17.キューバリブレ
「ねえ、香菜ったら歯ぎしりしてる」
夢うつつで美羽の声が聞こえる。
なんだ悪い夢だったのか、と安堵しながら目を覚ます。
しかしそこはおなじみのキャンピングカーだった。
やはり、ループからは抜け出せていない。
いつものようにガソリンスタンドに止まり、店に入る。
前回は何が間違いだったのだろうか。
武器が足りなかったこと?
美羽と唯を仲間にできなかったのもそう。
店には鉈があった。剣士の智輝は鉈を装備できそうな気がする。
ギターは壊れているし美羽と唯に不審に思われないように持ち出すのは難しいため一旦あきらめる。
キャンプ場にあるタンバリンやバードコールも使い方を間違えなければ役に立つはずだ。
あとは、ボート小屋には寄ってオールは回収したい。
しかし、ボートを見つけた智輝と唯はまたボートに乗ってしまうだろう。
どうにかして阻止したい。
さしあたり、皆をボート小屋に誘導するための新聞記事の写真と、美羽と唯の目を盗んで鉈を手に取る。
ふと思いついて、前と同じようににガムといくつかのお菓子、ラム酒とコーラも一緒に買う。
私は店から出て写真を皆に見せる。
美羽を誘導し、来た道を戻り、ダイナーの脇を通り過ぎて湖の脇でテントを設置する。
前回よりもかなり手前の場所に車を停めてもらえたはずだが正確な距離はわからない。
とりあえず視界にはボート小屋はない。
よし、ここまでは計画通りに進んだ。
テントの設営とランチの支度をする傍ら、私は簡単なカクテルを作った。
氷をたっぷり入れたグラスにさっき買ったラム酒を注ぐ。心持多めに。
そこにキャンピングカーの冷蔵庫で冷やしたコーラを注いで軽くステア。
「香菜~!何それ?ラムコーク?」
「キューバリブレのライム抜き~」
「ラムコークじゃん」
笑いながらそういう唯にグラスを手渡す。
唯の様子を見に来た智輝にも当然ふるまう。
「あ、そうだ、さっきのガソリンスタンドで買ったこれもあるよ」
外国製の塩味のきつそうなトルティーヤのチップスをさりげなく皿に開ける。
キャンプテーブルの上にラムの瓶、コーラ、アイスバケツを並べていく。
後はもう放っておけば唯と智輝は勝手に酔っぱらってくれるはずだ。
目論見通り、ランチを食べ終わる頃には智輝も唯もかなり酔っぱらって、早々にテントに入ると休んでしまった。
千鳥足の唯をさりげなく手伝いながら、クマよけのベルを貸してもらうのもうまく行った。
美羽と航一郎は、と見るとタープの下で寛いでいる。
美羽がボートに乗るはずはないし、航一郎一人ではボートを運べない。
私は「散策ついでに薪をさがしてくる」と二人に声を掛けてボート小屋に向かった。
もちろん背負ったリュックにはガソリンスタンドで手に入れた鉈とペットボトルマラカスが入っている。
前回はクマよけのベルをならさなかったのに豚マスク男に襲撃されたので、これは関係ないはずだ。
今回のループでもまた全滅してしまうかもしれない。
それでも経験値が失われないならすこしでもレベリングをしようと思った。
たとえ鮫1匹分の経験値でも100回ループすればレベルは上がるはずなのだから。
欲を言えば、話が通じやすい航一郎と智輝にもレベリングをしてもらいたい。
「とりあえずは、一人でジャンプ鮫を倒せるようにならなくちゃ」
そう独り言ちると、さっそくクマよけのベルで鮫をあつめる。
もちろんハミングとマラカスも忘れない。
湖からは1メートルほど離れたところで鉈を構える。
私の位置が遠すぎるのか3~4匹ほど鮫の陰は見えるがジャンプはしてこない。
