18.チューインガム
航一郎がオールで倒木をスライスする様子をみせれば、前回の美羽のように智輝も唯もステータスを確認してみてくれるだろう、という私の計画通りにはことは進まなかった。
美羽と唯が絶対に車から降りたくないと拒否したのだ。
しかし、剣士である智輝に鉈を装備してもらうことができれば大幅に戦力アップになるのは間違いない。
私は智輝に鉈を渡し、ステータスを確認してもらうことに成功した。
タンバリンで誘導したときのような異様なテンションにもならない。
念のため航一郎がスライスした木片を鉈でさらに小さい塊に破砕してもらう。
これで、木片を車に投げつけられる心配は少しは減ったはずだ。
問題はこの後どうするかだ。
車に乗って走り続けてもガソリンスタンドにはつかないことは分かり切っている。
キャンプ場に行くしかないのだろうが、碌な武器がないのが不安だ。
「あっちに屋根がないか?」
そんな私の不安を知ってか知らずか、智輝がキャンプ場の存在に気が付く。
鉈を手にして気が大きくなっている智輝は当然のように行ってみようと言い出す。
「美羽ちゃんと唯ちゃんはどうする?」
二人はもちろんそんなところには行きたくないので車で待っていると言う。
暗くなる前に車まで戻ってくること、車には中から施錠することとお互いに約束をして私たち3人はキャンプ場に向かうことになった。
「これがあのじーさんが言ってた閉鎖されたキャンプ場か」
「唯ちゃんが来たくないって言うなんて、よっぽど参ったんだな」
そんなことを言いながら航一郎と智輝が先へ進む。
ループのことを二人に話せば、話は簡単なのだけれど、なかなか切り出す機会がない。
それに、工房に智輝が入るのも少し嫌な気がした。
そっと二人から離れて工房に向かう。
バードコールを手にしたらどうしても試してみたいことがあった。
バードコールを3度鳴らす。
3回とも自分が2秒間麻痺することを確認する。
やはり、対象が自分だけのときは100%自分が麻痺する。
試しにかんでいたガムを耳に詰める。
美羽が見たら「不潔!」と叫んで卒倒しそうだなとは思うけれど、命には代えられない。
音が聞こえない状態でバードコールを鳴らすと、目論見通り私は麻痺しなかった。
音が聞こえなければ状態異常にならないとしたら、二つのタンバリンにも使いようはある。
問題は航一郎と智輝に何で耳をふさがせるべきか。
自分ではできてもさすがに他人にガムを耳に詰めろ、とは言えない。
バードコールと耳栓の機能も確認できたので走ってラウンジの方に向かう。
途中で二人には追いつけるだろう。
工房の椅子を持っていくべきか迷ったが、よく考えれば航一郎のオールでも智輝の鉈でもドアは破壊できる。
工房から少し離れた場所に智輝と航一郎が立っていた。
どうやら私をさがしていてくれたらしい。
三人で食堂兼ラウンジ棟に向かう。
二人にはキッチンを探してみたら、と提案し、私はラウンジに行く。
今回はタンバリンを使う必要がないので、音がでないようにそっとタンバリンをリュックにしまった。
ここまでは拍子抜けするほど思い通りに進んでいる。
「そろそろ戻らない?美羽と唯も心配だし……」
自分でそう口にして途端に不安になる。
こちらの行動に邪魔が入らないのは、向こうの誰かが狙われているからなのではないか。
「そうだな、ここも特になんもないみたいだし」
嫌な予感というのはすべて的中する。
車に戻ってみると、スライドドアの鍵の部分が壊されて半開きになっている、そして車の中にも外にも夥しい量の血液が広がっていた。
車の中に二人の姿はない。
「唯!美羽ちゃん!!」
「一体だれがこんな……」
智輝と航一郎が取り乱す中、私は比較的冷静に周囲を観察する。
よく見ると、血の跡がキャンプ場とは逆の方向に続いていた。
「見て、あれ」
今にも走り出しそうな智輝を抑えて慎重に血の跡をたどる。
まだ陽は落ちていないはずだが森の中までは陽の光が届かずうっすらと暗い。
しばらく歩いていると前の方からパキ……パキ……と木の枝を踏みしめて歩いているような音がきこえる。
航一郎がさりげなく私を自分の背中で庇うような体勢をとる。
智輝も鉈を正面に構える。
緊張を高める二人とは裏腹に私はすっと冷静になっていた。
あの血液の量からすると唯も美羽もおそらく助からないだろう。
どちらにしろリセットになるのだから、このループでは豚マスクの攻撃力、防御力などの情報をなるべく集めておきたい。
そんなことを考える自分を恐ろしいと思う気持ちもすでに麻痺していた。




