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後悔先に立たず

 そうしていま、わたしはすごく後悔をしているのである。


 プランタード公爵家の居間の長椅子に座り、宰相がやって来るのを待ちながら。


 自分の安易で愚かな考えによる軽率な行動について、後悔すると同時に呆れ返っている。


 しかし、もう遅い。すべてが遅すぎる。


 こうなったら、行くところまで行くしかない。「行けるところまで」、ではない。あくまでも「行くところまで」である。


 宰相は、ここで待っているようにと言って出て行ったまま戻ってこない。


 いまのところ、わたしはプランタード公爵家にとって歓迎されていない客らしい。


 お茶の一杯、クッキーのひとつも出てこないから。


 セネヴィル王国の三大公爵家筆頭であるプランタード公爵家なら、客にたいして季節のフルーツ満載のタルトや、あるいはケーキをホールごと出すべきではないのかしら?


 それをクッキーの一枚、チョコのひと欠片出さないなんて……。


(待たせまくっている上にお茶の一杯、ホールケーキのひとつやふたつださないなんて、理不尽すぎる。世も末ね)


 心の中で腐ってしまう。


(もしかして、わたしが考え違いでもしているのかしら?)


 そんな錯覚さえ抱いてしまった。


(それにしても遅いわね)


 いったいどれだけ待たせるつもり?


 なにをもったいぶっているのやら。それとも、わたしを焦らしているわけ?


 いったいなんの為に?


 わたしは、気の長い方ではない。どちらかといえば短い。まぁ馬関係のことになると、いくらでも長くなれるのだけれど。いずれにせよ、人間に関することは長くなれない。


 一瞬、わたしを見張っているダークスーツの男たちに尋ねたくなった。


 彼らは、この居間の扉の前だけでなくテラスか庭かに続いているガラス扉の前にも佇立している。合計で六人。


 たったひとりのか弱いレディを見張るのに屈強なダークスーツの男たちを六人も配置するなんて、ほんとうにご苦労なことだわ。


 そのダークスーツの男たちに、宰相のことを尋ねようとした。しかし、すぐに思い直した。


 彼らは、この重苦しい空気の中に溶け込んでいる。これでもかというほどの威容を誇っているにもかかわらず、存在感を消している。


 まるで存在感のまったくない人のような雰囲気を醸し出している。


 彼らは、わたしになにかをきかれたりなにかを言われたとしても、ムシするよう命じられているはず。


 そんな彼らに尋ねたところで、虚しくなるだけ。


 おもわず、溜息をついていた。


 最近、ほんとうに溜息をつくことが多い気がする。


 が、それからさほどときを置かずしてやって来た。


 宰相が、である。


 彼は先程のダークスーツ姿とは違い、白いシャツと黒いズボンというラフな恰好になっている。


 彼は、入ってくるなり壁際のボトルラックに近づいた。自然な動作で一本の酒瓶とグラスを手に取り、酒を注いだ。


 ふんわりと葡萄酒の豊潤な香りが漂ってくる。


 わたしの鼻はすごくいいのである。


 鼻がすごくいいというのは、鼻の形や鼻筋のことではなく臭覚がすぐれているという意味だけど。


 宰相は、そのままスワリングさせながらこちらにやって来た。


 彼は、ローテーブルをはさんだ向かい側の長椅子に座ると優雅に足を組んだ。


(自分では、『渋い』とか『カッコいい』とか思い込んでいるのでしょうね)


 さすがは自意識過剰の塊ヴァレールの父親だけのことはある。


 ある意味感心してしまう。


 感心している間、彼はグラスを口に含んで葡萄酒を味わっている。


 わたしと視線を合わせたままで。


 その瞳が、黒色をしていることに気がついた。


 わたしの瞳の色と同じ黒色である。


 その黒色の瞳を見つめていると、違和感を抱き始めた。いいえ。違和感ではない。


 親密さのような、どこか近しい感覚を抱いた。


 その間、とくに会話はない。


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