どんなときでもお腹は減るのよね
「マヤ、マヤ。ああ、無事だったか?」
「マヤお嬢様」
「マヤッ!」
驚いた。
みんな待ってくれていた。しかも、屋敷の前で。
馬車を降りるなり、みんな走りよってきた。
わたしの無事をよろこんでくれている。
わたしも、ミレーヌやサンドリーヌやみんなの無事をこの目で確かめることが出来、あらためて安心した。
わたしを逃す為に囮になってくれたミレーヌは、ピンピンしている。すくなくとも、見える範囲にかすり傷ひとつなく、痣や打ち身などもなさそう。
あれだけの数のごろつきどもから、彼女は散々逃げ惑ったのだろうか。
それしか考えられない。
「グルルルルル」
お腹まで安心したみたい。
よりにもよってお腹が盛大に空腹を訴え始めた。
「さすがはわが娘。どのような境遇にあっても、腹の具合は関係がないようだな」
「旦那様、お嬢様は最強の食いしん坊なのです。たとえこの世が終っても、お嬢様の食いしん坊っぷりは健在でしょう」
お父様とサンドリーヌが褒めてくれた。
「サンドイッチとスープを用意していますよ」
そして、最高の料理人レナルドが甘い誘惑をしてくれる。
みんなに笑われながら、とりあえず腹ごしらえをした。
いろいろききたいこと、言いたいことはあるけれど、まずは腹ごしらえをしないことには始まらないから。
お腹がいっぱいになった途端、眠くなってきた。
サンドリーヌが眠る準備をしてくれていたので、とりあえずほんの束の間目を閉じて休憩することにした。
ほんの少しだけ休憩し、今日のことについていろいろ話し合おう。
そう決意し、寝台の上に横になって瞼を閉じた。
こんなの、爆睡するにきまっているわよね?
すっかり眠ってしまい、翌日目が覚めるというお定まりのパターンになるにきまっているわよね?
それを実践してしまったのは言うまでもない。
(いや、眠りすぎでしょ?)
寝台の上で目を覚ました途端、自分自身にツッコンでしまった。
目を覚ましたら、室内は光に溢れていた。
光というのは、灯火や月光ではない。陽の光である。
サンドリーヌは、すべてのカーテンを開けたのだ。
嫌味をこめて。つまり、嫌がらせというわけ。
いまはきっと昼ぐらい? あくまでも希望的観測だけど。
「グルルルルル」
目が覚めたのは、お腹の虫も同様みたい。
当然のように要求を始めた。
このお腹のすき具合から考察するに、ランチタイムかそれを少しすぎたあたりに違いない。
これもまた、希望的観測にすぎない。
これだけ眠ると、たいていはスッキリする。
シルヴェストル侯爵家の寝台のマットのクッションのお蔭で、どれだけ眠っても体が痛くならない。それは、わたしの人生にとって重要なこと。今日もまったく痛くない。が、頭はボーッとしている。
(いいえ、違うわね)
ボーッとしていたい、というのが本音。
昨日の宰相とのもろもろの話の内容を思い出したくないし、考えたくないし、言及したくない。
出来れば、あれはなかったことにして、侯爵家の領地に移る準備を進めたい。
いまから立ち向かうには、気力がおぼつかない。
(逃げてはダメよね)
天蓋を見つめつつ、溜息をつく。
(またしあわせが逃げていく)
溜息はしあわせが逃げる、と言ったのはだれだったかしら?
ほんと、侯爵家にやって来てやたらと溜息をついている。どれだけしあわせが逃げていったことかしらね。




