16.キャンプカート
湖の周囲には荷物もなく、美羽も唯も智輝もいなかった。
「あれ?行き違ったかな?」
「ほかに道あったっけ?」
「カートを引っ張ってたし、キャンプ場経由じゃなくて道路から戻ったかもな」
「連絡したいけど、スマホ圏外なんだよね」
私たちは少し迷ってキャンプ場ではないほうを行くことにした。
「そういえば、さっき話が途中になっちゃったけど、敵ってなに?」
リセットのことを話すかどうか迷う。
「前回」起こったことを手短に話す。
豚のマスクをかぶった男に襲われたこと。
今回は正直に「せいなるおとめ」のスキルについても航一郎に説明した。
魅了のスキルで航一郎がおかしくなったことは話せなかったが。
「って、こんな話信じられないよね」
「いや、ステータス画面が開けたんだし、さっきのシカのこともあるし、信じるよ。実感はわかないけど。でもそうか。俺たちが5人パーティでその豚男がボスだとしたら、みんなで戦略とか立てないと勝てなそうだな」
「うん。だから、ちゃんと説明しようと思ってるんだけど、うまくできなくて」
「だよなー。俺もさっき美羽ちゃんに怒られたし」
「私は、前回、唯におこられちゃって」
そこで航一郎と顔を見合わせてクスクスと笑う。
「とにかく、香菜さえ生き残ってればやり直せるんだろう?ラッキーだよ。俺、全力で香菜を守るから、香菜も全力で逃げろよ」
それにはなんとも返事ができなかった。
そんなことを話しながら歩いていると前の方からキィキィと何かを引っ張る音が聞こえた気がした。
「美羽ちゃんのカートかな」
「そうだね。でも、なんだか」
さっきとは音が違うような、と口に出そうとしたとき、航一郎の脚がふいに止まった。
「航一郎?」
そのまま進もうとする私を航一郎が手で制する。
航一郎の視線を追うと道路に点々と赤黒い染みが続いていた。
航一郎に促されるまま、静かにあとずさり見通しの良い道から林に入る。
「血、だよな」
「わかんない」
「誰か怪我でもしたか……豚男か。見つからないように追いついて確かめよう」
豚マスク男だったら碌な武器もない状態では絶対に遭遇したくない。
「怖い?俺一人で見に行ってもいいけど、一人でここに残していくのも心配なんだよな」
「大丈夫。行ける」
私はタンバリンとバードコールの入ったリュックを背中から胸側に回した。
「ギターも武器になるから、私が持つ」
「これで?殴るの?」
航一郎が面白そうに言ってギターを渡してくれる。
確かに装備ができないのでこれで殴るしかないのだが、自分と航一郎の間にだいぶ温度差があるように思えて不安になる。
「私、吟遊詩人だから。でも弦が切れちゃってるから装備はできなくて」
「弦か。釣り糸で代用できそうだけど」
航一郎が手に持っていた釣り竿と道具入れを持ち上げて見せる。
釣り糸。それは思いつかなかった。
「お願い、直してみてほしいの」
「いいけど、ここじゃ無理だから、やっぱり車に急ごう」
車に向かうのも血の跡をさぐるのも、キャンプ場を経由した近道を使ったほうが良いだろう。
いったん道路をはなれて車に向かう。
背後を気にしながら山道を歩く。
気が付くと「前の」晩の時のように航一郎が手を引いてくれていた。
「一度、道路の様子を確認してみよう」
キャンプ場の方が高台ににあるため、上の方から道路の様子が見られる場所があった。
それを目にした私の喉がヒュッと小さく音を立てる。
「香菜?」
同じ方向を見た航一郎も息を呑んだ。
大量の血だまりとキャンプカートだった。
キャンプカートには、何かが乱雑に積み上げられているようだ。
赤黒く濡れた調理器具やタープの布、そしてその下からはみ出ている……手足。
カートの周囲に人影はない。
不意に後ろから豚マスク男が現れるのではないかと不安で震えがとまらない。
「大丈夫、大丈夫だ」
航一郎がそっと背中に手を当ててくれる。
姿勢を低くしてその場を離れるように手で示す。
「香菜、自転車を取りに戻ろう。香菜の話だと、豚男を倒すか、……俺がやられれば、香菜は逃げられるんだろう?」
「航一郎!?」
「いや、もちろん、みすみすやられるつもりはない。ただ、もしダメだった時のためにも、香菜には逃げて欲しい」
さっきは自分も同じことを考えていたのを棚に上げて、私は拒否する。
「航一郎を置いて逃げられないよ」
「たぶん、智輝たちはもう、ダメだと思う。だから香菜、香菜だけは逃げて欲しい。香菜が死んだら何もかも終わりなんだろ?」
そういわれてしまえばもう、うなずくしかできない。
航一郎を犠牲にして、自分の意志で一人だけ逃げるのがこんなに辛いとさっきまでは想像できなかった。
「でも、私もぎりぎりまでは一緒に戦う」
ギターを持ち上げてみせる。
航一郎は一瞬困ったような顔をして、私を正面から見つめた。
いつか見た表情だ。
「香菜、俺だって男だからさ、……女の子の前ではいいカッコさせてよ」
照れたように俯こうとした航一郎の視線は私を超えて、斜めうしろでとまる。
私の抱えているギターのネックをそっと握る。
「振り向かないでそのまま自転車のところまで走れる?」
背中を押されて前のめりになった勢いで、訳も分からず反射的に走り出していた。
チラリと振り向くと、豚マスク男にギターで殴りかかる航一郎の姿があった。
ふと、オールがあれば航一郎も戦いやすいのではないかと思い当たる。
湖の外周を沿っていけばボート小屋はそのうち見つかるだろう。
「香菜!振り向くな!絶対勝って追いつくから、走れ!!」
ひたすら走った。
まず、工房に行って自転車を確保しよう、そしてボート小屋を探してオールをもって航一郎のもとに戻ろう。
気持ちばかりが焦ってしまい壊れた自転車は思うように前に進まない。
大分先の方にボート小屋らしき屋根が見える。
どれくらい漕いだだろうか。
ようやくボート小屋についてオールを回収する。
航一郎のもとに一刻も早くもどらないと。
その時だった。
無慈悲な機械音が鳴り響き、航一郎の死を私に告げる。
「もう、やだ……。誰か助けて……」
自転車に乗りなおす気力もなくその場にへたり込んだ。




