移動の準備は続く
護衛の騎士たちは、荷物を運ぶのを手伝ってくれたり、もろもろの雑用をこなしてくれた。だから、ずいぶんと移動の準備がはかどった。
「奥様、おれたちの元騎士団長がご迷惑をおかけしてほんとうに申し訳ありませんでした。われわれとしても恥ずかしいかぎりです」
荷物を荷馬車に積み込む手を止め、騎士団を追放処分になったヴァレールにかわり、騎士団長に内定しているイーヴ・マルティルが小声で言ってきた。
彼は、もともと侯爵の片腕だった。侯爵が騎士団を去った時点で、本来なら彼がその座を継ぐべきはずだった。が、ヴァレールの父親である宰相のコネでヴァレールがその座を継いでしまった。
イーヴは、侯爵やヴァレールとは違ってほっこりする顔をしている。赤毛にダークブラウンの瞳を持つ彼の顔は最高に可愛い。背は高くなくて男性にしては小柄だから、なぜかすごく親近感がわく。
一瞬、彼のいう「元騎士団長」が侯爵のことだと思った。
「おれたちもみなでよかったなと言っているんです。ヴァレールは、控えめにいってもクズのバカです。父親がアレでなければ、とっくの昔に退団させられていました」
ああ、ヴァレールのことね。
やっと納得する。
「イーヴ、それ以前に騎士団に入団出来なかったよ」
周囲の騎士たちが笑った。
「そうだな。それにしても、災難でしたね」
「ありがとうございます、イーヴ」
イーヴの可愛い顔は、心から気の毒そうな表情になっている。
その彼にお礼を言った。
「とはいえ、おれもたいしてかわらないのです。騎士団長にかわり、みんなをひっぱっていけるか自信がありませんか自信がありません」
彼は、みんなにはきこえないようさらに小声で言った。
「イーヴ、大丈夫です。自信を持って下さい。夫がいつも言っていました。あなたに任せておけば安心だ、と。みなさんは、日頃のあなたを見ています。騎士団長になったからといってがんばりすぎたり気負いすぎたりせず、自然体でいればいいと思います。そうすれば、これまでのあなたを見ているみなさんはおのずとついてきてくれます」
彼に社交辞令を言っているわけではない。ましてや持ち上げるわけでもない。
侯爵が彼のことを褒めていたのは、ほんとうのことだから。
「ご、ごめんなさい。なにもわからないレディのわたしがこんなことを言うなんて、不愉快ですよね」
こういう男社会は、レディにエラそうにされることを嫌う男性がすくなくないらしい。それどころか存在を認めなかったり、貶めたりするという。
馬関係の社会と同じである。
「ええ? そんなことありませんよ。奥様は、騎士団長の奥様というだけですでに尊敬ものです。それに、名調教師でもあります」
「そうですよ、奥様」
「そうそう」
わたしの声が大きかったらしい。
イーヴだけでなく、周囲の騎士たちも社交辞令を言ってくれた。
「社交辞令でもうれしいです。その、騎士団長の奥様というところではなく名調教師のところですが」
それにしても、彼らは、侯爵のことをまだ騎士団長と呼んでいる。
その彼らから侯爵を奪ってしまったようでうしろめたい気分になった。
というか、「侯爵の妻というだけで尊敬もの」ってどういう意味?
「おーい、諸君。和やかな雰囲気はいいが、手が止まっているぞ」
屋敷内から侯爵が大きな箱を抱えて出てきた。
真っ白いシャツの袖をまくり上げ、あいかわらずキラキラ光っている。
「おっと」
「すみません」
みんなで慌てて作業に戻った。
そんなふうにして、平和かつ穏やかに移動の準備は進んだ。




