騎士団が護衛に
わたしの部屋のテラスで真鍮製のテーブルをはさみ、お父様とふたりおたがいに気を遣いあっている姿は、感動ものとかほほえましいというよりかは、滑稽な気がする。
それはともかく、ふたりで散々慰めあったとともにお母様を偲んだ。
それから、尋ねてみた。
例のお母様の日記のことを、である。
「あれには、いったいなにが書かれてあるのですか?」
「いや、わたしも知らないのだ。おまえのお母様は、将来を予見していた。レディの勘というのだろうか? たしか、彼女は『あの男の魔の手がおまえに届かぬよう、餌をまいておいた』、と言っていた。そして、『自分の部屋の本棚にその証拠を残している。万が一、あの男がマヤの命を脅かすようなことがあれば、そのときには躊躇なくそれをあの男に渡してください』。そうも言っていた。以前、それがどこにあるのか確かめようと本棚を探してみた。しかし、結局見つけられなかったのだ」
以前、わたしがお父様がそれを探しているのをわたしも見た。
「まさか、おまえが見つけるとはな。それにしても、シュゼットはああして細工までしていたとは……。マヤ。どやら、あれはあの男を惹き付けるなにかがあるのだろう。なになのかはわからないが、彼女がおまえの為に考え抜いた末の考えだ」
シュゼットは、お母様の名前である。
「お父様。そのことですけど、宰相はぺルグラン帝国の皇帝が暗殺されてその後継者がいないので女帝になるつもりはないか、とわたしに持ちかけてきました」
「ああ。そのことは、侯爵を通じて情報を得ている。たしかに、シュゼットの娘であるおまえに帝位継承権はあるだろう」
「そのことで、使者がやって来るとも言っていました」
「ああ。そのことも知っている。わたしのところにも密使が来ているから」
「って、お父様。お母様を殺したのは、ぺルグラン帝国なのですよね?」
「ああ、そのことか。すまぬ。それは嘘だ。おまえに出自を悟らせぬ為、彼の国に悪者になってもらったのだ」
「まったくもう。お父様、わたしにずいぶんとひどいことをしているのですよ」
「わかっている。申し訳ないと思っているよ」
まったくもう。この分では、もっともっと知らないこと、違っていることがあるはず。
たとえば、お母様の死因。それから、わたしの記憶のこともそう。
「旦那様、お嬢様、お客様ですよ」
「キャッ」
「うわっ」
いつの間にか、テラスにサンドリーヌがやって来ていた。
突然出現した彼女に、お父様と驚いてしまった。
「侯爵がお待ちです。ふたりとも、はやく居間に行ってください」
彼女は、驚きでかたまっているわたしたちを横目にテーブル上の食器を片付け始めた。
わたしが宰相にさらわれて侯爵に助けられたその日以降、シルヴェストル侯爵家の領地への移動の準備が急ピッチに進められたのと同時に、護衛の人たちが屋敷に滞在することになった。宰相がまた人をよこすのではないか。つまり、わたしをさらう為にごろつきなりプロなりを差し向ける可能性がある。
とはいえ、だれかを雇ったというわけではない。
侯爵は、民間の業者に警備や護衛を頼み、雇うつもりだったらしい。が、元の上司の窮状を知った騎士団の騎士たちが名乗り出てくれたという。
このことは国王も知っていて、国王の承認のもとに行われているというから驚きである。
国王にしてみれば、若気の至りとはいえ隣国からわざわざ嫁いできた皇女を離縁し、その皇女の娘が宰相に狙われているというのでうしろめたさがあるのかもしれない。だから、騎士団の出張を認めたのかも。
そして、もうひとつ。このところの宰相の公にしろ私的にしろ、専横ぶりはますますひどくなっている。それこそ、公の場で国王を蔑ろにするシーンも多々あるらしい。
さすがの国王も、宰相をどうにかしたいと密かに思い始めているのだろう。
それが、今回の護衛承認のきっかけになっているのかもしれない。
とにかく、これでだれがやって来ても万全というわけ。
正直なところ、知らない人たちが屋敷にいる上に行動が制限されて窮屈この上ない。
(ダメダメ。これもわたしの為になんだから。わたしのせいでみんなに迷惑をかけているのだから)
というわけで出来るかぎり愛想よく振る舞い、侯爵の良き妻を演じるようにしている。




