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宰相と

(というか、『待たせて悪かった』とか、『きみも飲まないか』とか、ふつう言わない? いったい何様のつもり? って、宰相だったわね)


 自分で自分にツッコんでしまったけれど、たとえ宰相でもマナーは守ってもらわないと。宰相だからこそ、態度はきちんとしないといけないわよね。


 まるで小さな子どもみたい。


「読んだのか? 持っているんだろう? タクかマックに渡したのか?」

「はい?」


 唐突に尋ねられた。これって、「はい?」としか応じようがないわよね?


「おれは、まわりくどいことが大嫌いでな。時間をムダにするのは、もっと嫌いだ。だから、さっさと答えろ」


 わたしに対する態度がかわるのは、彼も息子のヴァレールと同じである。


「さっさと答えないか」


 黙っていると、彼はキレた。


 キレやすいところも、息子のヴァレールと同じである。


 というか、ヴァレールが彼に似たのね。


(どっちが似ていようと、いまのこの不可解な状況には関係のないことよね)


 まさしくその通りである。


「なにを黙っている? ヴァレールが言うには、相当な口達者らしいじゃないか?」


 彼は、そう誹謗中傷を叩きつけてからグラスを傾けて葡萄酒をいっきに飲み干した。


(ちょっと待ってよ。相当な口達者ってどういうこと?)


 ヴァレールにこちらから話しかけるなんてことはほとんどなかった。向こうがバカなことやどうでもいいことを言ってくるのを、適当にきき流すことがほとんど。口を開くとしても、まだ小さい子ども程度の語彙力でしか返していない。


(それをお喋りきわまりないレディですって?)


 正直、不愉快だわ。


「の、飲み物を下さい」


 わざといがいがした声を出してお願いした。


「あなたの雇ったごろつきたちから逃げ、一方的にここに連れてこられ、すっかり喉が渇いています。しかも、散々待たされお茶の一杯、スイーツのひとつも出ず……。これは、苦行かなにかですか?」


 わざといがいがついた声を出すものだから、ほんとうに喉がいがいがしてきた。


「ゴホッ、ゴホッ」


 盛大に咳をしてみせる。


「まるでおっさんだな」


 具合の悪いわたしに対しての宰相のひとこと。


(彼には人の心というものがないの? こんないたいけなレディに向って、なにがおっさんよ)


 視線を向ける。いつも侯爵に送るのと同じやさしく熱い視線を。


 その侯爵の視線とは、愛だの恋だのの意味においてではない。はやく離縁してもらいたいから、言葉同様眼力でも伝えたい。その意味でやさしく熱いのだ。


「ウッ」


 一瞬、宰相がひいた気がした。


「眼力ですべてを破壊し尽くす、魔物みたいな目だな。そんなに飲みたければ、そこに水がある。勝手に飲むといい」


 宰相ってほんと失礼な奴。


(わたしの目のどこが魔物よ)


 プリプリしてしまう。


(ダメダメ。わたし、落ち着くのよ。彼のペースにのってはダメ)


 頭を冷やす意味で立ち上がった。それから、彼が指さした低い背丈のグラス棚に近づいた。その上には、水差しとグラスが置いてある。


 水差しからグラスに水を注いだ。


 いったいいつの水かしらとか、メイドが雑巾を絞った汚水をいれていないわよねとか、そういうことは欠片も考えないようにする。


 そして、いっきにあおった。


 レモンの果汁入りの水だった。


 それがさわやかで美味しかったから、さらに一杯、さらにもう一杯、さらにシメの一杯を注ぎ、それぞれいっきに飲み干した。


(水差し、空になったけどまぁいいか)


 空になった水差しの横にグラスを置き、長椅子に戻った。


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