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失われた記憶が……

 お母様は、殺された。あの日、宰相に殺されたのである。プランタード公爵家のあの子ども部屋で。


 昔、わたしがまだ子どもの頃、侯爵とミレーヌとわたしとヴァレールは仲がよかった。訂正。仲がよかったかどうかはわからない。とにかく、よくあの部屋でいっしょにすごさねばならなかった。


 すくなくとも、侯爵とミレーヌとはよくゲームをしたりお喋りをしたりしていた。


 三家が仲がよかったかどうか、それはわからない。どうしていっしょにすごさねばならなかったかも。


 大人の事情があったのかもしれないし、そうではなくなにかの理由があったのかもしれない。


 いまにして思えば、あそこで遊ぶ日は、たとえ遊び相手のヴァレールが病で寝込んでいるときでも、宰相は在宅していて、よく子ども部屋にいた。彼は、わたしたち子どもにはまったく関心がなかった。まるでわたしたちがそこにいないかのように振る舞っていた。彼は、お母様たちとずっとお喋りしていた。ときには、お母様たちに触れたりしていた。それを見て、子ども心に「嫌な奴」と思っていた。



 あの日もそうだった。


 当時、病で寝込みがちだったヴァレールは、あの日も寝込んでいるらしく子ども部屋にはいなかった。


 いつものように、子ども部屋で侯爵とミレーヌと遊び始めた。しかし、あの日は様子が違っていた。


 宰相がやって来て、しばらくお母様と前侯爵夫人と三人で話をしていたかと思うと、ケンカをし始めたのである。ミレーヌとわたしが、その激しさに泣きべそをかいてしまったほどの口論だった。


 いいえ。それどころか、宰相は暴力をふるい始めた。わたしたちは、さらに驚いて泣き始めた。


 彼らのケンカの理由はわからない。しかし、このままでは宰相がお母様たちを殺すのではないかというほど、殺気に溢れていた。子ども心に感じた、ではない。それほど激しかったのだ。


 宰相にふるわれたのは、まず侯爵とミレーヌのお母様だった。わたしのお母様は、それを必死に止めている。


 そのお母様の姿が、凛としていて頼もしかった。それを、怖ろしいながらも自慢に思ったのを覚えている。


 子ども部屋の隅で三人で怯えていたけれど、見るに見かねた侯爵がおずおずと止めに入った。


 そこは、さすがに男の子。といいたいところだけれど、宰相は子ども相手にも容赦はなかった。それはそうよね。レディを平気で殴ったり蹴ったりするのだから。


 必死に継母を守ろうとする侯爵が宰相に殴られ始められると、お母様は身を呈してそれをかばった。


 暴力はやみそうにない。それどころか、エスカレートするばかり。


 その凄惨すぎる光景に、子どもだったわたしは耐えられなかった。


 ブルブル震え、耳をふさぎ、瞼を閉じ、必死に耐えた。


 が、一瞬だけ好機が訪れた。


 物音や怒鳴り声に驚いたプランダート公爵家の使用人かだれかが、子ども部屋の扉をノックしたのだ。そして、問題はないかと尋ねた。


 宰相は、さすがにそれを無視するわけにはいかない。彼は、扉に近づくとそれをすこしだけ開けて話し始めた。


「逃げるのよ」


 血まみれのお母様が、わたしたちに近づいてきてささやいた。


「あなたたちだけでも、窓から逃げるのよ」


 お母様は、そう言い終えぬうちからわたしたちを急かした。


 もう立っていることも出来ないはずのお母様と侯爵とミレーヌのお母様は、まず侯爵とミレーヌを窓から逃した。


 旧館にある子ども部屋が、一階だったのは幸運だった。


「マック、娘を、マヤをお願いね」


 そして、お母様は無理矢理わたしを窓から逃そうとした。そして、マックに託そうとした。


 が、そのときである。


「なにをしている?」


 使用人をごまかし、追い払った宰相が突進してきた。


 まだいまより若かった宰相の形相は、子どものわたしには魔王以上に怖いものだった。


「あなたたちだけでも逃げなさい。走って屋敷に戻るのよ」


 お母様は、侯爵とミレーヌにそう言い捨てて窓を閉じた。


 侯爵とミレーヌが、窓の外で恐怖と不安でかたまっている目の前で。


 そのあとは、さほど長くはなかった。


 宰相が護身用の短刀で決着をつけたから。


 わたし自身は、ショックのあまり失神した、と思う。


 彼が短刀でお母様をメッタ刺しにしているところで記憶が終っているから。おそらく、そこで気を失ったに違いない。


 わたしは、あのときの恐怖とショックで記憶を失ったのである。


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