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きいたのか?

「マヤ、どうしたんだ? どこかケガをしたのではないか? 侯爵から『マヤはケガをしていない』ときいているが、やさしいおまえのことだ。侯爵に心配をかけまいと嘘をついたのだろう? どこだ? どこをケガしている?」


 お父様の動揺と混乱をひしひしと感じる。


 お父様がこれほど動揺や混乱をしているところを見るのは、馬によほどのことがあるときだけである。この前の「レッド・ローズ」の難産のときでさえ、お父様は動じていなかった。


「お父様、大丈夫です。ほんとうにわたしはケガをしていません。侯爵にもお父様にも嘘はついていません」


 オロオロと顔をのぞきこんでいるお父様を安心させる為、お父様の顔を両手で挟み込んだ。


「そんなことより、お母様の日記のことです。サンドリーヌからきいたのでしょう?」


 とりあえず。わたしの「ほんとうのお父様はだれ?」問題は一旦置いておくことにした。そのかわり、いま急に気になり始めたことを尋ねた。


「侯爵が宰相に日記を渡していましたが、あれはお父様が指示されたのですか? もしかして、わたしを助けるために?

 そもそも、どうして宰相がお母様の日記を欲しがるのです?」


 いっきに尋ねた。


 気がつくと、上半身を起こしてお父様に体ごと迫っていた。


 お父様は、いつものように穏やかな表情でこちらを見つめている。


 その表情は、どのようなときでも安らぎを与えてくれる。そのはずなのに、今日は違った。その表情がわたしの中のなにかを駆り立てた。


「おかしいではないですか? わが家に帰ったとき、わが家ってお父様とわたしの家ですよ。とにかく、わが家で宰相の息子のヴァレールがなにかを探していたのです。あのバカは、わけのわからないことばかり言っていました。そうすると、つぎは父親の宰相がわたしをさらいました。しかも街のごろつきを雇い、この屋敷に乗り込んでです。そこまでして入手したがるお母様の日記って、いったいどのような重要なことが書かれているのですか?」


 酸欠になりそうになりながら、さらにはお父様の顔に唾がかかってしまっているのではないかと思うほど、いっきに言いきった。


「マヤ、あれの中を見たのか?」


 お父様は、すっかり冷静さを取り戻している。


 ムカッとくるほど穏やかな表情のまま尋ねられた。


 だけど、そのお蔭でわたしもひと呼吸つく余裕が出来た。


「いいえ。見ていません。バタバタしていましたから、見るとしても落ち着いてからと。というか、なぜか見る気になれなかったのかもしれません。正確には、見てはいけないものではないかと」

「そうか。見ていないのか」


 お父様は馬の世話ですっかり節くれだった手を伸ばすと、わたしの頬を撫でた。


 それは先程の侯爵と同じ仕草だけど、なにかどこかが違う気がする。


 先程は、わたし自身ドキドキみたいなものを感じた気がする。確信は出来ないけれど。


 しかし、いまのお父様のそれは、父親が娘にするもの。だから、安堵感に満たされる。


「そうだわ、お父様。お父様が宰相の弟ってほんとうなのですか?」


 このこともわたしにとっては重要かつ驚きの情報だった。これは、ぜったいに確かめておかないと。


 頬をなでるお父様の手が、硬直したかのように止まった。


「そうか……」


 お父様は、椅子の背に背中をあずけた。穏やかな顔は、いまや哀しみともショックともつかないいまにも泣き出しそうになっている。


「マヤ、そうか。きいたのだな?」


 そして、ポツリと言った。


(わたしのバカッ! どうしていらないことを言ったのよ? わたしの出自のことは先送りにするつもりだったでしょう?)


 自分のバカさ加減をいまさら嘆いても遅すぎる。


 お父様と宰相が兄弟であることをわたしが知っているのだったら、他のもろもろのことも知らされたにきまっているのに。そのことも考えずに、お父様と宰相の関係を尋ねてしまった。


 宰相が「自分とおまえのお父様は兄弟なんだ」と、そのことだけをわざわざわたしに告げるわけはない。


「あー、えー、そ、そうですね」


 言い淀みつつ、肯定した。


 否定したり嘘をつけるわけがない。


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