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14.スペアキー


「航一郎、スペアキーは?」


キャンピングカーに戻ってドアを開けようとした美羽が急にそういった。


「車の中だけど」


航一郎が不思議そうに返事をする。


「車のなかにスペアキーがあるなら外からは施錠できなかったでしょう?」


美羽がドアハンドルを引っ張って施錠されているのをアピールしてみせる。


「あれ?そういえば普通にロックできたな」


航一郎と美羽が最後に助手席に座っていた私をみる。


「あっごめん、さっき私がダッシュボードから出して持ってた」


美羽が怪訝な顔をしている。


「そう……。あのね、一応私の責任で借りてる車だから、返してくれる?香菜は免許持ってないわよね?」

「ごめん」


私は観念してスペアキーを美羽に返した。

なんとなく険悪な気配を感じ取ったのか、航一郎も持っていた鍵を美羽に返す。


これで、すべての鍵を美羽が持ってしまった。


「とりあえず、車はここでいいから、荷物を運び出しましょう。カートがあるから湖までくらいなら運べるでしょ?」


湖沿いの道路を利用しないで、キャンプ場を経由するルートを通れば車からキャンプ場の湖までは6、700メートルといったところだ。


美羽に促された航一郎と智輝は、グリル、調理器具、タープなどをキャンプカートに載せていく。

釣り竿を握った智輝が「でた!装備できない!」となぜか喜んで、唯が嫌な顔をしていた。


私が車からギターを持ち出したのをみた美羽は一瞬眉をひそめたが特になにも言わなかった。


湖まで移動する間にそっと4人から離れてギターの効果を確認してみる。

ギター:こわれている


装備はできるのに。

「微妙……」


「何が微妙なの?香菜ちゃん?」

いつの間にか智輝が後ろにいたので、ビクッとしてしまった。


「私、吟遊詩人でしょ?このギター、装備はできるんだけど、壊れているって表示されちゃうの」

「へえ、貸して」


智輝にギターを渡して代わりに智輝のもっていた釣り竿と釣り道具の入った箱を受け取る。


「うーん、切れちゃってる弦があるのか」


智輝は弦を引っ張ったり弾いたりして調子をみている。


気が付くと、前をあるいている3人の姿が大分遠くになっていた。

3人はすでにキャンプ場の整地された道に差し掛かっているせいか、随分進みが早い。


「随分遅れちゃった。ちょっと急ごう?」

「うん……」


ギターをいじっている智輝は生返事だ。

私に先を促されても、すこし歩いては立ち止まってしまう。

キャンプ場の敷地に入ったときには、前方の3人の姿はすっかり見えなくなっていた。


「智輝くん、早く追いつかないと唯が怒るよ~」

「あー、あそこって香菜ちゃんが椅子を持ち出したっていう工房?」


智輝がすこし先にある工房を目で示す。


「そうだよ。でも何もなかったと思うけど」

「なんか工具があるかもしれないし、作業台があるだけでいいから」

「本当になにもなかったけどな」


作業台とベンチくらいはあったかもな、と思い出しているうちに工房についた。


「いいじゃん」


作業台があったので、智輝はギターを作業台の上におく。


「香菜ちゃんも、荷物いったん置けば?」

「うん。でもあんまり遅くなるとみんな心配するから、一度戻ってから来ない?」

「いや、弦さえあれば直せるから、ちょっと探していこう。夜になればモンスターが出るんだろ?」


智輝にそういわれてしまうと、そんなに時間がかからないならと承諾してしまう。

それに、何かあれば唯か航一郎が電話をしてくるだろうという気持ちもあった。


「香菜ちゃん、引き出しのなかに何かないか探してくれない?」

「引き出し?」

「そっちの棚とか、何も入ってない?」


智輝が部屋の奥にある棚を指す。


「わかった。見てみる」


棚の引き出しを開けてみる。

さっきは窓を壊すものを探していたからたしかに引き出しは探していない。


握れるくらいのサイズの木切れにボルトが差し込んであるおもちゃと紙やすりが入っていた。

おもちゃの方を手に取ってみるとシャキンと音がする。


「えっ?……ステータスオープン」


バードコール:まひ(2びょう)


