たちが気を取られている隙に美羽の手持ちの荷物から化粧ポーチを取り出し、そっとリュックにしまう。


そして、釣り竿のケースと懐中電灯を掴み車を降りる。

懐中電灯を航一郎に、釣り竿ケースを智輝に渡す。


訳もわからず釣り竿ケースを渡された智輝が一瞬不可解な顔をするが、すぐに意図を察して頷く。


「香菜、智輝に渡したのあれ、釣り竿?」

「うん。釣り竿ってロッドって言うでしょ。唯には装備できるんじゃないかと思って」


智輝が説得に成功したようだ。

唯が嫌々と言った顔でステータスオープンを唱え、茫然とした顔で中空を見つめている。

智輝に促されて釣り竿を恐る恐る構える。


「ウォーターカッター!ァ・・・?」


釣り竿から放たれた水流の扇が杖を中心に120度ほどの角度で広がる。

細い木は瞬時に切断され、小さな破片が舞い散った。

太い幹には深い傷が刻み込まれ、あと2,3回魔法を放てば折れてしまうかと思われるほどの威力だった。


「すっげ・・・」

「唯ちゃん、俺たちよりも攻撃力高いんじゃない?ジョブなんだったの?」

「黒魔術師」

「あー、そりゃ強いわ」


智輝も航一郎も興奮が隠せないようだった。

私も唯のポテンシャルがこれほどとは思わなかった。


翻って、吟遊詩人の自分はなにか戦闘時に役に立つことができるのだろうか。

物語の世界では司令塔として活躍することも多いジョブだが自分はそんな器ではない。

唯のジョブをいち早く知りたがったのは自分なのになぜか沈んでいく気持ちを抑えられなかった。



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