リーチの長いオールに持ち替えて水面を叩くがもちろん当たらない。
「どうしよう、もうちょっと近づいたほうがいいかな……」
武器を鉈に持ち替えて2歩ほど前に出る。
すると、1匹の鮫がこちらをめがけてジャンプしてきた。
「キャー!!」
慌てて闇雲に鉈を振り回すが鮫には当たらない。
怯んだ隙をめがけてほかの鮫もとびかかってくる。
「やだ!無理!無理!」
1匹だけ湖に戻り損ねて砂地に転がった鮫を慌ててオールで叩く。
航一郎のようにスパッと一息では殺せず、なんどもなんどもオールを振り下ろす。
オールが肉にめり込む時の抵抗がどんどん減り、ようやく息の根を止めることができた。
こんなことを100回も200回も繰り返すことが本当にできるのだろうか。
湖から2メートルほど離れて水面の様子を見る。
倒した鮫の血に引き寄せられたのか、鮫の数は10匹ほどに増えていた。
恐ろしさでさらに1メートルほど後ろに下がる。
絶望的な気持ちで立ち尽くしていると、キャンピングカーを停めた方から人影が近づいてくるのが見える。
「おーい!香菜ー!」
航一郎だった。
「え?てか、香菜何やってんの?」
血まみれの鮫の死体と、オールと鉈を手にした私を見て航一郎が目を見開いている。
「これ、持って」
疲れ果てている私はオールと鉈の両方を乱暴に航一郎に押し付ける。
後はもう毎回くりかえされる同じ会話だった。
「なるほど。で、レベリングのために鮫を倒そうとしているけど上手くできないと」
「うん」
ま、香菜にはむりだろうね、と航一郎が笑って前回のように鮫をオールで叩きはじめる。
私は航一郎がとどめを刺し損ねた鮫を鉈で刻んでいく。
航一郎が面白がってなかなか止めないせいで気が付くと1時間近く時間が経っていた。
レベルは各々1上がるに留まった。
「そういえば、美羽はどうしたの?」
「あー、眠いから車にもどるから香菜の様子でも見に行けばって」
「美羽が?」
珍しいこともあるものだ。
そんなことを話しながら湖沿いをあるいていると、智輝がテントを片付けている姿がみえた。
「智輝?どうした?」
「航一郎!どこ行ってたんだよ!さっさと手伝え!香菜ちゃんは早く車に乗って!」
訳も分からず車に乗り込むと唯と美羽がなぜか椅子ではなく床に座り込んでいた。
「どうしたの?」
美羽が硬い表情で運転席の方を指さす。
確認しようと運転席を覗き込むと、テントを積み終わった智輝と航一郎が車に乗り込んできた。
「すぐ出すぞ!」
運転席に智輝が座ろうとするが、航一郎が強引に運転席に座る。
「いや、お前酒飲んでるだろ。で、何があったわけ・・・うお!」
運転席の斜め前にシカらしき動物の首が落ちている。
目は苦痛に見開かれ、切断面が生々しい。
夢にみてしまいそうだ。
「突然それが飛んできて、首のない胴体の方が道路を走って行ったらしい」
「らしい?」
「唯が見た。俺はみてない。で、とりあえず、引き返そうってことになって」
なるほど、と言いながら航一郎は来た道を引き返し始める。
そろそろ夕方の5時になろうとしていた。
日暮れまではまだ2時間ほどある計算だが、その前にガソリンスタンド辺りまでは戻りたいと智輝は言う。
一方私は、この先に出現するはずの倒木をどうするか考えを巡らせる。
車は置いてキャンプ場に行って武器を回収するべきか、
航一郎に輪切りにしてもらって先に進むべきか。
どちらもあまり気が進まないが、私一人が攻撃力のない武器を手に入れるよりは、三人にジョブを確認してもらえるチャンスに掛けるほうがマシな気がした。
なにしろ私一人ではあの小さい鮫を倒すのがやっとなのだ。