「バードコールって聞いたことあるけど、初めて見たかも」


今までで一番使えそうな武器な気がする。

私はやっと見つかった楽器に興奮していて、智輝の接近に気が付かなかった。


「あっ智輝くん、これすごいの!」


振り向きざまに、智輝によって体を棚に押し付けられる。

私の両手を頭上でつかんで身動きを取れない姿勢にする。


「とも……んっ」


叫ぼうとした私の唇は智輝の唇によって無理やり塞がれる。

脚をバタバタ振って抵抗するが対格差があり智輝のからだをよけられない。


智輝の顔が離れる。

「どうして?おねがいっ、やめて」

「香菜ちゃん……、頼む、静かにしてくれ。唯がくるだろ」


信じられない。

怒りを込めて智輝を見つめる。


智輝はそれを無視して私の来ているTシャツをまくり上げ顔にかぶせる。


「お願い!やめて!やめて!!」


私の願いは聞き届けられず、生暖かい感触が首筋をなぞる。


「香菜ちゃん、本当はこうしたかったんだろ」

「ちがう!智輝くん、どうして?! どうしちゃったの?」


智輝の手がジーンズに掛けられる。

片手でボタンをはずすのが難しいらしく、力任せにジーンズごと引き下ろそうとするがうまくいかずさらに苛立ちをつのらせる。


「智輝くん、おねがい、やめて……」


泣きながら懇願する。


「香菜ちゃん、大丈夫、大丈夫だからさ、怖くないよ」


怖いし、大丈夫ではない。

こんな時、自分が美羽のようなヒロインだったら航一郎が助けに来てくれるのだろうか。


「もう、やだ、やだぁ」


私は、両手に握りこんでいたバードコールを無意識にひねった。

金縛りのように自分の体がうごかなくなる。


すぐに金縛りが解けた。

何がおこったのかわからないままもう一度バードコールをひねる。

ふと私の両手を抑える智輝の手が緩んだ気がした。


香身をよじって智輝の手を振りほどきにかかる。


拍子抜けするほど簡単に手を抜くことができたのでそのまま座り込んで智輝の体をかわし、

その姿勢のまま顔に掛けられたシャツを戻した。


床を転がって智輝から体を離す。

あっけにとられた智輝が振り向く前に全力で工房の外に走り出る。


智輝はそれ以上は追いかけてはこないようだったが私は走り続けた。


ダイニングホールの建物に差し掛かったときに、ちょうど脇の道から先に行った3人が出てくる。


「香菜!なにやってたの?」


唯がこちらに走り寄ってくる。


「智輝は?」


私は何とも答えられず黙り込む。


「香菜、それ、何?」


唯が無表情に私の首の付け根あたりを指さす。

ちょうど美羽と航一郎も追いついてきて、唯の指の先に視線を向ける。


「香菜も唯ちゃんもどうした?なんか、香菜の頭、随分ボサボサだけど……?」


航一郎が驚いて声をかける。

美羽は何事か察したのかとっさに顔をそむける。


「香菜、説明して!」

「 …… 」


唯の声が次第に尖ってくる。


「サイアク……智輝は、どこにいるの?」


私はノロノロと工房の方を指さした。


唯は、私を突き飛ばすと、工房に向かって走り出した。


「航一郎、心配だから、唯を追いかけて!」

「わかった」


美羽がそう言い、航一郎は弾かれたように走り出す。


残された私は、と言えばうつむいたまま動けないでいる。


「いつもいつも物欲しそうに見ているだけだと思ったら、今日は随分大胆なのね」


静かに美羽が声をかける。


「どういう意味……?」


美羽が皮肉めいた笑みを浮かべながら車のキーをつまんで見せる。


「ちがう!美羽!ちがうの?」


「どうでもいいわ。いいからそのみっともない姿をなんとかしたら?鏡ぐらい持ってるでしょ?」


しゅるりと音をさせて、美羽が首に巻いていたスカーフを外す。


「それもちゃんと隠してね」


美羽もまた私の鎖骨を指す。

そのまま私にスカーフを押し付け、唯と航一郎が向かった方へ歩いて行ってしまう。


「隠す?」


私はその場にしゃがみこんでリュックを開け、化粧ポーチからコンパクトを取り出した。

鏡の中に映った自身の姿は見るに堪えないものだった。

首筋から鎖骨にかけていくつもの小さな内出血。

乱れた髪、よれた口紅。


勘のいい唯と美羽は私と智輝の間に何があったかおそらく瞬時に理解しただろう。

航一郎が気が付くのも時間の問題かもしれない。


「なんで、私ばっかりこんな目に……」


やり場のない怒りをリュックにぶつける。

振り上げたこぶしがあたって、リュックのなかのタンバリンがチャリ、と鈍い音をたてる。


「まさか!?」


私は二つのタンバリンとバードコールをかわるがわる手に持ち、ステータスウインドウで効果を確認する。


バードコールを鳴らすと持ち主の自分であっても2秒間の麻痺状態になった。


ハートのタンバリンを鳴らせば一緒にいる相手が魅了されることを知っていたはずなのに

なぜ私は、航一郎と智輝の前で無防備にタンバリンを鳴らしてしまったのか。


航一郎と智輝を早く味方につけようと焦る気持ちはもちろんあった。

だが、前回、航一郎を魅了してあれほどみじめな気持ちになったのに。


そんな簡単なことに考えが回らなかったのはなぜか。


「思考力、低下?」


愕然とした気持ちでスターのタンバリンを見つめる。

この世界が自分を呪っているとしか思えなかった。


智輝のあの状態はほかならぬ香菜自身の不注意が招いたものだった。


今頃、航一郎たちは智輝と合流しただろうか。

智輝が明らかにおかしくなった理由が私のせいだと航一郎は推測してしまうだろうか。

航一郎は私を軽蔑するだろうか。


恐怖と羞恥心で思わず叫び出しそうになる。

智輝とも航一郎とも唯とも美羽とも、もう二度と顔をあわせられない。


もう一度、今日の朝から何もかもやりなおせれば。


私は恐ろしい考えにたどり着いてしまった。


「もう一度、やりなおせる……」


全員が豚マスク男に殺されるまで自分が逃げおおせれば、リセットできてしまう。


しかし、絶対にまた同じようにリセットできるだろうか。


こうして一人で無防備に座り込んでいる自分の方が先に豚マスク男に殺されるかもしれない。

そもそも、リセットできるからといって友達の死を願うなんて……。


様々な思いが脳裏をかけめぐる。


考えはまとまらないまま、化粧ポーチからメイク直しシートを取り出し、最低限の顔をととのえた。

首元と鎖骨にファンデーションを押し付けて内出血を隠す。


美羽のおいて行った高級そうなスカーフは丁寧に畳んでリュックにしまい

代わりに自分の持っていた保冷スカーフを首に巻き付ける。


美羽と唯はまだしも、航一郎に軽蔑した目で見られたらと思うと足が動かない。


やはり、逃げ切ってやりなおした方がいいのだろうか?


そんな私の願望が通じたとは思いたくないが、工房の方向から悲鳴のような声が上がった。


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