わたしのほんとうの父親はお父様
「皇女が嫁いだというのが、宰相たったなかさささふ???
「彼は、そんなことを言ったのか? バレる嘘をついてどうするつもりだったのだろう? マヤ、それは違う。その皇女、つまりおまえのお母様は、わたしに嫁いでくれたんだ。橋渡しをした関係で、彼女とはやり取りをしていたからね。彼女としても、まったく知らないだれかに再嫁するよりも何度か顔を合わせたわたしの方がましだったのだろう。このセネヴィル王国は、彼女にとってはまったく知らない国だから。それに、わたし自身彼女とは不思議と波長が合った。それまでは密かに憧れていたとか気になって仕方がないとか、そういうことはなかった。あくまでも公式な会話を交わす上での波長だ。とにかく、わたしたちはいっしょになったのだ」
お父様は、うれしそうに言う。
「まぁ、彼女はとてつもなく気が強い人だった。わたしは、彼女の尻に敷かれっぱなしだったがね」
それから、ポツリと付け足した。
「はいはい、お父様」
笑ってしまったけれど、すくなくともお父様はお母様のことを愛している。
それがよく感じられる。
そのお父様に、わたし自身のことを尋ねた。
もしかすると、この問いにたいする答えがわたしにとっては一番打撃を受けてしまうかもしれない。
それでもやはり知らなければならない。
わたしのほんとうの父親がだれなのか、を。
「あの男は、陛下や他の官僚や貴族たちに信頼されているわたしを疎ましく思っていた。彼は、金でだれかを雇ってはわたしを襲わせた。わたし自身、こう見えても剣の腕は悪くない。それから、幼馴染ともいえる親友が守ってくれていた。その親友は、騎士団の団長として王族の守らねばならないのに、時間を割いてはわたしの護衛もしてくれたのだ」
「それって……」
「そう。それは、先代のシルヴェストル侯爵。つまり、現侯爵であるおまえの夫の父上だ。だから、わたし自身はなんとかやりすごすことが出来た。しかし、あの男はよりにもよってわたしの妻を、おまえのお母様を狙ったのだ。わたしは、わたしはおまえのお母様を守ることが出来なかった。あの男の魔の手から、彼女を救うことが出来なかったのだ」
「お父様……」
テラスの真鍮製のテーブルの向こうでうなだれているお父様の頬や武骨な手を、無意識の内にさすっていた。
もう充分。これだけきけば、わたしの父親はだれかがわかった。
いいえ。遺伝子学的なことはどうでもいい。
やはり、わたしのほんとうの父親はお父様なのだから。
彼こそが、わたしの父親なのだから。
「お父様、ごめんなさい。こんなこと、きくべきではなかったのです。だって、わたしのお父様はお父様以外にはいないのです。そうでしょう?」
「マヤ……」
ハッと顔を上げたお父様の目から一滴、二滴と涙がこぼれ落ちていく。
その涙を、指先で拭ってあげた。